腕時計を見る 暗闇の階段を下りる
中心街の大きなビル。
空調で温度は保たれるが、乾燥している。
長時間労働が通常営業、徹夜仕事が多い。
その日もそうだった。
喉の渇きを感じているが、腹が減ったというわけでもない。
さしあたり自動販売機でジュースを調達して水分補給する。
「ジュース買ってくるけど?」
数名残って仕事中、だが返事は無かった。
ついでに頼む奴はいない、ということでオフィスから出る。
廊下は静かだ。
タイルカーペットが正方形に整然と区切る空間、窓は無い。
腕時計を確認。
優良企業は退社してフロアごと遮断されてしまった時間だ。
つまり自動販売機のある階へエレベーターで移動できない。
そもそもボタンが押せないのだ。
「あっちの階段か」
階段は2か所、それと非常階段がある。
通常の階段ルートは赤外線センサーに補足され、セキュリティ会社が来たことがあった。非常階段は施錠されていて、喫煙者がこれを使って外に出るという苦情が多かったためと説明を受けている。
無人の細長い通路を歩き、少々離れた場所にある階段へ。
……そこで普段と違うと気付いた。
階段を下りるごとに周囲が暗くなっていく。
それでも自販機では冷めたいドリンクも売っている、電源まで落とすことはないだろう。共用部の休憩スペースへ辿り着きさえすれば、商品を裏から照らし最低限の明かりはある。
しかし、細い廊下から漏れる光は一度曲がると途切れた。
そこから先は手探りに近い。
手摺りを握り、爪先で感触を確かめる。
2つ下の階を目指す。
ひとつずつ階段を下りていく。
平衡感覚が怪しい、冷や汗も出てきた。
2度3度と曲がる。
初めて行くなら無理と思える暗闇を進み、休憩スペースのある階に近づくにつれ四角く薄明りが見え隠れしてきて、気持ちも幾分か楽になった。
◆
自動販売機に辿り着いた頃、緊張で喉は乾ききっていた。
1本購入、すぐに開封、一口飲む。
フッ、と溜息混じりに肺を絞った。
廊下にある木製のベンチに座って、一本飲んでしまおう。
自販機を離れ「こんなに暗いとか」と呟いて、腰掛けた。
「 ヴ ッ 」
廊下に響く呻き声、柔らかい感触?
階段ほどは暗くない。
咄嗟に見下ろす、ぼんやり見える。
ベンチと目が合った。
「 わ ー ッ !! 」
必死でオフィスに戻った。
全 裸 の 中 年 男 が ベ ン チ に 横 た わ っ て い た 。
懸命に説明するが誰一人信じない。
同僚が「そんなに言うなら」と確認しに行き、戻ってきた。
黒い物体を手にしている。
「紳士靴が揃えて置いてあった」
「 返 し て あ げ て ― ?! 」
※ただの実話です