5 二度あることは三度ある①
その後──。
トイレの個室から男二人で出る瞬間こそドキッとしたけど、何事もなく教室に来れた。(……涼風さんの影が見えたことはこの際気にしない)
池田が裏で動いてくれていることは明白だった。
ただそれは、俺の為であり、それとは少し違う。
体育の時間に二人組で余ったときに手を差し伸べてくれたことも、時折気にかけて声をかけてくれたことも、ついこの間トニカクイイ奴だと庇ってくれたときも──。
あれもそれもこれもぜんぶ、俺を見ていたわけではない。
──その瞳の奥にはずっと、葉月が映っていたんだ。
ワイシャツからほんのりと香る、朝練に励んだイケメンの匂いが鼻をくすぐる中、ちょっぴり切ない気持ちになってしまうのは、仕方のないことだった。
とはいえ俺はパンダさん。
落ち込んだ素振りは見せられない。
朝のガヤガヤした教室──。
女子たちはお菓子を交換してスイーツ談義に花を咲かせたり、男子は怠そうに駄弁っていたり。
そんな中、孤独なパンダは真白色さんの彼氏たる振る舞いのため、朝から勉強しているフリに勤しむ。
こんな毎日にも慣れてはきたけど、影の薄さが一級品だった頃が懐かしい。
30人クラスの幻の31人目ポジションにはもう二度と、戻れない。
「夢崎くんおーはよ!」
「お、おはよう! 山本さん!」
とはいえ誰からも挨拶されることがなかった空っぽの高校生活はだいぶ変わっていた。
プリントを欠かさずまわしてくれる神こと山本さんは、朝の挨拶も欠かさずしてくれるようになった!
基本的に会話を交わすのはこれだけ。あとはたまに真白色さんの話をするくらい。
それでもこうやって毎日挨拶をしてくれるのはとっても嬉しかった。
でも今日の山本さんは挨拶をすると、何かを探すように鼻をスンスンしだした。
これには覚えがあった。……というか、本日三回目!
……冗談だよな? もう勘弁して!
そんな不安が的中するように、山本さんは匂いの先へと真っ直ぐにスンスンスン──。
ついには俺の机に両手を乗り出してしまった! そのまま胸元にお鼻がズンッ! ぶつかった!
「あいたたぁ~……」
匂いの正体が俺だと気づくと驚きを露わにした。
「え?! 夢崎くんからイケメンの匂いがする! なんで? どうして! イケメンじゃないのに!」
うぐっ……。
山本さんの真っ直ぐ過ぎる言葉が俺の心にクリティカルヒット。
だけども落ち込んでいる場合ではない!
俺と池田がユニフォーム交換的なことをしたと知られるのはまずい。
ワイシャツを交換した意味そのものがなくなってしまうのだから。
それは池田が恐れた未来の訪れとも言える。
だったらとにかく誤魔化さないと……!
なんでもいい。口から出まかせを! いけっ、俺!
「じゅ、柔軟剤変えたからかな」
「何言ってるの夢崎くん? これはそういう匂いじゃなくてイケメンの匂いだよ! 夢崎くんからしていい匂いじゃないんだから!」
だ、だよね。それは俺が一番よくわかってるよ……。
この匂いは香水とか柔軟剤とかで作れる匂いじゃなくて、朝練に励んだイケメンにしか出すことのできないエキスというか、なんかそんな感じの凄まじいオスの匂いなんだよな……。
ど、どうしよう……。
もういっそ山本さんに全てを打ち明けてしまうか?
このまま疑いの目を掛けられて、楓様会議なるもので議題に出されでもしたら……大変なことになってしまう!
それになんと言っても山本さんはプリントまわしてくれる神だ! 今では毎朝挨拶をしてくれる神にグレードアップしている!
神の御慈悲の前では、お許しをいただけるのではないだろうか!
でも……。いや! 迷ってる暇はない!
「や──」
しかし、時既に遅し──。
山本さんに打ち明けようと呼びかけたところで、我がクラスのチーム楓様たちが異変に気づくようにぞろぞろと集まって来てしまった。
「ちょっと山本! あんた何やってるのよ! 楓様の彼氏だってわかってるの? クンクンしちゃだめでしょ? 離れなさいよ!」
「そんなのはわかってるよ! でも今日の夢崎くんね、イケメンの匂いがするんだよ! 嘘だと思うなら嗅いでみ? すごい匂いなんだから!」
万事休す──。
だいぶ短くて申し訳ないです。今回のエピソードは割と短めなので、次でサクッと終わらせます。
とはいえもう書き溜めはないので、気長にお待ちいただければなと思いますm(__)m




