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──③


「ほらお兄ぃ~お待ちかねのあーんだよ~」


 さきほどの雰囲気は何処へと。夏恋は着替えを済ませると平常運転に戻り、俺をからかった。


 いつもと変わらぬ食卓を囲む。

 ダイニングテーブルに隣り合わせで座り、お皿はひとつ。お箸もひとつ。


 俺は口をパクパク動かし、ゴックンするだけ。


 そんな、パクパクゴックンの中で驚愕の事実を告げられる──。


「実は今日ね、というかさっき! お兄のバイト先に行ってきたんだよね~」


「?! ゲホッゴホッ」


 驚きのあまり、ゴックンのクンが決まらずムセかえってしまった。


「な、なんだって? ゲッホゲッホ」

「お兄ぃ~! ちゃんと飲み込んでから話しなよ。お行儀悪いよ~?」


「……ゲホッゴホッゲッホッホッ」


 焦る俺に対し、夏恋は至って普通。

 背中をさすって水を飲ませてくれた。


 ガツンと言ってやるとか、

 勝手な女だの許せないだの聞いていたからか、脳裏を大惨事が駆け巡ったけど。そんなことはない?


 ああ、そうだよ!

 あれは後輩モードの年下彼女! しいては予行練習のポジショントーク!


 よし。呼吸を整え、深呼吸──。


「それで、何しに行ったんだ? 俺のバイト先に来るなんて珍しいじゃんか!」


「なにって、そんなの決まってるじゃん。あの女……じゃなくて天使様がお兄に舐めた態度取ってるからさ。探りに行ったんだよ」


「へ、へぇ……。そうなんだ……」


 あれ、冷や汗が止まらない……。


「うん。探るだけのつもりだったんだけどさ、なんと鈴音ちゃんが居て! ついつい話し込んで来ちゃったよぉ~」


 おいおい……まじかよ。ついにあの子、マジモンの常連さんになっちまったのか。


 そういえば今日、放課後はストーキングされなかったな……。


 俺よりも珈琲を選んだわけだ。

 雛鳥の巣立ちのようで、ちょっぴり切ないのは何故だろう……。


 って、違う違う。今考えるべきはそこじゃない!


 話し込んだってなんだ? 柊木さんを交えてガツンと話し込んだわけじゃないだろうな……。


 いや、帰りがあまりにも遅かった。

 涼風さんは門限があるはずだ。ってなると……?


 あれっ。やっぱり冷や汗が止まらない!


「どしたのお兄? 大丈夫だよ? たぶんだけど、お兄が心配してるようなことはしてないから」


「ほ、本当か……? 信じていいのか?」


「なんだしそれ。当たり前じゃん。お兄の恋路の邪魔はしないよ。むしろ逆。応援してるんだから。……お兄の悩む姿なんて見たくないし」


 そういえば、そんなことも言ってたな。

 後輩モードと妹モードで言ってる事が違うから、こんがらがって来ちゃうな……。

 

 でもそうか。そういうことか……。

 柊木さんのことで悩んでいたわけじゃないんだけどな。

 ただ俺は、葉月とは縁を切れないから。絶対にそれだけは、できないから……。


 ………………………。

 

 言えない。言えないからこそ、もどかしい。

 夏恋と葉月の不仲を解消できなかったツケがこんなカタチでまわってくるなんて……。



 どうしよ…………。




 ☆


 で、どうすることもできず──。

 勝手にバイト先に行ったことを責めることもできず……。


 夕飯を食べ終わる頃には恋愛相談的な何かが始まっていた。


 でも、こうしている間は──。

 夏恋に抱く気持ちを誤魔化せる。


 だから──。

 この瞬間から俺は、柊木さんに恋する仔羊を演じる。


 普段通りの俺で。彼女がほしいと嘆いていくスタイルを貫き通す!


 たとえそれが間違っていることだとしても、この気持ちの前では、止まれない。



 ──恋する嘘っぱちの仔羊、発進!



 ☆


「それで、柊木さんはやっぱり怒ってたのか……? 俺はいったいどうしたらいいんだよ! ここ最近、片時もスマホを離さずに新着通知を確認する毎日で辛いのなんのって!」


 日頃から夏恋のポジショントークを目の当たりにしているからか、割とスムーズに役に入り込めた。これも予行練習の成果!


「う~ん。それがさ、ちっとも怒ってる様子はなかったんだよね。お兄の妹だって言ったら、頼んでもないのにケーキをサービスしてくれたり、お姉ちゃんって呼んでいいよとか、舐めたこと言ってくるし。まあ、かなり仲良くなって来たけどね?」


「そ、そうなんだ。仲良くなったのなら、それはとってもいいことだな」


 言い方に少し棘があるような……。

 本当に仲良くなってきたのか……? 疑いしかないのだが……。

 


「でさ、さりげなくお兄の話を振ったりして色々聞いてみたんだよね。はっきり言わなくてイラッてしたけど、連絡してほしいような雰囲気だったよ?」


 いったいどんな会話をしたのか。

 気になるけど……イラッとしたとか言ってるし。掘り返すのはやめておこう。

 眉間にしわも寄っちゃってるし……。

 これ絶対、仲良くなってないだろ……。


 とはいえ、恋する仔羊。細かいことは気にせず、ポジショントークを続ける!


「連絡はもうしてるって言ったろ? 既読無視されてるんだぞ? わかってるのか?」


「あぁね。たぶんそれ、わざとやってるっぽいんだよね。お兄がどんな反応するのか試してるんだと思う」


 なんだそれ……。ないないあるわけない!

 なにが恋愛相談だよ! 笑えない冗談言いやがって! と、思ったんだけど……。夏恋の表情は真面目そのもの。


 えっ、まじなの?


「そんな悪趣味なことするような人じゃないだろ。既読無視をわざとするって、なんだよそれ」


「はぁ? 天使様ってそういう人でしょ? 今更なに言ってんの?」


「お、おう。そうなのか……?」


「当たり前じゃん。たぶんこれからもいろいろ振り回されるよ? 好きになったのなら覚悟することだね」

「へ、へぇ……。それはお手柔らかにお願いしたいところだね……」

「あのさ、そんな受け身の姿勢じゃ良いように使われちゃうよ? しっかりしてよ」


「お、おう……気をつける」


 なんてこった。こりゃいろいろと誤解してそうだな……。


 この感じには覚えがあった。……葉月だ。


 このままだと夏恋の中で柊木さんが葉月化してしまう。

 もしそうなったら会話にすっぽり穴が空く。

 それだけは避けたい……。空いた穴のせいで今こんなことになっちゃってるわけだし……。


 どうにかしたいけど、どうしたものか……。


 考えている間に、夏恋の愛くるしい顔はしかめづらに染め上がり、ついには舌打ちまで飛び出してしまった。


「思い出したらイライラしてきた。お姉ちゃんって呼んでってなんだし。遠回しに彼女宣言してるようなもんじゃん。なんなのあの女」


 ま、まずい! どうにかして宥めないと! 柊木さんの株を上げないと!


「ま、まあ、彼氏のフリだからな? 柊木さんだって彼女のフリをしているだけだと思うぞ?」


「だから彼氏のフリってなんだし!」

「彼氏のフリは彼氏のフリだろ? だから夏恋も彼氏のフリをしている兄の妹として、妹のフリをすればいいんじゃないか?」


「はぁ? 妹のフリ? あーもう! 意味わかんない! 頭痛くなってくる!」


 うん。言ってて俺もわからなくなってきた……。

 彼氏のフリの有効射程距離がわからない。これに関しては一度、柊木さんと話す必要があるかもしれない。……連絡が来ればだけど。



 そして、夏恋のイライラは限界に達し──。


「ともかく! 既読無視されてもめげずにメッセージを送ること! もしそれで文句言ってくるようなら、その時はわたしが!」


 と、そこまで言いかけて言葉に詰まるような素振りを見せた。


「そ、その時は……?」


 続く言葉にごくりと息を飲む。


「……あっ、もうこんな時間だ。お風呂入ってくる」


 しらばっくれるようにリビングから出て行ってしまった。


 いや、言えよ! なんだよ!


 とは思うも、夏恋が言おうとしたことはなんとなくわかるような気がした。


 葉月化までのカウントダウンは既に始まっているのかもしれない。

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