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──②


 かれこれ二時間以上経っていた。時刻は十九時をまわろうとしている。


 夕飯の支度も終わり、後は一緒に食べるだけなのに夏恋が帰ってこない。


 今日は一緒に夕飯を作る約束をしていた。

 家に帰るまでが放課後デートとか言ってたのに……。


「ふざけんなよ……」



 なにをするわけでもなく、リビングのソファーに深々と腰を掛け、天井を眺める。

 

 こうして家にひとりで居るのは久々な気がした。



 時間の流れが泥のように遅く感じる。


 一分一秒がなかなか過ぎてくれない。

 まるで時間の檻に囚われてしまったような、不思議な感覚。


 


 何してんだよ。早く帰ってこいよ。




 ☆


 それから一時間ほど経つと、ガチャンと玄関の開く音がした。


 TVも付けず殆ど無音のリビングに居た俺は、その音に反応するようにソファーから一瞬で起き上がる。


 帰ってきた──!



「ただいま~!」


 さらに玄関のほうから夏恋の声が届く!



 小言のひとつでも垂れてやろうかと大急ぎで玄関に向かうと、夏恋は「ふぅ」と額の汗を拭っていた。


 急いで帰ってきた様子がうかがえた。

 まあ、小言は封印するか。なんて思って「おかえり!」と声を掛けると、何故か夏恋は眉間にしわを寄せ、じーっと俺を見つめてきた。



「どしたのお兄? 出迎えてくれるなんて珍しいじゃん。ひとりでお家に居たから寂しくなっちゃった? ワンワンってお出迎え? 尻尾フリフリ?」


 こ、こいつ!! と、思うも冗談交じりのその言葉に心が激しく動くのを感じた。


 そうか。俺は……寂しかったのか。

 あのなんとも言えない気持ちの正体を知り、さらになんとも言えない気持ちになる。

 

 はぁ。なにをやってるんだか。

 リビングのソファーでぐーたれて「おう、遅かったな」これくらいの余裕を見せないでどうするよ。


 思えば、殆ど反射的に玄関へと走っていた。


 これじゃ本当に、尻尾フリフリのワンちゃんじゃないか。


 日に日に俺の中で夏恋が大きくなっているのは感じていた。でもそれが、こんなにも大きくなっていたなんて気付きもしなかった。


 ……やばいな。

 もっと意識して行動しないと、夏恋に不審がられる。



「馬鹿なこと言ってないで、飯なら飯! 風呂なら風呂! さっさと済ませる。もう八時過ぎてるんだからな!」


「はーいはい。遅くなってごめんなさい! ん~とねぇ、じゃあどうしよっかな。汗かいちゃったから先にお風呂入りたい気もするけど……。ひょっとしてお兄、まだご飯食べてなかったりするの?」


「食べてないに決まってんだろ! 連絡もなしにこんな時間に帰って来やがって!」


「……へえ。決まってるんだ。そんな当たり前のように待っててくれるんだね~。これも予行練習の成果かなぁ?」


 首を傾げながらもイジらしく微笑む姿をみて、今のは違ったなと思った。

 まるで待ってましたと言わんばかりの言い草じゃないか。否定すればするほどに、ワンワンが脳裏を過ぎる。


「いやっ。今日はたまたまだからな。何時に帰ってくるかわからなかったし、なんとなく待ってただけだ。あと二分遅かったら先に食ってたからな!」


 苦し紛れの言い訳をしてみるも、夏恋は「ふぅん」と笑みを向けて来た──。なにやら見透かされているようで、俺の心は一瞬ドキッとする。


「そんなにあーんってして欲しかったの? いいよ。してあげる」


「お、おう。ありがとう」


 ………………………。


 待てよ。なんで俺、お礼言ってるんだよ……。

 主人の帰りを待つイッヌモードが炸裂していた。


 夏恋のペースに飲まれ過ぎだろ……。しっかりしろよ、俺の中のワンワン。


 って、だから!! 俺はワンワンなんかじゃ、ねぇ!!



「先にご飯でもいいけど、急いで帰ってきたから汗臭いかも? 嫌じゃないの?」


 そう言うと俺の首に手を回し、上目遣いを向けてきた。


 柄にもなくイッヌモードを炸裂したせいか、夏恋から普段らしからぬ猛追が入る──。


 ちょっ。近ッ!

 汗臭い要素とかゼロで火照った体が逆に……。



 ドクンッ──。



「どしたのお兄? このままだと大変なことになっちゃうよ?」


 ……え。た、大変って……な、なにが?!


 不思議と、からかって意地悪をしている感じがしなかった。いじらしさを浮かべるような、笑みもない。


 ………………………。


 ハッとして、首にまわされた両手から逃れるようにしゃがみ、そのまま後方へとジャンプ!


 ──シュタッ!

 


「べ、べつに。匂いとか気にならねーよ。さ、さっさと飯にするぞ!」


 ぎりぎりどうにか持ちこたえて、普段通りの兄としての受け答えをする。


 危なかった……。

 今、一瞬……飲まれてたよな。


 まるでこの先を期待させるような口ぶりだった。


 予行練習……だよな?

 

 


「うん。お兄がそういう反応をしてくれるうちは、わたしも頑張れるから。じゃあ着替えてくるー」


「お、おう?」


 的を得ない言葉に首を傾げるも、夏恋は着替えのために自分の部屋がある二階へとタタタッと駆け上がった。


 制服のスカートがひらりと舞い、真打ち登場と内側なる御尊顔が見えそうになるも、残念。


 ……また、なのか。またこれか!!


 どうして……。見えないんだよ……。今のは見えてても良かったろ!! なんなんだよ!! ふざけんな!!


 パンツ見せろよ!!


 ……別にパンツが見たいわけじゃない。……そうじゃないんだ。



 偶然も二度続けば、不安はより強固なものになる。


 今まであった当たり前が、壊れてしまうような。嫌な予感がした──。



 なにかが少しずつ、変わろうとしていた。


 その何かに気付けず、きっと俺は──。間違えてしまう──。



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