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12ー① 君に、初めてを捧げたい──。


 横目でチラッと。

 真白色さんは覗き込むように前かがみの体勢で、髪を耳に掛ける仕草していた。視線の先は俺のスマホ画面──!


 ってことはつまり! そういうこと!


 ドキドキと高揚感が同時に押し寄せる!


「ま、まひろいひゃんっ?!」


 もはやまともに名前を呼ぶことすら叶わない──。だ、だってこれって!


「なによ。そんなに驚かなくてもいいじゃない」

「は、はははい!!」


 俺があまりにも驚いたせいか、真白色さんの表情はムスッとしたものに変わった。


 お、落ち着け。落ち着けよ、俺。


 混ぜてってことは、つまりだ……!

 真白色さんとも連絡先を交換できるってことだろ!


 や、やばい。心拍の上昇が治まらない。

 ドキドキし過ぎだろって。お、おおお落ち着けよ俺の心臓!


「あら。随分と焦った様子ね? なにか不都合でもあったかしら?」

「不都合だなんて、そんな!」


「そう。なら良かったわ」


 ……ん。あれっ。少し怒っているように見えるのは、気のせいだろうか。


 兎にも角にもまずは山本さんを友だち追加だ!

 しかし依然、彼女の瞳はきゅんに覆われている。


 こんなにも近くに居るのに、視界には俺が映っていないようだ。というか絶対映ってない。


 ……あれれ?


 友だち追加は?


 ……………………………。


 完全停止。トキメキフリーズ──。


 しかしそのトキメキ、解除させてもらう!

 真白色さんが後に控えてるんだ! トキメイてる場合じゃないんだぜ!


「山本さん! 続きを──」


 と、呼びかけたところで(すね)に痛みが走る──!


 け、蹴られた?! えっ。だ、誰?

 って!! 方向的に山本さんしか居ない……!


 黙れと言っているようだった。

 真白色さんを見つめてるから邪魔するなってことかな……。


 あはは。俺、気が利かなかったわ。めんごめんご……。乙女のトキメキを邪魔するなど、無礼千万。


 きっと、こういうところが彼女ができない原因だったりするのかな……。


 でも、どうしようか。困ったな……。


「どうしたのかしら? 友だち追加するのでしょう? やるなら早くしなさい。授業開始のチャイムは鳴っているのですから」


 俺がぐずぐずしているからか、真白色さんからは苛立ちすらも感じられる。


 山本さんのスマホは俺の机に置かれていて、画面上には友だち追加用のQRコードが映し出されている。つまり、スタンバイOK。


 これだけ状況が整っているのに、友だち追加しないのだから、当然の反応。


 ならば、ネットで調べる!

 言うて、さっき途中まで調べたし。ブラウザを開けば、……ほら出てきた!


 ええっと。自分のQRコードを出すには設定画面から……って! 違う違う! そうじゃない!


 急げ。急げよ、俺!!



「な、なにをしているの……?」


 真白色さんの驚いた声が耳に届く。


 だ、だよね。友だち追加にこんな手こずるなんて、思いもしないよね……。


「実はその……。友だち追加の方法がわからなくて、調べてます……」


 恥ずかしい。

 このやり取り、さっき山本さんともしたばかり……。


「わからないですって? えっ?」


 再度、真白色さんの驚いた声が耳に届く。


 言葉の通りなんだけどな……。


「ぇっと。これの追加方法がわからなくて……教えてもらってる途中だったんです……」


 机の上に置かれる山本さんのスマホを指差して言った。は、恥ずかしい……。


「……なによそれ。随分と仲がよろしいことで、微笑ましいわね?」


「微笑ましいだなんて、そんな!」


 と、本日二度目の痛みが走る──。


 山本さんからのスネ蹴り、入りましたッ!


「えっとえっとえとえと……えっと! 違います! 違いますから!」


 おまけに全否定まで、いただきました! フゥーッ!


 そっか。そっかそっか。今のスネ蹴りは「違うだろ!」って意味か。

 こんなにも焦った様子で否定されると、特段に切なさを(くすぐ)られる……。


 俺、さっきね。ちょっとイイ感じかも! って、思ったりもしたんだよ……。


 悲壮感に浸って居ると、真白色さんが意味深なことを言いだした。

 

「あぁ、ね。誤解をしないでほしいのだけれど、あなたに対して怒っているわけではないのよ。話がややこしくなりそうだから、少し黙っていてもらってもいいかしら?」


「そうじゃなくて、違くて──」


「二度は言わないわよ?」


 真白色さんの態度は高圧的なもので、山本さんはお口にチャックをした。出かかる言葉を堪える様子がうかがえる。


 信仰する『楓様』から黙れと言われたのだから、お口チャックは必然。


 なにがどうしてこうなった?

 えっ。待って。なにこれ。え、待って。えっ?!


 と、またしても!! 痛ッ!

 今度は足の甲に痛みが走った──!

 上履きをグリグリ踏まれている!!


 ……山本さんて、意外と足癖悪い感じ?!


 いや。プリントを欠かさずまわしてくれる神だぞ。

 足を通して、俺に何かを伝えようとしている……?

 そうに違いない。だって痛いもん。これ本当に痛いもん。プリントをまわしてくれる神が、理由もなく人をいたぶるわけない!


 しかし、考える間もなく。

 考えたところでわかるはずもなく。


 状況は次の段階へと進んでしまう──。



「そうしたら、そうね。私が教えるのでもいいかしら? 楽しみを取ってしまったみたいで、本当に申し訳ないのだけれど」


 もう何がどうなっているのか、理解が追いつかない。

 真白色さんの言葉からは棘を感じる。刺々しさ全開で、申し訳なさそうな雰囲気など皆無。


 というか、そもそも。

 申し訳ないってなんだ? 申し訳ない……? 楽しみを取る……?


 ちょっと意味がわからない。けれども(だんま)りするのは良くないと言うことだけはわかる。当たり障りない言葉で、やり過ごす。

 

「そ、そんなそんな! 願ったり叶ったりですよ! ぜひ、お願いします!」


 しかし真白色さんの反応は──。


「……はぁ」


 た、ため息?!

 というか今、モーション的に舌打ちが出そうだった。それが既のところでため息に変換された。


 どことなく憂鬱で、嫌そうな顔をしている。さっきは怒っていたのに。


 ……じょ、情緒不安定?


 いやいや。真白色さんに限ってそんなはずあるか!


 と、そこで──。

 山本さんの手が自らのスマホへと動く。その手を真白色さんは透かさずタッチ!


「そのままにしておいてくれるかしら。これから友だち追加をするのですから。ごめんなさいね」


 触れ合う手。山本さんの瞳に映るはきゅん。即ち、トキメキフリーズ──!


 ……するかと思ったけど?! 再度、俺の足をグリグリしてきた?!


 それは今、この状況のやばさを察するに足るものだった。あの信仰の厚い山本さんが、手が触れたというのにフリーズせずに持ち堪えた。


 あまつさえ、俺の足をぐりぐりすることを優先させた。


 そして何より、友達追加という儀式をする上での必須アイテム。QRコードが映りしスマホをしまおうとした。


 ってことはつまり、この儀式に待ったをかけているのか……? 儀式を中止させろと足を踏みつけている、……のか?


 ようやくながら、足ぐりぐりの答えへと辿りつくも、時既に遅し──。


「じゃあまずは、メッセージアプリを開いて」


「は、はははい!」


 言われるがまま高速でアプリを開いてしまう。

 真白色さんは俺の椅子に手を添えて、目線を合わすように屈んでいる。


 S級お嬢様が展開する『THE・ゾーン』に一瞬で取り込まれる。


 それでいてこの距離。息遣いすらも耳元で感じる!


 それはもう『言霊』!


 ち、近い! なんてものじゃない! 抗うことなんて、できない!


「そしたら設定に進んで。友だち追加の項目を押す」


 ど、どこだっけ。普段全く使わないから……ええっと……! は、早くしろよ、俺!


「ここよ」


 真白色さんの手が伸びてきて、俺のスマホをポチッと。い、いま肩にましゅまろが当たった!


 近い! 近いよ真白色さん!


「ほら、QRコードで追加って書いてあるでしょ? ここを押すの」


 ドキドキが治まらない。

 今もなお、山本さんからは足をグリグリされているというのに、このドキドキの上ではそれすらも心地良い──。


 謎にご機嫌斜めなS級お嬢様。

 プリントを欠かさずまわしてくれる神からの踏みつけぐりぐり──。


 導き出される答えは……。この儀式を遂行してはならない!


 わかっているのに……わかっているのに! 止まれない!


 ☆


「カメラが起動したら、QRコードを映して終わりよ」


 なんてことだ。

 あっという間に、ラストステップまで来てしまった。


 机に置かれる山本さんのスマホ画面に焦点を合わせると──。


  《追加》の二文字が表示される。


 おそらく、このボタンを押せば儀式は完了する。山本さんは儀式の反対を足で唱え続けたというのに、ここまで来てしまった。


 本当に、押してしまっていいのか……?


 横目に真白色さんを見ると、俺のスマホをじっと見つめていた。


 その顔はどことなく切なさを帯びているようにも見え、俺の指は止まる。


 ひょっとして真白色さんも、儀式反対派……?


 ここまで積極的に儀式を推奨してきたはずの彼女に抱く、ひとつの疑念。


「どうしたの? 早く押しなさいよ」


 その言葉を聞いて確信に変わる。

 こんなふうに急かしてくる人じゃないんだ。


 高貴で高潔でエロスを纏っていて、誰からも憧れられる格好良い存在なんだ。


 それなのに、今は──。

 儀式反対派のくせして、推奨派を装っている──。


 今ならまだ、間に合う。


 引き返せる、既のところで、

 ようやく俺は、答えを見つけた──。






 ☆


 自分が何者なのか、忘れていた。


 今の俺は三軍ベンチにして三軍ベンチにあらず。

 与えられたポジションは分不相応にも『四番ピッチャー、カレシ!』


 一軍のマウンドに緊急招集されているんだ。


 だったら真白色さんを最優先にしないでどうする。順番が違うだろ……。


 カノジョファーストこそがカレシの役目──。


 とはいえ、どうにも真白色さんが彼女だという実感が湧かない。偽の彼女なのだから、当然と言えば当然だが……。


 思い返してみれば、この二週間。俺は彼氏らしい行いを何もしていない。未だに敬語を使っているし、呼び方だって苗字にさん付けだ。


 S級お嬢様である学園のマドンナが、三軍ベンチの俺を頼ってくれた。頭まで下げた。それなのに俺は、三軍ベンチのままだった。


 なにも変わろうとせず、パンダモードでやり過ごし、悲劇のヒロインさえも気取っていた。


 マウンドに立っているのは俺自身なのに、ベンチで声援を送るだけの傍観者──。


 その結果がこれだ。

 真白色さんを苛立たせ、悲しませた。


 だからもう、間違わない。明日もこれから先も、偽装カップルを演じられるように──。



 初めてを、君に捧げる──。



 ここに来てようやく、答えを導き出す。そうとわかればやる事は決まってる。



 ホームボタンをミラクル連打!


 ポンポンポーン!

 一回押せばいいとわかっている。それでも、押さずには居られない!


 消えろっ消えろっ消えろっ!


「ちょっと、何をしているの?」

「真白色さんごめんなさい。俺、俺!! なにもわかってなかったです!!」


 この連絡先交換には特別な意味が込められる。


 “校内友だち追加バージン”


 誰でもいいわけじゃないんだ。それなのに浮かれて、嬉しくなって。


 大切なものを見失っていた。


「べつに私は何とも言ってないじゃない。なによ、いきなり」


 熱くなる俺に対して、真白色さんの態度は素っ気ないものだった。


 この段階に至るまで、気付けなかったのだから当然だ。


 それでも──! だからこそ──!

 

「はい。それでも俺は、初めては真白色さんがいいんです。真白色さんじゃなきゃだめなんです。真白色さんに捧げたいんです!!」


「は、初めてですって?! な、何を勝手なことを言ってるの? 落ち着きなさいよ」


「いいえ。もう決めましたから。なにがなんでも、俺の初めては真白色さんに貰ってもらいます。それまで俺は────」


 “校内では誰とも友だち追加しません!”

 と、続けて言おうとしたところで、真白色さんは慌てて俺の言葉を遮った。


「お、落ち着きなさい! ……あっ、待って。私はお手洗いに行ってきます。えっと……そうじゃなくて。そうなのだけれど……。ど、どちらにせよ、い、今、この場で話す内容じゃないわ!」


 あたふたとしだす真白色さんの姿を見て、自分がとんでもない言葉を口に出そうとしていたことに気づく──。


 やばっ!

 そうだよ……!

 俺と真白色さんが未だに連絡先を交換してないなんて、クラスの誰も思っていない!


 熱くなり過ぎて肝心なところが抜けていた……!


「すみません。俺、舞い上がっちゃって……。本当にごめんなさい!!」


「い、いいのよ別に。あなたの気持ちはよくわかりました。……そうね。少し早いけどお昼にしましょう。は、話の続きはそこで聞くわ」


 これから四限目の授業。

 未だ先生不在の教室は休み時間さながらの空気が流れているが、授業開始のチャイムはとっくに鳴っている。


 にも関わらず、お昼のお誘い。


 S級お嬢様である真白色さんが早弁を提案してきた……!


 つまり、許してくれたんだ。

 俺の初めてをもらってくれるんだ!


 今、この場での連絡先交換はできないから、授業なんてサボってしまおうぜ! そういうことだっ!


「わかりました! じゃあ行きましょう! 俺、早くしたいです!」


 なにがしたいのかは言葉の内に秘める!

 この隠語感。偽装カップルとして一歩前進してる気がする……!


「待って。本当に待って。と、とりあえず、お、お手……コホンッ。お手洗いに行かせてもらうわ。廊下で落ち合いましょう」


 そう言い残すと、真白色さんは足早に教室を後にした。

 いつだって完璧な口振りの真白色さんから、焦りが見えた。


 俺という存在を危惧しているようにも見えた。


 たった一言の失言で関係は破綻する。それどころか、偽装カップルがバレた先にあるのは……破滅!


 お許しが出たことで、ついつい浮かれて隠語感などと調子に乗ってしまった……。


 もっと気を引き締めて、偽装カップルを演じないと……!


 




 ☆


 ともあれ、とりあえずの危機は去り──。



「……ふぅ」


 ほっと安堵のため息をつくと、山本さんと目があった。


 あっ──。

 真白色さんから黙れと言われたから……。ひょっとして、お許しが出るまで口を開かなかったりするんじゃないか……?


 信仰の厚い山本さんだ。たとえ授業で指されても、お口チャックを優先するに違いない!


 脳裏を過る、不安──。


 しかし! 自らの口をファスナーに見立てると、人差し指と親指を摘み、スライドさせた──!


「っぷはぁ!」


 おや……? おやおや……?

 それは、少しふざけた感じのお口チャック解除だった。


 あんなことがあったにも関わらず、落ち込む様子はおろか、むしろ嬉しそうにも見える。


「楓様とお話しちゃった! 目も合っちゃった! ああもう、死んでもいいかも~! ていうか三回くらい死んだ~!」


 あ、そういう感じ?! きゅん死にってやつ?!

 俺が思うよりもずっと、山本さんの信仰心は歪んでいるのかもしれない。


 でも良かった! このままずっと口を開かなかったら、それは大変なことだ!


「良かったね!」


「うんっ! いろいろ衝撃的過ぎて驚いちゃったけどね~! わたしなんて地べたに転がる石ころや雑草なのに! 楓様ったら!」

 

 何を言ってるんだ。ちょっと意味もわからないけど、そんなわけあるか!

 山本さん、君は前の席に咲く一輪の花だよ!

 プリントを欠かさず回してくれる、唯一無二の存在さ!


「山本さんは綺麗な花だよ!」

「もぉ~! 夢崎くんはお世辞が上手いんだから!」

「お世辞なんかじゃないよ! プリントだっていつもまわしてくれるし、足だって踏んでくれた! 俺にとって山本さんは綺麗な花だ!」


「……プリント? ……足? あっ!!」

 

 何かを思い出すようにバサッと立ち上がると、ストンっと視界から消えた。


 どしたの山本さん?!

 えっ、えっ?! あっ!! 足に感じる温かさ──。


 なんと俺の足元にしゃがみこんで居た!

 小柄な体格のためか、すっぽりと机の下に潜り込んでいるのだ!


「痛かったよね……ごめんね」


 俺の足をすりすり、なでなでしている。


 ……………えっ!?


「上履きの痕ついちゃってるし……! わぁぁ本当にごめんっ。すぐ拭くから!」


 申し訳なさそうに机の下から見上げてきた。

 手はそのまま俺の足をすりすりしている。


 まるで跪かせているような……。

 靴磨きをさせているような……。


 いや、これはそんなんじゃない!

 なんだかとっても如何わしい感じがする!


 全俺が緊急警報を発令!

 スッと足を引いて、その勢いのまま立ち上がる!


 と、ゴツン!!

 かなりいい感じの音が鳴った──。


「いたたぁ~」


 俺が勢い良く立ち上がったせいで、山本さんは机に頭をぶつけてしまった!


 これ絶対痛いやつ!


 即座にしゃがみ、机の下を覗き込むと山本さんが悶えていた──。


「だ、大丈夫!?」


「う、うん……! こんなのへっちゃらだよ! それより夢崎くんだよ! 足、大丈夫?」

 

 痛いはずなのに、俺の心配を優先するなんて……!

 

 確かに痛い! まだ痛いよ! 容赦なくたくさん踏んでくれたからね!

 でも! 足を踏みつけてくれたからこそ、今があるんだ!

 感謝こそあれど、謝られる言われはない!

 蹴られたことも踏みつけられたことも、今となっては大切な思い出の1ページ!


「俺の足は大丈夫! むしろたくさん踏んでくれてありがとう! もしまた、道を踏み外しそうになったときは容赦なく踏みつけてほしい! 踏んで欲しいんだ、山本さんに!」


「夢崎くん……! もう一回言って!」


 あぁ、何度だって言ってやるさ!

 俺は感謝しているんだ! だから足を踏んだことなんて気にしなくていいんだ!


「もっとたくさん、踏んで欲しい!」


 だいぶ端折ってしまったけど、これで伝わるはずだ!


「え。そうじゃなくて、ありがとうって言ってほしいんだけど……」


 あれれ。なんだっけこれ。すごいデジャヴ。


「ありがとう、山本さん!」


「もう一回!」


 デジャヴじゃない……。ついさっき、まったく同じことあったわ。


「ありがとう、山本さん!」


「……脳内で変換。楓様が私にお礼を言っている。脳内で変換。脳内で変換……夢崎くんの言葉は楓様のお言葉……」


 スッと瞳を閉じると呪文を唱え始めた。その姿は大規模術式を詠唱する魔術師──。


 そして瞳を開くと、首を傾げる。


「……やっぱりだめだなぁ。今回はいけると思ったのに」


 俺の足を踏んだことを悲観していたはずなのに、もうこれっぽっちも気にしてなさそうだ。


 いい。これでいいんだ。結果オーライじゃないか。


 ならば、プリントをまわしてくれる神を励まし協力する姿勢を示すのが、せめてもの恩返し。


「そのうちきっと上手くいくよ! 応援してるから!」

「夢崎くんは本当に優しいなぁ~。じゃあお言葉に甘えて! 今度、二人きりになれる静かな場所に付き合ってもらおうかなっ?」


 ……うん。

 深い意味はないんだ。わかってるさ。

 彼女の瞳は今もなお、俺を見ることなく『楓様』で染まっているのだから。


 だから──。

 こんな如何わしさ満点のお誘いにも笑顔で答える。


「もちろん! 協力するよ!」


 いつも欠かさず、プリントをまわしてくれる神だから!


「やった! じゃあお礼に足踏んであげるからね! でも上履きは脱ぐよ? 上履きの跡が付いてたら楓様が誤解して心配しちゃうだろうし!」


 あ。そっち?! 今までの会話は全部それが根源?! ……いや、当たり前だ。山本さんって、そういう人。


 いつだって頭の中は真白色さんでいっぱい。



「でもそっかぁ~。夢崎くんは踏まれるのが好きなのか~。忘れないようにメモしとこ」


 ちょ、ちょっと山本さん……?

 それ違う。ぜんぜんちがう! そう思うも、今更否定の余地はなく……。


「あ~、でも体育の後とか蒸れるからなぁ。ただでさえこの時期やばめだし。上履き脱いで踏むとなると、問題が発生するのか。実験に付き合ってもらうんだから、お礼はしたいけど……」


 ぼそぼそとひとり言を垂れる山本さん。

 いや、なんかこれ、本当にまずくない? でもなんて言えばいいんだ。さっき踏んでくれってお願いしちゃってるし……。大丈夫なのか、これ……。


「うん、そのあたりも含めて考えとくから! 大丈夫だよ! ゆーめざーきくん! 期待してて!」


「う、うん……!」


 だ、大丈夫だろ。大丈夫って言ってるんだから大丈夫だろ。

 あれっ。でも……大丈夫ってなにが大丈夫なんだ。

 大丈夫ってなんだ? 大丈夫……?


「って夢崎くん! 楓様と廊下で待ち合わせしてるんでしょ? そろそろお花摘みから戻ってくるんじゃない?」


 頭の中で『大丈夫』がゲシュタルト崩壊を起こしそうになるも、現実へと引き戻され生還する。


 危うく飲まれるところだった。

 さすがはプリントをまわしてくれる神!


 大丈夫かどうかは今考えることじゃない。今、優先すべきは真白色さん!


 カノジョファーストこそがカレシの役目!


 山本さんに見送られ廊下に出ようとすると、ドタドタバタバタと一軍女子たちが押し寄せて来た──!


 あっという間に囲まれて!


 本日二度目のサークルON!


 ななっ?! またなのか?! もうこれはお約束なのか?!


 しかし、前回とは剣幕の比が違う!

 狂気的で熱気的で、さらに情熱的!


 「ちゃんと言わなきゃ!! なにやってんの!!」

 「そうそう!! 週刊楓様通信を購読したかっただけでしょ?! あーもお。楓様、絶対に誤解してる!!」

 「夢崎くんって意外と鈍感なの? 見てられないんだけど?!」


 一軍女子たちからの総攻撃。かと思えば。


 「今日は記念すべき日ね。楓様の嫉妬する顔なんて永遠に見れないと思ってたぁ」

 「脳内メモリに永久保存♡」

 「楓様も私たちと同じ女の子なんだって思ったら、ご飯三杯いけちゃうぅ♡」


 どういうことだよ……ご飯三杯って。白米のおかずになるっていうのか。


 いや、それよりも。嫉妬?

 ないない、あるわけない! 


 「ってことで夢崎くん! 誤解は早急に解くこと!」

 「こういうのをなぁなぁにする男はカスだから! カスッ!」

 「なぁんか鈍感っぽくて危なかっしいんだよねー! 女心に疎い男はね、女を苛立たせるし、泣かせる!! はいこれ覚えて!」

 

 ひぃ……! 話が嫉妬前提に進んでいく……!


 でも傍から見たら俺と真白色さんは恋仲なわけで、それこそが偽装カップル。


 誤解されてるわけではなく、これがきっと平常運転。


 それなら、彼氏っぽいことを言おう!

 こういうところから少しずつ変わっていくんだ!

 もうベンチから応援するだけの男は卒業だ!


「大丈夫! 楓は俺の嫁ッ! 誰にも渡さない! だから、みんなが心配する必要はないさ!」


 噛まずに言えた。俺だって、やるときはやるんだ!


 しかし──。

 求められていた言葉とは違ったようで……。


 「すぐそうやって調子に乗らない。慣れてきた時が一番危ないんだから」

 「俺の嫁宣言に、名前まで呼び捨てにしちゃったよ。さすがにまだ早いでしょ? 順序ってものを考えて」

 「純潔は守りなさいよ? 許さないからね?」

 「ごめん。心配しかないんだけど……」



 ひぃっ……! 突き刺さるジト目の嵐……!

 皆さん、怖いです。そんな目でこっち見ないで!


 一歩前へと踏み出した結果がこれか……。

 なんて言えば正解だったのかな。もうわかんないよ……。



 俺はもっと乙女心ってやつを理解する必要があるのかもしれない。


 今晩、夏恋に相談しようかな……。



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