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10/33

10ー① 妹モードと後輩モードで言っていることがぜんぜん違うんですけど?! パパパパニック!


 女の子からこんなに連続してメッセージが届くのは初めてだった。それも天使様から!


 でも、これはちょっと違う……。


 嬉しいと怖いが入り混じり、眠気も一瞬で覚めると同時に青ざめる。


 ま、まずい!!


 『おはようございます!! ぐっすり寝てしまいました! 今日は天気もよくて学校日和です! 洗濯物干してお弁当作って、元気に明るく学校行ってきます! 柊木さんもバイト頑張ってください!』


 よし。とりあえずこれで……。

 思うにこれは、昨晩のおやすみメッセージが至らなかった結果。


 ならば、おはようメッセージをちゃんと送れば大丈夫!


 って、あれ?!

 もう既読付いてる……!


 ……ゴ、ゴクリ。


 けれど、待てど待てども返事は来ない。


 五分くらい経ったところで、夏恋(かれん)が目を覚した。


「ふぁ~あ。おはよ、おにぃ」

「……ぉ、ぉはょ」


「どーしたの? 顔色悪いよ? にゃーんにゃんっ」


 ベッドに腰掛ける俺の膝を枕に仰向けに寝転がってきた。重力に逆らってもなお、山を描いてしまう二つのアーチは目に毒だが、うちの妹は朝から最高に可愛い。


 ……あぁ、かわいい。


 ──しっかりしてよ! お兄ちゃん!!


 ──ひゃ、ひゃい!


 自問自答で即復活!

 堪忍してや。まじで……。妹なんだから、見惚れてちゃだめだろ。仕方ないにしても、少しは抗えよ。


 まだ、もっと。この時間を続けたいんだから──。


 兄として復活の義を果たしたところで、気を取り直す!


「バイトの先輩からメッセージがいっぱい来てて、あれれってな。気にしても仕方ないから朝の支度してくるわ!」


 そうそう。これから朝の支度! 今日は俺の当番の日!


 柊木さんにはメッセージだって返したし、彼氏のフリの責務は果たしてるはずだ。


 なにより他にできることなんてないし。

 今の俺にできること、朝ごはんとお弁当作り!


「なんだしそれ。あぁ~そういえば、これ! 昨日ブーブーうるさかったよ~」


 言いながら夏恋はスマホをツンッとしてきた。


「そうみたいだな。悪かった。まさかこんなにたくさん鳴るとは思ってもなくて」


「ふぅん。最近はそういうゲームアプリにハマってるんだ? 予行練習だけじゃ飽き足らず、ね? そっかそっかぁ~」


 何故かふてくされた素振りを見せてきた。

 ちょっと言ってることも意味がわからない。


「ゲームって、何がだ?」


「昨日さ、止めようと思ったら出ちゃって。凛々って表示されてたかなぁ。二次元嫁ってやつ? なんかそういうのあるよね? 電話とか掛けてきてくれるアプリ」


 ちょっと夏恋さん! どこでそんな言葉覚えてきたの!

 でも、女っ気のない俺だ。夜から朝にかけてたくさんブーブー鳴るとは思いもよらないよな。


 その結果、ゲーム。

 だからって寝込みを襲ってくるような、こんな怖いゲームがあってたまるかよ……!


「あのな、ゲームじゃないぞ。バイトの先輩からだって言ってるだろ?」


 と、今度はため息を吐くと、若干の呆れ顔を見せてきた。今もなお、俺の膝の上を枕に仰向けになり、見事な二つのアーチを描きながら──。


「まぁ~、そういうのだったらしてあげるよ? 予行練習の一環としてだけど」


 その姿に女神の微笑みをみた。


 なんだって? それはつまり……。

 少し、いやだいぶ嬉しいかも……。


「ま、まぁ。予行練習なら、仕方ないな」

「なにそれ。すごいしたそうな顔してるのは気のせいかな~?」

「ば、ばかやろう!」


 でも。今の話の流れ的に…………。

 恐る恐る柊木さんとのメッセージ画面を開く。……と、驚愕ッ!


「ひぃ!!」

「どしたのおにぃ?」


「で、で、でちゃってる! 通話32秒って書いてある!」


 気付かなかった。まったくもって気付かなかった。


 “寝たフリだったら許さない”


 直前のメッセージが目に刺さる!


 ぐはっ! ぐはぐはぐはっ!


 出ちゃだめなやつ!!

 寝たフリだと思われた? ……許されないやつ?!


 やらかしてるやつ?!


 あわわわわわ……。どどど、どーしよう……。


「いやだから、出たって言ったじゃん。夜中の電話に出ちゃまずいとかそういうイベントでもあった? もう止めなよ。メッセージならわたしが送ってあげるってば。なんなら休み時間に電話もしてあげよっか?」


 …………………………。


 うんいいな、それ。


「そうだな。なら、ぜひにお願いします!」

「なんだしそれ。いいよんっ!」

「さすが、夏恋!」

「そうやって、あからさまに嬉しそうにするんだから。お兄はまだまだだよね~。そんなんじゃ、彼女なんて出来ないぞ~?」


「ば、ばかやろう! そんなわけあるか!」

「はいはいそーですね!」


 こ、こいつぅ……!!

 

 …………って、ちっがーうっ!

 これ、ゲームじゃないの。リアルなの! 柊木さんなの!!


「待ってくれ夏恋。これな、ゲームじゃなくて、バイトの先輩なんだよ。本当なんだぞ?」


「あ~、はいはい。そういうことにしといてあげる~!」


 そう言うと夏恋は俺の膝からバサッと起き上がった。そしておでこに手のひらペタッ。


 からのおでことおでこが触れ合う──。


「熱はないね。でも顔色悪いからもう少し寝てなよ。洗濯機まわして、朝ごはん作っとくから~。干すのだけおねがーい!」


 一瞬、抜刀術が炸裂するのかと思ってドキッとしたことは秘密だ。

 そのうちきっと、おはようのちゅうとか言い出すんだろうなとか、思ってることも秘密だ。


 ただやはりこれも、夏恋が超えないボーダーラインというのか。頬へのキスは一日一回限り。


「いやいや! 大丈夫。顔色悪いのは悪夢にうなされただけの一時的なものだから。ぜんぶ俺がやるよ! 最近、迷惑掛けっぱなしだし」


「あのね、迷惑とか思ってないけど? じゃあ一緒に行こっか。こうやって言い出した時のお兄はしつこいからね~」


「ったりめーよ!」


 ……………………。


 あ。ついうっかり日常に流された。

 とんでもない誤解を背負ったまま、朝の支度が始まってしまった。


 誤解されたままでいいのか?

 だめだろそんなの。休み時間に電話とかメッセージしてくれるって言ってるんだから!


 嘘ついたみたいになるのは絶対ダメだ!


 ◇ ◇


 その後も何度か言ってはみたものの、夏恋は聞く耳持たず。女っ気皆無の俺が話すにしては、段階を色々とすっ飛ばしている。


 こんな話、信じてもらえないよな。



「まだその話してるの? バイトの先輩って、冗談キツ過ぎ。何時だと思ってるの? 寝てるに決まってるでしょ? 夢とか妄想も大切だと思うけど、現実を見なさい」


 そう言うと“あーん”とスプーンが口元に近づいくるので、当たり前にパクッとする。


 もぐもぐ。ゴックン。


 今日の朝食はオムライス。ひとつのお皿に二人分が添えられる。


 二人しか居ないのにダイニングテーブルに並んで座っている。もちろんスプーンはひとつ。


 ……おん。この現実もいかがなものかと思うけど。


 そうか。現実を見せればいいんだ!


「ちょっとこれみてくれ!」


 言うより見せるが早し! 

 何を言っても信じてもらえないならこれだ!


 柊木さんとのメッセージ画面を開き、夏恋にスマホを渡した。


「うわっ。なにこれ? あの女でもこんなことしないよ。ほとんど一時間置きに連絡来てるじゃん。怖ッ! 最近のゲーム怖ッ!」


 あの女……葉月のことだろう。

 夏恋の前では葉月の名前を出すのはタブーではない。ただ、あの女呼ばわりするくらいなので、話題はスルーするけども。


「ゲームにしてはよくできてるなぁ……普段使ってるメッセージアプリとまったく同じだし」


「当たり前だろ。普段使ってるメッセージアプリだからな?」


 夏恋は“まっさかー”という表情で、柊木さんとのメッセージ画面を離れると、葉月とのメッセージ画面に一瞬触れそうになるも見ず、自分とのメッセージ画面を開いた。そして目をぱちくりさせて固まる。


「これは……本物のメッセージアプリだね」

「いや、だから! そう言ってるだろ!」


 そうしてもう一度柊木さんとのメッセージ画面を開くと、今度はアイコンを押した。そしてタイムラインへと進んでいく。


 色々でてくる。

 ほぇ~。そういえばこんなのもあるんだった!


 などと感心していると、天使様の顔写真なんかも出てきたりして──。


 遡る、遡る。どんどん下へとスクロール。


 柊木さんの高校時代のあれやこれも出てきた。

 元カレさんの写真なんかも出てきて、とっても幸せそうな顔してる!


 いやいや。こ、これ! 

 見ちゃっていいのかな? というかこれ、すごいな!


「本物だ……っていうかこの人知ってるし! お兄がよく話してた天使様でしょ? お兄のバイト先行ったの中学の頃でだいぶ昔だから記憶があやふやだけど、大人びてるのに幼さもあって、すっごい綺麗な人! うんっ! この顔だ!」


「お、おお、そうだぞ。バイトの先輩だ。天使様とも、言うな」


「うっそ……。え、うそだぁ? そんなまっさかー! え。でもこれ本物だよね。ゲームじゃ、ない?」


「お、ぉぅ。だから本当だってさっきから何度も……」


 ようやく信じてもらえたようで、ホッと一安心。……つく間もなく、話はそれだけでは終わらなかった──。


「ここまで見ちゃって今更なんだけど、他人にスマホを見せるのはだめだよ。こういうのよくないよ。お兄が他の誰かにわたしとのやり取り見せてたりしたら、いやだし」


 なるほど。言っていることはわかる。

 でもお前は違うだろって。そんな寂しいこと、言うなよ。


「お前のこと、他人なんて思ったことは一度もないぞ? 変に誤解されるくらいなら、俺は何度でも信じてくれるまで見せるからな」


「ば、ばか。本当にばかだよ……。ばか……ばか!」


「な! バカバカ言うなよ! いくらお前でもな、二回以上の連続馬鹿には物申すぞ?」


「はぁい。本当にばーーかッ!」


 と、言いながらスプーンが口元に。

 パクッとしてもぐもぐ。ごっくん。


 そして夏恋も、もぐもぐ。


 なんだろうか。今の夏恋は少し、らしくなかったというか、なんというか。


「それで、どうして天使様からお兄に連絡が来るの?」


 そうか。そういう疑問を抱くのは当たり前か。

 俺は話した。特に隠すことでもないし、なにより休み時間にメッセージしてくれるって言ってるんだ! 包み隠さず、ありのままを全て!


 ◇ ◇


「彼氏のフリ……。なんだしそれ。ってことは天使様のメッセージも演技?」

「当たり前だろ。彼氏のフリなんだから。パリピなお兄さんたちを追い払う口実なだけだ!」


 だと思っているのだが、妙な引っ掛かりはある。


「ねえ、お兄。これさ、彼氏のフリはフリでも、他の誰かを欺くようなフリじゃなくて、天使様にとって彼氏的存在のフリをするっていうフリだと思うんだけど」


 待って夏恋! フリフリ言い過ぎててなにがフリなのかわからないよ!


 でも確かに聞こえた。彼氏的存在のフリ。そう考えると合点がいくなぁ……。


「つまり、偽装カップルではなく恋人ごっこか?」


「たぶんそんな感じ? ていうか恋人ごっこってなんだし」


「いやぁそれはな! ……な、なんだろうな……」


 危ない。葉月の話題を出しちゃうところだった。二人は犬猿の仲。この話だけはタブーだ。


「でもなんていうか、ややこしいことになってるね。や、やっちゃった……って誤解されてるんだもんね?」


 話したあとで後悔した。

 俺は妹となんという話をしているんだ。やっちゃったとか、やってないとか……。


「でもよく帰ってこれたね? 憧れの天使様でしょ? お兄だってもう高二だし」


 話を広げてくるというのか……。この話、早く終わらせたい。

 妹とこんな話するなんて、ダメだ!


「そんなの、一秒でも早く家に帰りたかったからに決まってるだろ。ってことでこの話は終わりな!」


「なんだしそれ。……いつ? あ……。あの日かな。なんでそんなに早く家に帰りたかったの?」


 やけに突っかかってくるな……。

 やっただのやってないだの、兄妹の会話としてあるまじき!


「あのな、お前が夕飯作って待っててくれてるからに決まってんだろ!」


 と、言い終わると夏恋は急に瞳を曇らせた。

 あれ、俺なにかまずいこと言っちゃったかな……。


「それはだめだよ。わたしはお兄に彼女ができたら………………嬉しいよ?」


 突然なにを言い出しているんだ。

 だめってなにがだ?

 あの日、家に帰ってきたことをだめって言ってるわけじゃないよな?


 考えても夏恋の言葉の意味はわからず、俺の口から飛び出した言葉は、


「俺は夏恋に彼氏ができたらいやだなー……とか思ったりするときもあったりなかったり……あったり……なかったり。ちっとよくわかんないや」


 こんなどうしようもないもので、またしても夏恋から否定されてしまう──。


「ばか! そこは嘘でも嬉しいって言うの!」

「……おう。い、いるのか好きな男とか? 彼氏とか?」


 でも、止まれない。


「さぁ、どうだろうねー? どうかなぁ。いるかもしれないなー?」


「ま、まじかよ。そりゃ、そうだよな。お、お前も……年頃の女の子だ。も、モテるもんな。俺なんかと違ってモテモテのモテモテだもん、な……」


 今まで考えて来なかったわけじゃない。

 

 そうだよな。

 夏恋だってもう、高校一年生だ。浮ついた話のひとつやふたつ……。


「わたしのことはどうでもいいの。お兄はさ、彼女作りなよ。あれだけ欲しがってたんだから。作らなきゃだめだよ。そのための予行練習なわけだし」


「だ、だよな! あははぁ……」


「ばか。お兄がそんなんじゃ、もう予行練習しないよ? つじつまが合わなくなっちゃう。予行練習の意味、なくなっちゃうでしょ?」



 つじつま──。


 その言葉は胸を抉るようだった。

 夏恋がなにを言わんとしているのか、ようやくわかった。


 いつの間にか忘れていた。どうして、予行練習をしているのか。


 夏恋は俺をからかって遊んでいるだけじゃない。もう既に、前提条件を履き違えるほどに俺は──。


 夏恋との時間に依存している──。



 言葉に詰まる。

 すぐにでも返事をしないといけないのに言葉が……出てこない。


 暫しの沈黙を経て、最初に口を開いたのは夏恋だった。


「あーあ、もうお兄は! これで案外、楽しんでるから予行練習はまだまだ続けるつもりだよ? ちなみに彼氏なんて居ないし、作る予定もなーし! これでいいかな? 少し意地悪しすぎちゃった。ごめんっ!」


 それはたぶん。俺がいま、最も欲している言葉だった──。


 これだけ毎日からかってれば楽しいだろうよ。楽しそうにしてるもんな。きっとこの言葉に嘘はない。


 と、信じて──。


「なっ、おま! 居ないなら居ないって最初からそう言えよ! 紛らわしいことしやがって!」


「ふふん。お兄の悄気げた顔見てたら、居るってことにしちゃおうかなーって思ったけど、やーめた! 可愛い可愛い箱入り娘だもんねー? シスコンのお兄ちゃん!」


「ば、ばかやろう! 誰がシスコンだ!」


 真面目な話をしていたかと思えば、シスコン認定。油断も隙もないとは、まさにこのこと。


 そうだよ。夏恋はこういうやつだ!

 ペースに飲まれたら負ける! 彼氏の影を匂わしてきたからか、ついうっかり飲まれてしまった。……気をつけねば。


 そして朝食の続きは始まる。


「ほらお兄ちゃん! 大好きな妹があーんってしてあげるよぉ~?」


 あ。完全に後手にまわってしまった。

 さっきの話の流れ的に、シスコンと言われても否定の余地はない。


 今だけは、おとなしく従っておこう。……パクッ。




 でも、今日の話は夏恋からの牽制球(けんせいきゅう)のような、そんな気がした──。


 俺はもっとしっかり、お兄ちゃんを演じなければならない。夏恋の期待に応えるためにも──。


 たとえそれが、俺の期待とは相反したとしても──。

 



 ◇ ◇



 話し込んでしまったことに加え、シスコンいじりまで始まり……。だいぶ忙しくも慌ただしい朝になってしまった。


 それでもどうにか葉月家が見えた──!

 家の前で手招きする葉月、早く早くと急かす様子がうかがえる。


「レンくん遅刻! なにやってんの!」


 え。遅刻って言っても三分くらいだけど……。


「ほら走るよ! 電車乗り遅れちゃう! あーあ。もうレンくんなにしてるのぉ! あーあ。あーあー」


 ちょっとちょっと葉月さん?

 五分遅れの常習犯だった葉月さん?


「レンくんほら! 急いで! 走るの!」

「お、おうよ!」


 手を引かれ、なんとなく走り出す。

 もともと葉月が遅刻する前提の待ち合わせ時間。電車に乗り遅れるとは言えど、それで普段通りなんだぞ?


 急ぐ必要なんて、これっぽっちもない。


 しかしっ! 葉月は全力ダッシュ──!


 ……と、走り出しこそ俺の手を引いて速い速いなんて思ったけど、それは最初の五歩くらい。


 ていうか葉月って、運動はからっきし苦手なんだよな。走るって言っても、なぁ……。


「あんま無理するなよ。時間的に急ぐ必要はないんだからな?」

「はぁ……はぁ……! いいから走って!」


 だめだ。たぶんいま、何を言っても葉月は聞いてくれない。


「おう! そしたらかばん持っててやるから。がんばれ!」

「ありがとレンくん! はぁ……はぁ……!」


 なんだかよくわからないことになってしまった。でも、目の前でがんばる葉月をみると、無性に応援したくなってしまう。


「駅が見えたぞ! がんばれ葉月!」

「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 もはや返事をする余裕もないほどの全力!



 “遅刻ぅ? しちゃえばいーじゃん!”


 って言い出しそうな、ゆる~い感じの葉月が! あの葉月が! がんばっている!

 親心ならぬ、幼馴染心とでもいうのだろうか。


 なんとしても間に合わしたい。いっそおぶるか? おぶったほうが早いんじゃね……?


 いや。ここで手を差し伸べるのはきっと違う。


 でも! 限界が来たそのときは、俺がおぶってやるからな!


 ゴールは約束されている!!


「あとちょっと! もう少し!」

「はぁ……はぁ……はぁっ……!」


 走った。葉月は限界を超えて走り続けた──。


 ◇


 その甲斐あってか、どうにか電車には間に合った。……けども。


 六月のこの時期、日によっては暑い日もあったりして。


「間に合ったぁ。良かったぁ。はぁ……はぁ……!」


「よく頑張ったな。葉月。俺は嬉しいよ!」


 と、思うのはほんの僅かな間。


 今日は割と、その暑い日でして。


 普段、運動なんてあまりしない葉月からは湯気が出ていたりなんかしてまして。


 そんな中、始まる恋人ごっこなわけでして……。

 

 やや混み合う電車内。

 葉月と征く、ましゅまろ電車通学の旅……。


「はぁはぁ…………はぁ……!」


 今すぐにでもどこかに座らせてあげたい。しかし、座席はあいにくの満席。


 俺の胸にうずくまり、吐息を漏らしている。

 だから俺は少しでも葉月がラクな体勢になるよう、腰に手を回し支えてあげた。


 走って疲れているのだから、仕方のないこと。 


 でも…………。



「はぁ……はぁ…………はぁ……!」


 ちょっと葉月さん。なんだかとっても如何わしい雰囲気に感じてしまうのは、気のせいですかね?! 吐息、やばいですよ?


 ……いや、それよりも……。

 火照っているために普段よりも熱く、速い鼓動を身体で感じる。それでいて、慣れ親しんだはずの葉月の甘いお花畑のような匂いに、一種のフェロモンのようなものまで入り混じり……鼻から脳を一直線に刺激する──。


 男子高校生の脳内爆発ッ!!


 どかーん!


 ただでさえやばすぎる、ましゅまろ登校なのに。今までとは比にならないやばさが襲ってくる……!


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 特に会話もなく、葉月は俺の胸にうずくまり、切らした息を整えているようだった。


 二駅目を過ぎたところで、徐々に回復してきたのか、顔を上げた。


「だめだぁ。あっつーい!」


 そう言うとブレザーのボタンを外した?!

 汗で湿ったワイシャツは当然のように透けていて、ましゅまろを包みし神の布! 水玉模様が露見する!


「お、おい葉月! 暑いのはわかるが我慢しろ!」


 というかなんでインナー着てないんだよ?!

 女子高だからか? ブレザー着てるからか? それとも一限目が体育とかか?


 ええーい! そんなことはどうでもいい!


「さ、さすがにやばいだろ。少しは自覚しろ! 電車の中だぞ! 勘弁してくれ……」


 透けてるぞ! と、言葉にするのは恥ずかしく。でもそんな俺の様子に気付いてくれたようで……。


「だいじょーぶ。こうしてればレンくん以外には見えないからぁ! はぁ……はぁ……!」


 おおぉぉぉい! それのどこが大丈夫だって言うんだよ! 俺に見えてたらアウトだろうが!


 ……俺の胸にうずくまる体勢なら、他の誰かに見られることはないけどさ。


 葉月さぁん……勘弁してくれぇ……。


「あー、あーつーいー」


 さらにパタパタと手で仰ぎだした。

 風に流れて不思議の国の葉月フェロモンが否応なしに鼻を襲ってくる……!


 くぅっ……。


 暑いなら離れればいいだけ。だが、今はそれを許さない。ましゅまろが奉納されし神の布が露見する!


 なんつー状況にしてくれたんだ……。


 やばいよ。やばいって。本当にやばい。

 と、というかこれ……これから夏本番になったらもっとやばいんでない? やばない? これ絶対やばいやつでない?


 思い返してみると葉月は結構な汗っかきだ。

 代謝がいいと言えばそれまでだが、なにより運動嫌いが災いしている。

 

 と、とりあえず今日は確実に降りよう。降りるべき駅で! 今後のことは後日ゆっくり考えるとして──。


 四駅目を過ぎたところで、葉月は思い出したかのように、いつものセールストークを始めた。


「え、延長はいかがなさいますかぁ? 今ならお得な一週間コースもございますけどぉ。はぁ……はぁ……」


 ちょっとちょっと葉月さん……本当に今日はやめとこ。頼むから……。


 徐々に呼吸を取り戻しつつあるが、身体は火照ったまま。映し出される瞳は、疲れからなのかとろ~んとしている。


 セールストークのために、言葉を発するのが辛いだけだ……。わかってる。わかってるけども、さぁ……。


 さらにちゃっかりと、このタイミングで新たなコースを提案してきた。


 一週間コースなんて初耳だぞ……!


 ここでYESと答えれば、延長を断るチャンスが一週間消える。それはまずい。葉月の今後を考えれば絶対にまずい。


「え、延長は……延長は……」

「うん。はぁ……はぁ……。延長は……?」


「え、延長は…………」


 …………………………。


 ──間もなく~虹の夢が丘~虹の夢が丘~


 俺の降りる駅、キタコレ!

 はぁはぁしてたから、いつもよりも展開が遅いんだ。こんなチャンスきっともう、二度とない!


 今なら、いける!



 ──開くドアにご注意下さい~。


 よしっ!


「え、延長は考えとく! じゃあ葉月。今日はここで!」


 いいながら葉月のブレザーのボタンを超高速でかける。手の甲に感じるましゅまろなど、今だけは忘れる。あとで思い出すけど。今だけは!


 そしてポンポンと両肩を叩き、じゃあねをする。


 と、ドアへと振り返る俺の袖をぎゅっ。


 しかしっ! 今日ばかりは振り払う!

 俺だって、やるときはやるんだ! このチャンスを逃したら、次はきっとない!


 これもそれもどれもすべて!

 お前を思うからこそ! 友達を欺くような真似、させられないだろ!


 ドアへと向かい、走り出す──。


 しかし……。


「……行かないで。頑張って早起きしたんだよ? 一本早い電車にだってちゃんと乗れたよ……?」


「……え」


 その言葉を聞いて、ドアへと向かう足は完全に止まった。


 あ……。あぁ……あ……あぁ…………。そういうことだったのか……。


 それはもう、殆ど反則だった。反則にして必殺技。チートスキルもおったまげてしまうような、今更過ぎる答え合わせだった。


 恋人ごっこのために、毎朝早起きして五分早く家を出ていた。俺が、葉月の通う女子高の最寄り駅までついて行っても遅刻をしないように──。


 そんなことのためだけに……?

 五分遅刻の常習犯だった彼女が、遅刻をしなくなった……?


 はは。はははっ。


 疑問形にしてしまうも、その答えは初手で出ている。


 ……………………………。



 葉月にとって、今はこれが楽しいのだろうか。


 いや。楽しいんだよな。だから、ここまでするんだよな。


 こんなの……。いくら俺だって勘違いしちまうよ。なんでここまでするんだよ。意味わかんねーよ。なんだよこれ。どういうことなんだよ……。


 ……でも。大丈夫だよ、葉月。


 俺は、俺だけは! お前の期待に応えてやる!


 散っていった戦士たちとの格の違い、見せてやるよ! 幼馴染、なめんな!!



 ──閉まるドアにご注意下さい~。


 ──プシュー。



 はいはい! いえっさー!

 七分延長入りまーす!


 と、普段なら諦めの悟りを開き今を全力で楽しむ場面。なのだが……。若干、気まずい。


 葉月があんな風に駄々をこねるなんて、いつぶりだよ……。


 いやはやこれは……。どうしたもんか。

 

 普段通りに接して、いいのか?



「でっ? 延長はいかがなさいますかぁ?」


 あ、あれっ?

 先程のマジトーンな雰囲気は何処へと。


 葉月は平常運転に戻っていた。しかも、話の続きを急かしてくる。


 くっ……。ちょっとそれは……ずるいんじゃないかな葉月さん……。


 もはや俺の返答は決まっていた。


「……する」

「一ヶ月コースでよろしいでしょうかぁ?」


「……うん。……う、うん?!」


 いや、いやいや!

 どさくさ紛れに何を言ってるの!


「ち、違うだろ!」

「えへへ。バレちゃったかぁ! じゃあ一週間コースで承りまぁーす!」


「お、おう!」


「じゃあちゃんと言葉にしましょー! がーんばれ! れーんくん!」


 無自覚系天然。恐るべし。

 今のさっきで、平然になれるなんて……。でも、言わなければならない。


「い、いっちゅう(・・・)かんこーしゅ! えんっちょっつします!」


 か、噛みすぎだ……。かつてないほどに噛んでしまった。動揺する唇はこれほどまでに愚かなのか! …………穴があるなら今すぐ埋まりたい。


「れ、レンくん! ちゅうしたいの?」

「えっ? えぇっ?!」


 まさかの反応に驚愕ッ! なんてところを拾ってくるんだよ!

 ただ、噛んだだけだろうに!


「ですが申し訳ございません! ちゅうは一ヶ月延長コースからのみ、追加できる特別オプションとなっておりまーす!」


「なっ、ななな?! と、特別オプション?!」


 ていうか!! 恋人ごっこでキスとかするのかよ?! それもついさっき! 勢いで契約させられそうになった一ヶ月コース?!


 もはや戦慄が走るッ──!


「はぁい! 様々なコースをご用意しておりますので! ちゅうくらいなんてことありませんッ!」


「そ、そうなんだ……すごいな……。す、すごいな……恋人……ごっこ……」


 これはたまげた。

 予想の遥か彼方を蛇行していく──。


「でもねっ。レンくんだったら、どのコースでも契約できるよぉ? ってことで、ちゃんと言い直しましょー!」


「お、おう……と、とりあえず……い、い、いっしゅ……うかん! コースで……おっ、おっ、お! お願いします!」


「かしこまりましたぁ! ちゃんと言えてえらいね! レンくんいいこいいこだよぉ!」


 

 無自覚系天然。まじ、恐るべし……。


 


 ◇ ◇


 ずっと幼馴染として、隣で見てきた。

 初恋の相手が誰なのかと聞かれれば、それはもう、葉月の他には居ないだろう。


 小学校の頃から一際目立って可愛くて、クラスの男子全員の好きな女子と言っても過言ではなかった。


 中学に入ると、その才覚をますます発揮した。それでいて勉強はすごいできる。


 だから俺は──。

 幼馴染として、葉月が楽しいと思うことに、付き合ってやる。


 散々世話になったからな。

 小学校、中学校と俺がぼっち生活を送らなくて済んだのも、葉月のおかげだ。


 幼馴染パワーとでもいうのだろうか。その恩恵をずっと受けてきた。


 本人はなにも気付いちゃいないだろうけど。


 俺は絶対に誤解しないから。散っていった戦士たちのようには、ならない!


 彼らのモノローグを胸に刻み、教訓とし、反面教師ともする!


 大丈夫。大丈夫。大丈夫。


 いつまでも幼馴染として、お前の隣に居れる男でいてやる!


 恋人ごっこ。上等! ドーンと来やがれ!!


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