表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌とした世界で"先駆者"へと至るまで。  作者: 終
死を象徴する塔
9/25

天空舞踊

 目的地の場所までは小走りで十数秒。今回は歩いたので一分ぐらい掛かった。

 その間、『戦歴』を見て新たに得たスキルや称号の確認と、倒した魔物の情報から色々と考察した。


 先ずは、魔物の種族は『毒傀儡師の蠍スコーピオンパペットマスター』。相手を傀儡――手駒とする特殊な毒を持つ魔物。自身の戦闘力自体は低いが、傀儡とした獲物を使って数で圧倒するタイプだ。まあ、傀儡とした獲物が弱ければ無意味だが。小腹が空けば、傀儡とした獲物を新鮮な状態で食べれる。手駒としても、食料にもなることから、傀儡は汎用性が高い。


 俺は人間を――同族を殺したのでそれに関する称号と、習得条件が判らない『過剰蹂躙(オーバーキル)』。それと、カルマ値の減少。同族を殺すこと――悪事を働くと-10だろうか。悪事の内容によるもの? 不明だが、この後も人を殺すかもしれないし、その時にでも検証していく。


 四人の傀儡と化した人を殺した時には、称号『殺人鬼』と固有スキル『残虐者(オーバーキラー)』を得た。一度に何人ものの人を殺した影響だろうか。不明だが、対人戦といった人型の敵と戦う際に活用しそうだ。


 最後に、スキル『自暴覇気(エモーションドライブ)』だが、コレは魔力が膨大に溢れことと関係している、と思われる。魔力は感情に影響を受ける。つまり、制御不能となった感情を魔力に変換するみたいなだろうか。


「んー、俺の場合『絶対精神』によって感情の起伏を安定化させてると思ったんだが……違うのか? いや、これはこれで僥倖だな」


 これは面白い。

 中々興味深いものだ。


 そもそも、俺は他人を信用していない。家族や極僅かな女友達ですら――俺は感情を表に出していない。

 それが何故なのかは――俺が孤独だからだ。


 孤独。

 孤高。

 両方とも周囲に目を向けていない。常に自身に、だ。

 そして、俺は孤高じゃない。誇りや名誉など、心底どうでも良い。

 俺は飽くまで孤独。孤独の中に生まれる、深淵の如く深い闇を奥底に秘めている存在だ。

 私利私欲――俺の欲望を満たす。目的を達成する。俺のやりたい事をする。

 他人がどう思っても気にしない、自己中心的考え方。

 他人の感情を解っているのに行動しない。


 だが、俺はそれで満足している。

 他人じゃなく自分自身だ。自身の考えでそういう風に考えたなら行動する。

 それは――俺のしたい事だから。

 その選択を後悔なんてしない。


 にしても、感情なんて俺には存在しないと思っていたのに、それが間違いであった。

 本来なら喜ぶべきじゃないのは解っている。"先駆者"へと辿り着くために障害となる理不尽。それを超えるには、精神を鍛えなければらない。脆弱な精神など要らない。感情を操作しないといけないのだ。でも、今の俺にそれが成せるとは思わない。故に、『絶対精神』の感情を安定化する力が必要だ。

 でも、それと同時に人間の感情に興味がある。

 人間や人間の所産、それを可能とする人間の感情や行動といった人間本性。

 人間の感情とは多彩だ。様々な見解があり、似ているモノでも少し違う。

 俺はそういった奥の深い感情によって、人々が成長する――人類が進化したのが興味深い。

 それが非常に興味深いのだ。

 だからこそ、感情を研究するのが楽しみだ。


『絶対精神』でも"絶対"じゃない。不可能が不可能ではないと同じように、可能が可能であるとは限らない。

 全てが不変だ。常に変わり続けるのだ。

 それが判っただけでも、"先駆者"へと道が不可能ではないという意味の表れ。

 ならば、精一杯抗おうじゃないか。

 更に決意を固めつつ、俺は歩みを進めた。




 到着すると、その場に居たのは――一匹の白い兎の魔物。

 白い体毛は付着した血で赤く染まり、床にも夥しいほどの血の跡がある。

 でも、肝心の死体が無い。

 床に転がってもいない。


 マズいな……。嫌な予感がする。何か問題が起こりそうな、そんな雰囲気が。


 直ぐに戦闘に移れるように、鞄は近くに置いておく。

 これで戦闘準備は完了だが――


 そもそも、兎は俺としては厄介な相手だ。

 兎の特徴は大型の耳介や後肢。耳介は音や風を集め情報を多く得れる。後肢は長く、跳躍走に長けている。

 今居るこの場所は、開けているが天井は少し低く色々と狭い。

 こういう場所は兎の戦闘を大幅に高める。小さな体格だと特に。


 今回のは体調が兎の三倍ぐらい。後肢は長く、多分跳躍走に長けていると思われる。

 一瞬、この世界の兎と別の世界とでは違う可能性もあったが、どうやらそういうのは杞憂だったようだ。


 兎の魔物は此方に関しては既に把握していると思う。

 僅かな音や風で聞き取っているだろう。

 だからこそ、攻める機会は慎重にだ。


毒傀儡師の蠍スコーピオンパペットマスター』の時は先手必勝だとか言って油断して醜態を晒したが、今回は違う。絶対に同じことは繰り返さない。

 慎重に、相手の力量を把握して行動する。


 右手に纏う触手に魔力を流しつつ、相手の出方を見る。


 さて、さて……相手さんはどんな戦いを魅してくれるのかねぇー。


 触手を動かしながら、何時でも対応出来るように……――

 刹那、兎の魔物の姿が消えて――


 ヤバッ……!


 それが一体誰の仕業か最初は解らなかった。でも、咄嗟に体は動いた。

 右手に魔力を流し強化し、両腕をクロスして腹部をガードする。魔髄液も腹部に集中させ魔力で押し固める。


 直後。


 空気が爆ぜる音がしたと思うと――鈍痛。

 両腕の骨がバキバキと折れる音、何かが潰れる音、そして腹部に来る衝撃。

 口から空気が吐き出され、思わず咳き込む。そこに混じる少量の血。


 一瞬だけだったが、その音は鮮明に。頭の中で印象付けられていた。


 激痛で大抵の人が意識が飛ぶであろう中、俺は冷静に状況を把握して判断を下した。

 後ろに少し跳びつつ衝撃を減らし、一旦離脱。距離を取る。

 その際、俺の腹に飛び蹴りを喰らわしたクソ兎に睨みを利かすのも忘れない。


 衝撃を少し殺したのにも関わらず、俺は十数メートル先の壁に叩き付けられる。

 壁に叩き付けられた衝撃でHPが僅かに減少する。

 背中の痛みを堪えつつ、着地し状況を見る。

 兎が初めに居た場所やその天井には、窪みがあって凄まじい衝撃であったことが窺える。


 跳躍して天井を蹴って俺へ飛び蹴り。

 それだけで、両腕が()し折られていて原形をとどめていない。

 運の良いことに内臓はどうにか無事。

 本来なら肉体欠如レベルだったが、どうにか全身全霊の防御が間に合ってギリギリ防げた。

 防げてなかったら確実に死んでいた。


 はぁあっ、はぁあっ……アレは無理。

 相手の動きを魔力や闘気の上で先読みしたとしても、あの速さは以上だ。

 現に、俺は動きですら目で追えていない。


 減ったHPは二割ぐらいだな。今も少しずつ減っているけど。気にするほどじゃない。

 取り敢えず両腕を治すか。


上位回復薬(ハイポーション)』を飲めば、部位の欠如や瀕死状態でも直ぐに回復できる。通常よりも効果が高いため、1000Pと高くなっている。

 正直なところ、直ぐにでも飲みたいが……そうはいかない。

 両手が使えない今、瓶を開けて飲むのは不可能。瓶を割って浴びるだけでもいいが、相手がしてくれないだろう。

 となれば――


 相手の蹴りに合わせて『上位回復薬』を出して、蹴りに掠らせて割らせてソレを浴びる。


 タイミングを合わせて。

 丁度良い時間で。

 ……


 相手が消え、刹那――空気が爆ぜる音がする。


 ……今だ!


『上位回復薬』が俺の眼前に現れ、それと同時に顔を僅かに右へ傾ける。

 その直後、左頬が少し裂けて――壁が吹き飛び瓦礫が飛び散る。


 ギリギリっ! 危なかった!


 更に――相手の蹴りが当たったのか、『上位回復薬』の瓶が割れて液体が飛び散る。

 飛び散った液体を頭から被り、淡い光が俺を包み込む。

 光が消えると、両腕は元通り。HPも全回復している。


 予定通りっ……!


 元通りになった右腕に魔力を流し強化しつつ、隙を見せたクソ兎の顎に拳を叩き込む。

 吹き飛んでいく小さな体格の白い物体。

 確実に入ったし、先程の威力なら大抵の相手なら一撃だろう。

 だが――


「うーん、殴った感触が微妙……決め手には欠けたか」


 頭を掻きつつ、そう呟いた。

 動きも速いし、攻撃の威力も桁外れ、防御に関しても高い。

 やっぱり、()の力では足元にも及ばすか。

 魔力で動体視力を上げれば対処は可能……だが、攻撃が微妙だ。全魔力を籠めた一撃が当たっても瀕死の状態まではいける。でも、倒せない。

 どうやら、あのクソ兎の体毛は特別性だ。闘気や魔力による攻撃をカットする感じ。でも、ダメージは与えられる。

 使えそうなモノは――


「『舞踊』を使ってみるか」


『芸人』の力で、相手が俺に注目すると技術や魔力の扱いを上達していく。これを利用して、『魔闘呼吸』で身体強化をしつつ、『舞踊』で独特な動きを醸し出す。美しく、予測不能な動きをして回避しつつ、一撃に籠める力を高めていく。そして、蹂躙する。


 それじゃあ、『舞踊』以外で面白そうなスキルがあれば組み合わさで面白く――うん、『手品』とか良さそうだな。

 色々あって現在10150Pあるし、『手品』――奇術を習得しても問題ないだろう。

 能力自体も面白そうだし。



手品 5000P 奇術。「実現不可能なこと」が起きていることを見せかける能力。



 飽くまで見せかけているだけ。

 俺の意識が続く限り持続するみたいだ。睡眠や気絶といった行為を行えば解除される。

 だが、意識が続けばその現象は続くのだ。


 早速、制服の右腕部分を修復する。

 手品での――破いたり、燃やしたりしたカードや紙幣を元通りに戻したりするヤツだ。


「『復元』」


 使ってみると――


 あれ? 発動しない? いや、魔力が100減ってるし間違いなく発動してる筈だけど……一体、どういう事だ?

 何か発動する上で条件があるとか……? 条件を満たしていないから不発?

 だとすると、その条件は? 何だろうか……?

 手品に於いて重要なのは――観客から、相手から手品のタネを見破られてはいけない、か?

 つまり、相手の視界から隠す?

 そうなると、別の場所に移動させる奇術とかは、移動させる場所も相手の視界の外。

 うん、試してみる価値はあるな。


 俺は左手で修復する箇所を隠しながら、スキルを発動する。

 隠した場所から元通りになっていき、最終的には完全に修復した。


 消費魔力は10だな。

 さっきと消費する魔力に差があるのは、成功したか失敗したか、これが影響してると思う。

 成功すれば歓声。

 失敗すれば嘆声。

 代償もそれなりに伴うという事だ。


 面白い。

 戦闘で使う際は、相手の視線を確認しつつ判断。

 スリリングな戦いが出来るというものだ。


 物事は順調には行かない。

 理不尽によって突如として道が閉ざされる。

 ならば、それを俺が奇術で不可能を可能に。

 手品とは、「実現不可能なこと」が起きたかのように見せかけるものだから。


 ゆっくりと、クソ兎の方へ歩いていく。

 奇術によって、拍手と喝采が止まない戦いを。

 戦いのインスピレーションを体現する。


 近付いていく俺を、クソ兎は赤い瞳でじっと見る。

 その距離が十メートルに縮まった時、クソ兎が消える。


 空気が爆ぜる音。

 周囲の天井、壁に窪みが次々に生まれていく。

 俺の横を何かが通りすぎる。


 魔力で強化し動体視力を上昇させて、その動きを見極める。

 大体、魔力で強化した動体視力でやっと見えるぐらいの速さ。

 かなり速い。


 視界に映る光景と、魔力を広げ索敵して相手の動きを把握しつつ、俺は相手の行動パターンを予測する。

 相手の速さ、索敵結果から相手がどの場所を、どの角度で跳んでいるのかを把握。

 不規則に動いてはいるが、その中から相手の行動の共通点を探る。

 動きを見ていると、次第に相手が何処に着地したらどの角度や速度の調整を入れて動くのか、それが判ってくる。


 そろそろ、か。

 相手の動きもある程度把握した。

 下準備は万全。


 攻めない俺に痺れを切らしたのか、やがて相手の攻撃パターンが変化する。

 様子見から攻撃へ。

 俺の背後へ強襲。


 角度、速さ、場所共に把握……よっと。


 僅かに頭を右へ傾け回避。


 左前方から、角度四十五度、速さに変わりなし……ほっ。


 体を後ろに反らし回避。


 そうやって、相手の動きから予測した情報を元に回避を成功させていく。

 相手の動きに僅かにズレが生じても、冷静に判断を下し危なげなく回避。

 回避、回避、回避の連続。

 それだけでは終わらない。

 相手の動きを更に把握し、最小限の回避をしていく。

 最良と思えた回避が、更に……更に、淘汰され美しいものとなる。

 摺り足により静かに動く。静かにその場を舞う。


 攻撃が当たらず、徐々に怒りの矛先を俺に向けてくるクソ兎。

 いいぞ、実に素晴らしい。

 相手が俺に注目すれば、俺はもっと強くなれる。


 そろそろ、反撃(カウンター)を織り交ぜていきますか。

 回避だけにも飽きたところだ。

 今の自分がどれぐらいなのかも知りたいしな。


 相手の動きを回避しつつ、そこに裏拳を当てていく。

 威力自体はそこまでだが、反撃を入れてきた事に対して警戒したのか、クソ兎は複雑に動き始める。

 だが、それでも尚逃げられない。


 クソ兎が動きを洗練させ、速く、強く、複雑に。

 手当たり次第に。

 無差別に。

 鏖殺していく。


 それでも、俺は的確に、タイミングもばっちりに反撃していく。

 呼吸を乱さず、正確に相手の動きを見極める。

 そして、回避。

 反撃。


 反撃が決まった事もあり、更に俺に対して怒り、殺意が向けられる。

 上々だ。


 周囲に瓦礫が舞い、相手さんの死角も複雑に動くことで大量にある。

 警戒したのが仇となったのだ。

 これなら、奇術を使えまくる。


 それに攻撃もしておくべきだと思うしな、そろそろ。

『魔闘呼吸』の使用は抑えれてるし、闘気や魔力に関しても大丈夫だ。

 回避だけじゃあ……反撃(カウンター)をしても、飽きてきた。


「『移動』」


 カップアンドボール、アンビシャスカードといったある場所にあった物が別の場所に移動する手品の一種。

 それは俺自身にも有効。

 相手の死角へと一瞬で移動し、俺は魔髄液を纏わせ肥大化させた右腕を振るい、クソ兎を殴りつける。

 吹き飛ばされたクソ兎の体が床をバウンドし遠くへと――。


「ちっ……」


 その光景を見ながら、俺は苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 俺の攻撃を受けるのでなく、体を丸めて衝撃を殺した。

 ダメージ自体は期待するだけ無駄だ。


「相手が衝撃を殺せないように立ち回らないと、な」


 こんだけ周囲が狭いなら、壁に追い込んで叩き付けれたら……勝てる可能性が高まる。

 でも、それはかなり難しい所業。

 相手の回避――ダメージ軽減をする技は極めて厄介。


「まだ隠し持ってやがるな、あのクソ兎」


 それなら、滅茶苦茶危険だが肉薄する。

 常に傍に。

 身近に。

 離れない。


 相手の瞬発力、速度の関係上――正直追い付くことすら不可能だ。

 でも、相手の動きを完全に把握した俺なら、次の動きを予測して少し未来の状況だって見れる。


 目に映るクソ兎の情報を元に──


「『移動』」


 相手の背後へと移動し、体を回転させて捻りを生み出す。

 魔髄液を左足に集め肥大化させ魔力で強化すると、相手の脳天へ振り下ろした。

 振り下ろした衝撃で、床が爆散し瓦礫が宙を舞う。


 クソ兎はというと跳躍して回避したのを見た。

 危機察知能力も高い。

 動物での兎は臆病で警戒心が高いが、魔物になると狂暴性が加わる。

 厄介な事この上ない。


 全く、こういった移動関連の奇術は移動する場所の情報がなければいけないなんて、面倒臭い。

 直ぐに移動することが可能なら楽なんだが、そうはいかない。まあ、奇術はそれなりに面白いし利点もあるからな。

 それはそうと、クソ兎の周りの状況は──


 丁度背後だけでなく、目の前に瓦礫が落ちてきて視界が閉ざされている。

 滅多にない、嬉しい状況。


「『移動』」


 クソ兎の目の前の瓦礫に隠れる形で一瞬で移動して、右腕を引いて攻撃体勢。

 右腕に魔髄液を集めて魔力で強化……そのまま、落ちてきた瓦礫ごとクソ兎を吹き飛ばす。


「『移動』」


 吹き飛ばされていくクソ兎の道を塞ぐ形で移動して、腰を回し遠心力で加速した魔力で強化した右足で吹き飛ばす。


 まだ、衝撃を殺せてるか。もう少し短い間隔だな。

 魔髄液を纏わせた方が威力も格段に高い、と。でも、魔髄液を集めるのがそれなりに時間を使うんだよなぁ。

 どうにか、魔髄液の力を活かした戦術を――


『移動』を繰り返しながら、俺は改善案を考える。

 右足や左足、右腕や左腕、の体色々な勢から素早く動ける攻撃手段で、俺は魔力で強化して殴る、蹴るを繰り返す。

 魔髄液を使った方が威力は増すが、今は火力よりも敏捷性を重視しなければならない。


 簡単に説明すると、現在の俺の戦い方は状況に応じて判断して攻撃を繰り出すというもの。

 それには各部位の強化を一瞬にして行うか、全身を均等に強化し続けなければならない。

 前者なら判断から実行までにラグが生じ、後者だと魔力の消費量が桁外れになる。

 今回の敵は高い俊敏さと危機察知能力を擁する兎。

 相手に確実にダメージを与えるとなると、選ぶべきは後者である。

 俺はそういった観点から、戦略を練り実行した。


 身に纏う魔髄液は部位を強化するのではなく全体に。量の問題もあるので今回は最大限まで薄くして伸ばし、それを圧縮することで密度を増させる。繊細で高密度。それにより作られた魔髄液を刺青の様に浸透させる。

 頭部を除く全身に、黒一色で描かれた荒れ狂う海が広がっていく。


 荒波は誰にも縛られず、高波は誰よりも高みへ、渦は全てを呑み込む、そういった意味合いがある。

 それは俺を意味している。


 兎も角、全身に魔髄液を纏わすことが出来た。これにより全身の能力が大幅に上がっている。

 繊細で高密度にする事で魔力の消費量も減らせる。余分に強化する箇所も減る。

 これこそデメリットを無くしつつ、メリットを活かす、である。


 戦略を変更したことにより、戦いが大幅に楽になった。

 相手のダメージ量、俺の身体能力……それぞれが高まっている。


 そしてそれから九回ものの行程を終え、十回を突入するといった所で変化は訪れた。


 果たして、クソ兎がどういう意図があったのかは解らない。鬱陶しく感じたのか、ダメージを予定より喰らったのか、それがどういう考えがあったのかは定かじゃないが、突然──クソ兎が後ろへ跳躍した。

 空中戦──壁や天井を足場にしていない状況下で、突然後ろへ跳躍した。


 なっ!? このクソ兎、宙を蹴りやがった……!


 宙に舞った瓦礫を足場にしたという訳でもなく、空間を蹴って移動した。

 隠していた能力。

 今まで隠していた意図も解らないが、それでも一本取られた。


 振るった右腕は、ブンッと音を立てて空振り。

 そして、隙が生まれる。


 クソ兎は後ろへ跳躍し俺の背後へ回ると、そこから二回空間を蹴って移動。

 俺の隙となった背中に向かって飛び蹴り。


 ヤバい。ヤバい、ヤバい……ヤバい!


 相手の視界に俺が映ってる。

 つまり、手品──奇術が使えない。


 無防備状態の背中を蹴られたら、死ぬ。

 間違いなく、死ぬ。


 そんな死と直面した影響からか、時間がゆったりと流れる。

 走馬燈が流れる。苦い思い出、辛い過去、両親の顔、そして……望んだ目的。


 諦めるかぁぁああっ……!


 蹴りが直撃する前に、俺は魔力で強化した左腕で受け、腰を回転させその負荷を軽減。受け流す。

 寸前だったが、どうにか攻撃を逸らして、俺は転がりながら相手から距離を取る。

 相手を見つつ、左腕の状態を確かめる。


「あれ……? 折れてないな。若干痛む程度か」


 受け流したからか、それとも繊細かつ高密度な魔髄液を纏っているからなのか、大した損傷はない。

 理由は兎も角、僥倖だ。


「相手さんも困惑です、か?」


 薄笑いしつつ睨み付ける。

 俺とクソ兎は暫く膠着状態を続ける。

 そんな最中、相手の能力からこう結論する。


 勝てない、と。


 敵は宙を蹴って移動する技を持つ。

 アレが明らかになって勝利への道が閉ざされつつある。

 例え、追い込みに成功したとしても避けられる。危機を感じて避けられる。


「あんな厄介な能力を持っているとはな」


 あと、残り一つ手があるとしたら──


「固定ダメージか、寸勁」


 敵の外皮ダメージカットするなら、そういったのに影響されない固定のダメージ、内部に衝撃を伝わらせ内臓をグチャグチャにする。

 軽い攻撃を放って油断させて、一撃で沈める。

 これしか方法はない。


 本来なら、普通に殴り蹴り合ってスキルのレベルを上げる、スキルの扱い方を研究しようとしていた。実戦での戦いの方が適応すると解っていたからだ。戦いの中でこそ真価が問われる。

 だが、もう十分だ。

 これ以上やっても無駄だ。

 なら、次のステップに行くべきだ。


「では、最期に死者を供養する踊りをして終わろうか」


 実験に付き合ってくれたお礼だ。

 クソで、正直供養なんてしたくないが、俺は紳士(ジェントルマン)ですから。


 俺は、死者を供養する舞をしながら、ゆっくりと近付き――


 攻撃を仕掛けてきたクソ兎を難なく避け――


 反撃(カウンター)を叩き込む。


 寸勁によってクソ兎の体の内部に衝撃が伝わり、軟らかい肉ではその衝撃を殺せず、体中の穴という穴から血を噴き出して――

 戦いは終了した。


「さて、それじゃあ……実験してみますか」


 今回は万物簒奪(クロノス)を使っての実験。

 倒した相手のスキルとかを奪えるかの実験だ。

 死体が残っている間に済ませる。



「うーん。残念ながら獲得は無し、だな」


 クソ兎が使っていた空間を蹴る能力。アレがあればかなり戦いを有利に進められると思ったんだが、残念ながら獲得すること叶わず……。


 何か発動条件がある……のか?

 例えば、相手のスキル名とか能力が判っていないといけない、とか。

 だとしたら、早々に相手のステータスを見れる職業に転職しないと。

『技術者』に早く転職しないと。



【戦歴】

・『芸人』の熟練度が4に上がった

・『万能者』の熟練度が3に上がった

・レベルが6に上がった

・『鏖殺(おうさつ)の白兎Lv25』撃破 経験値250 250P獲得



 次に討伐報酬に関してだが、素材として出たのは――深紅に染まった手に簡単に収まるぐらいの魔石。装備品として白いマフラーだ。

 素材に関しては通常だ。

 装備品とは……初めてだ。見た感じ、あのクソ兎の皮から作られた装備――ダメージをカットする魔道具みたいなだろうか。そうだとしたらかなり強力だが。


 獲得した物(魔道具を除く)を鞄に入れて、整理する。

 整理が終わると、ステータスに変化がないか確かめる。



名前:天降駆流 性別:男 種族:人間 年齢:17

LV:6 職業:万能者☆3 副職:芸人☆4

属性:悪【カルマ値――-50】

HP:3500/3500 

MP:3700/3700 

SP:4000/4000

筋力:3 瞬発力:4(+10) 巧緻性:4 集中力:610 智慧:420 魔力:370 運:20

スキル:『闘気法Lv5』『気闘技Lv5』『魔力法Lv2』『魔闘技Lv5』『戦技Lv6』『闘気撃Lv3』『斬撃強化Lv2』『刺突強化Lv2』『打撃強化Lv5』『衝撃強化Lv4』『腕力強化Lv1』『脚力強化Lv1』『舞踊Lv3』『魔闘呼吸』『傀儡』『手品』『思考加速Lv5』『大回避Lv8』『極限回避』『過剰蹂躙(オーバーキル)』『自暴覇気(エモーションドライブ)』『死線往来』

固有スキル:『絶対精神』『万物簒奪(クロノス)』『器用貧乏』『芸の才』『残虐者(オーバーキラー)

称号:『万物の簒奪者』『同族殺し』『殺人鬼』

所持ポイント:5150P

平均攻撃力:32 平均防御力:31(ダメージカット10%)

平均魔法力:5600 平均抵抗力:3400(ダメージカット10%)

平均速度:37(+100)

加護:なし



 瞬発力と速度、防御力と抵抗力にそれぞれダメージカット10%が入った、と。

 カッコの中が装備による影響みたいだ。

 中々の物だな。

 非常に使える。


「クククククッ、俺の成長が喜ばしい」


 筋力と巧緻性、攻撃力と防御力に関しては――目を瞑る。

 これは、他の魔道具が手に入るまで――保留だ。



 首に入手したマフラーを身に付けつつ、俺は次なる敵を求めて、最後の敵と戦うため、移動を開始した。

 マフラーに顔下半分を隠して、これから来る戦いに向けて、楽しみを堪え切れずに笑みを漏らす。

 二階層は夕方までに終わらせて、今日中に――今晩で三階層を攻略する。


 意気揚々と、歩みを進めた。

面白いと思った方は、ブクマや評価等宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ