傀儡と初めての……
俺はこれから起きる戦いに向けて準備をしていた。
先ず食事に関してだが、簡単に済ませれるように、厨房の奥にある店員の着替え室で発見したカロリーメイトでどうにか済ませた。
味はチーズとフルーツが二箱ずつ。
一箱ずつ食した。
店員の着替え室とかには様々な生活必需品が置かれていた。儲けた金とか金目になりそうな物を発見次第、ポイントに変換するとしよう。
ちなみに、準備中に俺の有り金全てをポイントに注ぎ込み、一万円――100P獲得した。
1Pにつき百円だ。
かなり金銭感覚が変になりそうだが、そういったのは次第に慣れて気にしなくなりそうだ。
重課金者の末路、みたいな。
魔物から入手した魔石――素材だが、コレは売らないという事に決めた。
活用する機会が別にあると思ったし、こういった物は残しておくに限る。
魔物の素材から自分オリジナルの武器を生み出す。
『技術者』の職を得ないと無理そうだが、それが出来ればワクワクする。
貯金して、貯金して……――一気に課金する。
そして、爆死や欲しいキャラだとかを手にする。
これぞ、ゲームで最大の興奮する瞬間だ。
ガチャ機能とかも『天恵商店』に登載されているが、俺としては自分の労力で手に入れた物を、自分の力で磨きたい。
ガチャをしたくないかと言われれば、嘘になるが……。
持ち物や装備に関してだが――魔髄液と右腕部分が無くなった制服一式(マフラーは置いておく)と素材を入れておく鞄と、晩も続けて攻略する用にもう一箱のカロリーメイト。
余計な物は要らない。
前にも言った通り、アイテムボックスとかの道具を収入出来る能力とかを持っていないので、素材とかは食堂に置いておく。
『魔闘呼吸』に関しては、上達が難しそうだ。
このスキルは、攻撃の際に大きく息を吸って魔力と闘気を取り込み、身体能力を上げる。そして、回避の際に吐き出す。これの繰り返しである。循環だ。
だが、その繰り返しを続けると肺の方に負担を掛けてしまう。
陸上選手がトップスピードで長距離を走り続けるようなものだ。
呼吸困難や肺が痛くなるのは当然。
そうなれば、戦闘中にその状態に陥れば、間違いなく隙になる。
改善しようにも、今は無理だ。
『傀儡』を間に置くことで疲労を軽減することが出来るのでは……と考えたが、中々上手くいかない。
『傀儡』を戦闘中で用いるのは困難。両手で別の事を出来るぐらいの能力がないと厳しい。
巧緻性と集中力によって扱いが変わるとあったが、一番重要なのは巧緻性。集中力は持続させるのに影響する。
今の俺は――容量が悪いが、何時間でも物事に集中して取り組める、人だろうか。
『器用貧乏』なのにだ。
ホント、少し……嗤えてくる。
魔髄液と併用したりと実験してみたが、残念だが『傀儡』との相性は悪い。
魔髄液はパワードスーツみたいなのと捉えればいい。筋力増加などは見込めるが……巧みな動きといった繊細な動作は不可能。
そういった面で相性が悪い。
単体だけなら魔髄液は強いんだが、併用すると効果が落ちるな。
結局、『魔闘呼吸』が出来る範囲までやり、その後は魔髄液で技術云々は置いといて力でゴリ押し。移動とかの簡単な動作をする時は『傀儡』を使って対処。
そうやってスキルの活用方法を模索した。
ちなみに、俺自身最弱だと思っている。思ってるかの話ではなくて事実だし。
今の俺は、顔面にストレートを諸に受ければ瀕死になるレベルの防御力。
正に、防御力が紙レベルである。
冗談抜きで。
苦境に立たされているという訳だ。後悔はしていないが。
今は身体強化でどうにか戦えてるが、俺の素の力はゴブリンやスライム並みだろう。いや、それすらも低い値の可能性もある。
つまり、攻撃を喰らう──死と同義。
死が常に寄り添っている。
こんなの、嗤えてくるよな。
間近に感じる"死"。
俺はその"死"を乗り越えて、願望を叶える──欲望を満たす。
それを達成した暁には、途轍もない幸福感に満たされるだろう。満足感を得るだろう。
苦労の末、命を賭して、目的を果たす。
それこそ、真の意味の努力である。
とまぁ……そんな事はさて置き、準備を終えた俺は安全地帯を出発した。
以前にも通った道なので。気楽にエレベーターのある場所まで歩き、中に乗り込んだ。
無事二階に到着すると、そこは見慣れた光景だったが、前よりも重苦しさを感じさせた。
「ん? なんか……前より雰囲気変わったか?」
僅かに感じる重圧感。
前回のと比べるとその差は微々であるが、俺はそれを感じ取った。
俺はその重圧を感じてか、慎重に動き出す。
魔力を広げ索敵すると、この階に居るのは――たったの三体だけ。
この前までかなりの数がいたのだが、たった三体にまで減った。
――異常事態。
誰がどう見ても以上だ。
「共喰い、か?」
最初に思ったのはソレだ。
共喰いをして。経験値を獲得、レベルが上がった。
そう考えれば、今感じる重圧が以前より増したのにも納得がいく。
ダンジョンの常識など知らないので確かじゃないが、可能性としては高い。
共喰い。
個体が同種の他個体を食べることである。
共喰いには偶発的に起こるものと、ある程度習性として固定されている。
偶発的な現象の――親が子供を小さな餌だと勘違いする。コレは濾過接触に当たる。
習性としての現象は――配偶行動や繁殖に際して、成長段階や単なる捕食といった感じだろうか。
多分だが、今回のは成長段階や単なる捕食の二つだと思う。
野生の魔物とかなら未だしも、ダンジョン内に生息する魔物が生殖行動や繁殖をするとは思えないからだ。
俺の知識では――ゲーム上では、ダンジョンに生息する魔物は『迷宮主』と呼ばれる存在の魔力によって生まれる、のが見解だ。
俺は、この世界での法則とゲームでの知識とでは相違する点があると考えてきた。
この世界の現状が様々な世界が合わさった結果――だという情報を得たことからも理解出来るだろう。
そして、前の世界になかったダンジョン。このダンジョンの法則は異世界での法則に則ったモノ。類似している、同じである可能性も否定できないが、冷静に、そして聡明ならば安易に決断するべきじゃない。
なのに、何故俺は決断したのか。
それは――魔物が身に纏う魔力量である。
魔力を広げ索敵、コレは相手の存在だけでなく相手の保有する魔力量まで見える。
その結果、習得しているスキルや職業に関連してるのか保有する魔力量に僅かに差はあれど、大体は一定という事が判った。
つまり、ダンジョンに生息する魔物はクローンに近い存在だ。元の魔物に合わせて生み出す。
初めから成長した段階で生まれる。生殖行動や繁殖などはしなくても大丈夫。
ここから、成長段階や単なる捕食によって共喰いが引き起こされている可能性があるのだ。共喰いによる影響なのかも定かじゃないが。
兎も角、異常事態である事には違いない。
まあ、俺がその程度で狼狽えはしないが。
ステータス低下――ブランクみたいなもんだし、慣らすのにこれぐらいの方が上々。
問題ない。
――と思っていた時期が俺にもあった。
今じゃ、その言葉を後悔してる。
現在、俺は一体の蟲型の魔物と五体のゾンビ(?)と戯れている――いや、追い詰められている。
苦境に立たされて、攻撃に転じれない状況だ。
さて、それでは経緯と原因について説明しよう。
二分前、俺は索敵を頼りに一番近い場所に居る蟲型の魔物一体へと向かった。
反応があった場所は、前回ガルムと遭遇した所より少し先にある事務作業を行う場所。
決して広いとは言えないその場所に居た。
この部屋で働いていたであろう女性社員二人と男性社員三人が死体として転がり、そして奥にじっと動かないでいる――黒い外皮で全身を覆った巨大な蠍の魔物。
転がっている死体の皮膚には、頭部まで続く紫色の"何か"が広がっている。
「毒か……」
蠍の毒は小動物を捕食する際に使うため、大型動物に使うのは防御本能。人命に対して致死的な毒を持つのは少ない。
人の命に関わる毒を持つかもしれないし、魔力が影響して強力になっていたら厄介だしな。
触手を伸ばして尻尾に絡ませ、その隙に攻撃して一撃。
蠍の持つ鋏で捕まれば逃げれなさそうだし、その攻撃も気を付ける。
外皮自体は頑丈だろうし攻撃が通らないかも。内部に衝撃を伝わらせてグチャグチャにするのが得策だな。
それでフィニッシュだ。
……となれば、先手必勝。
相手が気付いていない間に接近して対処させないように。
『魔闘呼吸』を使い身体能力を大幅に上げ、一気に距離を詰める。
右手に纏わせた触手に魔力を流し伸ばし、鞄も近くに置いたし準備万端。
「行くか……」
そう言って、部屋の中へ足を踏み入れ前へ進もうとした――時だった。
右足を何かに掴まれたかと思うと転倒。
そのまま地面に倒れる。
……何が、起こった?
慌てて右足を見ると、右手で掴んでいる死体である女性社員の姿が。
は? ……ゾンビ? マジで? ゾンビ以外に嚙まれる――この際毒死したんだけど、それでゾンビになんの?
失念。
ゾンビ映画ではゾンビに嚙まれ感染した者がゾンビとして復活する。
だからこそ、蠍の魔物によって殺されたのは例外だと思っていた。でも、違った。全然違った。
慢心。
この世界で俺の常識など通じない。解っていた。なのに油断した。
マズい! マズいマズいマズい……!!
この場で注意しないといけない存在。
不意打ちで倒そうと思っていた存在。
俺の存在が――バレた。
両手で体を持ち上げつつ、両足にも加えて魔力を流し後ろへ跳躍。
過剰に魔力を流した影響で骨が軋むが、四の五の言って場合ではない。
俺が急ぎ回避した直後、寸前で蠍の魔物の尻尾が俺の頭部があった場所に突き刺さる。
前髪を若干失ったが、命があるだけマシだ。
危ねぇっ! ホント、俺ギリギリの戦いしすぎだなっ!
未だに右足を掴んでいるゾンビの頭を右拳で粉砕しながら、付いた血を払う。
態勢を整えながら、右足を振って倒したゾンビの右手を払う。
両手を構えて、戦闘準備を整える。
そんな最中――
……はっ?
一瞬流れてきたログ――『戦歴』を見て驚愕する。
【戦歴】
・カルマ値が-10になりました
・称号『同族殺し』を獲得しました
・スキル『過剰蹂躙』が使えるようになりました
・『人間(傀儡状態)Lv1』撃破 経験値1 1000P獲得
人間? 生きている人間? 闘気で確認したけど、生存者は既に……――
俺が殺した人間が掛かっていた状態――傀儡。
操り人形。物だ。
はっ!? つまりは、この状態の存在は全員"物"扱い? 闘気で見ても、物として――死んでいる存在として映る? なんだよ、それ。なんだよ……!
つまり、この部屋に居るのは――俺、蠍の魔物とゾンビ五体じゃなくて、俺と人間五人、蠍の魔物だった? 俺の勘違い?
一人減ったが、それでも……どうする?
俺は人を殺せるのか?
生きている人間を。
毒死した思っていたが、あの毒は傀儡となる上の条件。
頭部――脳に影響しているのだろう。
毒が脳に浸透しているなら、その毒を対処すれば助けれる? いや、そもそも助かる術なんてあるのか?
『天恵商店』で見たが、毒は様々あって麻痺毒、猛毒、死毒、と色々あった。勿論、解毒用の『回復薬』 はあったが、その中にも……毒の種類の中にも無かった。
未知の毒。
助けれない。
考えを巡らしている中でも、相手は攻撃してくる。
傀儡状態にされた人間は此方に手を伸ばして俺を捕まえようと。
蠍の魔物は、俺が攻めあぐねているのを楽しんでいる。自分からは攻めてこないが、俺が退却しようとすると尻尾を伸ばして妨害。
大した毒じゃないなら喰らってでも逃げるが、解毒不可能となるとどうにもならない。
そうして追い詰められて、追い詰められて、結局逃げられないならある程度動ける部屋に入り、縦横無尽に逃げ惑っている。
壁を蹴って、身を翻して、捻り、出せる手段全てを用いて避ける。
そんな戦い――蹂躙から、既に数分が経っている。
流石に、もう限界だ。
『魔闘呼吸』を温存しつつ、魔髄液を使ってどうにかしていたが、もう無理だ。
ジリ貧だ。
はぁぁああっ……解っていた。決意していた。この世界で生きていく、俺の野望を叶えるため全てを犠牲にすると。その為に、人殺し? 喜んでなろうじゃないか。
ククククッ、俺の野望を妨げる者は――人間だろうと、魔物だろうと、誰であっても、捻り潰す。
罪悪感で押し潰される――そんな些細な事で止まる?
そんな男か、俺は?
いや、違う。目的の……悲願達成の為ならば、喜んで心も! 魂すらも! 捧げようじゃないか!
感情は揺らがない。
これからも、どんな道が立ち塞がっても、俺は全てを蹂躙する。
理不尽を踏み付けるために。
俺の邪魔をする存在を、全てを見下ろすために。
名声なんていらない。
歴史に名を刻まなくてもいい。
ただ、俺は……俺の野望を。俺の欲望を。"先駆者"になるその日が来るのが待ち遠しい。
その為ならば……――
俺は――触手に魔力を流して鋭利さを増し、跳躍した後――縦横無尽に振るう。
部屋にあった机も、パソコンも、椅子も、人間も斬り刻む。
嗤いながら。
そして、微々たる経験値と、大量のポイントが俺の中へ。
【戦歴】
・称号『殺人鬼』を獲得しました
・固有スキル『残虐者』が使えるようになりました
床に奇麗に着地すると、ゾッとするぐらいの殺気を周囲に浴びせ、その殺気に反応して僅かにたじろぐ蠍の魔物を見て――
凶悪犯顔負けの表情で、口を大きく開け満面の笑みを浮かべ、深淵の如く深い闇に染まった瞳で、見下す。
「どうした? 怖気付いたのか? おいおい、しっかりしてくれよ。さっきまで、あんなに楽しそうだったじゃないか。嗤わないのか? 嗤えよ! 俺みたいな爽やかな笑みを、さ」
蠍の魔物へとゆっくりと近付く。
その歩みはゆっくり。
だが、確実に"死"が近付く。
「俺の邪魔をしたんだ。理不尽みたいな行動をしたんだ。なら、お前も……さ」
近距離まで近付き、小さな声で呟く。
「お前も味わえ」と。
膨大に溢れる魔力で強引に強化した右手で、頭部を捻り潰す。
ギュリュッ、グシャッと潰れる蠍の魔物の頭部。
それに際して、頭部を潰された魔物の体が痙攣する。
痙攣する魔物へと近付き――
「俺が同族を殺したのに驚いたか? まあ、俺としても優秀な人材である可能性があった彼らを殺したのは、心苦しい。それは事実だ。だが、俺の邪魔となるなら、そういった存在でも容赦なく殺す。既に死んでるお前には関係ないが、な」
今この世界で重要なのは努力する存在だ。
要領がいいとしても、この世界で最終的に勝つのは『経験』と『知識』をどれだけ要するか、だ。
この世界は、工夫次第で成り上がれる。
どんな状況であろうと諦めなければ、目的を達成しようとする"飢え"がある限り。
だからこそ、心苦しい。彼らはどんな存在だったのか。それが判らぬまま、殺したのは惜しい。
ま、悔んでどうすんのって話だがな。
これから、俺が厳選した人材を発掘すれば良い。
そして、彼らの力の情報を得て、俺は高みへ。
『万能者』の力を以て、多くの人々と触れ合い、転職する条件を満たす。
彼らを気に入ったのなら強くなるヒントを与え、気に入らないなら見捨てる。
冷酷に。冷徹に。
俺は、他人を利用して己の力を自身の力で高め、"先駆者"へと。
倒された魔物は死体から素材へと変換される。
簡単に潰せたなと呟きつつ、ドロップした素材に目を通す。
蠍の魔物の黒い外皮に、毒に入った小瓶、紫色の三角錐型のガルムのより少し大きい魔石。
ちゃんと、ダンジョンで倒した魔物は素材を落とした。
ん? 素材を落とす? あれ?
先程の表情は消え失せ、今は怪訝な表情を浮かべる姿。
あの時とはまるで別人だ。
にしても、何故か引っ掛かりを感じるんだよな。
それがなんなのか解らんが。
兎に角、色々疑問に思うことはあるが入手した素材を鞄に入れる。
『戦歴』に関しては、次の場所の途中で確認する。
そして、次なる目的地に歩みを進めた。
【戦歴】
・『毒傀儡師の蠍Lv20』撃破 経験値200 200P獲得
・スキル『自暴覇気』が使えるようになりました
目指す場所は――階段近くの開けた場所。
動物型の魔物が居る場所である。
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