レベルアップとステータス
建物の至る所から火の手が上がっている。
あらゆる建造物の窓ガラスは割れ、半壊や全壊している場所も多々ある。
建物のみならず、道路付近には何かに踏み潰されたように見える車や倒れている電柱。
情報量は少ないが、最低でもこの周辺一帯で異常な状態が起きているのは明らかだ。
そんな異常状態の中、一際目立つ集団が道路を進んでいる。
いや、絶対に原因が全て此奴だと見て取れる。
棍棒や大鉈、大剣や短剣……といった様々な武器を持つ、小さい鬼のような緑色の体表の化け物。ゴブリン。
同じく、様々な武器を持つ、巨体の鬼のような黄銅色の体表の豚鼻の化け物。オーク。
二足歩行の、鋭い爪を武器として振るう、犬のように犬歯が発達した灰色の体表の化け物。コボルト。
そして、何より注目を引くのが――
ビルの壁を、鎌のように鋭い爪で攀じ登る、大きな翼を持ち、咆哮を上げる巨大な爬虫類。ドラゴン。
此奴等の手によって、今まで幸せで満ち溢れていた町が、地獄を彷彿とさせる惨状へと姿を変えられた。
だが、俺にとってソレは都合が良かった。
元の世界の生活にはウンザリしてたし、俺の野望が叶えるこの世界なら大歓迎である。
「まあ、かと言って直ぐに死ぬってのはNGだけどな……」
そんな惨状を目にしても、飄々と、何事も無いかのように佇む少年。それが俺だ。
軽く自己紹介すると、天降駆流、高校二年生。
小さい頃に色々あって自堕落な――悠々自適な生活を送るゲーマーだ。
そんなぼっちの代表格である俺は、女性経験無しの十七歳――童貞だ。
とまぁ……説明はこれぐらいにして、
逃げるか。
いや、そんな簡単に逃がして貰えるなんて甘い事は起きねぇーな。
ゴブリンやオークやコボルトなら未だしも、ドラゴン相手に逃げれるとは思っていない。
そこまで自惚れていない。
今までそれなりに経験は積んできた。俺の野望の"先駆者"へと至るため、全てを。
知識方面のアップグレード。勉学や研究をして、未開な分野へ挑戦し続けた。
それは、勉学のみならず武術といった分野でも同じこと。手間を掛け九州へ行って武術の教えを乞うたり、座禅を組んだり、ヨガを極めたり……武術関連ではなくても精神や肉体を鍛えるため、日々努力し続けた。
あの頃は、知識を何よりも身に付けたかったので若干疎かにはなっていたりもしたが、そこそこ熱心に、日課として行っていたと思う。
中学生に入る頃には、自暴自棄になり、半ば鬱憤晴らしに精神や肉体のトレーニングを行った。武術などの、淘汰された戦闘技術をさらに高めようと、様々な競技を習い、そして、組み合わせ独自の武術を生み出そうとし成功……色々と楽しめたんで結果オーライだ。
高校ぐらいになると、精神状態も落ち着き、そこでゲームと出会い……ゲーマーへとなった。
だが、今でも鍛錬は疎かにしてない。体幹を強くしたり、筋トレや柔軟、座禅を組んだりとかも日課としている。
自分に対しての、戒めみたいなものだ。
ゲームとかは、家だと空いてる時間に。学校だと休み時間とかにして、有意義な時間を過ごしている。
なので、戦闘技術のある俺に、ゴブリンやコボルトに対し遅れを取るとは思えない。オークは得物が無いと若干厳しいだろうが。
だが、ドラゴンは違う。そんなレベルではない。根本的に生物としての格が違うと、アイツの闘気を見れば一目瞭然。
武術を習う上で、闘気を扱うのは何よりも重要だ。
闘気とは即ち呼吸といったモノなどだ。呼吸により生み出される、血液中の酸素を増加、コレによる筋力の質や量を極める。そこに生まれる生命エネルギーである闘気。
普段無意識に行う過程を、全て意図的に、意識下に行う。それが武術を習う上で一番重要となる。
俺は勿論、技術を組み合わせたりとしている身であるので闘気による身体機能を強化するのは造作もない。
だが、それを以てしても敵わないと、本能的に理解できる存在が――ドラゴンである。
俺はこれからの行動を思案する。
何が最適で、何が避けるべき事なのか。
考えを巡らす最中、突如としてドラゴンが動き出した。
「ギャァアアアアアアアアアアアア」
咆哮を町全体に放つと、翼を羽搏かせ、跳躍。
そのまま、翼を羽搏かせながらゆっくりと地面に降りてきた。
小さな地鳴りと共に、地上に君臨した強者。
地上に居る生物全てが、再び緊張感に見舞われ、体を硬直させる。
「ふっ」
俺は体の硬直を、闘気を一瞬纏い解除する。
ドラゴンは、地上に降り立つと同時にゆっくりと周りを頭を回して見る。
俺の方を一瞥し、口角が僅かに上がると――
今度は俺だけに向かって、咆哮を放つ。
さっきより……ずっと、重い!
さっきまで感じていたような威圧感よりさらに上――殺気の籠められた咆哮を前に、俺は一瞬だけ挫け――
突如、過去の血反吐を吐くぐらいの思い出が走馬灯のように頭の中を流れる。
二度と、あんな思いはしない!
俺は、この世界で、再び自分に約束した。
ならば、この程度の、超えなきゃならない『理不尽』を前にして、簡単に挫ける訳にはいかない。
何があっても、自分を犠牲にしようとも、俺は……俺は諦めるなんてこと――死んでも、絶対にしない!
挫けそうになるのを寸前で、唇を噛み締めて何とか堪える。
血が唇から流れ、顎付近から滴り落ちる。
そして、付いた血を舌でペロリと舐めながら、精一杯の抵抗も兼ねて睨みを利かす。それも、殺気を籠めた睨みを。
そんな俺の態度を見てか、ほくそ笑み、歓喜の声を、咆哮を上げる。
反抗的な態度に気分を害した……って訳じゃなさそうだ。
一向にコッチに攻撃の意思を見せない、威圧感はあるものの殺気はもうない、この状況から──俺に対して興味を抱いた?
戦闘狂……か?
勝手な判断だが、こう判断するしない。
と言っても、臨戦体勢は解除しない。相手が完全にこの場を去るまでは。
やがて、そのドラゴンは踵を介し、俺からゴブリンやオーク達の方へと視線を向ける。
そこには俺に対して見せた興味というものがなく、単なる餌としか見ていない雰囲気を漂わしている。
「グオァァアアアアアアアッ!」
そこにあるのは先程とは違った明確な殺意。
そこから始まるのは蹂躙。
ドラゴンが、己の爪をギラリと輝かすと同時に、突進。
そのまま、行く先々に体を硬直させ佇む獲物、魔物達を一斉に刈り取る。
ドラゴンは、両断された魔物の返り血を大量に浴び、掛からなかった血は道路を深紅に染める。
ズバッ、ズバッ、と軽快に振られる死神の鎌。
一瞬で刈り取られる命。
そこから逃げられるのは──彼の竜が興味を示した者だけ。
去っていくドラゴンを見ながら、尻餅を付く。
恐怖心よりかは、何れあの域に達するだろう自分への恐怖。
ゲーム上での無双シーンは、中々心が清々しい気分になるのだが、いざ、現実で無双シーンを見ると衝撃的な光景だ。
人間の脅威とされるだろう魔物が、一瞬で殺される。──それを行うのは、化け物。
「……クッ、ハハハッ……──」
嗤える。
何時か、あんな風に世界を蹂躙する。
俺の野望を叶えるためには必須だ。
「あのドラゴン……戦闘狂だな。自信に対して敵対する存在を、脅威になる可能性を持つ存在を生かし、そうならないモノを殺す」
単純明快。
『理不尽』だ。
傲慢だ。
アイツが行っていたのはソレだ。
だからこそ、悔しい。
俺が彼奴に匹敵する力を持っていたら、今ここで戦いを始めていた。でも、俺が弱かった所為で、彼奴は俺を見逃した。
屈辱的だ。
因縁。
何時か、絶対に俺はあのドラゴンと戦う。殺し合う。必ずだ。
それまでに、絶対的な、理不尽を圧倒する力を、手に入れなくてはならない。
去り行く、やや黄色みがった鮮やかな銀朱の鱗を持つ巨大な竜をじっくりと脳裏に焼き付けながら、次再び対峙する決戦の場を夢見る。
あの理不尽と戦う日が、何時になるのか。どんな力を持って挑むのか。それは、俺の道に準ずるものだ。
ドラゴンという生きる災害が振り撒いた被害は尋常ではない。
一瞬の事にも関わらず、数十体にも及ぶ魔物の惨殺。辺り一面血の海になるぐらいの惨状。
建物には大きな爪痕が。窓ガラスなどの類は竜の羽搏きで割れている。
ドラゴンが居座り続けたら、これ以上の被害を齎していただろう。
今でも十分危険だというのに、これ以上となるとどうなるか……――
想像しただけでも身の毛もよだつ。
兎も角、その恐怖の権化であるドラゴンはもう居ない。ならば、さっさと情報集めや安全地帯、食料などが確保可能な場所を探す、この一択だ。
武器とか、身を守るのに必要な物を集めるのは後回しだな。
この世界で生きていくには武器がいる。凶器が。生物を殺せる物が。
それは自分の欲望を叶えるのに最も必要なモノ。奪い、殺し……つまりは盗賊とかがするような略奪行為で使われる。
俺としては武器を先ず確保したいが、簡単に言えばそう簡単に入手は困難だ。包丁とかなら幾らでも集めれるが、ここは刀や剣、槍が欲しい。
万が一必要になったら魔物の武器を奪えばいいし、それに自分の力が何処まで通じるか知りたい、というのもある。
武器を手に入れるのは後々……今は後回しだ。
安全地帯として候補として挙げられる場所は三つある。
一つは、より安全だが行く道は危険、ある程度行動が制限されるであろう、モールなどがある場所。人が沢山集まる場所だ。
現に多くの人が避難していると予想される。
だが、俺としては現状一番行きたくない。ある程度力を得て、食料や使えそうな物を入手しようとする時には行くだろうが、今じゃない。
メリットよりもデメリットの方が大きい。
この世界がどんな状況に陥っているのか詳しく把握していない今、迂闊な行動は死を招く。どんな範囲で事態が起こっているのか。一部地域か、それとも世界規模か。場所が安全だろうが、道中化け物の集団に遭遇……戦闘に発展したら最悪死ぬ。
それに、例え問題なくモールに辿り着いても、そこでは行動が制限される。俺の"先駆者"へと至るための行動が阻害される。それは却下だ。
バリケードとか作れるだろうし、食料も、身を守る物も、全てがある安全地帯なんだろうけど、俺としては絶対に行きたくない場所だ。
二つ目は、民家を安全地帯とする。モールとかよりも充実はしないだろうが、そこそこ良い生活が送れる場所。マンションとかも近くにある。高さもあるし、頑丈さも十分。
でもなぁー。最悪人と一緒になる。それもモールとかよりも面倒な形で。
安全地帯として活用しようとしていた家に住人が居れば、身を守るために警戒される。追い出されたり、攻撃とかしてきそうだ。
極限状態になった人がどんな行動をするのか。それは想像も付かない。攻撃的になるか、性欲の権化と化すか、自暴自棄になるか、人を拒絶したりするか、予想することは出来ない。
そんな状況になる可能性がある場所を、果たして安全と言えるのか。
無理である。
そもそも、食料とかの共有が可能なのかも怪しい。
食料を巡って争いが勃発でもしたら最悪だ。
とまぁそんな考えもあり、人と共に一緒に行動するのは避けたい。
別に人間不信という訳でもない。単に慎重に行動するだけだ。思い切った事も時々するが。
最後に三つ目、高層ビルを拠点とする。一番良い案だと思っている。
食料とかは社員食堂みたいなのがあれば問題ない。あるかは運次第だが……無ければ、外にコンビニがあるしそこで食料調達すれば良い。
バリケードの役割を果たせそうな地形――複雑で狭い廊下、数多くの部屋、階段やエレベーター、高低差を使って色々と行動し易いと思われる。
そして、何より人の居る気配がしないって事が重要だ。
闘気とは"気"──つまりは気配。生命エネルギー。
人の命、気配を具現化したモノ……そう考えれば良い。
それが感じられないとなると、ビルの中の生存者はゼロって事になる。
元々ビルの中に人が居ないという考えは無い。
異変が起きる前、今拠点としようとしているビルに入っていく人の姿は確認した。最低でも十人ぐらい数はいたと思う。
ビルの中に化け物が蠢いているのは確か。大人一人を殺せる力を持ってる。もしくは十人を纏めて殺せる力を持ってるだろう。
俺が殺り合うとして……勝てる確率は高くはないが、ゼロでもない。
闘気を扱う人間と、そうでない人間とでは力の差が違い過ぎる。武術を習っているか、それとも習っていないのか、これについても力の差が違う。
子供と大人。
それぐらいの差はある。
結論として、俺は高層ビルを拠点として活動することになった。
自身が良いと思っていた場所だし、決定に異議を唱えたりしない。
後は、行動あるのみ。
地面に落ちている鞄を拾い肩に掛けながら、悠然と高層ビルの入り口まで歩いていく。
その表情は明るく、この世界の現状を、有り様を気にしていない。ものともしていない。どうでもいいとそう思っているかのように。
化け物に喰い殺され、骨や内臓が食み出している死体や、何度も引き千切られ肉の塊へと成り果てた死体。女性であるなら、性欲に塗れた化け物の慰み者として一生過ごすため、苗床となるため、担がれて攫われる。そんな悲惨な光景が想像できる。
大量の人を喰らったのか、辺りには大量の鮮血が飛び散っている。
車体や道路、建物のガラスにまで飛び散り、惨い殺人現場のような雰囲気の重さ、悲惨さが感じられる。
そんな惨状が起こっているとしても意を介さない。干渉しない。
何故ならそれは無謀だから。勇敢でも何でもない。惨めな死に様を曝すだけ。勝手な行動をして死にたくない。
正義。正論。正当な道を行くため、助けに向かう。敵とかを討つ。勇者気取りで助ける?
無理無理。
関係ない。
俺にとってどうでも良い。
却って、俺の"先駆者"へ至る道のりが長くなる。最悪途切れる。
力を持たないのに行くなんて馬鹿。
数や地形──その全ての情報が足りてないのに行くだなんて阿保。
無謀なのだ。
故に俺は行かない。
他人がどうであろうと知った事じゃない。
関係ある家族や友人の安否すら、今の俺は心配していないのだ。
それよりも、これから判明するであろうこの世界の真実、理、謎にしか興味はないのだ。
それだけしか考えられない。
だが、この決断を後悔する時が来るとは……俺は予想もしていなかった。
こうして、俺は高層ビルの中に、未知な世界へ、足を踏み入れた。
高層ビルの中は殺伐としていた。
「お……っと、まぁ……」
思わず声を漏らしてしまう。
その光景は外での惨状よりも酷くは無かったが、女性が殺される立場にある事が、俺の関心を引いた。
今回の敵はゴブリンやオークとかの化け物じゃないのか? それよりも、残虐性や無差別に殺戮する化け物……?
そして、俺の疑問に対しての"答え"であるかのように、ソレは美味しそうにグチャグチャと音を立て、死肉を貪っていた。
そんな光景を目にした俺は、ソレの正体を簡単に予想することが出来た。
ゾンビ。不死者。腐死者。
昔は呪術や魔法的な手法、近年では科学実験や特殊なウイルス感染などによって生み出された化け物として設定の幅を広げている。今となってはそういう類の映画が当たり前のようにある。俺もそういった映画を何度も見た。
現実に於けるゾンビ(映画の元ネタ)も様々な事例を持つ。
今の世界に於いて、ゾンビを知らない者はいないだろう。
かなり有名であるゾンビであるが、現実世界に関わってくるとしたら少々面倒である。
ゾンビの特徴は、人間離れした力を要し、知能は低下するが名前の通り死なない(活動を停止する場合もあるが)。人や動物が嚙まれたら傷口から感染し、その対象者が死亡――そしてゾンビへと変貌する。これがパンデミック。ゾンビ映画で御馴染みの被害が拡大する状況。
「でもまぁ……ゾンビは研究のし甲斐があるな」
ゾンビは言うなれば科学の集大成。人間が憧れた不老不死、それが形となって表れたのがゾンビ。無限の労働力として活躍するために作られたのがゾンビ。様々な用途で使用可能な、無限の可能性を秘めたのがゾンビなのだ。
それが、この世界でどのような方法を用い実現したのか。
気になってくるのは"先駆者"としては仕方ない、よな。
ゾンビの見た目は、血で色が判別できない、至る所に嚙み傷がりボロボロのスーツを着た、男のゾンビ。顔立ちとかは見えないので判らないが、何処で生まれたゾンビなのか判明しただけで有益な情報だ。
この会社の社員がゾンビになった。この場所にゾンビを生み出せる存在が居る。若しくはそういった力がある。それか、ゾンビ化を生み出す化け物が居る。
「ああぁ……! 素晴らしいぃ……!」
思わず感動で心を震わせる。
恍惚とした顔を、満面の笑みを右手で覆い隠す。
世界にあるものが全て素晴らしく感じて悶える。
俺の気持ちを昂らせてくれた。
やはり、未知な可能性を、大いなる謎を、研究のし甲斐のあるモノを見つけた時は心が躍る。
今の俺はそれだけで充実した。
「さて……と、実験開始」
早速研究とばかりに、口笛を吹いて研究対象を此方に意識を向けさせる。
先程まで死肉を貪っていたゾンビは顔を背け、血の混じった涎を口から垂らしながら凝視する。
「グアアアァァァッ」
獲物を見つけた獣の様に突然、直ぐ様、此方に向かって襲い掛かってくる。
遅い……――身体能力は人間である当時のまま? いや、僅かだけど速いのか……?
速度は普通。人間離れした力を持っているなら、闘気で動体視力や身体能力を上昇している俺と同じぐらいかと思ったが、期待外れだ。この個体が弱いという可能性も捨てきれないので、ゾンビ狩りに勤しむ事になるだろう。
ゾンビが此方に来るのを確認しながら、左肩に掛けていた鞄を腕から滑らすように、地面にゆっくりと下ろす。
これで、準備が整った。
ゾンビの手が俺に触れる寸前――体重移動、体を左へギリギリで反らして極限回避。
右手でゾンビの右前腕部分を掴み、足腰を巧みに動かし、ゾンビの右腕を後ろに回しながら背後に回る。それと同時に、闘気で強化した左掌底を回してきたゾンビの右上腕部分へと撃つ。
肉が削がれ骨が剥き出しになっているからなのか、ゾンビになった影響で体が腐っているからなのか、定かではないが、俺の放った掌底は簡単に対象を粉砕……圧し折った。
そして、ゾンビの右上腕を圧し折ると同時に追撃する。腰を捻り左足を上げ、さらには闘気で強化して蹴りを放つ。
その蹴りは腰の回転による推進力で速度を増し、闘気によって強化される事で、簡単にゾンビの右下腿部分を破壊するに至った。
右足を潰されたゾンビは僅かだがよろめき、前に倒れそうになる。
その一瞬を逃さず、ステップを踏んで態勢を整えると、先程と同じ潰した場所、手順、威力、全てを同じにして、ゾンビの左上腕部分と下腿部分を潰した。――その間一・五秒。
闘気で身体能力を強化していないし、素の力――人間が鍛えられる限界の肉体の持つ力だとこれぐらいだろう。
一応言うが、肉体を鍛えるのにはかなり力を入れてきた、と自分でもそう思っている。
鍛えられた体幹、無駄を削ぎ落して戦闘に特化した筋肉、脊柱の強靭でしなやかな動きであるしなり、などなど。
どれも先天的なモノでない。努力による結果だ。
一番苦労したのは、脊柱の強靭でしなやかな動きであるしなりを、この身で作り出すことだった。
脊柱の強靭でしなやかな動きのあるしなりを生み出すには、骨盤の過度の前傾位が必要である。
黒人アスリートが前に進む推進力が総じて高いのは、人種差も含む骨盤の過度の前傾位に由来するとも言われる。
その為、俺の骨盤を過度に前傾位させる事が必須であった。
一番苦労した理由としては、過度な前傾位が齎すデメリットだ。体幹を鍛えたり、締まりのある筋肉を作るにデメリットは無いので、人手間掛かる。
股関節の前面の張り、腰が反ることや、股関節が伸展しにくくなる。それにより、骨盤の回旋動作とフォームが小さくなる。腰部の筋肉が硬くなり、腰痛になったりする。
これが前傾位のデメリットだ。
メリットとしては、股関節の屈折がしやすくなったり、前傾姿勢を維持しやすくなったり、背筋の伸びた状態になる。
デメリットを活かしつつ、デメリットを無くしていく。
そういうのを目指し、俺は鍛練に励んだ。
股関節前面を伸ばすストレッチや柔軟性を高める動き作りをしたり、腰部が伸びるストレッチや背中を丸める腹筋運動をしたりと、様々な方法を試した。
それによる結果が、今の俺だ。
四肢を潰され動けず、未だ獲物を求めてか口や頭を動かすゾンビ。
その必死な様子を上から眺めながら、推測する。
凄まじい再生能力は備わっていない。
思考能力も低いと予測。
速度等も期待外れ。
今度は受けてみるか……──
そんな風に思考しながら顔を上げ、音を聞き付け来ただろうOLゾンビの方に目を向けながら──
ゆっくりと歩き出す。
ゾンビの間合いに入ると、急変したかのように素早い動きで俺に襲い掛かってくる。
先程より速い。此方に向かって来た時よりも、そして四肢を潰した男のゾンビよりも。
個体差だろうか……。
OLゾンビが伸ばす両腕を両手で掴み、俺は足に力を入れて踏ん張る。勢いを止めようとする。
やっぱ……力も相応に強い。一般人レベルを越えているのは明らかだ。
武術とかを習っているのかと一瞬思ったがそれは無い。見た感じの体付きとかは一般人だ。
では、何故これ程の力を要しているのか……謎が深まるばかりだ。
まあ、考えているばかりじゃあ何も進歩しない。
さっさと倒して、その原因を探るか。
序でに、"技"も使えるのかも試しておこう。
そう思った俺は、掴んでいたゾンビの両腕を大きく開かせて顔面をガラ空きにする。
「ワ……ガイ、オドコォォォオオオ」
突然、俺の顔を間近で見ると、血の混じった涎を顔に浴びせてくるOLゾンビ。凄い形相である。元からでもあるが。
血の混じった涎が僅かに俺の顔へ直撃する。
汚いと思った俺は、思わずガラ空きになった顔へ右足を振り上げ、ゾンビの顎を蹴り上げる。
腰を螺旋回転させ勢い付いた右足の蹴りは、ゾンビの顎へと決まる。そしてその威力は、相手の頭部を吹き飛ばす程だった。
OLゾンビの頭部が吹き束された時、首から血が噴き出さなかった所を見ると、心臓は動いてない。完全な死者だと言えるだろう。
まあ、心臓が動かなくなっても脳は暫く生きているのは研究で明らかになってるし、ゾンビの実態を調べるのに丁度良い。
ゾンビの再生能力を研究した後はそういった研究をするのも良いだろう。
今からとても楽しみだ。
ちなみに、俺が考案した"技"は、躰道を基として様々なスポーツなどを取り込んで生み出したものだ。
様々なスポーツの特徴を生かして独自に作り上げて力作である。
我流格闘術:捻技"空牙"
躰道での捻技(捻動)。体軸を螺子状に螺旋回転して、攻撃を施す術技である。
通常、頭部を吹き飛ばすまでの威力はない。精々気絶させる程度だ。だが、闘気を完璧に扱えば"殺しの武器"になる。
圧縮した闘気を足首付近に溜めて、腰の螺旋回転と共にスイッチが入る。つまりは、押し留められていた闘気が一気に吐き出される。爆発する。その力を以て空気を弾く。寸勁と言えば簡単だろうか。
この"技"の仕組みはこんなものだ。
にしても、OLゾンビ……何か喋っている。叫んでいるように思えたんだけど。
気の所為だったりするだろうか。
「……ふーっ、まぁ"技"に関して無問題。体も違和感なく動かせる。殺した感触も、その実物を見ても、精神は安定してる」
ホント、不思議なもんだ。
俺の野望に至るのを邪魔する全て無慈悲に、躊躇なく殺す、とそんな決意はしてたが、こうも慣れる。普段通りとは。
人間とは怖いものだ。
この世界で生きていくには、この世界のルールに則って行かなければならない。
弱肉強食。これがこの世界のルールだ。
平和で秩序のある元の世界とはもう違う。
この世界に順応しなければいけない。
──それが出来る人間とは、面白く、興味深く、無限の可能性に満ちた存在だ。
欲望の赴くまま、人間はこの世界で生き続ける。成長していく。
「取り敢えず……っと、へぇーっ」
OLゾンビも倒した。
取り敢えず、鞄を拾ってから四肢を潰したゾンビの首根っこを掴んで、引き摺って安全地帯を探すか。
そう計画を立てながら、辺りを見渡す。
だが、倒したOLゾンビが衣服を置いて灰へと変わり、その中から赤黒い宝石みたいなのが現れたのを見ると、動きを止める。
「ゲームでの知識から考えて、素材やドロップアイテムみたいなもんか?」
そして、そう予想する。
さてと、俺の予想が当たっているかどうか。
それを確かめるため、俺は赤黒い宝石みたいなのを拾い眺める。
特徴としては──掌に収まるぐらいの大きさで、色としては暗赤色だろうか? 球体で、掌の中で不気味に輝き点滅している。握った感触としては石みたいに硬い。
動いてる。生きている。
そう思わせる。
さらに言えば、この赤黒い宝石からは闘気に似た何かが微弱だが満ちていた。これが魔力だろう。
これは……化け物、ゲーム上だと魔物がドロップするアイテム又は素材。魔力っぽいのが満ちている事から、魔石の方だと思うが……。
それにしても、この魔石……どんな用途で使用可能なんだろうか。
どんな力が秘められているのか。
そんな事を考えていると、
脳内に、聞いたことのある効果音が流れる。
そう、これは……俺が好きな国民的RPGのレベルアップ音である。
……ん? レベルアップ? 確かに魔物(?)を倒したし、これがゲームの法則に則っているとしたら納得だが。やはり、この世界はゲームの法則に?
そう思った矢先、目の前にインストール中の文字が。
そして、インストール完了と出ると、俺への解答であるかのように、見知ったモノが目の前に現れた。
名前:天降駆流 性別:男 種族:人間 年齢:17
Lv:2 職業:一般人☆2
属性:中立【カルマ値──0】
HP:250/250 MP:200/200 SP:220/220
筋力:25 瞬発力:22 巧緻性:21 集中力:36 智慧:30 魔力:20 運:20
スキル:『闘気法Lv5』『気闘技Lv5』『魔力法Lv1』『魔闘技Lv5』『戦技Lv6』『闘気撃Lv3』『斬撃強化Lv2』『刺突強化Lv2』『打撃強化Lv5』『衝撃強化Lv3』『思考加速Lv4』『大回避Lv8』『極限回避』『死線往来』
固有スキル:『絶対精神』『万物簒奪』
称号:『不可侵なる存在』『万物の簒奪者』
所持ポイント:15610P
平均攻撃力:250 平均防御力:210
平均魔法力:360 平均抵抗力:200
平均速度:220
加護:なし
面白いと思った方は、ブクマや評価等宜しくお願いします!!