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混沌とした世界で"先駆者"へと至るまで。  作者: 終
死を象徴する塔
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混沌とした世界


「世の中は残酷だ。理不尽に溢れている」


 そんな言葉で目が覚めた。

 忌々しく、それでいて耳障りだ。

 呪いの言葉であるかのように頭の中を反芻する。

 肉体と精神が蝕まれているのを感じる。


 ベッドに横たわりながら、顔を少し動かして周囲を見渡すと、暗闇が辺りを包み込んでいるのが見えた。

 部屋に置かれている机や本棚やクロゼットなどが、うっすらと見れるぐらいの暗さ。

 そこに満たされる冬の寒い風。

 部屋に満たされている冷たい風と蔓延する闇が、寂寥感たる思いにさせる。


 目覚まし時計を確認すると、六時を少し過ぎたかぐらい。


 やっぱり、少し起きるのが早いな……。


 ここ最近少し起きるのが早くなってきている。そして、早く起きる日には必ずとある言葉で目が覚めるのだ。

 その言葉の所為なのか定かではないが、目を覚ますと何時も体中から汗が大量に噴き出している。


 その言葉に何か思うことがあるのか。

 それは痛々しい過去を掘り返すことになるので……──


 昔の事を思い出しながら、俺は薄暗い中でも判るぐらい顔を歪ませ、右手で胸を押さえて服を握り締める。


「……はあぁっ、……はぁはぁっ、はあぁっ……、クッソが……っ」


 そんな事になりながらも、寝起きの重たい体をゆっくりと起こす。

 途端に、部屋に籠る冷風が体を震え上がらせる。


 朝食にはまだ早いが、このまま二度寝も無理だろうし、起きた方が断然良い。気分的にもその方が良い。


 そう思い、ベッドの中から抜け出す。

 肌寒い冬の寒さがより感じられる。 


「部屋を暖かくするか……」


 身震いをしつつ、窓に仕切られていたカーテンを開けるために窓に近付く。

 窓の目の前まで向かい、仕切られていたカーテンを勢いよく開けた。


 一瞬にして、闇は光に呑まれた。

 暗い闇から薄暗い光への覚醒。それが夜から朝へと変わる。世界が新しくなった。

 俺が目にしたのはそんな光景だ。

 だが、光から逃れた影が行き着く先は何時だって隅の方だ。新しくもない、古びた残穢。

 それは俺を表現している"呪い"。

 光があるから影がある。影があるから光が目立っている。

 世の中全ては天秤。

 表裏一体。

 故に不平等。理不尽なのだ。

 ゆっくりと、俺は表情を暗くさせながら、昔の俺の無様な姿を目に浮かべ溜め息を吐く。

 非常に情けない。

 その言葉しか口から出てこない。


 そんな過去を消して、今の俺を見つめる。

 だが、今の俺も昔の元気有り余る姿と比べたら、なんという体たらくなのだろうか。

 今の俺は、ただ怠惰と化している。

 そんな姿を後ろめたく思い、僅かな日差しを薄目で受けながら、ゆっくりと部屋を出てリビングへと向かう。




 階段を降りてリビングへと入ると、誰も居ない寂しい光景が広がっている。

 両親は昔自暴自棄になった俺を気遣って、別の家で暮らしている。まあ、別々に暮らしているだけで生活面とかは全て親が受け持っている。

 俺自身が悪いのは解っているが、そういう年頃なので正直になれないのだ。

 それがより一層自分を憎らしくさせる。

 親を困らせる子供の気分はとても不愉快だ。


 テーブルに置かれている朝食を、二つの感情を持ち合わしながら無表情に食べ進める。

 美味しいや不味いとかの感想は浮かばない。

 機械のように、些細な事を考えずに命令された動き──するべき動きをするだけ。

 朝食は珈琲とハムエッグにサラダとパン二つ。

 どうやら、俺が起きるよりも早くに届けてくれたようだ。

 その為、朝食は少し冷えていたりしたが、それでも美味しかったと思う。




 朝食を終えると食器を水に浸し、登校時間になるまでに自室で唯一の娯楽であるゲームをする。

 それが日々の習慣となり、俺自身ゲーマーだと思ってる。


 俺にとってのゲームは唯一現実との関わりを絶てる存在。

 現実という退屈で窮屈な世界とは違い、ゲームの世界では悦楽と自由な世界を楽しめる。

 そこだけが、誰にも縛られずに生き生きとして、自分の思うがままの世界。

 失望した現実世界で、唯一楽しめる俺の生き甲斐。

 掛け替えのない存在だ。

 恋人同士で言うセリフだが、俺は童貞のまま異性と関わらず生きていくつもりなので、ゲームを掛け替えのない存在とする。

 それが俺のゲームに対する"愛"だ。


 俺が主にしているゲームは、広大なマップと多様なスキルなどが存在する、異世界転移もののゲームだ。

 最近では仮想世界を現実のように遊べるゲーム──VRゲームをしようなどと思っている。

 金銭面的には余裕だし、現実逃避しかけている──否、既にしている俺には最適だ。

 現実世界で失望している俺が、仮想世界で楽しむ。

 それなりに楽しんでいけるのではないだろうか。

 そんな事を考えながら、俺はゲームを始める。





 「……ふぅーっ」


 およそ一時間ぐらいだろうか。

 登校ギリギリという時間帯でゲームをする手を止める。



 現在の時刻──七時十分。



 良い時間帯で終えれた。

 ゲームの進みにしても十分な結果を得れた。

 今から学校へ持っていく物を準備して、制服に着替えて家を出て最寄り駅へ行って電車に乗り、学校近くの駅へ。そこから徒歩で学校へ向かう。──これで、大体一時間も掛からないぐらいだ。

 その間の暇な時間には……ちょっとした考え事や携帯ゲームとかで時間を潰す。

 これが日課であり、日々の唯一の救済だ。


 ゲームの電源を切るとゆっくりと立ち上がり、携帯ゲームや教材や筆箱などの必要な物をバッグに入れていく。

 その行動はとてもスムーズ。

 少しでも暇な時間を長く、より良く、有意義に過ごすために。


 俺は紺色の学校指定の制服に素早く着替えて、身嗜みとして赤いネクタイをしっかりと上げて、バッグを拾う。

 まあ、服装はしっかりとしていても、生気を失った目により台無しであるのだが、それは何時もの事なので気にしない。


 準備が整うと、黒のマフラーを首に巻き付けて防寒対策をしながら、ゆっくりと自室を出る。

 自室から、階段を下りて玄関にまで足を進め、靴箱の上に置かれてある家の鍵を手に取る。

 外の肌寒い風を身に受ける覚悟を決めて、身を縮こまらせながら扉を開ける。

 扉との隙間から流れる冷たい風を受けながら、外へすらりと出て、扉を閉めて施錠する。

 家の鍵を鞄の中に入れると、すぐさま両手をズボンのポケットへ突っ込む。

 そして、最寄り駅までの道のりを歩き始めた。




 俺が最寄り駅までの道のりではちょっとした考え事をしながら歩いている。

 今回は、最近夢見る内容を踏まえて、『理不尽』について考えた。


 世の中とは理不尽だ。

 社会に出て就職すると、そこの上司は勝手なことを言い、その上司の言う通りにしても、今度は別の上司から叱られたりする。或いは、教えて貰ってもない仕事を押し付けられ、手間取っていると怒られる。

 その上、上司に不満があっても、昇給やボーナスの査定、さらには昇進も上司の評価によって左右される以上。基本的には我慢する他ない。

 昇進の場合も、同僚などに手柄を横取りされたりと、弱肉強食の世界。上司に対して媚びを売ったりと、そういう事をした者が上司から評価され位地が高くなっていく。

 今はまだ真面(まとも)だ。

 昔での世間なんて酷いものだ。

 女性――性別なんかで役割が強制されたり、生徒が学校の先生に体罰を受けたり、と様々な理不尽な事が世界に蔓延っていた。その分、今は陰湿なイジメが横行しているだろうが、兎も角、今も世間が理不尽によって形付けられているのには違いない。

 年齢、位地など、そういうのによって決められていく。



 俺が"先駆者"に対して執着しているのは、自分自身理解しているし理由も既に判っている。

 俺は昔から新しい事に、誰も知らない事に、驚くぐらい執着していた。

 それが素晴らしい事だと、楽しい事だと。未知の存在を明らかにする事が、何よりも自身を湧き立てていると知っていたのだ。

 だからこそ、俺は"先駆者"を目指した。

 理由は他にもある。

 過去の一件、理不尽というものを味わったあの日、俺は"先駆者"ならば同じ目に遭わなかったのではないかと思った。

 "先駆者"とは、誰よりも先に在る世界を見ている。未知な世界を。誰にも束縛されず、どんな理不尽をも打ち砕く、そんな理不尽の中の理不尽。

 それに畏怖した、歓喜した。

 他の誰かに理解されない、到達されない。

 その存在が、俺の中での──世間にとっての、全てに於いての理不尽。"先駆者"なのだと。


 だからこそ、その願望を叶えたいという"飢え"がある。

 故に、近頃の夢がこんなにも理不尽に満ちた悪夢ばかり見るのだ。


 誰の所為か。

 それは、紛れもなく自分の所為だ。


 朽ちた野望に縋る臆病者。

 絶望を味わった末、生きる希望を自ら捨てた落伍者。

 それが俺だ。


 己が暗く重い雰囲気を漂わせ、周囲を悪くさせる。

 そう思うと、俺は憂鬱な気分になり溜め息を吐く。


 口から吐き出される白い息で周囲が曇る。

 それだけで、今までの考えなどが如何に重々しいのかが見て取れた。

 それは周囲の情報把握能力にも支障を来し、


「ん? もう着いたのか……」


 何時の間にか、最寄りの駅に到着していた。

 疲れているというか……鬱な方へと自然に流れていっている。

 無意識に。

 回想を見るかのように。

 自然と。

 再び起きるとでも。

 そう……予言するかのように。




 最寄り駅の改札を抜けたらエスカレーターに乗ってゆくっりと向かい、駅のホームに立って電車が到着するのを待つ。

 夏場は人が大勢居て夏鬱陶しくなるぐらいの暑さを感じられるが、冬場である今はそんなに気ならないぐらいの暑さだ。

 丁度良い感じの温度となり、寒い季節でも平然と待っていられる。

 何時もは、携帯ゲームとかで時間を潰したり過ごしたりするが、今日は生憎そんな感じになれないので、再び『理不尽』について考えを巡らした。



『天才』と『凡人』は存在する。

 世の中には『凡人』でありながらも、想像を絶するほどの努力を重ねた人間がいる。だが、その人にはどうしても敵わない存在がいる。──それが『天才』だ。

 努力は決して裏切らない。

 その言葉は確かだ。

 日々の小さな積み重ねが累積して、やがて大きくなり素晴らしい結果となる。

 その人が目指す夢、目標、学校などなど。

 努力することで、望む結果は得られる。

 ただ、それだけだ。


『天才』とはそれよりも遥か上を行く。

 摩天楼の如く。

 遥か高みへ。

『凡人』が血の滲むような努力をしようとも、決して届きはしないその──高みへ。


 生まれながらに持った才。

 人はソレをこう言う。

 生まれた家庭、環境、生活が良かった。

 優秀な血筋の家系、遺伝、将来が約束された何不自由無い生活。


『理不尽』である。


 生まれながらに決まった社会的位地。

 生まれながらに決まった自身の能力。


『凡人』であっても、努力を怠らず愚直に突き進む人。

 だが、その道は途中で途切れる可能性がある。

 生まれ持った家庭環境、社会的位地などで途切れる。

 努力する者が報われない。

 貧困であるからこそ、家の仕事をしなくてはいけない。学校に行けない。そういう人達は世界中に大勢存在する。


 対して、努力もせずに将来が約束されているから"楽"をして日々を送る人。

 苦労を知らずに、悠々自適に生活している。

 周りが努力をしているのに、自身は何もしていない。

 見下したり。

 傲慢さを持っている。


 世間は誰がどう言おうと、『理不尽』である事に変わりはない。

 生まれながらに、道筋は限定されている。

 それを変えることは出来る──が、決して楽しくない。地獄である。


 斯く言う俺はどうなのかと言うと──俺も、そこら辺の塵と同じだ。

 恵まれた環境、親の経済状況も良い。

 小さな頃から色々なモノを与えられてきた。

 俺は恵まれた環境だった。

 なのに、だ。

 今の俺は──俺の現状は、怠惰だ。

 自分の好きな事をして、自分の嫌な事から逃げている。

 自分だけを大切に、自分の事だけしか考えてない。

 現実に向き合おうとしない。

 親に迷惑を掛けている。

 そんな臆病者が俺だ。

 過去で何があろうと、現在が全てだ。

 過去を引き摺り、こんなにも怠けてしまっている。

 過去の呪縛から解き放たれていない、外見だけしか成長してない子供(ガキ)である。

 それらに対して何の対策、苦労もしてない存在。

 自分良ければそれで満足する。社会に貢献しない。

 そういうのが『社会不適合者』と呼ばれていくのだろう。

 正に、俺だ。


 ふーっと、息を吐く。

 憂鬱な気分も、嫌な出来事も、全てこの白い吐息と一緒に外へ吹き飛ばす。

 その存在を、痕跡を、忘れるために。

 自分にとって"良いこと"だけを残して。



 やがて、電車の到着を告げるアナウンスが流れる。

 そのアナウンスを聞いただけで、再度溜め息が漏れる。


 学校に行きたくないという高校生らしい思想もあるが、電車の中で騒ぐリア充共や学生がウザい。

 今はこんなにも静かだと言うのに、電車に乗ると騒々しいとか、吐き気がする。

 公共な場だというのに騒がしくするヤツ、一体どんな教育を受けているのだろうか。

 随分と甘やかされている事だろう。


 こういう小さな学生時代の悪癖が、最低の大人へ成長していくのだろう。


 やはり、この世界は『理不尽』だ。


 そして、恵まれているにも関わらず怠惰な生活――自分の好きな事ばかりをする俺もまた、先程まで述べていた『理不尽』である事に変わりない。


 俺は『理不尽』が嫌いだ。

 間違いない。

 だから、俺が嫌いだ。

 現実から目を逸らして、恵まれてるにも関わらず怠惰な生活を送っている俺が嫌いだ。



 電車が到着すると、降りる人が出終わるまで待って乗り込む。

 乗り込んだ後は、何時もの場所の反対側の扉まで歩いて、凭れ掛かり目を閉じる。

 精神的疲労を回復させる。

 これで目的地到着まで気分を落ち着かせる。

 暇潰しと言ってはなんだが、外の景色を窓から覗く。

 それで和らぐ。


 電車が発車する際の衝撃──……

 電車が路線を走るリズミカルな音──……

 車内に流れるアナウンス──……

 車内に響く騒々しい音──……


 そんな全ての音が俺の耳に流れ、その際に淘汰して好みの音楽として作り上げる。

 俺好みの音楽を作り、脳に情報として伝える。

 情報の中に雑念などの無駄は除されて、純粋な素晴らしき音だけが響く。

 それが何とも心地好い。


 現実から隔離された独自の空間に漂い、解放感と全能感……自身が"神"になったかのような感覚に陥る。

 自分が望む世界で、野望で、自由自在に何でも出来る夢に居るみたいに、幸福感に包まれる。

 それは、"先駆者"として世界に立つ自分の姿であった。

 だが、現実と空想。

 手に入れているものじゃない。

 だがそれでも良い。

 俺の心が満たされるのであれば。

 俺の苦労が形となって実現するのならば。

 叶うなら、この思いが永遠に……――



 すると、突然現実に引き戻された。

 空想から現実。

 幸福感に包まれていたのに、全てが無に帰して喪失感が残る。

 要らない雑念が脳に流れてくる。

 濁流が一気に流れ込んだような感じがする。

 高山病や船酔い、そういった類に起こる吐き気や眩暈などに見舞われる。


 はあぁっ、……はああぁっ!


 途端、息切れなどの身体に於ける支障が起こる。

 生憎、駅に到着し騒がしく、息切れとかも一時期なものだったので、周囲に気付かれることなく済んだ。

 それでも、精神には重いダメージを負うことになった。

 俺が"先駆者"になる為の世界になる事を心の底から切望する結果に……――



 現実に引き戻された訳は、目的地の駅に着いた事が原因だった。

 慣れた道、時間、雰囲気の所為か、大体解る。

 よくある電車で寝ていても、目的地に着いた時に目を覚ましたりするアレだ。

 耳が必要な情報――自分の名前や目的の名前、こういったのを仕入れた時に脳に情報が伝わるんだっけ?

 体感時間が短いのは、空想上の幸福感に浸っていたからだろう。


 兎も角目的地に着いたのだが、ここから学校までの道は簡単。

 駅付近にある百貨店やモールや商店街などの様々な施設を通り抜け、続いてビルが立ち並ぶ場所を通りすぎて住宅地帯になっている場所にある私立の高校。

 そこが我らが母校である。

 偏差値は比較的……それなりに高い。

 中にはどうしてお前が入学できた!? みたいなヤツらは居るが、親のコネとか頑張って入学したけど落ちこぼれた、とかだろう。

 俺はまぁ……小学生の時に異常なぐらい勉強――研究をしてたから、普通にコネとか一切関係なく入学した。

 落ちぶれているかと言われたら、まぁそこは察しの通りだ。

 平均的なとこで頑張っている。



 俺の話は置いといて、朝にも関わらず駅近くの交差点は社会人やら学生とかでごった返しだった。

 流石都会とでも言うのだろうか。

 

 今年は例年より寒く、雪の降る量も多い。

 冬服とマフラーだけの必要最低限の防寒対策だが十分である。

 人が密集しているか、否かでこんなにも変わるとは……色々な意味で"人の密集"とは怖いものだ。

 

 そんな事もあり、信号の待ち時間に関しては気にしてない。

 塞き止められていた水が一気に流れる様が、歩行者が一斉に交差点を渡る瞬間と同じなのか、見ていて清々しい気持ちになる。

 それでいて、その瞬間が終わると消極的になるのは何故だろう。

 これもまた、この世界での俺の"楽しみ"なのか。

 ゲームと同じように。



 学校までの道を何事もなく進めた。

 その証拠に、ちらほら同じ学校の生徒が見え始める。

 場所はビルが立ち並ぶ道。

 会社に勤めるサラリーマンとかはこの辺で姿を消す。

 後は、学生だとか近所に住む人々だ。


 正に、その時だ。


 一瞬、周辺が光に包まれる。


 光が収まると直ぐに、周辺が黒い靄みたいなモノに包まれる。


 嘔吐。


 眩暈。


 そういった症状が俺の身に引き起こる。

 それと同じく、体中を蛆虫が這い回るかのような"不快さ"が襲ってくる。


 冷や汗。


 そんな状況に見舞われてか、ゾクゾクと体の震えが止まらない。

 耐え切れずに、思わず膝を地面に付けてしまう。

 勿論、俺只一人という訳でもない。

 周辺に居るサラリーマンや学生達も同様に、膝を地面に付けたり、蹲ったり、倒れたりしている。

 異常な状態だ。


「……うっぷっ、……はあぁっ……はあぁっ、はああぁ……」


 そんな異常さの所為なのか、

 ありえない幻覚が見えてしまっている。

 顔を上げれば――


 ゴブリン。


 オーク。


 コボルト。


 などと言った、現実に存在する筈のない化け物の集団。

 その集団が俺の目の前――十数メートル先で行進していた。


 そして、何より目を引くのは――


 ドラゴン。


 生物の中で最強格とされている化け物。

 勿論それはゲームの話でだ。空想上での。

 そんな存在が――俺の見る光景にいた。


 目に映るその光景には――

 器用に鉤爪でビルの壁を()じ登り、翼を僅かに羽搏(はばた)かし、弱小生物に恐怖を与える"咆哮"を放つ姿が。

 ソレに、俺や他の人達、そして、ゴブリンやオークやコボルトなどの化け物も、怯え委縮した。体が硬直した。


 正に、絶対的強者。


 翼を持つ巨大な蜥蜴。

 鱗は鋼鉄よりも硬く、巨大な翼は暴風、鉤爪はあらゆるモノを切り裂く死神の鎌。

 その巨体で歩みを進めれば地震が起こる。


 そんな厄災を振りまく化け物が、この場の強者が自分だと宣言した。

 

 絶望的だと言っても良い。

 勝てる筈もない。


 逆らえない恐怖の権化。


 逃げようとすれば狩られる。

 逃げなくても殺される。

 どちらを選んでも"死"だ。


『理不尽』だ。


 間違いない、と俺は思った。

 ビルに()じ登り此方を見下す。

 その姿、風格、態度は、正に『理不尽』だ。


 恐怖や生への渇望か、周りにいる人々はそれぞれ駅の方面へ逃げている。

 正しい。

 どちらも死に直結するのだから、僅かな希望に縋るため、人が多い場所や建物のある場所に逃げるのは正解だ。

 

 だが、俺は違った。

 逃げていく人々を尻目に、その場で佇んでいた。

 先程までの嘔吐や眩暈とかの症状はもう無い。

 体は間違いなく動ける。

 でも逃げない。


 恐怖心からか?


 生きる道など無いからここで死ぬ?


 いや、違う。


 俺は嗤っていたのだ。

 今の現状に。


 極限状態で頭がイカれてしまった?


 精神状態が不安定になって狂ったか?


 どれも違う。


 俺は歓喜していたのだ。

 この世界に! 現状に!

 幻覚などではない。テレビの撮影とかでもない。現実だ。

 解ってる。それ故に、俺は泣くほど喜んだ。


「クッ……ハハハハハッ! ハハッ、クックっ……ハハハアッ……――」


 最高だ!

 この世界が。

 有様が。

 その全てが。


 終わった、と思った。

 この世界では俺の野望は叶えれないのだ、と。

 生きていく目標を失った。

 だが、違った。


 ゲームがあって良かった。

 それが今までの退屈な日々の拠り所。

 それがあったから、今この現状に出会っている。


 科学技術の発達で、快適で効率の良い生活可能な世界。

 日々進歩し、俺が"先駆者"に至れなかった。

 だが、今ではそれを打ち砕く『理不尽』が現れて、この世界を蹂躙しようとしている。


 これから始まる世界。

 化け物が蔓延り、人間が生活する環境は失われ、文化や技術が廃れていく。

 そんな世界なら、これから始まる世界なら、俺の野望は叶うのではないだろうか。

 秩序や平和が失われた――混沌とした世界ならば。


 だから、俺は喜びを顕にしている。

 俺が望んだ世界になったのだから。


 生気を失った目は、何時しか爛々と輝く、夢や希望に満ちた目へと変わった。

 新しい玩具を貰った子供みたいに無邪気に。

 新しい世界が開いた時みたいに。



 俺はこの世界で生きていく。

 そして、俺の野望――"先駆者"へと至る。





 俺の名前は天降駆流(あもりかける)、高校二年生。

 小さい頃に『理不尽』を味わい、生きる目標を失い、落伍者へと成ったゲームを愛するゲーマー。

 そして、大人への階段を登っていない、童貞である。


 そんな俺が生きる世界は、化け物が蔓延る世界――秩序や調和が失われ、蹂躙や理不尽に塗れた混沌とした世界へと変わった。

 そんな俺の夢は――"先駆者"へと至ること。

 嘗ては叶わなかった夢。だが、今ではそれが叶う。

 俺が望む世界になったのだから。

 弱肉強食の世界、化け物が蔓延る世界、理不尽に塗れた世界、秩序や調和が失った混沌とした世界。

 俺はこの世界で足搔き続ける。

 この手に掴むその日まで。

 混沌とした世界で"先駆者"へと至るまで。



「クッハハッ……この世界で必ず俺は――」


 俺の奥底に眠る、何かが目覚めようとしていた。


 全ては、理不尽の中の理不尽。理不尽を圧倒する"先駆者"へと至るために!

面白いと思った方は、ブクマや評価等宜しくお願いします!!

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