死の軍勢 2
戦利品を全て『収納箱』に入れて、俺は更に墓場の奥深くまで歩いていく。
歩いてくほど、墓場を覆う霧は次第に濃くなっていった。
視界が遮られ、方向感覚が曖昧になってくる。
そんな中でも、俺は魔力を広げて周囲を索敵。
何処にどんな敵が、どのくらい離れているのかを、正確に情報を集めていく。
にしても、先輩の時よりもずっと霧が濃い。
いや、俺が向かっている先に行くほど、どんどん霧が濃くなっているのか。
この先に――先輩と同等の地位……いや、強さ自体は先輩より低いか。
それでも、面白そうな敵が待っているのは確かだ。
それを思うと、ワクワクが止まらない。
先輩は最強の剣士として登場した。武の頂点に君臨した存在だ。
つまり、次の敵は──魔法に関して頂点に存在する敵、と考えるのが適切だろう。
さーて、どんな敵が出てくるのか。
やがて、濃い霧の中を進むこと数分。
強大な魔力反応を感知し、俺はその場所へと急いだ。
俺が着くと其処には――豪華な衣服を身に纏った魔法使いが居た。
『死者の大魔法士』と呼ばれる存在が、濃い霧の中俺を待っていた。
千体近い軍勢の中に居た『死者の魔法士』の上位互換的存在であり、より強力な魔法や膨大な魔力量を保持している。
濃い霧の中から『死者の大魔法士』は、俺の方に右掌を向けると──
「『炎球』」
と、呟いた。
右掌から現れた炎の球は、勢いよく放たれ俺の方に向かってくる。
軽く冥炎神楽を振るい放たれた炎の塊を相殺。
いや、相殺というより吸収したという方が正しいか。
俺は、冥炎神楽に吸収された炎を見て笑みを浮かべる。
その表情は――実験が成功したとでもいうかのようだ。
やっぱり、か。
俺は冥炎神楽の説明を思い出しながら、納得のいく表情をする。
『その力は、魂を吸収して能力を上げることが可能となる』――それはつまり、精神体(魂魄)を吸収すること。ならば、精神エネルギー(魔力)は吸収可能ではないのか。
魔力は感情と比例している。関係がある。
それなら魔法も――魔力を喰らえるではないか、と。
俺の推測は正しかったのだ。
だとするなら、魔力が吸収可能だとするなら、他の精神的方面のモノも可能なのではと新たな推測が生まれる。
ああぁぁっ! やはり、探求とは素晴らしいものだ。
目の前の『死者の大魔法士』を見ながら、俺は舌舐めずりをする。
魔力を喰らえるだけ喰らう。
それで冥炎神楽が成長するかと思うと、少しだけ興奮してきた。
『死者の大魔法士』へとゆっくりと歩みを進め、その際放たれる魔法を吸収しつつ、じっくり距離を縮めていく。
一歩……二歩……三歩……――
魔法を、魔力を吸収するだけ吸収して、その分得た魔力を冥炎神楽に流し込み強化する。その際に発する熱量は俺の糧となる。
『熱量変換強化』で熱エネルギーを運動エネルギーへと。
相手は魔力を減らしていくが、対して俺は力を蓄積しつつある。
実に圧倒的だ。
手応えがない。
僅かながら、俺は『死者の大魔法士』の戦いに失望していた。
先輩の時よりも圧倒的に弱い。実力と雰囲気が合っていないのだ。
いや、それを言うなら先輩も同じか。
先輩が纏う威圧感、立っているだけで解る技量の高さ、勝てないと一瞬で理解する生物の本能、圧倒的強者の雰囲気を持っていた。
だがしかし、実際戦ってみると違和感があった。
何か違うと違和感を持った。
戦いを進める中で、俺はそれを理解した。
『雰囲気に比べて、実力が劣っている』
全盛期の肉体ではない為か、雰囲気と比べると(ギリギリ勝った俺が言うのもなんだが)明らかに弱かった。
今回もそういった例、なのか?
そんな考えが浮かぶが、それは無いと瞬時に思う。
近接戦なら未だしも、遠距離で……魔法を専門とする存在が肉体に関係して弱くなっているとは限らない。
それなら――
ここからが本番。
そんな言葉が出かかった瞬間、『死者の大魔法士』が纏う魔力が増大し、先程よりも強力な魔法が次々と放たれた。
巨大な岩の塊。
灼熱の極小太陽。
巨大な氷柱。
紫色に光る雷撃。
まだまだ……ある。
多種多様な魔法の連撃。しかも、その一撃一撃が先程放たれた魔法よりも強力。さっき放った魔法が塵芥と思えるぐらい強力だ。
一回吸収しようと受けてみるが――その考えを一瞬で捨てる。
非常に重い。
籠められた魔力も尋常ではなく、その分破壊力が増していて、受けようとしただけで吹き飛ばされるかと思うほど強力だ。
ので――俺は回避に集中した。
時折来る炎に関する魔法は、冥炎神楽と同属性だからなのか吸収しやすい。その分受ける時間もかなり短縮されるので、俺にとって魔力を吸収する唯一の手段と言える。
だからこそ、相手に気付かれる前に倒す。
慎重に魔法を回避、時折吸収してその際に体を捻り回転、冥炎神楽を振るい続け能力を上げていく。舞って、舞って、俺は力を蓄積していく。
そうする事により、ゆっくりと距離を縮めていく。
本来、魔法を扱う者同士による戦いの基本は──距離を取っての魔法による攻撃。相手の魔法を相殺しながら、如何に魔法を先に当てるかの戦いだ。
つまり、戦士と魔法士による戦いは危険極まりない状況であるという事だ。距離を取って戦うのに、戦士は近距離でこそ真価を発揮する。部が悪いのだ。
故に、戦士は魔法に当たるより先に魔法士の元に急がなければならない。だが、そうした対策は魔法士もする。魔法士にとって距離を縮められる事は魔力切れと同様に死を意味する。勿論、魔法による弾幕を張り妨害する。
現に、今俺の状況はソレだ。
多種多様な魔法を同時に俺に向かって発射。以前までは準備が整えば直ぐ様魔法を放っていたが、今回は例え距離を詰められたとしても……同時に大量の魔法を発射する。
その所為で距離を縮めても直ぐに離れる必要があり、一向に相手の懐に入り込むことが出来ない。
近付いては離れ、近付いては離れ……その繰り返しだ。
タイミングを変更してみるか。
そんな近付いては離れての繰り返しの中、俺は状況を冷静に分析してある隙を見つけた。
相手は俺の動きを見ているのではなく、妨害に成功する最低限の魔法の量に達した時に放っている。
複数ある魔法でどれだけ俺を妨害できるのか、それだけを考えている。
見た感じ、彼奴は氷と炎の魔法を集中して使用してる。二つの魔法を合わせて、水蒸気爆発を引き起こしているのだ。
その為、俺は氷と炎の魔法が打つまでの間隔を正確に捉えていた。どれだけの時間空いてるのか、その時間でどれだけ距離を縮めれるか。
いける。
最速で魔法を発動できる時間は、氷と炎の魔法で……大体五秒程だ。
魔力で強化しても懐に入り込めないが、それでもタイミングをずらせば十分入り込める。
他にも風と炎を会わせたり、岩と風を合わせたりと色々な攻撃があるが、水蒸気爆発を起こすことが何より効果的だと相手も理解してる。
炎の嵐の中でも冥炎神楽で吸収できるし、礫の嵐も魔力で肉体の耐久性を上げればどうとでもなるし、水蒸気爆発を起こすことが一番効果覿面であることに違いない。
相手の動きを見つつ、今まで通りの動きを変更する。二秒程時間をずらして、一気に水蒸気爆発によって生まれた熱気の中を進む。
皮膚が出ている箇所に軽い火傷を負うが、それでも我慢して前へと進む。
そのまま熱気の中を進んでいき、相手の目前へ行き、そして頭部を冥炎神楽で突き刺す。
「ギャァァァアアアッ!!」
痛みによるものなのか、絶叫しその身を炎で焼き尽くされる。
炎はゆっくりと、ジワジワとその身を焼き尽くし──やがて炎は消える。
炎が消えて完全に倒した時に、俺は『戦歴』に表示された名を見て直ぐ様臨戦態勢を取った。
どういう事だ?
一瞬だが思考が停止した。
何が起こっているのか理解することが出来なかった。
何故なら──
俺が討伐したのは──『死者の大魔法士』ではなく、『死者の魔法士』と表示されたからだ。
それを見た瞬間──俺は身構えた。
何時入れ替わった?
強力な魔法を放つ前には入れ替わる隙がなかった。だから、入れ替わったのはその後……──
可能性があるとしたら、魔法による弾幕の際……だな。
その時に入れ替わったとしたら納得だ。
なら、一体彼奴は何処に行った?
俺との戦いから逃げた……離脱した後何処に向かった?
その後の相手の動向を考えている間に、俺はその身に味わうことになった。
右前方から向かってくる、動く死体共の軍勢──約三千体。
さっきよりも、格段に多い数の軍勢が俺に向かって行進していた。
「コレを用意するために一旦離脱したのか……」
中々面白い真似をしてくれるもんだな。
俺の全力を見たいようだ。
なら、魅せてやる。
「『魔力法』『魔闘技』『魔力撃』『火踊り』『舞踊』」
俺の全力だ。
いや、もう少しだな。
それに加えて、闘気も使って強化する事にする。
闘気と魔力──本来なら混じることの無い力同士だ。
謂わば、水と油の関係だ。
闘気が水で、表面張力が大きい──肉体での親和性が高い。
魔力が油で、表面張力が闘気(水)よりも小さい──肉体での親和性が低いのだ。
闘気が身体エネルギー、魔力が精神エネルギー、という事からも解ると思う。
そして、水と油を上混じるためには──媒体が必要だ。肉体の親和性を高くする媒体が。
俺はそれを──時間、適応力、操作性だと考えている。魔力を、肉体に親和させるために、上手く肉体と同化させるために、長い時間関わらせて、適応させて、操作性により混合させやすく。
それが媒体になる。
完成する。
俺は意識を集中して──
全神経を研ぎらせて──
魔力を肉体に浸透させて──
針の穴に糸を入れるみたいに、慎重に……タイミングを合わせて──
呼吸と血液の脈動、筋肉の動き全てと合わせて──
俺は闘気と魔力を半ば強引にだが混ぜる。
混合させて、力を膨大にさせる。
「ふぅーっ……」
呼吸を整えて安定させる。
じゃじゃ馬だ。今直ぐにでも暴れだしそうで、抑えるので手一杯だ。
長く、時間持たなさそうだな。
早速、俺は地を蹴り一瞬で相手の軍勢の中に飛び込んで、冥炎神楽を振るい続けた。
至る所から火柱が上がる。
それと同時に、火の粉が弾ける音とメラメラと燃える音が辺りから鳴る。
動く死体であるため、魔物の断末魔は聞こえないが、それでも周囲を炎が包み込む様は美しい。誰もが魅了される。
そして、ものの一分程で魔物の殲滅に成功した。
残るは──『死者の大魔法士』のみとなった。
闘気と魔力……かなりの量を消費したから、此奴との戦いは一瞬でケリを付けたい。
残量は二割ってところか。
はぁぁああっ、はぁぁああっ……がぁぁああっ!!
雄叫びを上げて、相手に向かって突進。
あの軍勢を喚び出すのには魔力が必要だろう。あんの数だ……相当魔力を失っている筈だ。なら、互いに消耗している今が勝機だ。
そのまま──相手の間合いまで。
そして、冥炎神楽を突き出す。
俺の速度により威力を増した攻撃は、相手の頭部に突き刺す前に──
「『岩漿の龍舞』」
俺の頭上から降ってきた龍の形をした溶岩によって、その身を溶かされ焼け死んだ。
死んだと認識してから、後悔の念が来る。
脾臓がある部分を狙わずに頭部を狙ったのが死んだ原因か? いや、魔石は動力源──謂わば心臓みたいなのだ。そして、魔力を操作する──体を動かす役割の司令塔みたいなのが脳だ。そこを破壊すれば、魔石を破壊するのと同様倒せる筈だ。俺の推測は間違っていない。
なら、油断したのがいけなかったのか? 魔力が相当減っているだと思って、安易に動いたのがマズかったのか? だから、強力な魔法を喰らう羽目に?
深い海の底に沈んでいくような感覚に陥る。
体にズッシリと重りがあって、浮き上がることも出来ずに、ゆっくりと沈んでいく。
冷たい水が体を包み込み、俺の感覚を麻痺させていく。
呼吸をすることも出来ず、意識が段々と薄れていく。失っていくような感じがする。
やがて、辺りが真っ暗となった時に不思議な感覚に見舞われる。
体の奥底──いや、頭から"何か"が抜け落ちていくみたいな、頭の中にある"何か"が俺の体から抜け出していく。そんな感じだ。
そして、それが何なのかを俺は知っていた。
頭から抜け出た"何か"の正体を知っていた。
魂が……俺の体から抜け出ていく。
初めての新鮮なインスピレーション。
俺は"死"だという事を理解していた。
『絶対精神』の力で俺に起こっている情報と、外部の──死に関して働く存在の情報を読み取っていた。
俺の体が死んだ事で肉体から(脳と魂を繫げていた回路が途切れて)魂が離れ、『輪廻の環』へと行き情報を抹消した上で新たな肉体に挿れられると。だが、完全に肉体が滅んでいる訳じゃない。肉体を元通り修復して、回路を繫げれば蘇生可能だという事が。
それが明らかになれば、俺が取る手段は一つだ。
何がなんでも生き返る。
俺には叶えたい夢があるのだ。
その為ならば、不可能だって可能にしてみる。
未熟な精神で、影響を受けてしまった昔とは違う。今の世界は俺が望む楽園の様な場所だ。
それなら、俺が出来る全ての事を成し遂げるだけだ。
なんの因果か、それとも運命か。
単なる偶然に過ぎないだろうが、俺は奇妙な状態になった。
体の奥底から、枯渇していた魔力が沸き上がっていく。
ここまで、一気に魔力が回復するものなのか?
俺の保有する魔力が上昇していく。
だが、その魔力は今まで使っていた魔力とは少し違った。
本来頭部から(精神体から来た)魔力が流れてくるみたいだが、今回は肉体から……正確には脾臓がある場所から流れてきた。
魔力は魂と肉体が繫がる前は、脾臓や骨髄から魔力が作り出されてきた。
今、俺の肉体と魂は繫がっていていない状態だ。
故に、魔力は脾臓や骨髄から作り出されることになった。
それを俺は認識したのだ。
本来なら、意識が失われ何が起こっているのか、どんな出来事だったのか解らなかっただろう。だが、俺にはスキルの恩恵によるものなのか理解していた。
そんな状態の中、俺は脾臓に貯蔵されていた血液──魔力を使い、肉体を再生させるべく動き出した。
溶岩により周囲が融解し、熱気が包み込んでいる中、俺は肉体を完全に修復して起き上がった。
肉体を再生させる際に使用したのは魔力だ。何時もなら闘気(肉体に作用しやすく扱いやすい)を使っているが、今回は魔力が肉体との親和性が高くなった。つまり、闘気よりも魔力の方が肉体と親和性が高くなったのだ。
それにより、貯蔵されていた膨大な魔力が解放されて──その力で死から一気に復活を果たした。
「……一回死んでやったが、生き返ったぞ!」
服も大半が溶岩によって溶けたが、残った切れ端部分が膨大な魔力に反応して、自動修復した。
肉体も、服も全て元通りだ。俺の装備品全てが無事だ。自動修復機能が付与されていなくても、かなりの等級の物になったのか無事だった。
俺は成長した。
色々な方面に於いて、だ。
対して、『死者の大魔法士』はどうなのかだが、最後に放った魔法が足掻きだったのか……疲労困憊。倦怠感に襲われているのか、立っているのも儘ならない状態になっている。
俺はそんな奴に、警戒をしながらゆっくりと近付き──相手の頭部に今度こそ冥炎神楽を突き刺した。
相手は悲鳴を上げなかった。
覚悟したのか、全てを出し切ったからなのか、何も言わずに燃え尽きた。
その様を見ながら、俺は何とも言えない表情をした。
相手から読み取れる感情に、負の感情は存在していなかった。やり遂げた表情、満足している。
戦いの結果に文句を言わない。
理不尽だったのに。俺は一回死んだが、理不尽に甦った。なのに、満足した表情をしている。
後悔は?
未練は?
魔法を満足に使えたから良かった?
俺なら、未知なる魔法の探究をしたい。
それなのに、彼奴は諦めている。魔法を探究したりしない。まるで、今の位地から逃れられないとでも指し示すかのように。
迷宮とは何か。
俺はふとそんな事を考え出した。
俺にとってこの場所は詰まらないものだと思う。与えられた環境でしか生きていけない。
自分の未来は、自分では変えられない。絶対に。
定められた運命に身を委ねるしかない。
誰かの指示でしか生きていけない。
そんな理不尽……俺にとって最悪だ。
それなら、俺はこの場所を破壊しよう。
俺の気の済むまま。
理不尽なこの場所を。
今からこの階での最終決戦だ。
戦利品を全て回収すると、俺は決戦の場へ向かった。
この迷宮の主の元まで行く第一歩として。
「あのクソッタレのドラゴンよりも先に、上で傍観してる奴を叩く」
それが俺の、"先駆者"へと至るまでにすべき偉業の一つだ。
次回、四階層での最終戦!
お楽しみに!