登録
彼の名前はまだだせず。
自身の容姿についての確認が済むと最初にいた地下道に向かうことにする。完全に周りはビルしかない。たまには商店はあるがたまにであった。ものの見事に会社員のような風貌のアンドロイドや何かのサポート用であるのか、随伴型の無人機がアンドロイドについてまわっていたり、無人機が路上の掃除を行っていた。タクシーのような自動車もあるようだが金がないし正式な市民でもない、そんな自分が使うべきものではないだろう。歩いて行けるという部分も加味して使わないという結論に至った。
今では全く使われていないようではあるがそれでも清掃などはしっかりとされている地下道、そこは西区南区連絡通路という名称があったことを初めて確認した。階段を下って連絡通路内を進む。出た時に十分見てきたが何かの新しい発見を期待して周りを見渡しながら進んでいく。
出た時より新しいものは発見できず肩を落とすが西区という新天地に進むことが自分には興奮するべきことだった。陽の光が見えると階段を駆け上る。男の話だとのどかで古い住宅街だがいい場所だ、とのことで楽しみであったのだ。
階段を上って見えたのは、空き地。いかにも草野球ができそうな空き地であった。
「静かだ。うん」
のどかで少し古い、そんな言葉がこんなに似合うのはここを置いて他にあるだろうか。木造の一軒家が立ち並び、子供が元気よく遊べそうな敷地がある。そして川を介して見えるのはこことは全く違う大都会。中央区を含めた五区画は川で仕切られており、この川もまた直で飲めるほどに綺麗な水だ。何もかもが揃っている理想郷、そんな印象があるこの都市。天国ではないかと錯覚するほどであるが自分が天国に行けるはずもないと現実であることを肯定する。
それからは少し歩くことにした。ARとして見ることができる男から貰った地図は役に立ってくれることは確実であった。住宅街であるのに人の気配がまるでしない、ゴーストタウンのような町を好き勝手に歩く。敷地内に入るのは自重して隅々まで散策することを目標に中央区に繋がる橋を探す。
童心に戻ったような錯覚と自由を獲得したかのような時間、それを満喫して辿り着いたのは巨大な橋。印象としては日本の首都である東京に存在する【レインボーブリッジ】だろうか。橋としての名前は、ないらしい。車道が通っており、端には歩道も確保されている。とはいっても車は全く走っておらず、一人寂しく端っこを渡ることになった。
「【中央区】の外れに区役所があって、その先に。増設か?」
【セントラルタワー】へのアクセスには少し不便に感じる。最初からこんな配置になっているとは思えないが諸々の配置は決まっていたのだろう。最初からアンドロイドと機械だけの町であったとは思えない。
(考えるのは後だ。とりあえず)
住人登録をしてからアリスに会いに行く。そのために区役所で手続きをした後にセントラルタワーの最上階に行かなければならない。手続きが面倒なのはどこの世界でも同じこと、そんなことは当然のことだと彼は知っている。
橋からは恐らくは人工で作られた運河が見える。落ちたら彼はともかく普通の人間やアンドロイドでは耐えきれないだろう。気にしていなかったが空は曇り模様である。この都市に来てから数時間、朝、昼、夜、時間帯によって空模様が変わるのはまだ確認できていない。
「ここ、だな」
【区役所】というシンプルな立て札が建物の自動車入り口の前の低い壁に置かれている。
入り口は自動ドアになっており、中に入ると正面に待合所、両脇に伸びている通路。そのまた脇に色々と課がある。仕事がなさそうで暇しているのが見える。
「あ、来たよ!」
そんな声が聞こえると一人、アンドロイドが出てくる。見た目は女性、制服を着ていて美人だ。
「お待たせいたしました。私が担当のサキ、と申します」
「よろしくお願いします」
「こちらへどうぞ」
職員、サキに案内されて丸椅子に座る。それからは言われた通りに書類に情報を書いていく。そんなに要項はなかったのが救いだ。来訪者用であるのだろう、出身地などの元の世界に関わる情報はほとんど記載は推奨されていない。
「【軍用サイボーグ】ですね。こちらのネットワークと同期していただきます」
「了解した」
個人情報は大体これで確認し終わるのだろう。紙媒体での記入は本人の人柄を見るためであると考えられる。少し経つと終わったとの旨を伝えられ、自身のデータを覗くとこの都市に関するデータが詰め込まれている。
「では、これを持って【セントラルタワー】に向かってください。それでそこの受付にこれを渡したらアリス様に取り次いでくれるかと」
「分かりました。ありがとうございます」
「仕事ですので」
サキは最後まで無表情を崩すことなく彼を出口に送り届ける。
紹介状と書かれた紙を持って今度は【セントラルタワー】に向かうことになる。普通ならやや遠いと感じる距離だがいまの彼は興奮している。走りはせずに周りを見ながら進んでいくことにする。人の気配のない【学区】を横目に進んでいく。中の設備は整備されているようで新造のような綺麗さを保っている。少なくとも彼の記憶に存在する全てのスポーツはできるような設備は整えられ、学舎も色々分けられており、元の世界では存在しないであろう大規模なものであるのとがわかる。こんな場所が使われていないのは寂しいと思ってしまう。
「ここか」
目の前に建つは巨大なビル。曇り空にある雲を易々と貫いているのは圧巻の一言で、恐らくはあの先にもまだまだ続いているだろう。たしか二百階まであると言っていたか。それにしては天井が高いように感じる。
何故かタマもないのにタマヒュンスポットに思えてきた。股間の辺りに寒気を感じるが行かぬ訳にもいかない。ここでの平穏な暮らしとこの世界を知るためだ、仕方のないことだと割り切ろうとするが恐怖は振り解けない。
(ああっ。いつになってもこの性は変わらんな!)
意を決して自動ドアの前に立って起動させる。その中はマンションの一階と構造が似ているのだろうか。マンションになど行ったこともないので分からないがビルによくある2階から先が見える、なんてことがなく受付とエレベーターが寂しくあるだけ。階段もあってお年寄りにも優しい仕様であるが使われてはいないようだ。新品のように綺麗である。
受付嬢は金髪の寝ぼけた様子だ。寝癖が見受けられる。
「あ、お客様ですか?ですよね?」
「そうだよ。確認してもらえますかね」
「はーい、確認しまーす」
彼の差し出した紙を受け取るとなにやら機械にそれを読み取らせる。その後にバソコンをいじって確認作業を終わらせたようだ。
「オーケーです。奥のエレベーターに乗って最上階に行ってくださいねー。あと、ここだけの話なんですけどー」
「ん?なんだ?」
「アリス様、ここの主様なんですけどーあの人かなりハードワークしてるんでー、あなたから無茶しないように言ってくれませんかー?私たちが言っても聞いてくれないんですよー」
おちゃらけた雰囲気であるが主のことは想っているようだ。好感がもてるしその雰囲気が何か心地よい。
「分かった、努力してみるとするよ」
「おー、ありがとうございますー。では我らがアリス様のために、いて」
「何を言っているんですか、まったく」
なにやら言おうとした瞬間、受付嬢の頭にゲンコツが落ちる。その正体は腰まで届く黒髪であるが手入れはしっかりとされており、身長は彼より高い印象がある。そして黒い瞳。どちらかというと足長であり、大人の美人といった感じだ。理想的なオフィスレディといったところか。
「申し訳ありません。こちらへどうぞ」
「あ、アリス様ーじゃないですかー。戻るんです?休んでくださいよー」
「まだ休めません。では、こちらへ」
少し睨むと受付嬢は静かになる。その後にアリスは彼に向けて微笑みを作ってエレベーターに案内しようとする。
「じゃあ、頼みましたよ?お客さ、いでっ!」
「黙ってなさい!」
「ええ、はーい」
この二人の関係はよく分からないところである。しかし、なんとなくだが信頼関係はなっているように見える。
アリス様登場。次には名前を出すやもしれぬ。