K-2 街角のセイレーン
そもそもの始まりは、2016年の一月。
今から七年以上前のこと。
仕事帰りの平日、夜七時過ぎ。
都内の、とある小さな駅。
駅前の広場……でもない、ちょっとしたスキマ的な空間。
そこに小柄で、綺麗な顔立ちの女性が一人。ぽつんと立っていた。
可愛らしいニコニコ笑顔で、話す度に口元から八重歯がチラリとのぞく。
冷え切った一月の宵。息は真っ白だった。
右手にマイク。足もとにはスピーカー。
当時流行っていた映画主題歌の伴奏が流れ始めた。
彼女はすぅ、と息を吸って……歌い始めた。
圧倒的な、爆発的な声量と、キレッキレのピッチ。
小さな身体に似合わないめちゃパワフルな歌いっぷり!
……
おっさんは当時、連日の残業祭りで、毎日ヘロヘロだった。職員室に夜九~十時まで残る日がほとんどで、朝七時半には出勤していたから、毎日十四時間くらい学校にいたことになる。
残業代ゼロなのに(;´Д`)ふざけんな文科省……
珍しく早く――夕方六時過ぎに学校を出たこの日は、さっさと家に帰って寝たかった。だが、帰宅途中で彼女のパワフルな歌に足を止められ、一曲終わりまで聴いてしまった。
この小さな駅を、おっさんは帰宅途中に毎日通る。ロータリーや広場なんてない、こじんまりとした駅前で、足早に歩く人ばかり。ストリートミュージシャンなんてまず見ることのないマイナー駅。
彼女は、そこに降臨した場違いなセイレーンだった。
歌の熱量が、狭苦しいスペースに収まりきらず、大気中にだだ漏れていた。
しかしこの日、とにかく疲れていたおっさんは、一曲聴いたところでさくっと家に帰ってしまった。
こんな小さな駅にまで……新人営業って大変なんだなーくらいに思って、売っていたシングルCDを手に取ったのを覚えている。きっと売り出し中の新人で、事務所から営業をするように言われてるんだろうなぁと。
◇
彼女のことをすっかり忘れ、それから9ヶ月が経った。
10月の終わり。
季節は冬に近づいていて、すっかり夕方から夜は冷え込むようになっていた。
この日もたまたま早く退勤できて、前回と同じくらいの時間に駅前を通ったところ……。
あれ?
この凄い声量はもしや?
と思って目をやると、同じ場所にまた八重歯の彼女がいた。
なんでこんなストリートなんて誰もやらない駅で二度も会ったんだろう?
ちょっと変わった人?
事務所の指示で営業するなら、もすこし賑やかな……電車ならすぐ近くにターミナル駅あるし、そっちでやればいいのになんで?
頭の中にいくつか『?』を浮かべながら、この日は足を止めてそのまま歌を聴いていた。
一曲歌い終わったところで、お姉さんが周囲にフライヤー(チラシ)を配り始めた。
それを受け取って……おっさんはぶったまげたのだ。




