22. 黒い森
「クゥ~ン……」
ミノリの魔法によって変身を解かれたジャーマン・シェパードは先ほどの人間の少女の姿の時とは打って変わって、ベッドの上にちょこんと座って部屋を出る俺たちを見送った。
その姿はそこら辺の犬と何ら変わりない。
やはり、この犬はシャルカってやつの魔法にかかって……。
となると、やつの魔法は……。
「ルナちん、何してんの? さっきのオバサンに話聞きに行くんでしょ?」
考え事をしながら部屋の前で突っ立っていた俺をミノリがせかす。
「ああ、今行くよ」
☆☆☆☆☆
「まあ! シャルカが部屋にいない!? なんてことでしょう! どうしましょう、どうしましょう……!」
俺の催眠魔法が効いているせいか、〝子供に優しい保育士〟となった女は心配そうにオロオロし始めた。
「落ち着いてくれ。どこか行き先に心当たりはないか?」
俺はドイツ語で尋ねた。
「シャルカが行きそうな場所に心当たり? そうね……」
女はしばらく考えた後、
「まあ! なんてことでしょう! 私ったら、シャルカの居場所に全く心当たりがないわ! 今まであの子の何を見てきたのかしら! なんてヒドい保育士なの私は!」
と、壁にガンガン頭を打ちつけて自らに罰を課していた。
「あ、あの、額から血が出てますよ! やめてください!」
そう言ってセレナが羽交い絞めになって止めなければ、いつまでもキツツキみたいに頭を振り続けていただろう。
まあ、俺が魔法をかけるまで、この職員の女は子供にあまり関心がなかったみたいだからな。
シャルカが行きそうな場所に心当たりがなさそうなのは何となくわかってはいたさ。
「シャルカが行きそうな場所じゃなくてもいい。この街の近辺で、どこか隠れるのに適した場所はないか? 普段は誰も近寄らないような……」
俺は再びドイツ語で尋ねた。
「普段は誰も近寄らない場所? それだったら、この街のはずれにある森じゃないかしら」
「森だと?」
「ええ。この街の名前と同じシュバルツ・バルトっていう大きな森よ。あの森がこの街の名前の由来になったの」
シュバルツ・バルト……直訳で〝黒い森〟か。
いかにも何かオカルトめいたことが起こりそうな名前の森じゃないか。
その俺の予想どおり、職員の女はこう付け加えた。
「あの森には最近〝バケモノ〟が出るってもっぱらの噂よ。……いいえ、噂じゃないわ。実際に見たって人が何人も。だから、今じゃ誰も怖がって近づかないわ……」
☆☆☆☆☆
一時間後。
俺たちの姿はそのシュバルツ・バルトという名の森の入り口にあった。
ビアブルムを使えばもっと早く来られたが、流石にいくらドイツが魔女の国とはいっても、真っ昼間から街の上空を箒で飛ぶわけにはいかないだろう。
セレナの透明化魔法も、この人数だと全員にかけることはできないからな。
「大きな森ですね、ルナ先輩……」
目の前に広がる大森林を前に、来果がごくりと唾を飲み込む。
「大きいだけじゃない。この重苦しい雰囲気……。中に踏み込むと、そのまま森に飲み込まれそう……」
澪が険しい顔つきで言った。
俺はまっすぐに森の中を指差した。
「この重苦しさの正体、お前らももう気づいているよな?」
コクンと、全員が頷く。
やはり、気づいていたのは俺だけじゃないようだな。
俺は代表して答えを口にした。
「これは魔力の気配だ! 間違いない! この森の奥に魔法少女がいる! それも、とびっきりの魔力を秘めた馬鹿強い魔法少女だ! 気をつけろ、お前ら! もしかすると、俺たち五人が全員束になってかかっても敵わないかもしれないぞ!」
☆☆☆☆☆
勢い勇んで森に足を踏み入れた俺たちだったが、魔力の中心である森の奥まではまだだいぶ距離がある。
人気がないのでビアブルムで一気に飛んでいく方法もあるが、〝バケモノ〟が出るという職員の女の言葉も気になる。
ビアブルムの使用中は他の魔法を使えない為、空中でその〝バケモノ〟に襲われたら対抗手段がない。
ここは用心するに越したことはないだろう。
五人で固まって一歩一歩恐る恐る足を進めていく。
「奥から感じられる魔力を抜きにしても、ヨーロッパの森って独特の雰囲気がありますね。神聖さと恐ろしさが混じり合ったみたいな、不思議な雰囲気です」
入口からしばらく歩いた所で、セレナが辺りを見回して言った。
「そりゃ、昔は本当に異界の地だって信じられていたくらいだからな」
「え? 森がですか?」
俺の言葉に、来果が首をかしげた。
俺はコクンと頷いて、
「古代や中世のヨーロッパ人にとって、森は異界の入口みたいなものだったんだ。文明がまだ発達していなかったから、村を出て暗い森に入ると、そこは未開の地。何が起きるかわからず、生きて帰れる保証はどこにもなかった。日常の生活とはかけ離れた摩訶不思議の起こる場所、それが森だったんだ」
俺の解説に、他の四人は黙って耳を傾けていた。
「だから、昔のヨーロッパのおとぎ話では、森を舞台に起こる不吉な話が多い。『ヘンゼルとグレーテル』は森で迷っているときに魔女のお菓子の家にたどり着くし、『赤ずきん』では、おばあさんの家は森の中にあるだろ?」
「あ! なるほど! 言われてみれば確かにそうですね! さっすがルナ先輩!」
来果が腰にまとわりついてくる。
その時だった。
パチッ!
森の中に響く、枝を踏み潰す音。
その方向を振り向くと、そこには……。
「ご、ゴリラ!?」
ミノリが素っ頓狂な声を出した。
そう。
そこには確かにミノリの言うようにゴリラのようなモノがいた。
だが、俺の目にはそれはただのゴリラには見えなかった。
なぜなら、俺たちの身長から考えても、そのゴリラのような動物は軽く3メートルは超えている。
それは、普通のゴリラの倍以上の大きさだった。
そして、何よりもおかしいのはその血走った獰猛な目つき。
これは……ゴリラなんかじゃない!
「ば、馬鹿な! ギガントピテクス!?」
俺は叫んだ。
「え!? 何それ、ルナちん!?」
ミノリが聞き返す。
「何十万年も前に絶滅したハズの史上最大の霊長類だ! あのキングコングのモデルにもなった超大型の類人猿だよ!」
くそ!
絶滅したはずの太古の巨大生物がどうして!?
しかも、こいつが生息していたのは確かアジアだったはずだ!
どうしてこのドイツの森の中にいるんだ!?
突然の出来事に、俺の頭の中は「?」で埋め尽くされたが、ギガントピテクスの方は待ってはくれなかった。
「ヴォオオオオオオオオ!!!!」
大地を震わせる雄たけびをあげて、俺たちに突進してくる。
戦闘開始だ!
<23話に続く>
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次回の更新は一週間後を予定しております。




