21. 替え玉
「入るぞ?」
ノックをしても返事がなかったので、俺はドアノブをゆっくりと回して扉を開けた。
そこは八畳ほどの手ぜまな部屋だった。
備え付けのクローゼットを除けば、家具と呼べるのは机とベッドだけという質素な部屋。
そのベッドの上に上半身だけを起こして、一人の少女がいた。
年齢は、日本でいう小学校中学年から高学年くらいだろうか。
ブロンドのボブカットに、青い瞳、白い肌……と、いかにもドイツ人といった感じの少女だった。
この子がこの部屋の主のシャルカという少女だろう。
「突然訪ねてきてすまない。実はお前の持っている不思議な力について話があって日本から来たんだ」
黙ってジッとこちらを見つめるシャルカに対し、俺はドイツ語で言った。
だが、シャルカは何も返事をしなかった。
俺たちを珍しがるように、ただただこちらを見つめているだけだ。
「言葉が通じてないのかな?」
ミノリが言った。
「いや、俺のドイツ語は間違っていないハズだ。現に、今までの奴らにはちゃんと通じていただろ?」
「じゃあ、やっぱり警戒しているんでしょうか?」
そう言ったのはセレナだ。
なるほど。
その可能性は高いな。
「安心しろ。俺たちはお前を仲間にするために来たんだ」
俺はシャルカの警戒心を解こうと、そう言ってゆっくりと近づいた。
すると、どうしたことだろう!
シャルカはいきなりベッドから飛び起きたかと思うと、俺に向かって飛びついて来た。
「うわっ!」
不意をつかれた俺は、シャルカに床に押し倒される。
シャルカは小柄な俺よりもさらに背が低かったが、それでも馬乗りになられると、そう簡単には押しのけられない。
くっ!
しまった!
まさか、いきなり問答無用で攻撃を仕掛けてくるとは……!
人形のように均整の取れたシャルカの顔が眼前に迫る!
そして、シャルカは……。
ベロン。
俺の顔を思いっきり舐めた。
「うわぁああああああああ! ルナ先輩になんてことを!」
来果が思いっきり発憤していた。
そんなことは気にも留めず、シャルカは俺の顔を舐め続ける。
「うわっ! ちょっ、やめろ! 何なんだお前は…………ん?」
俺はあることに気づいた。
この獣のような臭い……ま、まさか!
「ミノリ、魔法だ! 魔法を使え!」
顔をベロベロ舐められながら、俺は叫んだ。
「え! 魔法!? 一体何の!?」
「発動した魔法を封じ込めるタイプの魔法だ! お前なら、そんな魔法の一つや二つ、ステッキに登録してあるだろう! そいつをこのシャルカにかけろ!」
「え!? その子にそんな魔法をかけてどうしようっての!?」
「説明してる状況じゃない! 早く!」
「わ、わかったよ、ルナちん! 〝ジル・ケラマギア!〟」
ミノリのステッキから放たれた光線はシャルカの額に当たり、そこにタトゥーのような緑色の紋章を浮き上がらせた。
俺と裏山で戦った時には見せなかった呪文だが、俺の指示通りのものをミノリが出したのだとすれば、これは〝既に発動している魔法の効力を封じ込める力〟を持つ魔法だ。
その魔法はすぐに効果を顕した。
シャルカの額に浮き上がった紋章は、まばゆい緑色の光を発し、シャルカの身体を包み込んだ。
俺に馬乗りになっていた人間の少女が、徐々にその形を変えていく。
頭からは耳が生え、口が前に突き出ていった。
体毛が一気に生えそろい、お尻からは尻尾が生えていく……。
そこには可愛らしいドイツ人少女の姿はなく、一匹の犬が俺の身体の上に乗っかっていた。
ドイツの代表的な犬種、ジャーマン・シェパードだ。
「こ、これはどういうことですか? 一体何が起こっているんです?」
セレナが目を丸くして尋ねた。
セレナだけではない。
来果や澪、ミノリもまた、キツネにつままれたかような表情で固まっている。
「やられたよ」
俺はヨダレまみれの顔をタオルで拭きながら言った。
「さっきまでここにいた少女はニセモノだ! シャルカって奴がこの犬に魔法をかけて自分の替え玉を演じさせていたんだ!」
「そんな! じゃあ、シャルカって子はもうここにはいないってことですか!?」
セレナが叫んだ。
「そういうことだ。おそらく施設から抜け出すために魔法で犬を替え玉に仕立て上げたんだろう。だが、そう悲観することはないさ。シャルカはまだこの街の近辺にいるはずだ。いくら魔法少女とはいえ、子供が一人でそう遠くまで行けるとは思えないからな」
「あ、そっか。精霊と契約していない状態じゃ、〝ビアブルム〟みたいな飛行魔法も手に入れていないはずですもんね!」
来果がポンと手を叩いた。
俺はこくんと頷いて、四人を見回した。
「とにかく、さっきの職員に、シャルカって奴が潜伏していそうなところに心当たりがないか聞いてみよう」
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