15. ドイツへ行く飛行機の中で
遅れてしまい、申し訳ありません。
「……で、どうするんですか?」
セレナが呆れたように言った。
俺たち四人は警備員に見つからないように箒で学校の屋上に避難していた。
「もう、職員室に忍び込むのは無理そうだな」
屋上のフェンスに背をあずけながら、俺は結論をくだした。
それに、考えてみれば問題を手に入れたところで、来果が九割分もの問題の答えを暗記できるかどうか怪しい。
「じゃあ来果ちんは留守番だね! 残念だけど!」
「そんな! ミノリ先輩! 来果もドイツに行きたいです! お留守番なんて嫌ですよ!」
「はぁ……。しょうがねーな」
俺は考えておいた最後の手段に出ることにした。
「来果、お前は明日、風邪ひいたとか言って保健室で受けさせてもらえ」
☆☆☆☆☆
「時峰さん、用意はいいですか? 気分が悪くなったらすぐに言ってくださいね」
「はーい」
翌日の試験本番。
仮病を使った来果は保健室で一人、別室受験をしていた。
試験監督官は俺の思った通り、保健室常勤の養護教諭のオバサン一人だ。
キーンコーン、カーンコーン。
「それでは、試験を開始してください」
試験開始のチャイムとともに、テストが始まった。
最初の科目は国語。
来果は問題用紙を開いて、試験にのぞむ……フリをする。
ちょうどいいタイミングをうかがっているのだ。
開始から10分程経った時――。
「あ! 先生、すみません! 消しゴムを……」
来果が消しゴムを落として手を挙げる。
「わかりました」
養護教諭のオバサンは座っていた椅子から立ち上がった。
試験中なので、生徒が自分で取りに行くわけにもいかないから、こういう場合は監督の先生が取りにいくしかないのだ。
そして、来果が消しゴムを転がしたのは自分の席の後ろ側。
正面にいる養護教諭が消しゴムを拾おうとすると、どうしても途中で来果に背を向けなければならない。
その一瞬を来果は見逃さなかった。
「〝ライカン・クロノシオ!〟」
瞬時に魔法少女に変身した来果は時間停止の結界をオバサンにかける!
オバサンは消しゴムを拾おうと床に手を伸ばしたままの姿勢で固まってしまった。
「いいですよ! ルナ先輩、セレナ先輩!」
「でかしたぞ、来果!」
つないでいたセレナの手を離し、透明化を解除する。
俺とセレナはテストを休み、あらかじめクラルティアで透明化してこの保健室で待機していたというわけだ。
ここまで来れば、俺の作戦がわかるだろう。
つまり、来果の時間停止の魔法で試験官の時間を止めて……。
「ルナさん、はやく取り掛かってください! あと40分くらいしかありませんよ!」
「あわてるな、セレナ。そんなにあればお釣りがくるぜ!」
そう、つまり、俺がテストを解くというわけだ!
この作戦ができるのは保健室での別室受験しかない。
教室では他の人間が多すぎる。
来果の時間操作の結界は一度に大人数にかけることはできないからな。
「ふん……中一向けの内容だけあって随分簡単だな。この分じゃ、9割どころか、満点もいけそうだ。だけど、それじゃあまりにも不自然だから、来果がとってもおかしくない程度の点数に調整しながら全体で9割を目指すべきだな……」
俺は自分が受ける時以上に集中して試験に臨んだ。
ちなみに、この保健室に他の先生が入ってくる心配は無用だ。
なぜなら、保健室の外では、今頃……。
☆☆☆☆☆
ルナたちが作戦を遂行している保健室前の廊下。
そこに一人の男が近づいてきている。
国語の問題を作った一年生の学年主任、田村だ。
「いかんいかん。私としたことが問題にミスがあったとは。早く保健室の時峰にも伝えてやらんと……」
このまま田村に保健室に入られては、ルナが来果の代わりにテストを受けている衝撃的な現場を目撃されてしまう。
しかし、ルナはこのような事態をすでに予測して手を打っていた。
田村が保健室まであと数メートルと迫った、まさにその時――!
「〝ジバ・パイラス!〟」
窓の外から放たれた杭のようなものが田村の影に突き刺さる!
「ぐおっ! な、何だ!? 身体が動かんぞぉ!」
田村の足はまるで地面にくっついてしまったかのように全く動かなくなってしまった。
「誰か! 誰か助けてくれぇ―!」
田村は叫んだ。
しかし、この場所は職員室から離れているし、他の教員の大部分はテストの監督に行っている為、助けは来ない。
その様子を芝里ミノリは窓の外から愉快そうに眺めていた。
「あたしは文字通り〝足止め役〟ってわけだね。まぁ、教室でテスト受けてるより、こっちの方が楽しいかな♪ 後は任せたよ、ルナちん♪」
☆☆☆☆☆
「はい。時峰さん、消しゴム」
「すみません、ありがとうございます」
キーンコーン、カーンコーン。
「え? あら、やだ、もう時間なの? まだ10分くらいしか経っていないと思ったのに……」
養護教諭はキツネにつままれたような声を出した。
まあ無理もない。
彼女にとっては40分程の時間が一瞬で過ぎ去ったんだからな。
養護教諭のオバサンの混乱した様子をセレナの魔法で再び透明化した俺は面白おかしく観察していた。
「そ、それじゃあ筆記用具を置いてください。答案を回収します」
その後の試験も同じ作戦で何とか乗り切り、来果(というか俺)は無事に目標の9割越えを果たすことができた。
これには来果の母親もドイツ行きにOKを出すしかなく、来果は晴れて念願のパスポートを手に入れることができたのだった。
☆☆☆☆☆
ちなみに……。
「うぉおおおおおおおお! い、一位だ! ついに! ついに学年一位を取ったぞ! 僕の時代が来た! 今日からの元号は、〝山田元年〟だ!」
俺がテストを休んだため、初めて学年で一位を取れた山田が歓喜に打ち震えたのは言うまでもない。
☆☆☆☆☆
「いやー、ファーストクラスは快適ですね!」
来果はファーストクラスの広々としたシートにご満悦の様子だった。
テストの結果が返却されてから二日後。
旅行の準備を整えた俺たちは13人目の魔法少女がいるかもしれない国、ドイツへと向かう飛行機に乗っていた。
日本を飛び立ってから2時間。
ドイツまではこの直行便で片道およそ12時間だから、到着まではあと10時間くらいだな。
「それにしても……」
と、セレナが切り出した。
「すみません、ルナさん。私たちの分まで旅費を出していただいて。それもファーストクラスだなんて」
「気にするなって。どうせ株で儲けた不労所得だ。気にせずにパーッと使っちまおうぜ。それに、このファーストクラスの区画は貸し切ってあるから、気兼ねなく魔法少女のことについて話せるってもんだ」
「はぁ……。道理でまわりに誰もいないと思いましたよ。それを聞いたら、ますます恐縮してしまいます」
「ははは。金の事なんか気にせずに楽しめよ、ほら、あいつらみたいに」
俺は他の三人を指さした。
「ⅭAさーん! キャビア持ってきて! キャビア!」
「このシャンパン、冷えてておいしい。さすがファーストクラス」
「この椅子ベッドにもなるんですね! すごーい!」
と、ミノリ、澪、来果は思い思いにファーストクラスを堪能していた。
「はぁ……わかりましたよ。気にするだけ損ですね。こうなったら私もとことん楽しみますよ。ⅭAさーん、私にもキャビアとシャンパンお願いしまーす!」
それでいい。
旅費のことなんか気にすることじゃないさ。
そんなことより、ドイツに着いてからどう行動するかをもう一度よく考えとかないと。
もちろん、昨日の内に作戦は立ててあるが……。
正直、魔法のことに関しては何が起きるかわからないからな。
それに、行動できる時間も限られている。
そう何日も日本を離れるわけにはいかないからな。
…………
……
…
☆☆☆☆☆
…
……
…………
バン!
という大きな音で目が覚めた。
どうやら作戦を考えている途中で寝ちまったらしい。
「何の音だ……? 一体……」
寝ぼけ眼をこすりながら音のした方を向くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「は! ファーストクラスだからどんな金持ちどもが乗っているかと思えば! こんなガキどもだったとはな!」
客室の出入り口に、男が二人ほど立っていた。
その内の一人の手には拳銃が握られており、上を向いた銃口からは発射の際の硝煙が出ていた。
どうやら、天井に向かって一発銃弾をあびせたらしい。
まわりを見ると、セレナ、来果、澪、ミノリの四人は席に座ったまま凍り付いたように固まっていた。
俺と同様、いきなりの出来事に何が何やらわかっていない様子だった。
やがて、天井に向かって威嚇射撃をした男が口を開く。
「俺たちは革命組織〝銀の月〟だ! この飛行機は俺たちが乗っ取った! 日本政府に政治犯の釈放を要求する!」
やれやれ……。
一難去って、また一難か……。
これはドイツに着くまで退屈せずに済みそうだな……。
次回の更新は一週間後を予定しております。
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