10. 魔法少女会議
某山林。
近所に住む子供が二人、山道で遊んでいた。
「よ~し! こっからテッペンまで競争な! 負けた方がジュースだからな!」
「あ、ずる~い! 待ってよ~!」
「へへへ! 待てって言われて待つバカはいねーよ!」
「もう~!」
先に行く男の子の後を、女の子がふくれっつらで追いかける。
その時、男の子の横の茂みからガサゴソと何かが動く音がした。
「ん? 何だ?」
何気なく、男の子は茂みに近づく。
そこから現れたのは――。
「グルルルルルルルルル!」
「ひいっ! く、熊ぁ!」
「タッ君! 早く逃げて!」
女の子が悲鳴に近い声で叫ぶ。
「あ、ああ……」
そうは言うものの、男の子は足がすくんで動けない!
「グゥオオオオオオオオオ!」
「うわあああああああああ!」
自分に向かって突進してくる熊を前に、男の子はただ叫び声をあげることしかできなかった。
〝死〟という一文字が彼の脳裏によぎる。
その時だった。
「〝ジャベル・アイシア!〟」
どこからか聞こえてきた呪文のような声。
それとともに、空から氷の槍が降ってきて、少年と熊の間に突き刺さった。
少年も熊も、何が起きたかわからず、空を見上げる。
「え……!?」
少年は目を見開いた。
驚くのも無理はない。
中学生くらいの少女が一人、何の支えも無しに宙に浮いていたのだ。
宙に浮く少女、蒼井澪はゆっくりと下降し、少年と熊との間に降り立った。
「……大丈夫?」
無表情で、澪は少年に尋ねた。
「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん……」
「お礼はいい。早くあの後ろの女の子と逃げて」
「あ、足がすくんで動けないんだ!」
「そう……。じゃあ、そこから動かないで」
澪はそう指示を出すと、熊に向かってステッキをかまえた。
「〝ギアル・フリジア!〟」
ステッキから放たれた水色の冷凍光線。
強烈な冷気が熊を襲う。
「グォ…………」
澪の攻撃は一瞬、熊の動きを止めたかに見えた。
しかし……!
「ガォオオオオオオオオオオ!」
身体にまとわりつく氷を砕き、熊は澪に向かって突進した。
「……しぶとい」
「グォオオオオオオオオオオ!」
熊の鋭い爪と牙が澪に迫る。
「お姉ちゃん、逃げて!」
「…………心配しないで」
少年の叫び声に、澪は冷静に答えた。
その手に握るステッキが眩い光を放つ!
「〝ミオノ・フリガレイド!〟」
呪文とともに、澪の身体を絶対零度の球体が包み込む!
その領域に侵入した熊の身体は一瞬にして氷像と化した。
「勝ったの……?」
少年が恐る恐る尋ねる。
「…………ええ」
魔法を解除した澪が小さく頷いた。
熊はもはやピクリとも動かない。
絶対零度の冷気により、今度こそ熊は生命活動を停止したようだ。
「タッ君! 大丈夫!?」
「う、うん……」
カッコ悪いところは見せたくないと、少年はすぐにでも立ち上がって、駆け寄ってきた友達の女の子に「へっちゃらだ」と言おうとしたが、身体の方は言うことを聞かなかった。
力が抜けて、立ち上がることができない。
「…………二人共、約束して。私のことは誰にも言わないって。いい?」
「う、うん。わかったよ。ありがとうお姉ちゃん」
「ありがとうございます。タッ君を助けてくれて」
「…………お礼はいい」
と、澪はぶっきらぼうにそっぽを向いて言ったが、実際は気恥ずかしくて顔を合わせられないのである。
ピローン♪
澪のスマホが鳴った。
画面を見ると、メッセージが届いている。
「……っ!? これは……」
画面にはこんなメッセージが表示されていた。
『☾復活、サバト、002、光』
「お姉ちゃん、メールがきたの? うわぁ、ナニコレ、変な文章! 迷惑メールってやつ?」
スマホの画面を覗き込んだ少年がそう言うのも無理はない。
これは敵の目を欺くために同盟国間で作られた暗号なのだ。
最初の〝☾〟は、メルヴィルの国の魔法少女、芳樹ルナを指し示す記号。
次の〝サバト〟は魔法少女たちの集会を表す隠語。
その次の〝002〟はその集会が行われる場所。
最後の〝光〟は発信者、つまり光の魔法少女、柊セレナを示すというわけだ。
「(ルナが復活……。ということは、記憶が戻ったということ……。とりあえず、ここは集会の場所に行くべき……)」
澪は子供たちに別れを告げると、再び浮遊呪文を唱えたのだった。
☆☆☆☆☆
某県某所。
俺が所有する別荘。
セレナが澪に送ったメッセージの〝002〟とは、この別荘を差す。
「うわっ! すごいね、ルナちん! こんな広い別荘を持ってるなんて!」
その広々とした室内に入るなり、ミノリは感嘆の声をあげた。
「大したことねえよ。昔、株で儲けた利益を不動産に投資しただけさ。今じゃ、魔法少女の秘密基地その2だよ」
「流石はルナ先輩です! でも、この別荘を使うのは久しぶりですよね! 掃除とかしなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ほんの二ヶ月使ってないだけだぞ」
と、俺が言ったときだった。
ゴトン!
タイミングよく、床の下から物音がした。
「な、何ですかルナさん、今の音!?」
セレナが目を見開いて訊いてくる。
「あ、あー……大丈夫だ、心配するな。この別荘を使ってない間に住み着いたネズミが地下で物を倒したんだろう」
「ええ!? ネズミ!? は、早く駆除しないと!」
セレナはステッキをかまえた。
「〝セレナード・ラ・ライティ……〟」
「ば、馬鹿野郎! 別荘ごとぶっ壊すつもりか!」
光の神竜を召喚しようとするセレナを俺は間一髪で制止した。
「だってネズミですよ! あんなもの、直接見たくありませんよ! セレナードで別荘ごと駆逐するしか……」
よほどネズミが嫌いなのだろうか、セレナの目はもはや冷静さを失っていた。
「わかった! わかった! わかったからステッキを下ろせ! 俺がルーナ・モルテムで退治してきてやる! 即死魔法ならネズミ以外には被害が及ばないぜ!」
ミノリとの戦闘で封印されていたルーナ・モルテムだったが、ミノリが変身を解くと同時に、その封印は解除されていた。
これでビアブルム共々、呪文を唱えればいつでも使えるようになったというわけだ。
「お願いしますよ、ルナさん。跡形もなく滅ぼしてきてくださいね」
普段のセレナからは考えられないほど物騒なセリフだった。
ネズミに何か恨みでもあるのか、コイツ……。
☆☆☆☆☆
「ふう、やれやれ……」
ズドーン!
ひと仕事終えて俺が地下室から上がってきたと同時に、別荘の外で轟音が鳴り響いた。
こ、今度は何だ!?
急いで全員で外に出ると、地面に〝熊〟が突き刺さっていた。
恐る恐る近づいて触ってみると、ひんやりと冷たい。
凍ってやがる……。
……ってことは!
すぐに頭上を確認すると、そこにはやはりというか何というか、澪が浮遊していた。
「澪! 何だ、この熊は!?」
「…………お土産」
「大馬鹿野郎! 熊の土産なら木彫りのものにしろ! 本物を持ってくる奴があるか! いったいどうしたんだ、この熊は!?」
「…………その熊が私の練習場で子どもたちを襲っていたから、仕留めた。気に入らなかった?」
真顔で訊いてくる。
や、やはりコイツはクールな様でいて、どっかヌケてやがる!
熊なんか土産にもらって誰が喜ぶっていうん……。
「あ、ミノリ先輩! 見てください、熊ですよ、熊! 熊鍋作りましょうよ!」
「いや、来果ちん、それより毛皮作ろうよ! 毛皮! もうすぐ冬だし、ちょうどいいよ!」
ミノリと来果はキャッキャとはしゃいでいた。
お、俺の感覚の方がおかしいのだろうか…………!?
「る、ルナさん! もうネズミはいませんよね!? ね!?」
頼みの綱のセレナはまだネズミに怯えているようで、俺のスカートの裾を不安げに引っ張っている。
だ、ダメだ、こいつら……。
早く何とかしないと……。
「静かにしろ、お前ら! 作戦会議だ! 早く別荘の中に入りやがれ!」
☆☆☆☆☆
別荘の食堂。
テーブルを取り囲むようにして、五人の魔法少女がそれぞれ席に着く。
その表情は引き締まっており、先程のような、おちゃらけた雰囲気はもうない。
「ごほん!」
と、咳払いをして、俺は本題を切り出した。
「さあ、それではこれよりメルヴィルの国とルーニャの国の魔法少女による作戦会議を行う」
更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
次回の更新は一週間後を予定しております。
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