6. ミノリの正体
「久しぶりだなぁ、セレナに来果!」
透明化魔法を解除して姿を現したセレナたちに、俺はそう声をかけた。
「で? 何でお前らがミノリと手を組んで、俺にコソコソと攻撃をしかける真似なんざして――」
〝しているんだ?〟と、言葉を続けたかったが、それはできなかった。
来果が感極まったように泣きながら俺にしがみついてきたからだ。
「うわーーーーーーーーん! ルナせんぱーーーーーーーーい!」
「ぐわっ!?」
「ルナ先輩! ルナ先輩! 記憶が戻ったんですね! よかったです! 来果は心配で、心配で……」
来果は俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。
ミノリは面白そうにその様子を観察している。
「ルナさん……」
セレナが一歩こちらへ進み出た。
その目は俺が知っている、あの優しげなものだ。
やはり、セレナたちは誰かに操られているとかいうわけではないようだ。
にもかかわらず、セレナたちがミノリの味方をして俺と戦っていたということは、最初に思ったとおり、ミノリの正体は――。
「ミノリに使ったんだな。バーナードの国から奪ったマナ・クリスタル」
「はい」
セレナは神妙にうなずいた。
ミノリは「バレちゃったか~」という表情で、いたずらっぽく笑っていた。
やはり、そういうことか。
バーナードの国との対決で、ルーニャの国の澪がリカを、そしてメルヴィルの国の俺がマキをそれぞれ殺した。
つまり、ルーニャの国とメルヴィルの国で、バーナードの国のマナ・クリスタルを一つずつ分けあったという形だ。
その後、エスメラルダの魔女の試練があったために、そのマナ・クリスタルを使って新しく魔法少女の仲間を増やすことはできなかったんだが……。
俺が記憶を失っている間に、セレナたちはミノリを新たな仲間に加えたらしい。
「すみません。本来なら、ルナさんに相談すべきことだったのですが……」
「いいさ。いや、むしろ、よくやってくれた。マナ・クリスタルの使用期限は13日以内だからな。あのまま新しく魔法少女を任命していなかったら、せっかく手に入れたマナ・クリスタルが無駄になっちまうところだったよ」
まあ、その使用期限があるってことのおかげで、ミノリの正体についての予想がついたんだけどな。
セレナたちなら、俺の記憶がなくなっていても最低限のこと――新たな魔法少女の任命――をしているハズだと信じていた。
だったら、魔法少女だった時の俺の記憶にはいなくて、記憶を失った後の俺に新たに近づいてきた人間――つまり、芝里ミノリが一番怪しいってわけだ。
「ミノリが俺のそばにずっといたのは、記憶のない俺を敵の魔法少女から守るためだったんだな」
「相変わらず、ルナさんは何でもお見通しなんですね」
「いや、お見通しどころか、まるでわからないことだらけだ。いったい、あの屋上でのできごとの後、何が起こったんだ?」
「実は私たちも詳しいことはわからないんですが……」
と、前置きした上で、セレナはこれまでの経緯を語り始めた。
「あの日、屋上でルナさん敵の魔法少女を撃退した後、来果さんも含めて三人で、なゆたさん達を救出に向かったことまでは憶えていますか?」
「ああ。だが、そこから先の記憶は今も途切れてるぜ」
「そうですか……。実はあの後、救出に向かう途中で、なゆたさんと澪さんが二手に分かれたことが発信機の位置情報でわかったんです。それでこちらも二手に分かれることにして、なゆたさんの方へルナさんが、澪さんの方へ私と来果さんが向かったんです。澪さんには何とか合流できて、三人で協力して敵を撃退――とは言っても、マナ・クリスタルを奪うことまではできませんでしたが、なんとか追い払うことに成功したんです。それで、ルナさんたちの所へ三人で向かったら……」
「戦いのあった場所には、ルナ先輩が一人倒れていたというわけです!」
来果がガバっと顔を上げて言った。
「で、急いでルナ先輩をおウチに運んだんですけど、目を覚ましたルナ先輩は――」
「記憶を失っていた……というわけか」
『はい』
セレナと来果が同時に頷く。
くそ……。
こいつらに聞けば何かわかるかと思っていたが、持っている情報は俺と大して変わりがないな……。
「なゆたの行方はつかめないのか?」
「はい。さっき来果さんが言ったように、現場にいたのはルナさんだけでした。発信機も壊れてしまったみたいで、なゆたさんの居場所は、今もわかっていません」
「そうか……」
ひょっとすると、もしかして……。
「撃退したとはいえ、私も来果さんも敵に姿を見られています。それまで通り学校に通えば、いつ敵に襲われるかわかりません。なので、しばらく姿を隠すことにしたんです。でも、記憶の無いルナさんを一人にするわけにはいきません。だから――」
「新たに仲間になった魔法少女である、このミノリちゃんが親友としていつも警護してあげてたってわけだよ、ルナちん♪」
ミノリがビシッとこちらにブイサインをおくった。
なるほど。ミノリのことに関しては、だいたい俺の推理通りだったらしいな。
「で、ミノリよ。仲間であるはずのお前が、どうして俺と戦ったりしたんだ?」
「そりゃあ、もちろん、ルナちんの力を確かめてみたかったからだよっ。セレナちんたちから話は聞いてたんだけどさ、やっぱり自分んトコの大将の実力ってやつを見てみたいじゃん♪」
まぁ、そんなとこだろうとは思っていたがな。
最初のルーナ・モルテムは、もし発動していたとしても、わざと外れるようにしておいてよかったぜ。もともと威嚇だけのつもりだったからな。
「ま、途中で駆けつけたセレナちんたちには、時間を止める魔法でルナちんを止めている間に叱られちゃったけどね」
「なるほど、空白の5分間はそういうことだったのか」
「そーゆーことだね♪」
ミノリはあっけらかんと笑った。
「それで、ミノリさん。どうでしたか、ルナさんの実力のほどは?」
セレナの問いに、ミノリは「うーん」とうなって、
「やっぱ聞いてたとおり強かったよ。ミノリカ・ケラスペルはすぐに弱点見つけられちゃうし、ジバ・パイラスの拘束もすぐに破られちゃうし、来果ちんの魔法がなかったら、すぐにやられちゃってたと思うな♪」
「瞬間移動が来果の魔法だってことも、すぐに見破られちゃいましたからね! 流石ですよ、ルナ先輩!」
来果がさらにギューッと抱きついてくる。
正直、うっとうしかったが、久々の感触なので許してやろう。
「でもー」
と、ミノリは付け加えた。
「あたしより強いってのはわかったけど、セレナちんとはどっちが強いの?」
『へ?』
何気ない一言に、俺たち三人はポカンとした。
「いやさ、あたしも魔法少女になってからはセレナちんに魔法のいろはを教わって特訓したんだけど、セレナちんも結構強いんだよ。で、単純に、ルナちんとどっちが強いのかなって思ってさ♪」
しばしの静寂が訪れた。
ふいに、セレナと俺の視線が空中でぶつかる。
「そういえば、お前と最初に戦ったのは、ちょうどこの裏山だったな」
「そうですね……。あの時は引き分けに終わりましたけど……」
「練習がてら、あの時の決着、つけておくか?」
「そうですね。新米のミノリさんに、戦いのやり方を見せておくのも、いいかもしれませんね」
「なら、決まりだな」
「ええ」
こうして、急遽、俺とセレナの練習試合が執り行われることになったのだった。
☆☆☆☆☆
しばしの休憩を挟んだ後、ミノリと来果をレフェリーに、俺たちの戦いは始まった。
山の中腹の開けた場所に、俺とセレナは対峙している。
「いつでもいいぜ、セレナ」
「こっちもですよ、ルナさん」
風に飛ばされた木の葉が宙を舞う。
その木の葉が、今、地面にかさりと落ちた。
一拍の間を置いて、俺たちは互いに攻撃魔法を放った。
「〝マギア・テネブラム!〟」
「〝アンデュ・ライティア!〟」
次回の更新は一週間後を予定しています。
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