3. 偽りの親友
「それで? ルーニャ」
地面に倒れた花音の身体に背を向け、俺は我が家の飼い猫――いや、ウォーゲームの参加国の代表である精霊に問いかけた。
「なんだニャー」
「単刀直入に訊くぞ。どうして俺の記憶は消えていた? 俺の仲間――セレナや来果。それに、澪やなゆたは今どこで何をしている?」
そう。
俺は確かに魔法少女としての記憶を取り戻した。
しかし、こうして記憶が戻っても、現在俺が置かれている状況は複雑怪奇。
まるでわからないことだらけだった。
そもそも、なぜ俺の記憶が消えていたのか?
そして、どうして学校からセレナや来果の姿が消えているのか?
魔法少女たちの戦い――ウォーゲームはあれからどうなったのか?
「逆に訊くニャーが、ルナはどこまで思い出したのニャー?」
質問に質問で答えるんじゃねえよ、クソ猫。
と、言いたいところだが……いいだろう。
俺も口に出してみることで、状況の整理がスムーズにできるかもしれないからな。
「憶えているのは、エスメラルダの魔女の試練をクリアして、俺たちが日常の生活に戻ったあたり。――そうだ。確か、試練から何日かして、屋上にいたところを敵の魔法少女に襲われたんだ。戦いには勝ったんだが、結局、トドメを指す前に逃げられて……。それで、どうするかセレナや来果と話し合ってたら、なゆたと澪からSOSの信号が……」
それが、俺の思い出せる最後の出来事だった。
「くそっ! ダメだ! これ以上はまだ記憶に靄がかかってやがる!」
今の俺の記憶は中途半端に組みあがったジグゾーパズルのようなもの。
魔法少女になってから、なゆた達を救出に向かったところまでの記憶は鮮明に思い出せるが、肝心な部分――どうして俺が記憶をなくし、今こうしているのか――については、まるで思い出せない!
「教えろ! ルーニャ! 一体何があったんだ!?」
「ごめんニャー。言えないのニャー。これは俺っちだけの判断で言っていいものなのかどうかわからないのニャー」
「お前だけの判断? ってことは、他の誰かに確認を取らなきゃいけないんだな!? それは一体誰何だ!?」
「っ!?」
ルーニャはギクリとした顔をすると、それ以上は俺に余計なヒントを与えてしまうと思ったのか、だんまりを決め込んでしまった。
「ちっ! メルヴィルといいお前といい、相変わらず精霊ってやつは役に立たないな。肝心なことについては、何一つ答えちゃくれない」
「ご、ごめんニャー。こっちにだって色々事情があるんだニャー」
「まあいいさ。お前なんか最初からアテにしちゃいない。俺には他にアテがあるからな」
「アテ?」
「ああ。でっかい手がかりになりそうなアテがな……」
☆☆☆☆☆
その〝でっかい手がかりになりそうなアテ〟は翌朝いつもどおりの時間に俺の家にやってきた。
「ルナち~ん、おっはよー!」
「おはよう! ミノリちゃん!」
玄関の前で、俺はニッコリと〝親友〟に朝の挨拶をする。
「おはよう、ミノリちゃん。いつも迎えに来てくれてありがとうね」
例によって、ルーニャを抱いた母さんが見送りに出てきた。
「気にしないで、ルナママ! なんたって、あたしとルナちんは親友だからさっ! ねえ、ルナちん!」
「うん!」
「じゃあ、ルナママ、行ってきまーす!」
「行ってきまーす!」
「はーい。二人とも車に気をつけるのよー」
「ニャー!」
母さんとルーニャに見送られながら、俺たちは学校に向かった。
この光景は、昨日と何ら変わりがない。
しかし……。
仲良く学校に向かいながら、俺は隣を歩く快活な少女に疑いの眼差しを向けていた。
芝里ミノリ。
毎朝一緒に学校に通う、仲のいいクラスメイト。
俺の一番の親友。
だが……!
だが、こんな奴、魔法少女だった頃の俺の記憶にはいなかった!
クラスにも、たぶん存在していなかったハズだ。
なのに、今は当たり前のような顔をして俺の親友的なポジションにいやがる。
誰なんだ、この女は……!?
いったい、いつから、どんなふうに俺の友達になったんだ!?
「…………」
ダメだ、記憶に靄がかかってやがる。
俺の魔法少女としての最後の記憶は、なゆた達を助けにいった時のもの。
そこから時間的には二ヶ月が経っている。
だが、冷静に考えてみると、この二ヶ月間の記憶も曖昧だ。
魔法少女としての記憶を失った反動で、その後の記憶にも支障が出ているのだろうか。
「ルナちん、ナニ深刻な顔して考え込んでんの~?」
気がつくと、ミノリが俺の顔を覗き込んでいた。
「う、ううん! なんでもないよ、ミノリちゃん! ただ今度のテストのこと考えてただけ!」
「へー! ルナちんでもテストの心配なんてするんだ~」
「そりゃあ、するよ~。あはは~」
と、いつも通り猫をかぶってやり過ごす。
……とにかく、今はミノリの正体を突き止めるのが先決だ。
とりあえず、今日一日、ミノリの様子を観察してみるか。
…………
……
…
☆☆☆☆☆
…
……
…………
あっという間に放課後だ。
観察結果を報告しよう。
芝里ミノリはずっと俺と一緒にいた。
普段は気づかなかったが、ミノリは親友という言葉で片付けるのは不自然なくらいずっと俺のそばにいた。
授業中はもちろん、授業の間の休み時間や教室移動、給食や昼休みも常に一緒で、トイレにまでついてくるという徹底ぶりだった。
そういえば、最近は放課後もミノリの部活が終わるのを待ってから一緒に帰っているから、実質、朝家を出てから帰るまでミノリは片時も俺のそばを離れていないということになる。
まるで、俺を監視でもしているかのようだ……。
ミノリの正体について、考えられる可能性は三つ。
一つ目は、ミノリへの疑いは単なる俺の思い過ごしであって、魔法少女の戦いとは関係のないごく普通の女子中学生であること。
二つ目は、芝里ミノリが敵国の魔法少女であって、何かの理由で俺を監視にやって来ているということ。
そして、三つ目が――。
「…………」
やはり、確かめてみる必要があるな。
俺はいつも通りミノリの部活が終わるのを待った。
普段なら、そのまま〝楽しいおしゃべり〟をしながら一緒に帰路につくだけだが、今日は違う。
「え? これから裏山に?」
俺が学校の裏山に行こうと申し出ると、ミノリはキョトンとした顔をした。
「うん。最近アロマにハマっててね~。野草からもアロマが作れるって本で読んだから、自分でも作ってみようと思って」
「あ、それで裏山に野草をつみに行くってわけね」
「そういうこと」
「いいよ♪ 行こ、行こ♪ アロマなんて、あたしもちょっとキョーミあるし♪」
予想通り。
ミノリが香水などに興味があるのは俺も知っている。
ああ言えば必ずついてくると思った。
あとは……。
☆☆☆☆☆
「ねえ、ルナち~ん。どこまで行くの~?」
ミノリが息を切らせながらついてくる。
いくら元気系でも、テニスの練習をやった後に山登りはきついらしい。
「もうちょっと、もうちょっと」
と、言いながら、俺は山道をぐんぐん進む。
やがて、木々のない、開けた場所に出た。
この山の中腹――かつて、魔法少女になったばかりの頃、俺がセレナと戦いを繰り広げた場所だ。
俺は適当な野草を見つけると、そこに駆け寄った。
「あ。あったよ、ミノリちゃん。この野草を煮出して抽出したエキスをうまく配合するとね、すごくいい香りになるんだよ」
「へー。綺麗な花だね。見るからにイイ匂いがしそうじゃん。でも、ちょっと数が少ないね」
「うん、そうだね。とりあえず、適当に摘んでと……」
俺は野草を引っこ抜くと、ビニール袋に入れる前に、その野草から種を取り出した。
「何してるの? ルナちん」
「数が少ないから、また生えてくるように種を元の場所に埋めておこうと思って。持って帰って庭に埋めるより、同じ環境の方が育ちやすいしね」
「なるほどね。でも、こんなに広いと、植えた場所わかんなくならないかな」
「そうだね。とりあえず、ちゃんと芽が出るか確認しときたいから、何か目印を……」
俺はあたりをキョロキョロ見渡し、適当な太さの枝を見つけた。
「あ、これでいいや」
種を植えた場所にズブリと枝を突き刺す。
「うーん、でも、これだとあんまり目立たないな~。あ、そうだ!」
「何してるの!? ルナちん!?」
ミノリが素っ頓狂な声をだす。
「何って……枝だけだと目立たないから。こうしとけば、目印には十分でしょ?」
と、俺は文庫本に挟んでいた金属製の栞を枝の横に突き刺した。
「もったいないなー。けっこう高いやつなんじゃないの? その栞」
「まあ、家に帰れば予備の栞があるし、芽が出るかどうか確認したらすぐに回収するから大丈夫だよ」
☆☆☆☆☆
それからしばらく、俺たちの野草摘みは続いた。
貴重な植物を摘む際には、俺は先ほどやったように、その場に種を植えるようにした。
金属製の栞はあれしかなかったので、ブレスレットやペンダント、髪飾りなどの持ち物を目印として木の枝とともに使った。
そのたびにミノリは、
「もったいないなー」
と言っていたが、俺は、
「すぐに回収するから大丈夫だよ」
と、やんわり返した。
用意したビニール袋が野草でいっぱいになると、俺たちは下山を始めた。
山道を下っていると、ミノリは突然立ち止まって黙り込んでしまった。
「どうしたの、ミノリちゃん? 気分でも悪いの?」
「うん、なんだかトイレ行きたくってさ」
「え? 大変! ここから麓まで少し距離あるよ? 我慢できる?」
「うーん、ちょっと無理っぽいから、そのへんでしてくるよ。ルナちん、ここでちょっと待ってて」
と、ミノリは下りてきた山道を再び駆け上った。
「…………」
俺はしばらく間を置くと、ミノリの後を追いかけた。
別にミノリが野外で用を足している姿を見に行くためじゃない。
俺の作戦通りなら、あいつは今頃……。
☆☆☆☆☆
こっそり後を追いかけると、やはりミノリの目的はトイレなどではなかった。
「ミノリちゃん、何してるのかな~?」
「っ!?」
いきなり背後から声をかけられ、ミノリはビクッと身体を震わせた。
「る、ルナちん!? 待っててって言ったのに……!?」
その手には、先ほど俺が種を植えた場所の目印に使った〝ペンダント〟が握られている。
「それ、あたしのペンダントだよね? こっそり持ち出したりして、どうするつもりだったのかなぁ?」
意地の悪さを遺憾なく発揮して、俺は尋ねる。
「あ、いや、その……あ、あたしはただ、貴重なものだから、やっぱりこんなところに置いておくと困ると思って……」
そう言うと思ったぜ。
だが、ミノリよ。お前は甘い……。
「貴重なものだから困る? 俺は他にも金属製の栞やブレスレット、髪飾りなんかも置いていたんだぞ? 価値で言えば、どれもそのペンダントと遜色はないはずだ。なのに、お前はそのペンダントだけを回収しに来た。それも、わざわざトイレに行くなんて嘘をついてまでしてな」
「ぐ……」
「そんなに、こんなペンダントが大事なのか?」
と、俺は懐から〝本物の〟ペンダントを取り出す。
「っ!? それは!? どうして二つも……!?」
「悪いな。お前が今持っているのは昨日の夜、俺が作った偽物だ。こっちが本物のペンダント。魔法少女の力を使うのに必要な、ステッキに変化させる前のなぁ!」
ここまで言えば、俺の作戦は一目瞭然だろう。
魔法少女でない人間にとっては、このペンダントはそこらで売っているような、何の価値もないものだ。
しかし、魔法少女だけが!
このペンダントの真の価値を理解している者だけが、今回のような状況で、金属製の栞でも、ブレスレットでも、髪飾りでもなく、ペンダントを回収するという行動にでる!
もしも魔法少女だとすれば、ミノリは俺の記憶がなくなっていると認識しているはず!
だとすれば、さっきのは、魔法少女としての記憶がない俺が不用意に変身に必要なペンダントを手放してしまったという状況に他ならないからな!
つまり、今までの俺の行動は、ミノリが魔法少女であるかを見極めるための罠だったというわけだ!
「…………」
ミノリはしばらく呆然としていたが、やがて諦観の念で目を閉じた。
そして、その目を再び見開き、俺を睨みつけると、
「そっかー。思い出しちゃったんだねー」
偽物のペンダントを地面に投げ捨て、制服のポケットから魔法少女の証である、自分のペンダントを取り出すミノリ。
「残念だなー。思い出さなきゃ、ルナちんとはずっと仲良しの友達でいられたのにねぇ……」
「…………っ!」
ミノリのペンダントが光を放った。
やはり、コイツは……!
「正体がバレたなら、戦うしかないよね♪ ルナちん♪」
魔法少女に変身したミノリは、ステッキを俺に向け、呪文を唱えた。
「〝ミノリカ・ケラスペル!〟」
次回の更新は一週間後を予定しています。
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