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外道魔法少女ルナ  作者: door
<第2部>
67/98

1. ルナの日常

こちらは以前comicoで連載していたものの続きとなります。

新規の読者さんはcomico掲載分の方が完結するまでお待ちください。

「ルナちゃ~ん! いつまで寝てるの~? 早く起きないと遅刻するわよ~!」


 朝。


 階下から母さんの声が聞こえる。


 でも、俺はもうとっくに目を覚ましていて、眠気覚ましに読書をしていたところだった。


「はぁ~い! 今行くね~!」


 猫を三匹くらいかぶった可愛らしい声を出して、俺は本を閉じた。


 こんなふうに、俺は家族の前では〝可愛らしい女の子〟を演じている。


 自分のことを〝俺〟と呼んでいても、性別は女だからな。


 母さんも、自分の娘には女の子らしくしてほしいだろう。


 それがわかるから、自分の本性は、決して親には見せないのだ。


「わぁ~! 遅刻、遅刻~! ママ、朝ごはん、何~?」


 なんて言いながら、通学用バッグを持って、服姿で階段をドタドタ駆け下りる。


 この演技も馴れたものだ。


「ハムエッグとトースト。サラダもあるわよ~」


「うう~、遅刻しそうだから、トーストだけでいいよ~」


「だめよ。成長期なんだから。ちゃんと食べないと。そんなんだからルナちゃん、いつまでたっても小学生に間違えられるのよ」


 サラッと人の気にしていることを言う母さんだった。


「もう~、わかったよ~」


 俺がしぶしぶ椅子に座ると、テーブルの下からトラ柄の猫がヌッと姿を現した。


「にゃー!」


「あ、ルーニャ君、おはよ~!」


 俺が顎の下をくすぐってやると、ルーニャは気持ちよさそうに「ニャー」と鳴いた。


 ルーニャはうちで飼っている猫だ。


 とは言っても、家族になってからは日が浅い。


 こいつが家に来たのは……あれ? いつのことだったっけ? 飼うようになったきっかけは何だったっけ?


 珍しく、記憶に(もや)がかかっている。


「ねえママ~。ルーニャ君って、なんでうちで飼うようになったんだっけ?」


 テーブルに朝食をならべる母さんに訊いてみた。


 すると母さんは妙な顔をして、


「何言ってるのよ。ルナちゃんが連れてきたんじゃない」


「俺……じゃなかった。わたしが?」


「そうよ。なんでも友達と一緒に学校の裏庭で飼っていたのが先生に見つかっちゃって、しょうがないからうちで飼わせてって連れてきたのよ」


 ……そうだったっけ? まったく記憶にないぞ。


 俺がルーニャの頭をなでながら記憶にかかった(もや)を払おうとしていると、母さんはさらに気になることを言った。


「そういえば、最初の頃はその友達の家と交代で飼ってたじゃない」


「え?」


「ほら、飼いはじめてしばらくした頃、ルーニャ君がいなくなってママが慌てていたら、ルナちゃんが、『大丈夫、しばらく友達の家に行ってる』って。その後、何度かその友達の家とうちを行き来したみたいだけど、最近はずっとうちにいるから、てっきりうちで飼う事に決まったんだと思ってたんだけど……」


「その友達っていうのは?」


「さあ。ルナちゃん、名前言わなかったから」


 ……はて、これはどうしたことだろう。


 母さんが今言った我が家の飼い猫に関する記憶が、ごっそり俺の頭から抜け落ちている。


 最近、夜更かしして本ばかり読んでいたから、頭がどうにかなっちまったんだろうか。


「ニャー!」


 俺に頭をなでられたのが嬉しかったのか、ルーニャはそのお礼とばかりに俺の足に顔をこすりつけてきた。


 せめて、こいつが喋ることができたら、その友達とやらが誰なのかわかるんだがな。


「まぁ、猫が喋るわけないか。魔法でもあるまいし……」


 俺がそう呟いたときだった。


 ピンポーン!


 来客を告げるチャイムが鳴った。


「ほら、ルナちゃんがグズグズしてるから、ミノリちゃん来ちゃったわよ。ほら、早く食べて食べて」


「わかってるよ~。そんなに急かさないで~」


 俺はハムエッグとトーストとサラダを急いで口に入れ、それらをカフェオレで無理矢理流し込んだ。


「ごひほうさま~」


 カバンをひっつかんで玄関へ向う。


 ドアを開けると、そこにはショートカットの女子中学生が立っていた。


「おっはー。ルナちん。今日もミノリちゃんが迎えにきてあげたよん♪ さあ、ガッコ-に行こー!」


 この元気の塊のような少女の名前は芝里(しばさと)ミノリ。

 俺のクラスメイト兼、親友だ。


「お待たせ。ミノリちゃん」


「そんなに待ってないよー。チャイム鳴らしてすぐだもん。それよりルナちん、学校行きながらでいいから数学の問題教えてくれないかなっ。あたしの勘だと、今日当たりそうな気がするんだよねっ」


「いいよ~。数学は得意だから任せて!」


「やったー。さすが天才ルナちん。頼りになりますな~」


「えへへ~。それほどでも~」


 玄関先で俺たちがそんな会話をしていると、家の中から母さんがルーニャを抱いてやってきた。


「おはよう、ミノリちゃん。いつも家まで迎えに来てもらっちゃってごめんなさいね」


「あ、ルナママ、おはようございますっ。どうせ通り道なんで気にしないでください。ルーニャ君も、おはようっ」


「ニャー」


 ルーニャはミノリの言葉がわかるかのようにタイミングよく鳴いた。


 ふと、腕時計を見ると、いつも家を出る時間を5分ほど過ぎていた。


「ミノリちゃん、そろそろ出ないとまずいよ。本当に遅刻しちゃうかも」


「ええ!? もうそんな時間か! じゃあ、ルナママ、ルーニャ君、行ってきまーす!」


「はぁーい。行ってらっしゃーい。二人とも車に気をつけてねー」


「ニャー!」


 母さんとその胸に抱かれるルーニャに見送られながら、俺とミノリはいつもどおり仲良く学校へ向かったのだった。

挿絵(By みてみん)



   ☆☆☆☆☆



 俺とミノリが教室に滑り込んだのと、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴ったのが、ほぼ同時だった。


「おお~。芳樹に芝里、ギリギリセーフだな。早く席につけ~」


 教壇に立っていた担任教師に促され、俺とミノリは席についた。


 周囲を見回すと、他のみんなは余裕を持って登校しているらしく、ほぼ全ての席が埋まっている。


 ――たった一つ、窓際の一番後ろの席を除いて。


 ……あの席の奴、今日も休みか。


 確か……(ひいらぎ)セレナとかいう名前だっけ、あの席の奴は。


 柊セレナ。数ヶ月前に転校してきたはいいが、いつの間にやら不登校になっちまった女子生徒だ。


 なんで彼女が学校に来なくなったのかは知らないが、まあ、転校生だし、うまく学校に馴染めなかったとかだろう。


 俺も柊セレナとは直接話したことがなく、正直言うと、顔もよく憶えちゃいない。


 どんな顔だったっけ……。


 ……ダメだ、思い出せない。


 ルーニャの時と同じく、思い出そうとすると、記憶に(もや)がかかる。


 くそぅ。不登校の転校生のことなんてどうでもいいが、物事を思い出せないってのは無性に腹立たしい。


 記憶力には自信があったはずなのに……。


「……ちん。……ルナちん!」


「え?」


 いきなり後ろから肩を叩かれ、身体がビクッと震えた。


 振り返ると、後ろの席のミノリが何やら必死に前を向くようにジェスチャーしている。


 前を向くと、さっきまでいた担任教師が、いつの間にやら数学の先生に変わっていて、俺の方をじっと見ている。のみならず、クラス中の視線が俺に注がれていた。


 ……しまった!


 俺が考え事をしている間にホームルームが終わって、一時間目の数学の授業に入っていたのか! 


「大丈夫か、芳樹。教科書も出さずに上の空で。気分が悪いなら、保健室に……」


「い、いえ、大丈夫です、先生。ちょっと考え事をしていて……」


「そうか? じゃあ、芳樹、この問題なんだが、わかるか?」


 教師は黒板に書かれた問題をチョークでコンコンと叩いた。


 三平方の定理の応用か。少しばかり複雑だが、補助線を引けば……よし、解けた。


「A=3、B=9/2です」


「う、うん。いや、正解なんだが、できれば前に出て計算式とか書いて欲しかったんだが……」


「あ、すみません。頭の中で補助線引いて、暗算で答え出しちゃって……」


 クラス中から「おお~」という感嘆の言葉が漏れる。


 ミノリに至っては、


「さっすがルナちん! あたしも親友として鼻が高いよ!」


 なんて大真面目に言っているくらいだ。


「はいはい。静かに」


 教師が手を叩いて喧騒をおさめる。


「流石は芳樹だな。かなり難しい問題だったんだが。さっき山田に当てたんだが、答えられなかったくらいだ。みんなも芳樹を見習ってちゃんと勉強しろよ~」


 山田……? 誰だ、それは。


 ふと見ると、廊下側の席で坊主頭にメガネという滝廉太郎みたいな風貌の男子が、悔しそうに俺の方を睨んでいた。


 ああ、確か学年で二番目に成績のいい奴の名前が確か山田とかいったな。


 期末やら中間やらの順位で、いつも俺の左に名前が書いてあるから、記憶の片隅くらいには残っている。


 どうやら、この滝廉太郎モドキの男子生徒が、その山田らしい。


 まさか同じクラスだったとは。


 まるで気づかなかった。


 まあ、そんなことはさておき、クラスの中には、先ほどの俺の解答に対する余韻のようなものがまだ残っている。


 中には山田のような嫉妬の感情も見受けられるが、尊敬や称賛の感情の方が大部分だろう。


 ふと、俺は窓際の一番奥の席を見た。


 そこは相変わらずの空席だったが、なぜだか俺には柊セレナがそこにいて、


「さすがですね、ルナさん」


 と、こちらに微笑んでいるように思えてならなかった。


 あいつとは一度も話したことがないはずなのに、どうして……?


 もちろん、想像の中の柊セレナの顔には、決して晴れることのない濃い靄がかかっていた……。



   ☆☆☆☆☆



 人間、考え事をしていると、時が流れるのを早く感じるものである。


 思い出せない飼い猫やクラスメイトのことを考えていると、あっという間に放課後になった。


 普段ならミノリの部活が終わるのを図書室で待って一緒に帰るのだが、今日は前からミノリと約束していたとおり、彼女が所属しているテニス部の練習に参加している。


 ミノリとペアを組んでいた三年の先輩が事故で足を痛めてしまい、近くある大会の助っ人を頼まれたのだ。


「よーし! マッチポイントだよ、ルナちん! サーブで決めちゃって!」


 試合形式の練習の終盤。


 俺とペアを組むミノリが、サービスラインの手前から俺に呼びかける。


「まかせて~! せやっ!」


 スパーン!


 ベースラインから放った俺の渾身のファーストサーブが、相手の左サービスコートに叩き込まれる。


 相手のレシーバーはそれに反応することができなかった。


 レシーバーの真横を通り抜けたボールはバックネットにぶつかって勢いを失い、コロコロと地面を転がる。


「ゲームセット! ゲームカウント6-2で、芳樹・芝里ペアの勝ちです!」


 審判を勤めていた顧問の先生がそう宣言するや否や、ミノリはラケットを放り投げて俺に抱きついてきた。


「やったー! 勝ったー! さすがルナちん! やるぅー!」


「えへへ。ミノリちゃんのおかげだよ~。でなかったら素人の私なんか……」


「何言ってんの! ルナちんのおかげだって! ほら、他のみんなだってそう思ってるみたいだよ!」


 ミノリに言われてあたりを見回すと、女子テニス部員たちは俺に対して惜しみない拍手を送り、鉄柵を挟んだコートの外では一年生の女の子の群れがキャーキャー黄色い歓声をあげている。


「芳樹せんぱーい! こっち向いてー!」


 とか、


「ルナ先輩、カッコイイー!」


 とか、


「私のお姉さまになってくださいー!」


 などなど……。


 聞いているこっちが恥ずかしくなってくるぜ。


「いやーモテモテだねー、ルナちんは」


「いやいや、ミノリちゃん、女の子にモテてもしょうがないよ」


「女の子だけじゃないみたいだよ。ほら、あそこに男の子たちもいる」


「え?」


 ミノリの指差す方向を見ると、木の陰から小太りで息の荒い男子生徒と、痩せてメガネをかけた男子生徒がジーッとこちらを見つめていた。


「ハァハァ……ルナちゃん、マジ天使!」


「ロリっ子天才少女……萌えぇえええええ!」


 …………きめぇ。


 俺は汚物共から視線をそらすと、再び黄色い声をあげる一年生たちを見た。


 その中にツインテールの少女がいないのに気づき、俺は違和感を覚えた。


 ……あいつなら、真っ先にキャーキャー騒いで俺のところに飛びかかってくると思ったのに。


「ねえ、あなたたち」


 俺は一年生の女子の群れに近づいた。


「キャー! 芳樹先輩が来てくれたー!」


「ルナ先輩、ルナ先輩!」


「お姉さま! お姉さまぁ!」


 ……やかましい奴らだ。


 面倒だから単刀直入に要件を言おう。


「時峰来果さんは、今日来てないの?」


 俺が来果の名前を出すと、一年生たちの様子が変わった。


 何か、腫れ物に触るかのような反応だ。


 やがて、一人の女生徒が恐る恐る口を開いた。


「時峰さんは、最近学校に来ていないんです」


「え? 病気か何かなの?」


「いえ、その、二ヶ月くらい前から、ぷっつり来なくなっちゃって。先生も詳しい理由がわからないみたいで、私たちも心配していたんです」


「……そっか。ありがとう」


 時峰(ときみね)来果(らいか)……以前、三年の不良女子たちからイジメられているのを、俺が助けてやった後輩の女生徒だ。


 それ以来、随分懐かれちまって困っていたんだが……。


 最近どうも姿を見ないと思ったら、不登校になっていたのか。


 あの時、来果をイジメていた不良どもは俺が成敗して「転校」していったから、イジメが原因とは考えにくい。クラスメイトのあの子達も本気で心配しているみたいだったしな。


 どうしちまったんだ、来果の奴……。


 一方的に懐かれていただけの後輩だったハズなのに、なぜだか俺は時峰来果のことが心配でたまらなかった。



   ☆☆☆☆☆☆



「ただいま~」


 練習が終わってクタクタになって家に戻ると、エプロン姿の母さんに出迎えられた。


「おかえり~。ルナちゃん、悪いんだけど、ルーニャ君さがしてきてくれない?」


「え? ルーニャ君、またいなくなっちゃったの?」


 我が家の飼い猫、ルーニャはたびたびどこかへ姿を消す習性がある。


 とはいっても、数時間も経たないうちにひょっこり戻ってくるのが常なので、あまり心配することはない。


 なのだが……。


「ルーニャ君は賢いから、どこに行ってもウチに帰ってこられるとママも思うんだけど。ほら、最近、このあたりでワンちゃんとか猫ちゃんが殺されてるじゃない」


「ああ、不審者の仕業だって言われているアレね……」


「そうなのよ。だから、ルーニャ君が被害に遭わないか心配で心配で……」


「別にさがしに行くのは構わないけど、ママは私のことは心配じゃないの?」


「あら、ルナちゃんは大丈夫よ。だって被害に遭っているのは動物だもの」


「…………」


 狙われているのは犬や猫などの動物。

 →

 娘は人間。

 →

 故に娘は安全(Q.E.D)。


 見事な三段論法である。論理的には決して間違いではないが、倫理的には大いに問題がある。


 流石は俺の母親といったところか……。


「わかったよ。じゃあちょっとその辺さがしてくるね~」


次回の投稿は一週間後を予定しています。

感想などいただけると大変嬉しいですし、励みになります。

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