59. ケルベロスを倒せ!
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
天の声の主――時空の魔女エスメラルダが召喚したケルベロスの雄叫びが白い部屋を震わせる。
威圧感だけで人を殺せるとはこのことを言うのだろう。
俺たち五人の魔法少女は、そのあまりに強大な力の前に、震え上がることしかできなかった。
もし膀胱に尿が溜まってたら、間違いなく失禁していたであろう。
「さあ! 最後の試練です! この地獄の番犬ケルベロスちゃんを倒してくださ~い!」
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
主であるエスメラルダの合図で、ケルベロスは俺たちに襲いかかってきた。
獰猛な三つの頭のそれぞれから、灼熱の炎が吐き出される。
やばい……。さっきの試練で、魔力がもう残ってない……!
やられる!
そう思って目をつむった。
だが……。
「〝シルディア!〟」
「〝シルディア!〟」
「〝シルディア!〟」
呪文の声に俺は恐る恐る目を開いた。
ケルベロスの三つの口から発射された炎が、三つの魔法陣の盾により防がれている。
セレナ、澪、なゆたがそれぞれ防御魔法を発動したのだ。
「お前たち……」
「さっき言った。第四の試練はあなたが一人で突破したのだから、ここは私達が頑張る」
と、澪。
「そうだよ。ルナちゃんばかりに戦わせたりしないんだから!」
と、なゆた。
「ルナさんは魔力が回復するまで休んでいてください!」
と、セレナ。
「む~! 来果も防御魔法を持っていたらルナ先輩を守るために迷わず使いましたのに~!」
と、来果は何やらよくわからないことで悔しがっている。
「ふん♪ みんなで力を合わせればどんな敵も怖くないってやつですか~♪ そんな友情ごっこがこのケルベロスちゃんを相手に通じますかね♪」
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
エスメラルダのムカつく声とともにケルベロスが再び雄叫びを上げる。
すると、その口から吹き出された炎が威力をあげた。
火力と熱気のせいで、シルディアを出している澪たちの額に大粒の汗が浮かぶ。
「く……この攻撃……」
「だんだん強くなって……」
「ダメ……。盾が持たない……!」
く……。
三人がかりでも防げない程、この炎は強いのか!?
まずい!
このまま澪たちの出したシルディアが負けたら、全員焼け死んじまう!
どうすれば……っ!
そうか!
「来果! お前の時間停止の結界で、あのケルベロスの動きを封じろ!」
「あ、そっか! 了解です! ルナ先輩! 〝ライカン・クロノシオ!〟」
オレンジ色の球体がケロベロスの体を包み込む。
と、同時にその三つの口から放出されていた炎も止まる。
来果の魔法で、球体内にいるケルベロスの時が止まったのだ。
「ふう……なんとか助かりましたね」
セレナが額の汗を拭う。
「ホント危なかったよ。もう少しでみんな焼け死んじゃうところだった」
なゆたはそう言うと、ステッキを握り締め魔法を発動している来果の方を振り向き、
「おかげで助かったよ! ありがとう、来果ちゃん!」
「いえいえ。お礼はルナ先輩に言ってください。でなければ来果、みなさんの後ろでガクガク震えていることしかできませんでしたから」
咄嗟に思いついた方法だったが、うまくいってよかったぜ。
だが……。
「でも、これから先が問題」
俺の思いを代弁するかのように、澪が呟いた。
「この試練の条件はあくまでもケルベロスを倒すこと。時間を止めるだけじゃクリアにはならない」
そう。
澪の言うとおり、このままじゃ勝利には程遠い。
来果の時間停止の魔法は魔力の消費が激しく、そう長く使い続けられる代物じゃない。
魔法が切れれば、またあのケルベロスは俺たちを殺そうと襲いかかってくるだろう。
てっとりばやく決着をつけるには、やはり……。
「みんな、聞いてくれ。作戦だ」
俺はエスメラルダに聞こえないよう、小声で全員に作戦を伝えた。
「――以上だ。できるか?」
俺の問いに、四人は首を縦に振って了解の意思を示した。
「よし! じゃあ指示された行動をとれ!」
それを合図に、俺たちは二手に別れた。
「〝ビアブルム!〟 さあ、澪さん!」
まずはセレナがステッキを箒に変え、後ろに澪を乗せて宙を舞う。
それを見届けると、来果はケルベロスを閉じ込めていた結界を解いた。
「結界、解除!」
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
時間停止から解放されたケルベロスは何が起きたのかもわからないクセに吠えまくる。
安心しろ、もうすぐ楽にしてやるぜ。
頼んだぞセレナ、澪!
「〝ギアル・フリジア!〟」
セレナの箒に乗った澪が空中からケルベロスに攻撃を仕掛ける。
冷凍ビームがケルベロスの胴体を直撃する。
「何の♪ 炎の魔獣ケルベロスに氷の攻撃なんて無意味ですよ♪ ケルベロスちゃん、反撃です♪」
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
エスメラルダに指示され、ケルベロスは箒に跨るセレナたちに炎を放つ。
「澪さん、しっかり捕まっていてくださいね!」
流石はメルヴィルが最初に目をつけた人間だけのことはある。
セレナの箒の操縦の腕前は見事なもので、部屋中を飛び回り華麗に炎をかわしてゆく。
よし、敵がセレナたちに気を取られている今のうちに……。
二手に別れたもう一方、つまり俺と来果となゆたの三人も行動を開始しようとした。
しかし、それをエスメラルダに見つかってしまった。
「なるほど♪ 氷と光の魔法少女を囮につかって、そっちで何かやるつもりですね♪ そうはさせませんよ♪ ケルベロスちゃん、あっちの三人を狙ってください♪」
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ケルベロスの炎が俺たちに襲いかかる。
「残念でした! こっちには私がいるもんね! 〝レイ・ニルアデム!〟」
なゆたのステッキから発射された灰色の光線がケルベロスの炎をかき消した。
「まさか! あのケルベロスの炎を打ち消すなんて! あの子、そんなに強い魔法を!?」
見たか、エスメラルダ!
なゆたのこの魔法の前じゃ、どんな攻撃もかき消されちまうのさ!
やはり、なゆたを防御役でこっちに配置させておいて正解だったぜ。
「来果、今だ!」
「〝ライカン・クロノシオ!〟」
来果の時間操作の結界が俺を包む。
こいつの効果は対象の時間を10分の範囲で自由に操作できる。
つまり、これで俺の身体を10分前の状態に戻しちまえば――。
「よし、終わりましたよ。ルナ先輩!」
結界から解放された俺の身体には、さきほどと違い魔力が溢れている。
魔法さえ使えれば、こんなケルベロス一匹倒すのなんかワケねえ!
すべての生き物を沈黙させる俺の魔法の威力をしかと見よ!
「喰らえ! クソ犬! 〝ルーナ・モルテム!〟」




