5. 帝国主義ゲーム
一時間後。
戦闘現場の裏路地から十分距離をとった廃ビルの中。
俺たち二人(+リス一匹)はようやく落ち着いて話をすることができた。
「もうメルヴィルや敵の精霊から聞いて知っているとは思いますが」
そう前置きした上で、セレナは俺に語りかけた。
「異世界の精霊たちの為に、私たち人間の女の子が代理戦争という名の殺し合いをする――これが私たちの戦いです。いつ自分が殺されるか、誰を殺すことになるのかもわかりません。それでも……その覚悟があるのなら、ルナさん、私と一緒に戦ってください」
「ああ。いいぞ」
「あれ?」
俺の返事が意外だったのか、セレナは拍子抜けしたような顔をした。
「どうしたんだ?」
「いえ……。てっきり、ルナさんの性格を考えると、誰とも協力せずに一匹狼で戦うとか言い出すんじゃないかと思っていたので」
「一匹狼か……。この戦いにおいて、最も愚かな策だな」
「え? どうしてですか? ルナさんは即死魔法を持っているんですよ? それだけの力があれば、仲間の助けなんて必要ないんじゃ……」
「ん? セレナはわかっていないのか? この戦いがどんなものなのかってことが」
「まさか、ちゃんとわかってますよ。メルヴィルの魔法少女が13人になるまで目の前の敵を倒し続けなければならない熾烈な戦いだってことでしょう?」
そうか……。
やはり、その程度の認識しかしていないか……。
「いいや、違うな。これはそんな単純なものじゃない。」
この際だ。単なる殺し合いではない、この戦いの本当の姿ってやつをセレナに教えておいた方がいいだろう。
「セレナが言っているのは、〝戦いの勝利条件〟であって、〝戦いの性質〟じゃない。そこを履き違えると、取るべき戦略を間違えるぞ。バビロンの奴はこの戦いを戦争の為のゲームという意味で〝ウォーゲーム〟と呼んでいたが、これは少し曖昧な呼び方だ。そこで、この戦いの本質を踏まえた上で的確な名称を付けるとすれば……」
俺はもったいぶるように少し間を溜めてから、戦いの正体をセレナに告げた。
「これは帝国主義ゲームだ」
「て、帝国主義ゲーム?」
セレナは目をまん丸にして口をポカンと開けていた。
「何ですか、それ? もっと詳しく説明してくださいよ」
セレナにせがまれ、俺は「いいだろう」と、立ち上がって、廃ビルの床に座ったためについたスカートの汚れをはたいた。
「帝国主義って言葉くらいは聞いたことがあるだろ? イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、ロシア、アメリカ、日本など、かつて列強と呼ばれた国々が勢力圏の拡大を狙って地球上の土地を奪い合った一連の動向のことだ。帝国主義ゲームっていうのは、その時代をモデルにして作られた一種の陣地取りゲームだな。プレイヤーはそれぞれ列強各国になり、他の国を潰しながら、領土を奪い合い、自分の国を世界の覇者へと導いていく」
「そ、その帝国主義ゲームと私たちの戦いと何の関係があるんですか?」
「思い出してもみろよ。俺たちの戦いのルールを。最初に13匹の精霊がそれぞれ1人ずつ、人間の女の子にマナ・クリスタルを与え、魔法少女にする。選ばれた13人の魔法少女たちは、互いに殺し合いを始める。敵の魔法少女を倒して手に入れたマナ・クリスタルを使えば、精霊は自軍の魔法少女を1人増やすことができる。つまり、1人が消える代わりに1人が加わるわけだから、人間界に存在できる魔法少女の数は必ず13人。そして、その13の枠を全て自分の魔法少女で埋めた精霊が最終的な勝利者になり、逆に手持ちの魔法少女――正確に言えば手持ちのマナ・クリスタル――がゼロになった精霊はその時点で敗退……。な? もうわかっただろ?」
「あ……」
セレナは何かに気づいたように口を大きく開けた。
俺は神妙に頷いて、
「そう。これは同じ精霊に属する魔法少女のグループを国に見立てた帝国主義ゲームそのものだ! 13個のマナ・クリスタルは、奪い合う領土! 自国の魔法少女の数が兵力! 俺とセレナはいわば、〝メルヴィルの国〟の魔法少女ってわけだ」
そこまで言って、俺は鞄からノートとペンを取り出し、簡単な図を描いた。
「これがさっきの戦いの構図。これで俺たちは〝バビロンの国〟を滅ぼしたわけだから、領土(つまり、マナ・クリスタル)を一つ奪ったことになり……」
と、俺は隣のページに新たな図形を描き加える。
「こんな風に、現在、俺たちの国は領土が3、兵力が2という状態になる。全体で言うと、約4分の1の領土を手中に収めていることになるな。 領土と兵力は国の強さそのものだ。領土が7以上になれば、それ以上の領土と兵力を持つ国は存在しない超大国になることができる。この戦いは、全兵力を挙げて、敵の領土を確実に奪い、どんどん国力を上げていった国が最終的に勝利するようにできている。いくら個人で強い力を持っていようが、敵国が束になってかかってきたら、とてもじゃないが勝ち目はない。一匹狼で戦うのが最も愚かだって言ったのはこういうことだ。常に全員で協力し合って相手を倒し、確実に領土を手に入れる必要がある。2対1とか3対1とかが卑怯とかそういう問題じゃない。これはルールに基づく戦略的共闘なんだからな」
「な、なるほど……。そこまで考えたことはありませんでした。そう言われると、確かに帝国主義ゲームですね。これは」
セレナは感心したように俺に尊敬の眼差しのようなものを向けていたが、一方メルヴィルは黙ってジーッと俺の顔を見つめていた。
「(正直、驚いたワン。ルナの言う通り、この戦いは魔法少女のグループ同士による帝国主義戦争だワン。人間界の近代戦争も同じだワンが、勝敗を分けるのは、文字通り国力の差だワン。軍事力だけではなく、国の総力をどれだけ戦争に結集できるかで勝負は決まるワン。当然ながら、大きな国ほど発揮できる総力は高いワン。でも、総力を発揮するには国内のまとまりも必要だワン。この戦いの過去の例を見ても、勝負は実質、終盤の段階でどれだけ国を大きく、かつ国内のまとまりをどれだけ強固なものにしているかで決まるワン。 いくら国が大きくても、まとまりがないと統率が取れずに、徐々に国は崩れていくワンし、逆にいくらまとまりがあっても、国が小さすぎると、強大な軍事力の前には歯が立たないワン。つまり、一匹狼にならずに、国の仲間で結託し、確実に領土を増やすというルナの考え方は全くもって正しいのワン。僕ら精霊は過去の戦いのデータから、そのことは知っているワンが、戦いに干渉してはいけないというルールのせいで、この戦いの攻略法を魔法少女たちに教えるのは御法度だワン。でも、ルナは出会ってからわずかの時間……しかも、一回ルールを聞いただけで、もうこの戦いの本質に気づき、最も有効な戦略を立案しているワン。……これは普通の人間、ましてや14歳の女の子にできることじゃないワン。ルナは魔力も強いワンが、一番の武器はやっぱりこの頭脳だワン。戦いにおいて、時に武力よりも大事だとされるのが知力……ルナを選んだのは、やっぱり大正解だったワン)」
メルヴィルの奴、何か言いたそうだな。でも、言えないって感じだ。
例の戦いに干渉してはいけないってルールのせいか?
まあいい。どの道、俺の作戦に狂いはない。
だが、このくらいのことなら、今までにも誰かが気づいているだろう。いずれにせよ、終盤には必ず総力戦になる。これからの敵は常に束になってかかってくると思っていた方がいい。
……ふん、面白いじゃねーか!
詰まるところ、こいつはいかに強大な魔法少女の 国 (チーム)を作れるかの戦いだ!
この国盗り合戦、必ず勝利してみせる!
「やってやるさ! 俺の力で、この国を最強の魔法少女帝国にしてやる! そして他の魔法少女たちの国を討ち滅ぼし、俺は全ての魔法少女を統べる女帝として君臨してやる!」
次回の更新はいつもより早くなるかもしれません。




