40. 秘策
「ルナちゃん、大丈夫!?」
「なゆた!? なぜ、お前がここに!?」
あまりにも予想外の出来事に、俺の思考回路は正常に動かなかった。
なんでこいつがここに?
さっきのはこいつの回復魔法か?
なぜ敵である俺を助けた?
頭の中に、「?」が溢れる。
「私、少しだけど魔法の力を感知することができるんだよ。他の魔法少女が魔法を使えば、それがわかっちゃうの」
「そうか……。それでここで戦いが行われているってわかったってわけか……」
そういえば、この前こいつが採石場に駆け付けた時も、どうして場所がわかったのか気になっていたが、そんな力があったとはな……。
しかし、いくら場所がわかっても、一人で来たりはしないだろう。
当然、もう一人のあいつも……。
「なゆた!」
上空からヒステリックな女の声が降ってきた。
見上げると、そこには採石場で俺たちに襲いかかってきたルーニャの国のもう一人の魔法少女、澪が宙に浮いていた。例のフローティアとかいう空中浮遊魔法だ。
ゆっくりと地面に降り立った澪は、なゆたを睨みつけて辛辣な言葉を浴びせかける。
「あなたって子は、どこまで馬鹿なの!? なんで敵を助けたりするの!?」
「なんでって、傷ついてる人がいたら、助けるのは当たり前じゃない! 理由なんかいらないよ! 人を助けるのに、敵か味方かなんて関係ないもん!」
「っ! とにかく、そこをどいて。私がそいつを殺してマナ・クリスタルを!」
「ダメー!」
なゆたは通せんぼをするように、ステッキを振り上げる澪とコンクリートの地面に横たわる俺の間に大の字で割って入った。
よくわからんが、なゆたは俺を殺すつもりも、澪に殺させるつもりも毛頭ないらしい。
そういえば、こいつ前に会った時、敵を殺さずに話し合いでこの戦いを終わらせるとか言ってたな。
この行動もそのポリシーを守り通すためか……。
体力も回復しているし、今なら背後からなゆたにルーナ・モルテムを撃ち込める。
だが、今そんなことをしても何の意味もない!
それどころか俺の味方(?)はいなくなり、澪との全面戦争に突入する。
そんなことになれば、もうすぐここに戻って来るマキとリカを含めて三人の魔法少女をいっぺんに相手にすることになり、俺が生き延びる可能性はゼロだ!
ならば、ここで取るべき策は……。
「待て、お前ら。まずは話し合おう」
俺は地面にステッキを置き、両手を挙げたまま立ち上がる。
いわゆるホールド・アップの状態だ。
さらに地面のステッキを蹴って、後ろにいたメルヴィルの足下に転がす。
「ワン!?」
「メルヴィル、そいつはお前が持ってろ」
そして、なゆたたちに向かって、
「魔法を使わなければ敵の魔法少女は殺せないなら、こうしておけば俺はお前らに危害を加えることができない。そうだろ、ルーニャとかいう精霊!」
俺の言葉に、なゆたの肩に乗っていた猫と虎を足して二で割ったような精霊が口を開く。
「そうだニャー。少なくともこれで、この魔法少女がなゆたや澪を騙し討ちにすることはないハズだニャー」
「それが何?」
と、澪は冷たい瞳でこちらを睨みつける。
「あなたはこの前、なゆたにこの戦いは〝帝国主義ゲーム〟と言ったそうね。だとしたら、自国の魔法少女以外は全て敵。領土であるマナ・クリスタルは多ければ多いほどいいはず。あなたをここで殺さない理由はない」
「ダメだよ! 澪ちゃん! せっかくルナちゃんが話し合いをしようって言ってくれてるのに、攻撃するなんて!」
「そこをどいて、なゆた。わかってるの? そいつは敵。先に裏切った方が得をするこの戦いには、違う国の魔法少女同士が仲間になる方法なんてない」
「そんなことないよ! きっと魔法少女同士は仲間に、友達になれるよ! お互いを信じて、心を通い合わせれば、きっと!」
「いつまでもそんな子供みたいなこと言って……」
澪が苛立たし気に歯ぎしりをする。
二人の間に険悪なムードが流れる。
そんな彼女たちに、俺は言い放った。
「俺は賛成だぜ! なゆたの意見にな!」
『っ!?』
二人が驚いてこちらに振り向く。
なゆた達の乱入は正直予想外だったが、それならそれでやりようがある。
むしろ、この事態は悪くない。
どうやら俺は運命の神様に好かれているらしいぜ。
今までの戦いや実験、精霊から得た情報をすべて駆使した、とっておきの秘策が俺にはあった。
成功すれば、現状を打開し、俺たちの国が最強になることができる策だ。
「澪、これから俺の言う話をよく聞いて合理的に判断しろ。幸いにも、お前は感情ではなく、合理で動くことができる人間みたいだからな」
「……?」
半信半疑な様子の澪、及びなゆた、そしてルーニャに俺は自分の策を話した。
それを聞いた彼女たちやメルヴィルといくつかの問答が繰り広げられる。
☆☆☆☆☆
<一方、対岸の陸地では――>
「さあ、来果さん。とどめを刺しに行きましょう」
至近距離からの光の波動でリカを弾き飛ばしたセレナは、覚悟を決めた表情で来果に告げた。
「その……やっぱり殺さなきゃダメなんですか、セレナ先輩?」
「ええ。それがこの戦いのルールですから。どこかの国が全ての領土を掌握しない限り、戦争は続きます」
「でも……」
それでも躊躇する来果の頭を、セレナは優しく撫でた。
「来果さんが気に病むことはありません。殺すのは、私がやります。それが、あなたやルナさんを戦いに巻き込んでしまった、メルヴィルの国の最初の魔法少女である私の責任です」
セレナの覚悟のこもった言葉に対し、来果はゆっくりと頷いた。
二人そろって、リカが弾き飛ばされた場所へと歩を進めていく。
その時だった。
「〝ハイペル☆レイ―ジア!〟」
リカが倒れていた場所から発せられた一閃の光。
それは絶大な破壊力を誇る桃色の光線となって、セレナと来果に襲いかかってきた。
「〝ミラ・シルディア!〟」
セレナは咄嗟に、鏡の盾を出現させた。
以前、ルナの石化魔法を跳ね返した時にも使った光属性の上級魔法である。
この盾は光線系の魔法なら何でも相手に跳ね返してしまう強力な効果を持っているが、リカの放ったと思われる破壊光線を受けるや否や、表面にヒビがはいった。
「っ! ミラ・シルディアでも返せない!?」
リカのステッキからはまだ光線の放出が続いている。
盾が壊れるのも時間の問題だ。
「セレナ先輩、頑張ってください!」
来果がエールを送るが、セレナの額にはだんだんと脂汗が浮かんでくる。
「そんなこと言われても、この攻撃強すぎます……!」
まるで、何百キロもあるバーベルを頭上で持ち上げているような感覚だ。
それでも精一杯の魔力を盾に注ぎ込んでセレナは破壊光線を防ごうとした。
だが、盾にはいったヒビは、どんどん広がっていく。
「ダメ……壊れる! 来果さん、飛行魔法を! 盾が壊れると同時に私を抱えて上に避難を!」
「わかりました! 〝ビアブルム!〟」
ドゴォ!
来果がセレナを乗せて箒で上空に避難したのと、鏡の盾が砕けたのが、ほぼ同時だった。
まさに、間一髪の回避である。
「ちぃ~☆ つまんない盾と箒でリカの最強の攻撃魔法をかわすなんて☆ ちょ~ムカつく~☆」
光の波動の直撃により、かなりダメージを受けてはいたが、リカはまだ戦闘不能状態にはなっていないようだった。
敵意のこもった目で、上空に浮かぶセレナたちにステッキの先を向けている。
「く……。超強力な長距離破壊光線……。まだあんな魔法を隠し持っていたなんて!」
「威力だけならさっきの攻撃、セレナ先輩の光の波動やルナ先輩の闇の魔道波以上かもしれませんよ!」
「次にあの攻撃を撃たれたら、もう防ぎようがありませんね」
「どうしましょう!? セレナ先輩!?」
「一つだけ手があります」
「え?」
「ルナさんにもまだ見せていない、私の最後の魔法。それを使えば、リカさんを倒せるかもしれません」
それは、あまりにも強力な効果故にセレナが自ら封印していた魔法だった。
ルナが即死魔法を、来果が時間操作の結界を手に入れたように、精霊メルヴィルとの契約により、最初に発現した魔法がセレナにもあったのだ。
正真正銘、最期の切り札である。
「衝撃で吹き飛ばされないよう、しっかりと箒の柄を握っていてくださいね!」
来果にそう注意すると、セレナは全身に溢れる魔力を一か所――右手に握るステッキに集中させた。
光り輝く魔法陣が、セレナの前に出現する。
リカはその光景に、恐れおののいていた。
「何!? あの巨大な魔法陣は!? 何かとてつもなく大きい魔法を使うつもり!?」
「いきますよ! 〝セレナ……〟」
後は呪文を唱えるだけで魔法が発動する、まさにそんな時だった。
マキの操縦するモーターボートが、波しぶきと共に陸地に乗り上げてきたのは。
「リカ! 今すぐアタイと一緒に元の場所に瞬間移動しな!」
マキはボートを乱暴に乗り捨てるや否や、リカのもとに駆け寄った。
「どうしたの、マキちゃん☆ そんなに慌てて☆」
「ルナの奴を倒したんだが、この通りステッキが破壊されてトドメを刺せない! アンタが代わりにあいつを殺してくれ!」
それを聞いて、セレナと来果に戦慄が走った。
「ルナさんが負けた!?」
「そんな! 嘘だ! 絶対に嘘だ! ルナ先輩が負けるはずがない!」
二人とも、殆ど悲鳴に近いような声だった。
「ヒャハハハハ! 残念だったねぇ! まあ、あいつも頑張ってたけど、所詮アタイの敵じゃなかったってことさ!」
マキの高笑いが、セレナと来果の心に鋭く突き刺さる。
「そんな……」
「ルナ先輩……」
絶望的な事態を前に、二人が戦意を喪失していた。
海の方から自信に満ち溢れた声が聞こえたのは、そんな時だった。
「おいおいマキ。法螺を吹くのもいい加減にしろよ。誰がお前に負けたって?」
「ルナさん!」
「ルナ先輩!」
セレナと来果が歓喜の叫びをあげた。
一方で、マキは我が目を疑っていた。
勿論、先ほどまで瀕死の状態だったルナが自分を追いかけてこれるほどに回復しているのも驚きだったが、それ以上に彼女を驚かせたのは、ルナと一緒にいる二人の少女の存在だった。
空中浮遊の魔法で宙に浮かぶ澪と、自分の箒にルナを乗せるなゆた。
マキにとっては、まさに晴天の霹靂のような出来事だった。
「新たな魔法少女だって! しかも二人!?」
「どういうことなの、マキちゃん!? あの子たち、まだ仲間を隠していたってこと!?」
「いや、メルヴィルの国の領土は3つだったハズだよ! ありえない!」
混乱するマキの瞳に、ルナの肩の上に乗るメルヴィルとは別の白い猫のような精霊が映った。
「まさか!? 別の国の魔法少女なのかい!? その二人は!? どうなんだい!? 答えな、ルナ!!」
「そうさ。こいつらはルーニャの国の魔法少女、なゆたと澪だ」
「馬鹿な!? ありえない!!! この戦いでは自国の仲間以外は全て敵のハズだ! 国同士が同盟を結ぶなんて、絶対にありえない!」
混乱するマキに対し、ルナは邪悪な笑みを浮かべて言った。
「フハハハハハハ! その程度の浅い考えじゃ、千年経ってもお前は俺に勝てないぜ!」




