4. 警察? そんなの即死魔法で皆殺しにすればいい
「すごいワン。ルナ」
俺がバビロンの亡骸をその辺のゴミ箱へ放り込むのを見届けると、メルヴィルは興奮した様子で近づいてきた。
「いきなり闇属性最高クラスの呪文、ルーナ・モルテムを発現させるなんて、流石は僕の見込んだ――」
メルヴィルは続きを言うことなく吹っ飛んだ。
俺が右足で強烈なローキックをお見舞いしてやったからだ。
「ぐええええ! 痛いワン! 何するワン!」
「何するワン、じゃねえ! お前のせいで俺は妙なことに巻き込まれたんだぞ! 本当なのか!? さっきお前とバビロンが言ってたことは!?」
「僕らの世界の戦争のことワン? それだったら、全部本当だワン」
……ちっ、本当に妙なことに巻き込まれたもんだぜ。
なんで他の世界の戦争の代理を、俺たち人間の女の子がやらなきゃならないんだ。
理不尽すぎる。
自分たちのことぐらい、自分たちで解決しろってんだ。
「なあ、力をもらっておいてから言うのも何なんだが、抜けることはできないのか?」
確かにこの力はすばらしいし、ずっと俺が望んでいたものではあるが、流石に命懸けの戦いを義務付けられるような代償は困るぜ。
「抜けるって、魔法少女を辞めたいってことワン? それは無理だワン。一度魔法少女になった人間のリタイアは認められないのワン。リタイアできるのは敵に倒された時、つまり死んだ時だけだワン」
随分あっさり言ってくれるじゃねえか。
ま、リタイアが無理なことくらい、最初からわかっていたけどな。
この戦いのルール上、一度魔法少女になった人間が抜けることは精霊側にとっては不利益でしかない。
せっかく手に入れた枠の一つが減っちまうんだからな。
「…………」
俺は先ほど自分が倒した魔法少女、アカネの遺体へと目を向けた。
「(この姿は、目に焼き付けておいた方がいい。俺も、いつかはこうなってしまうかもしれないのだから……ん?)」
ふと、アカネの遺体に異変が起きているのを発見した。
仰向けになって倒れる彼女の胸から、先ほど俺が力を得るのにメルヴィルから貰ったのと同じ、〝輝く石〟が飛び出て、数センチほど宙に浮いていたのだ。
「おい、メルヴィル、あれ……」
俺が輝く石の方を指差すと、メルヴィルは慌てたように、
「あ、すっかり忘れていたワン!」
と、アカネの死体の傍まで行き、大きく口を開けた。
すると、どうしたことだろう。
輝く石は、ゆっくりとメルヴィルの口の中に吸い込まれていった。
「おい、今の石は一体何なんだ?」
「マナ・クリスタル。キミたち人間の少女に力を与えるのに必要な、魔力の結晶だワン」
「なるほど。敵の魔法少女を殺すと、今みたいにその魔法少女が持っていたマナ・クリスタルが手に入るってわけか。バビロンが言っていた、〝相手の魔法少女を倒せば、代わりに自分の魔法少女を増やせる〟 ってのは、つまり、こういうことだったんだな」
「そうだワン。もうわかってるとは思うワンが、さっきルナに渡したのは、セレナが他の魔法少女から勝ち取ったマナ・クリスタルだワン 」
……やはり、セレナの奴も、他の魔法少女を倒していたのか。
「お前の魔法少女は現状、俺とセレナだけなのか?」
「そうだワン。だから、あのままセレナがやられていたら、とてもマズかったのワン。ルナには感謝してもしきれないのワン」
俺は別にこいつに感謝されるためにやったわけじゃないんだけどな。
「今アカネを倒したことで手に入れたマナ・クリスタルで、もう一人魔法少女を増やせるんだろ? 」
「その通りだワン。これで僕が力を与えられる魔法少女の数が3人になったのワン」
「誰か3人目のアテがあるのか?」
「それも今のところいないのワン。ただ候補を見つけるだけなら簡単ワンが、僕はルナやセレナのような強い魔法の素質を持った子がいいのワン。でも、そんな子はなかなかいないのワン。現に、僕はルナを見つけるのにかなり時間がかかったワン」
「ふーん。でも、いつかは決めなきゃならないんだろ?」
「そうだワン。新たな魔法少女の任命は、敵の魔法少女を倒した日から、13日以内にしなければならないとちゃんと決まってるのワン」
「やっぱり、日数による制限はあるか……。じゃなきゃ、いつまでも魔法少女を任命しないことで、戦いをワザと遅延させる奴が出てくるもんな」
「その通りだワン。ちなみに、13日を過ぎると、地球上にいる女の子から一人がランダムに魔法少女に任命されるワン。その時点で、その子は誰の配下にも属していないから、その子と最初に接触した精霊がその子を配下にできるのワン」
ようするに、早い者勝ちになるってわけか。
このルールはなかなか興味深いな。
俺の考えが正しければ、これが重要になってくる局面が必ずやってくることになる。
まあ、そのことは後々ゆっくり考えるとして……。
「――ん?」
「どうしたワン?」
「静かにしろ!」
メルヴィルの口を塞ぎ、耳を澄ませる。
ウー……、ウー……。
これは……パトカーのサイレン?
どんどんこっちに近づいて来ている。
……そりゃ、あれだけ暴れりゃ、警察が来るのも当たり前か。
ちっ、ミスったぜ! メルヴィルを問い詰めるのは、場所を移動してからにすれば良かった!
「マズイ、こんなところで呑気に話してる場合じゃなかった。早く逃げよう」
俺は地面に倒れ込んでいるセレナを抱き起こしたが、彼女はまだ動けるほど回復しておらず、俺も一応か弱い中学生女子であるから、セレナを背負って逃げるだけの力はない。
こいつは俺の仲間みたいだし、俺を守るために戦ってくれたのだから、見捨てるのも忍びないし、どうすれば……。
あれこれ策を講じている内に、路地の入口に、パトカーが止まった。
ゲッ、退路が絶たれた。
反対方向に逃げる手もあるが、一本道な上に、公道までは距離がある。
動けないセレナ+リス一匹を引きずって逃げきるにはちょっと不可能な距離だ。
「しょうがない。こうなったらルーナ・モルテムで警官を皆殺しにして正面突破するしかないな」
「ひいいいい! なんて恐ろしいことを考える魔法少女だワン! 怖いワン! この娘、怖いワン! お巡りさん、早く逃げてワン!」
「うるさい! 他に方法はないだろ! 客観的に見たら、俺はコスプレした殺人犯だぞ! それに、警官ってのは職務中に死んだら、
殉職って言って二階級くらい特進できるんだ! キャリアも人脈も学歴もない平巡査ごときがそれくらい出世できたら、それで本望だろう!」
「違うワン! 絶対に本望じゃないワン!」
「……ルナさんが魔法を使う必要はありません」
そう言ったのはセレナだった。
「おい、お前、動いて大丈夫なのか!?」
「ええ。少しくらいなら。とりあえず、ここは私に任せてください」
セレナは右手に持っていたステッキをギュッと握り締め、呪文を唱えた。
「〝クラルティア!〟」
………………
…………
……ん?
何も起こらないぞ?
瞬間移動でもするのかと思ったら、さっきからいる裏路地から一歩たりとも動いちゃいない。
「おい、どういうことだ?」
「シッ! 静かに! このまま音を立てずにゆっくりとここから離れましょう」
「は?」
そんなことしたら、警官に捕まっちまう……ん? 待てよ?
俺はとあることを思い出した。
なるほどな。そういうことか。
俺は静かに頷くと、セレナに肩を貸しながら、パトカーから出てきた警官の横をゆっくりと素通りした。
警官は俺たちには目もくれず、路地に転がっていたアカネの死体のもとへと駆け寄り、大慌てで無線を使って応援を呼んでいた。
やはりな。思った通りだ。
セレナが最初に俺を空から見張っていた時に使ったと言っていた透明化魔法。
それがさっきの呪文で間違いないだろう。
つまり、あの警官は俺たちの姿を認識できないのだ。
つくづく思う。
魔法って便利だな、と。
・今週の呪文
クラルティア: 呪文を唱えた時、自分及び、自分に触れていた人間の身体を透明にして、敵に見つからないようにするぞ。(使用者 柊セレナ)
・次回の更新は一週間後を予定しています。感想・評価などをいただけると、大変嬉しいですし、励みになります。