39. そこにいたのは……
「形勢逆転だなぁ、マキ」
勝ち誇った表情で、俺はマキにステッキを突きつけた。
マキのステッキは先ほどの石化魔法と闇の魔導波のコンボ攻撃により、大破している。
俺たち魔法少女はステッキを握り、呪文を唱えないと魔法が使えない。
つまり、今のマキは完全なる丸腰!
俺の魔法への対抗手段はない!
これで終わりだ!
「〝ルーナ……〟」
俺はとどめの即死魔法を放とうとした。
が、しかし……。
「ぐぁ……」
突然の激痛に、俺はその場に倒れこんだ。
「ルナ! ルナ! どうしたワン!?」
メルヴィルが駆け寄って来る。
リス型の精霊は俺の腹部から流れる血を見て、ギョッと眼を見開いた。
「血がいっぱい出てるワン! さっき鉄球を喰らった時の傷が広がったのワン!?」
「ああ……。海を……泳いだり……強力な魔法を……連発したりで……無茶しすぎたらしい……」
くそっ! 激痛で呼吸が荒くなって、うまく話せない!
ちくしょう! あと一歩なのに!
ルーナ・モルテムさえ当てれば、こいつを倒せるのに!
身体に力が入らない!
血と一緒に、全身のエネルギーが流れ出ていくような感覚だ!
くそっ! 動け! 動けぇ!
せめて再びステッキの照準をあいつに合わせることさえできれば、後は気合で呪文を唱えきってやるのに!
「ふん……。何だかよくわからないけど、もう一度形成が逆転したみたいだねぇ」
マキが脇腹を押さえながら、よろよろと立ち上がる。
「魔法は使えなくても、アタイにはアンタの首を絞めて殺すくらいの体力は残ってるよぉ」
「それは駄目だっピー、マキ!」
「何!? どういうことだい!? バーナード!?」
「この戦いは魔法以外の方法で相手を殺してはいけないんだっピー!」
「何だって!? そういうことはもっと早く言いな!」
「ゴメンっピー! まさか、魔法以外で敵を殺さざるをえないようなシチュエーションが来るなんて思ってもいなかったんだっピー!」
「ちっ、なんてこったい!」
マキは苛立たしげに地面を蹴った。
はっ、ざまぁねえぜ。
魔法以外で敵を殺すことができないとは俺も初耳だったが、こいつは嬉しい誤算ってやつだ。
しかし、安心してばかりもいられない。
俺もマキも、この状況では魔法が使えず、相手を殺すことができない。
だとすれば、マキがとる行動はただ一つ――。
「ちっ、ならしょうがないねぇ。向う岸で戦ってるリカの所まで行ってくるしかないか。アタイが呼びに行って、リカの瞬間移動魔法で再びここに戻って来る。少し癪だが、こいつを殺す役目はリカの奴に任せることにするよ」
「それが良いっピー。マキのステッキを修復するには長い時間がかかるっピー。今はそれがベストだっピー!」
「よし、じゃあ行ってくるよ。バーナード、あんたはここでこいつを見張ってな!」
そう言い残すと、マキは傍に停めてあったモーターボートに飛び乗った。
独特のエンジン音を轟かせ、ボートは凄いスピードで対岸へと向かって行く。
普通、停泊している船に鍵はつけっぱなしになってはいない。
だとすると、あのモーターボートは予めあいつらが用意していたものだろう。
俺を倒したらすぐに向う岸にいるリカとかいうもう一人の魔法少女に合流できるように……。
見た目に反して、なかなか用意周到な奴らだぜ。
確かにこれなら、あの鳥が飛んで呼びに行くよりは早いな。
……なんて、感心している場合じゃない!
現状、俺はかなりのピンチに立たされている。
あのスピードだと、マキは数分でリカを連れて戻ってくるだろう。
……いや、帰りは瞬間移動で済むと考えると、その半分の時間か。
くそ、だめだ! 痛みで考えが鈍ってる!
おまけに意識がだんだんと遠のいていくのがわかる。
この分じゃ、リカがここに到着するよりも前に、出血多量で死んじまいそうだ。
「……ワン! …………ワン!」
メルヴィルが何やら叫んでいるが、もう俺の耳には聞こえない。
……ああ、俺、このまま死んじまうのか。
セレナに来果……。
最後まで一緒に戦えなくてすまないな……。
奴らが俺を殺しにここに来る間に、お前たちだけでも逃げてくれ……。
ついでにメルヴィル、お前も早く逃げ……。
俺の意識は、そこで途切れた。
☆☆☆☆☆
どれくらい時間が経っただろう。
「〝二ル・ヒーリア!〟」
頭上から聞こえる呪文の声。
それとともに、俺の身体が暖かい光に包まれる。
気持ちいい……。
傷口がふさがり、出血も止まる。
身体中にエネルギーが溢れてくる。
そこで、俺は自分が誰かの膝の上に寝かされていることがわかった。
その誰かが、俺に魔法をかけて傷を治してくれたのだ。
誰だ……?
セレナ? 来果? まさか、メルヴィルか……?
俺はゆっくりと眼を開いた。
眩い光に一瞬、眼がくらむ。
心配そうな顔で俺を見下ろすそいつの顔が、徐々にはっきりとした輪郭をおびていく。
「お、お前は……!?」
「ルナちゃん、大丈夫!?」
そこにいたのは、なゆただった。




