32. 新たなる敵
あれから実験を色々重ねた結果、即死魔法について、以下のことがわかった。
一日に唱えられる回数は4回が限度。
それ以上撃てば、精神が擦り切れて、なゆた戦の時みたいにブッ倒れて数日間寝込んじまう。
来夏の時間操作の結界は魔力は回復できても、擦り切れた精神力までは治せないので、これを使ってルーナ・モルテムの使用回数を増やすことはできない。
射程範囲は、10メートル程度。
当然ながら、近づけば近づく程、命中率は上がる。
普通の服や、魔法少女のコスチュームくらいの装備なら、その上から当てても効果はある。
相手が機動隊並みの重装備だったらどうなるかは不明。
「この点についてはまだ検証の必要あり……と」
実験の結果や魔法についての考察を記録していたノートに、そう書き込むと、俺はペンを置いた。
眼前では教師が黒板に数式を書き込み、一生懸命に解説をしている。
今は、三時間目の数学の授業中。
クラスメイトの大部分は真面目に黒板に書かれたことをノートに写している。
セレナの方を見ると、こいつも真剣な顔で教師の解説に耳を傾け、せっせとノートにペンを走らせていた。
魔法少女になってからは、なるべくセレナや来果と行動を共にすべく、不登校をやめてちゃんと学校に行くようになった俺だったが、やはり学校の授業は退屈で、いつもこうやって魔法の実験結果の考察をしながら時間を潰している。
「よーし、じゃあ残り時間も少ないから、昨日やった小テストを返すぞ!」
教師の言葉に、教室に「ええ~!」という不平の声が広がる。
テストなんかどうでもいい俺は、再び魔法の考察を記したノートに目を通した。
ふむ……。
ルーナ・モルテムを始め、呪文の効力については大分わかってきた。とりあえず、次にやるべきは、魔法少女の戦いを勝ち抜くための戦略の確立……。
「出席番号順に取りに来いよ、まず相田~」
「はい」
「次はもっと頑張れよ」
「げえ! 35点ってマジかよ! 先生、採点ミスじゃないよね!?」
「はっはっは、そんなわけあるか。ちゃんと勉強しろ」
ここでクラスがドッと笑いに包まれる。
俺には関係ないので、それを尻目に考察を続ける。
敵の魔法少女を殺し、奪ったマナ・クリスタルを使って自分の仲間を増やす……。
この戦いは、魔法少女のチームを国、マナ・クリスタルを領土に見立てた〝帝国主義ゲーム〟そのもの。
だとすれば、前にセレナやメルヴィルにも言ったように、国の全兵力を率いて、敵国から確実に領土を奪い取り、〝大国〟を目指していくのが正攻法。
人間界に存在するマナ・クリスタルの数は13個。
ならば、中間目標として過半数の7個を手に入れることを目指すのが普通。
そうすれば領土・兵力ともに他のどの国にも負けない超大国になることができ、圧倒的に有利……。
現在、俺たちの国の領土は3……。
これを倍以上に増やすとなると、一見難しく思える。
だが、俺の考えが正しければ……!
「次、柊~」
いつの間にか、テストの返却はセレナの番になっている。
「よく頑張ったな。えらいぞ」
「あ、ありがとうございます!」
セレナはハニカミながら、テストを拝領すると、自分の席に戻って行った。
即座に、彼女の周りの席の女の子が話しかける。
「セレナちゃん、何点だったの?」
「98点です」
「うわぁ、すごーい! いいなぁ!」
まあ、俺が教えてやったのだから、当然といえば当然の結果。
さて、「は行」のセレナまで名前が呼ばれたってことは、半分以上は過ぎているな。
俺の苗字は芳樹だから、小学生の時から出席番号はいつも後ろの方。このクラスに至っては最後尾だ。
まあ、ひとつ前の奴が呼ばれてから席を立つ準備をしとけばいいだろう。
ええと、俺の前の出席番号の奴は確か――。
「次、山田~」
「はい!」
やせ型で丸メガネの滝廉太郎みたいな男子生徒が元気よく起立し、教壇に向かう。
「クラス唯一の100点だ。すごいぞ」
「クラス唯一!? 僕が!? ってことは! やった! ついに芳樹さんに勝ったぞぉ!」
その瞬間、クラス中に、どよめきが起きる。
「何っ!? 山田が勝った!?」
「芳樹さん、100点じゃなかったってこと!?」
「革命だ! このクラスで今、革命が起こった! 山田革命だ!」
「やったな! 山田! 塾、三つも通った甲斐があったな!」
「ありがとう、みんな! ありがとう!」
……どいつもこいつも大げさだな。
たかが数学の小テストくらいで。
にしても、100点じゃないとしたら、俺は何点だったんだ?
間違えるような問題はなかったと思ったけど……。
まあ、たぶんケアレスミスで1点か2点引かれたんだろう。
「最後、芳樹~」
「は~い!」
席を立って、教壇に向かう。
みんな、俺の点数が気になるのか、大騒ぎをやめて、こちらに注目する。
心なしか、視線で背中が痛い。
テストを取りに来た俺に、教師は予想外の言葉をかけた。
「おめでとう。今回もお前が最高点だ」
「へ?」
意味が分からず、返却された答案を見ると、名前の横に赤で大きく101という数字が書かれていた。
「いやぁ、すまん。先生のミスで、設問の配点を合計したら101点になっていたんだ。だから、今回だけは101点満点のテストになってしまったんだよ」
その時、後ろで何かがひっくり返ったような鈍い音がした。
「きゃああああああ! 山田君、しっかりして!」
「おい、山田がショックで気絶してるぞ!」
「大変だ! 保健委員! 保健の先生を呼んでこい!」
……上げて落とす、 か。
☆☆☆☆☆
昼休み。
来果を交えた俺たちメルヴィルの国の魔法少女三人は、屋上に集まって、先ほどの数学の授業の話で盛り上がっていた。
「それはその山田って人も災難でしたね。来果も見てみたかったです」
「大変だったんですよ。クラスの男の子と数学の先生が担架で山田くんを保健室まで運んだり」
「あはは。ますます見てみたかったですね。にしても、見事に101点満点を取るなんて、さすがルナ先輩」
来果が自分のことのように目を輝かせる。
「中学で習うことくらいで満点取ってもな……」
昔はテストで百点取ると、母さんが喜んでくれたから、俺も嬉しかったんだけど、今となっては量産しすぎて、飽和気味だ。
「ルナさんがあまりに満点取るから、先生も満点封じのために問題難しくしてくるって、他のみんなは困ってましたよ。もちろん、その中に私も含まれてますけど」
「おいおい、俺は何も悪くないぜ。教師がいい加減、それが無駄なことだって気づいてくれればいいだけだ」
数学は他の教科と違って、「知らないと解けない」ってことはない。
例えば歴史だったら、重箱の隅をつつくような問題を出せば、その知識がない限り解答できないので、簡単に難問は作れる。
が、数学なら、どんなに難しい問題でも、発想次第で解けてしまうので、基本的な公式や定理さえ知っていればいいというわけだ。
もっとも、ホッジ予想やリーマン予想なんかを出された日にゃ、流石の俺もお手上げだがな。
「そんなことより」
と、俺は周りに他の生徒がいないのを確認して本題に入った。
「お前ら今日の夜のことは大丈夫だろうな?」
二人の顔つきが変わり、和気藹々とした空気が一変した。
「いよいよ今夜が実験の最終段階だ。今回は相手も手ごわいから気を引き締めろよ」
☆☆☆☆☆
深夜。
海沿いの倉庫街。
前に実験で葬った奴らの話では、最近この場所で街の暴力団たちがヤバイ薬やら拳銃やらを密売しているって話だ。
銃器で武装したヤクザども――実験の最終段階としては、相手にとって不足はないだろう。
俺たちメルヴィルの国の魔法少女は、気を引き締めてその場所に足を踏み入れた。
「こ、これは……」
目の前の光景に、俺たちは言葉を失った。
黒服に身を包んだ、大勢のガラの悪い男たち――彼らは確かにそこにいた。
既に息絶え、死体の山となった状態で……。
誰の仕業かは、一目瞭然だった。
彼らの死体をないがしろに踏みつけ、俺たちを見据える少女が二人と、その側を飛ぶ赤い鳥が一匹――――。
「来たッピー。敵の魔法少女だっピー」
「こんなお嬢ちゃんたちが相手なの? ぶっちゃけ弱っちそうじゃない☆」
「カンケーないね。誰が相手でも殺すだけさ。アタイたち、バーナードの国の魔法少女がね !」




