31. 外道名探偵ルナ
三十分後。
少し離れた所にある廃工場前に、俺たちは箒に乗ってやって来た。
工場の中に入ると、そこにいた男が俺たちの足音に気がつき、勢いよくこちらに振り向いた。
「だ、誰だ!?」
「お前に名乗る名前なんかねえよ。銀行強盗団の五人目のメンバーさんよぉ」
「っ!?」
男の顔に、困惑と動揺が広がっていく。
やはり、図星だったか。
「まあ、正確に言えば、お前にとって残りの四人は本当の計画を遂行するための捨て駒に過ぎなかったようだがな。つまり、そこにいる菱井物産の社長令嬢、菱井綾香ちゃんの身代金目的誘拐事件の計画だ!」
俺は男のすぐ側に倒れている少女を指さした。
まだ生きているようだが、ガムテープで口と目を塞がれ、後ろ手に縛られている。
この様子だと、やはりあの銀行からそのままここに運ばれたようだ。
「お前、なぜ俺の計画を……いや、その前にどうしてこの場所がわかった!?」
「ここにいる来果のおかげさ。こいつが銀行強盗事件の直前、その子にブレスレットを渡していたんだ。スマホで位置が特定できる発信機入りの特製ブレスレットをなぁ」
「発信機だと……」
男は憎々し気に、少女の手首にはめられたブレスレットを睨みつけた。
「おそらく、最初お前は単独でその女の子を誘拐しようとしていたんだろう。だが、その子の周囲を調べるうちに、厄介な問題があることがわかった。この子の身を守る屈強な二人のボディーガードの存在だ。あの銀行にもいただろ? あの背広姿の男二人さ」
「…………!」
「一人であの屈強なボディーガードを制圧するのは、いくら拳銃をもってしても骨が折れるし、かと言って仲間を増やしたら、その分、自分の分け前が減っちまう。セコいお前は、どうやったら自分の儲けが最大になるかを考えたわけだ」
「…………!」
「そうして考えたのが、この銀行強盗を隠れ蓑にした誘拐事件だ。ネットか何かで捜した他の四人には銀行強盗を持ちかけ、その子の母親が、毎月決まった日に利用する銀行を襲撃する。そして、銀行を占拠してすぐに、人質の中からその子を誘拐し、自分だけが裏口から脱出する。おそらく、他の仲間には『子供がトイレに行きたがっているから、やかましいので連れて行ってくる』とでも言ったんだろう」
「…………!」
「俺がお前の計画に気づいたのは、その子の母親のあまりにも挙動不審な態度だ。可哀想なくらいにパニックになってたぜ。たぶん、お前は誘拐するとき、その子の母親の耳元で『娘はあずかった。この場から娘が消えたことを警察に言ったら、娘の命はない。詳細は家に帰ったあとで旦那にでも聞け』とでも言ったんだろうな。だから、あの母親は、来果に、娘なんていないって嘘を吐くしかなかったんだ」
「な…………!」
「まあ、そこそこよくできた計画だとは思うぜ。なんせ警察は目の前の銀行強盗事件の方に気を取られるから、その間にお前はその子の父親と身代金受け渡しの取引が楽にできるし、事件が発覚する頃には、奪った金と一緒に海外に逃亡できる。銀行強盗も、ワザと素人同然のあんな連中を集めて、初めから失敗して篭城になるように仕組んでいたんだから、流石の俺ももう少しで騙される所だったよ。確かに考えて見れば、銀行の支店に強盗に入るよりも金持ちの娘を誘拐する方が成功率も得られる金額も高いからなぁ」
「なん…………!」
「もっとも、俺ならこんな面倒なことはせず、さっさと拳銃であのボディーガード二人を殺しちまってから誘拐するだろうがな。お前には殺人を犯す度胸すら無かったってことだな」
「何なんだお前は! どうしてそこまで見てきたように何でもわかるんだ!?」
今まで目を見開いたまま、餌を欲する金魚のように口をパクパクさせて俺の推理を聞いていた男が、たまりかねた様子で叫んだ。
「推理しただけだよ。現場の状況から考えて、最も合理的な解答を出しただけだ」
「推理……?」
「そうだよ。推理小説とかでよく探偵役がやってるだろ」
俺のその言葉に、男は緊張の糸が切れたのか、突然狂ったように笑い始めた。
「ハハハハハハ! こいつは名推理だな、名探偵! だが、お前の推理には一つ修正すべき点があるぜ!」
「ほう、どこだ?」
「こいつが単に金目的だけの誘拐じゃねえってことさ! こいつは復讐も兼ねてんのよ!」
「復讐?」
「 そうさ! 俺の親父は昔、でかい会社の社長をやっていたんだ! ところが、ある日突然、このガキの親父に会社を乗っ取られたんだよ! おかげで俺たち家族は一気に借金まみれの貧乏生活になっちまった! そこからは俺の人生の歯車が狂いっぱなしよ! 大学を中退して働かなきゃならなくなった! 俺が良いトコのお坊ちゃんじゃなくなったと知るや否や、女どもは去っていった! 今じゃ、その日の食うにも困るフリーターよぉ! これもみんなこのガキの親のせいだ!」
「甘ったれんじゃねえ!」
「っ!」
「競争で破れた結果の惨めな人生を勝者のせいにしての逆恨みなど、腐った負け犬のすることだ! 貴様、この国をどこだと思っている? 仮にもアメリカに次ぐ、世界で二番目の資本主義国家だぞ? 競争の結果、敗北者が苦い汁を吸うのは当たり前だろうが!」
「ぐ……」
「弱肉強食こそ世の中の理なり! お前のように、親や先祖が得た権威を自分の力と勘違いして生きてきた人間は、それまではその理を、他者を虐げる武器に使っていながら、いざ自分が虐げられる側に転落すると、手のひらを返して、その理を批判する! そして、社会が悪い、世の中が悪い、政治家が、金持ちが、権威ある者が全て悪いと、泣き喚く! その愚かしさがわからねえのかぁ!」
「ぐが……」
男は、俯いたまま黙り込む。
しかしやがて、顔を上げると、狂ったようにこう叫んだ。
「黙れ! 黙れ! 黙れよぉ! ちくしょおぉ! お前なんかに何がわかんだよぉ!」
その手には、拳銃が握られている。
「死ねぇ!」
バァン! バァン! バァン!
廃工場に響く三発の銃声。
だがそれは俺たちの身体に触れることはなかった。
「〝シルディア!〟」
セレナの出した盾が、銃弾から俺たちを守ってくれたのだ。
「くそっ! 何なんだよ、その盾はぁ!」
バァン! バァン! バァン!
男はなおも連射するが、拳銃の弾程度で、セレナの魔法の盾は破れはしない。
「ぐ……」
カチッ! カチッ! カチッ!
「弾切れですね。さあ、大人しく降伏して、警察に行きましょう」
盾を消して、セレナが前に進みでる。
「よせ! セレナ! そいつは何をするかわからない!」
俺がそう叫んだ時だった。
「くらえ!」
ゴンッ!
鈍い音と共に、セレナの体が真横に倒れる。
男が手にした鉄パイプで思いっきり殴りつけたのだ。
「セレナ!」
「セレナ先輩!」
俺と来果はすぐにセレナに駆け寄った。
「私は大丈夫です」
セレナはそう言うが、頭からは血が出ていた。
「ひゃはははは! その娘がいなけりゃ、さっきの妙ちきりんな盾も出せまい! 一人ずつこの鉄パイプで頭をくだいてやるよぉ! てめぇら全員ぶっ殺した後で、このガキの親から金をふんだくって、俺の狂った人生を元に戻してやるんだよぉ!」
野郎ぉ!
素直に反省すりゃ、気絶させて警察につき出すだけにしておいてやるつもりだったが、もう許さねえ!
「死ねえええ! ガキども~!」
「そんなに狂った人生が嫌なら、俺がピリオドを打ってやるぜぇ!」
死ねぇ!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
「ぎゃああああああああ!」
どす黒い闇が、男の身体を包み込む。
男の身体が地面に倒れた時には、もうそこに命は宿っていなかった。
その後、セレナは回復魔法をすぐに唱えたので、頭の傷はすぐに治った。
誘拐された少女、菱井綾香も家の前まで箒で運んでやった。
これは後で知ったことだが、どうやら一連の騒動の間、あの子はずっと恐怖で気を失っていたらしく、憶えているのは、銀行に強盗が入ってきて目にガムテープを貼られたところまでだったらしい。だから、自分が誘拐されたことも、俺たちが廃工場から自分を救い出したことも、彼女は知らないのだ。
かくして、銀行強盗事件及び、女児誘拐事件は集結したが、その解決に俺たちメルヴィルの国の魔法少女が大きく関わっていたことは、警察も世間も気づいていないのだった。
☆☆☆☆☆
――同時刻。とある廃墟ビルの一室にて。
精霊からの報告を受けた魔法少女の一人は、邪悪な笑みを浮かべていた。
「ふーん。それじゃあ、敵の魔法少女を見つけたってわけだね?」
「そうだっピー! 少なくとも三人はいるみたいっピー! 」
「こっちより一人多いってわけか。まあ、こいつの魔法があれば、戦力の差なんてあってないようなもんだけどね。な? そうだろ?」
「そうだね☆ ここはマナ・クリスタルが三つも手に入ることを喜ぶべきじゃん☆」
話を振られたもう一人の魔法少女も、これまた邪悪な笑みで顔を歪ませる。
「そうだっピー! メルヴィルの国を潰して、オイラたちが一気に仲間を増やすチャンスだっピー! この戦い、必ずこの〝バーナードの国〟が制すっピー!!!」
<32話に続く>
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