3. 外道魔法少女、誕生
※前回更新分の「2. 精霊メルヴィルとセレナの魔法」のお話に、エピソードを追加していますので、未読の方はまずそちらからご覧ください。(2018.12.14)
「〝ウォーゲーム〟だと?」
この場にはあまりにも馴染まない単語に、俺は思わず訊き返してしまった。
「そうさ。ルールは簡単。まず、あたしやメルヴィルのような精霊が計13匹、この人間の世界にやってきて、それぞれ一人ずつ人間の少女を選び、魔法の力を与える。この国の既存の言葉で言えば、〝魔法少女〟ってわけだね。そして、その選ばれた魔法少女たちは、あの通り互いに殺し合いを始めなければならない」
バビロンは、未だ戦いを続けているセレナとアカネを見ながら言った。
「殺し合いだと?」
「勝利条件は相手を殺すこと。これがこの戦いのルールなのさ。そして、戦いに勝った――要するに相手の魔法少女を殺した――魔法少女の精霊は、新たにもう一人、別の人間を魔法少女にすることが出来るのさ」
「新たにもう一人!? じゃ、じゃあ、メルヴィルとセレナが俺に魔法少女になれって言ってたのは……」
「なんだい。やっぱり、メルヴィルはあんたを魔法少女にするつもりだったんだね。そうさ。おそらく、今アカネと戦っているあのお嬢ちゃんも、誰か別の魔法少女との戦いに勝ったんだろうさ。そして、その精霊であるメルヴィルには別の少女、つまり、あんたを魔法少女にする権利が与えられた」
「そんな……」
あの虫も殺さぬような顔をしたセレナが、既に別の魔法少女を殺していたなんて……。
「まあ、メルヴィルのことはさて置き、こんな風に私たち精霊は敵の魔法少女を殺すことで、自分の魔法少女を増やしていく。これがどういうことかわかるかい?」
「…………」
最初に存在する魔法少女の数は精霊の数と同じ13人。
そいつらが互いに殺し合いを始め、勝った魔法少女の精霊は、新たな魔法少女を獲得できる。
つまり、13人の魔法少女から一人が消えれば、別の人間が魔法少女になる……。
一人が消える代わりに、一人が入る……。
ということは、人間界に存在する魔法少女の数は必ず13人。
しかし、この場合、消える魔法少女と入る魔法少女は必ず別の精霊の配下になる……っ! まさか!
「競ってるんだな! お前ら精霊は! 魔法少女の数を! 政党が国会の議席をどれだけ自分の党の人間で埋められるかを競うように! 13人という魔法少女の定員を、自分の配下の人間でどれだけ埋められるかを競ってるんだろ!」
「ほう。なかなか賢いじゃないか。これだけの説明でそこまで理解できるなんて。一つだけ補足しておくと、あたしたちの目的は、その13の枠を全て自分の配下の魔法少女で埋めることさ。それがこの戦いの勝利条件なんだからね」
「勝利条件って……。勝ってどうするんだよ!? お前ら精霊は何の為にこんな戦いをするんだよ!?」
「言っただろう? これはウォーゲームだって。戦争の代わりなんだよ、これは。あたしたちの世界のね」
「戦争の代わり……?」
「そうさ。こっちの世界と同じように、精霊の世界も戦争が絶えなくってね。あんたたちが科学の力で作った武器で戦うのと同じように、あたしたちは魔法の力を戦いの武器とした。違いといえばそれくらいさ。戦争の悲惨さはあんたらもよく知ってるだろう? 大きな戦争が起きるたびに、たくさんの命が犠牲になり、文明が滅びかけたのさ」
「…………」
「武力による紛争の解決は最早避けられない。話し合いでの解決なんて、所詮は綺麗事だからね。そこで、あたしたちの先祖は考えた。戦争の舞台をこの人間界に移すことで、被害を最小限に抑えようとしたのさ。数カ国が絡むような世界大戦が起こった場合、各国の代表を一人ずつこの人間界に送り込み、魔法の力を人間の少女に与えて代理戦争をさせる。この代理戦争に勝利した国があたしたちの世界での戦勝国になり、魔法契約により、敗戦国は戦勝国の戦後処理に従わなければならない。どうだい? なかなかよく考えられた平和的なシステムだろう?」
「何が平和的なシステムだ! ふざけたことぬかしてんじゃねえ! 自分たちは決して傷つかず、人間の女の子をゲームの駒として使う……。お前らのやってることは、奴隷同士に殺し合いをさせて、どっちが勝つかを賭けていた古代ローマの野蛮人たちと同じだ!」
「おやおや、 野蛮人とは心外だね 。こっちはあんた達に見返りとして魔法という人知を超えた力を与えてあげてるんだよ。それに、こっちも力を望んでいる人間にしか、魔法少女の勧誘はしていない」
ここでバビロンは一旦言葉を切って、クイッと鼻先でアカネの方を示した。
「例えば、あのアカネは元々いじめられっ子でね。いつも同級生からいじめられていた。アカネに触れば呪いがつく、キモいから学校に来るな、同じ空気を吸うのも最悪……てな具合さ。でも、アカネはか弱い女の子だ。仕返しをする力もない。そこであの子は願った。〝あいつらを皆殺しにできる力を〟ってね。だから、あたしはあの子にその力を与えてあげたのさ。アカネに発現したのは炎の魔法だった。力を手に入れたあの子はどうしたと思う? クラスメイトの乗った遠足のバスを爆発させて皆殺しにしたのさ」
何がおかしいのか、バビロンは「ハッハッハ」と笑う。
……醜い哄笑だった。
犬を本気で絞め殺したいと思ったのは、これが初めてだ。
「何を怒ってる? メルヴィルがあんたの前に現れたということは、あんただって、力を欲する理由やそれを使いこなせる素質があるということだろうさ。どれ……おお、見えるぞ。あんたの心が。〝退屈な毎日から抜け出したい〟〝もっと刺激が欲しい〟〝世界を変えるような力が欲しい〟という本心が。あんたも人のことを言えないねぇ」
「だ、黙れ!」
「ククク。せいぜいいきがってな。あんたも魔法少女候補の一人だとわかった以上、アカネに始末してもらうからねぇ」
バビロンがそれを言い終わらない内に、俺の方へ何かが飛んできた。
それは、真っ白だったコスチュームを血で真っ赤に染めたセレナだった。
☆☆☆☆☆
「勝負あったようだねぇ」
バビロンは瀕死の重傷を負ったセレナを見下ろすと、四本足でアカネの方へ歩いて行った。
自分では戦いに参加できないというルールのため、俺たちに止めを刺すよう、アカネに言いに行くつもりなのだろう。
「おい、セレナ! 大丈夫か!?」
「……はぁ……はぁ……大丈夫です。……〝レフェクティオ!〟 」
セレナは最後の力を振り絞って呪文を唱えた。
すると、傷口がふさがり、出血が止まった。
どうやら回復系の呪文だったらしい。
だが、起き上がる程の回復は無理なのか、指一本動かせるのがやっとといった様子だった。
「おい、大丈夫なのか!? おい!?」
「大丈夫だワン。命に別状はないワン。でも、このままだと、どの道、あいつらに殺されちゃうワンよ」
メルヴィルの見つめる先にはこちらへ向かってくる、アカネとバビロンの姿があった。
アカネも大分ダメージを食らったらしく、足取りはゆっくりだった。
火炎弾を撃ってこないのを見ると、撃つだけの体力が残っておらず、直接剣で殺しに来るつもりらしい。
「ルナ、このままだと僕たち皆やられちゃうワン! 助けて欲しいワン!」
メルヴィルが必死にすがりつき、懇願してくる。
「俺にどうしろってんだ? 魔法少女になってあいつと戦えってのか? お前もあのバビロンとかいうやつと同じで、俺たちのことなんか戦争に勝つための道具としか思っていないんだろう?」
「そ、それは違うワン! 僕の国はむしろこの戦争のやり方に反対なんだワン! この戦争に勝ったら、戦勝国の特権で、こんな馬鹿なやり方を終わらせる戦後処理をするつもりワン! 信じて欲しいワン!
「…………」
「戦いに干渉しちゃいけないってルールのせいで、僕はずっと無力だったワン! セレナを守ってやれなかったワン! でも、同じ魔法少女ならセレナを守ってやれるワン! 一緒に戦うことができるワン! だから、僕はずっと味方になってくれる子を探していたんだワン! そして、ルナを見つけたんだワン!」
「…………」
「お願いだワン、ルナ! 僕を信じてくれワン!」
「…………信じるも信じないも、このまま何もしなけりゃ、俺まで殺されちまうだろうが!」
「ルナ……」
「俺に力を与えろ、メルヴィル!」
「わかったワン!」
メルヴィルは頷くと、小さい口を目一杯開いた。
すると、その中から光を帯びた結晶のようなものが出てきた。
「な、なんだよこれは?」
「それを手に取って、胸に当てるワン。そうすれば、ルナも魔法が使える様になるワン」
言われるがまま、結晶を握りしめ、胸に当てる。
その刹那――。
身体に熱い何かが流れ込み、俺は光に包まれた。
☆☆☆☆☆
「あら~? 驚いた~。あなたも魔法少女になったんだ~」
俺たちの所まできたアカネは、俺の服装が変わっているのを見て、そう言った。
「で~も~。魔法少女になったばっかってことは~。使える魔法は一つしかないんだよね~、バビロン~」
「そうだねぇ。魔法を使うには、スペルを詠唱して杖に呪文を登録しなきゃいけない。この娘にそんな時間はなかった。だから、使えるのは魔法少女になった時に発現する魔法一個だけだ」
「ぷぷ~。かわいそ~。呪文たった一個でアタシに挑もうなんて~」
「おい、アカネとかいったな。お前、この力を手に入れてどんな気分だった?」
勝ちを確信してはしゃぐアカネとは対照的に、俺は静かに尋ねた。
「な~に~こいつ。いきなりそんなこと訊くなんて~。ど~ゆ~つもり~」
「きっと、わずかでも命を長引かせたいんだろうさ。察しておやりよ」
バビロンが見当違いも甚だしいことを言う。
「そっか~。まあいいわ~。切り刻む前に答えてあげる~。最高の気分よ~。今までアタシをイジメてきた連中を皆殺しにできたわけだし~。それから先もね~、この力を使って、気に食わないやつらは、み~んな、殺してきたんだ~。マジで~あたし、神~みたいな~? なのに、そのセレナとかいう娘~、アタシに歯向かってきちゃってさ~。弱いくせに、ちょ~ムカつく~。だからね~、お腹に剣をブッ刺してあげたんだ~。ちょ~ウケるでしょ~。あっはっは~」
ペットは飼い主に似るというが、バビロンとそっくりな醜い哄笑だった。
「そうか。お前はこの力で、散々人を殺してきたってわけだな?」
「そ~だって言ってるでしょ~。ていうかなに~、その男みたいな喋り方~。女のくせに変~」
「じゃあ、お前も魔法の力で殺されても、文句は言えないわけだな?」
「は~? 意味わかんない~。殺されるのはあんたらの方でしょ~」
……いい加減、この馬鹿と話すのも、面倒になってきたな。
さっきのこいつの言葉で、わずかばかりの同情と躊躇も失せた。
因果応報だと思うがいい!
死ね!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
俺はステッキをアカネに向け、発現した呪文を放った。
ステッキの先から発射されたドス黒い影のような物を全身に浴びたアカネは、1メートル程後方に飛ばされ、それきりピクリとも動かなくなった。
「お、おい! アカネ! どうした!?」
バビロンがすぐに駆け寄るも、アカネは何の反応も示さず、目を見開いたまま動かない。
「っ!? し、死んでる……!? 馬鹿な! 即死呪文だと……! あ、ありえない……!」
アカネの死体を目の前にしたバビロンは、ガタガタ震えながら、怯えた瞳で俺を見つめた。
「なあ、バビロン。さっきメルヴィルから聞いたんだが、手持ちの魔法少女がゼロになった精霊はその時点で脱落になるらしいな」
「あ、ああ……。これであたしもこのゲームからリタイアだ。早急に国に帰らなければならない。あたしの国は敗戦国ってわけだよ」
「そうか……。お前は国の代表としてこの戦いに参加してるわけだもんな……。色々責任とか取らされるんじゃないか?」
「まあ、それなりの責めを受けるのはもとより覚悟の上……何が言いたいんだ、ルナ?」
「いや、お前も敗戦の責任を取らされるくらいなら、いっそここで楽になった方がいいんじゃないかと思ってなぁ」
「…………!」
俺の意図に気づいたバビロンは後退りを始めた。
「や、やめろ! さっきは言いすぎた! この戦いも少しは間違ったところがあるかもしれん! 国に帰ったら、人間界を戦場にするのはやめるように進言する! だから、命までは……」
「良い事教えてやるよ。俺はアニメに出てくる魔法少女と違って、敵を 〝お仕置き〟したりなんかはしない。」
そんな生ぬるいこと、誰がするか!
「〝処刑〟してやる! 」
「ひぃっ……! 」
死ね!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
退屈だと思っていた日常が、この日を境に一変した。
精霊メルヴィルに与えられた魔法という力……。
思えば、俺はずっとこんな力を望んでいたのかもしれない……。
日常を一変させ、世界をも変えることのできる力を……。
この力を使って、俺は……。
・オマケ:呪文紹介コーナー
今週の呪文
レフェクティオ: 傷を癒し、体力を回復させるぞ。
(使用者 柊セレナ)
ルーナ・モルテム: 相手を即死させるぞ。
(使用者 芳樹ルナ)
・次回の更新は一週間後を予定しています。
感想・評価などいただけると大変嬉しいですし、励みになります。




