29. 強盗団、殲滅!
「どういうことです? どうして魔法が出なかったんですか?」
セレナが不思議そうに尋ねた。
「……ちょっと一旦手を離すぞ」
俺はセレナの身体から手を離し、透明化を解除した。
「〝オクルス・メドウセム!〟」
「メデュゥアアアアアアアアアアアア!」
今度はちゃんと石化魔法が使えた。
俺はすぐにメデューサを消すと、再びセレナの身体に触れて透明になった。
そして、もう一度呪文を唱える。
「〝オクルス・メドウセム!〟」
シーン…………。
思った通り、今度は魔法が発動しない。
「決まりだな。クラルティアで姿を消している間、俺は魔法が使えなくなるんだ」
「そうだったんですか。私はクラルティアを使った状態でも普通に魔法が使えていたので、気づきませんでした」
「おそらく、術者は自由に他の魔法を使えるんだろうな。で、術者の身体に触れて透明化の恩恵を受けている他の魔法少女は、透明になっている間、魔法が使えないんだ。まあ、実戦前にそれがわかっただけでも良しとしよう」
「そうですね……って、さっきから何を探しているんです?」
「これだよ」
と、俺はちょうど見つけたばかりのスマートフォンをセレナに見せた。
「スマホ?」
「ああ。銀行強盗なんかを企む連中だ。頻繁に電話のやり取りくらいはしてるだろうぜ。これを使えば、もう一人くらい、仲間をここにおびき寄せられるかもしれないぜ」
「え? どうやってですか?」
「まあ、それは一度、フロアの状況を確認してからだな。それと、こいつも一応借りておくか」
俺は洗面台の上に置いてあった拳銃を回収する。おそらく男が用を足す時に邪魔になるので、そこに置いたのだろう。
「拳銃なんてどうするんですか?」
「俺が透明になっている間、魔法が使えないなら、他の武器が必要だろ? 俺はこの通り、か弱い女の子なんだからな。ふふふ」
「それはどう考えてもか弱い女の子のする顔じゃありませんね」
そんな冗談を言いながら、俺たちは再びセレナの魔法で透明人間になると、フロアの様子を覗うべく、男子トイレを出た。
フロアに出ると、そこはまさに強盗犯一味が占拠する空間だった。
客や行員は、目と口をガムテープで塞がれ、床に正座させられている。
腕もガムテープで後ろ手に縛られており、上半身の動きは完全に封じられていた。
「ルナさん、あそこに来果さんが」
ボソッとセレナが囁く。
その指の先を見ると、ツインテールの少女が目と口にガムテープを貼ったまま、怯えた様子で正座している。
「(来果……。待ってろ。今、助けてやるからな)」
俺は犯人たちの方に目を向けた。
拳銃を手にフロアをうろつく男が二人。
支店長らしき男に拳銃を突きつけ、ATMから金を取り出させている男が一人。
犯人は計三人……。
全員にルーナ・モルテムを一発ずつ打ち込めば倒せるが、魔法を使うには一度透明化を解除しなければならない。
銀行には監視カメラが多数ある。その映像は、後に警察もチェックするだろう。こいつらの始末のためだけに、カメラに映るような危険は冒せない。
「(よし。ここはまず、トイレにおびき寄せて一人削るか……)」
俺はトイレで気絶している男から奪ったスマホの着信履歴から、一番新しいものを選んでコールした。
犯行の直前の通話なら、段取りを確認するために、仲間の誰かと話した可能性が高いからな。
案の定、フロアの中から、着信音がする。
「おっ、さっきトイレに行った奴からだぜ」
拳銃を片手にフロアをウロウロしていた男の一人が、尻のポケットからスマホを出した。
「もしもし? どうした?」
「…………」
俺は答えない。そのまま通話を切る。
「ちっ! なんだよ、切れやがったぜ。そんなに電波悪いのか?」
「もしかしたら、トイレに残ってる客がいたのかもよ」
と、言ったのは、フロアをうろついていたもう一人の男。
「あ、そっか。それでそいつを縛るのに人手がいるってことか。じゃあ、ちょっと行ってくるぜ。なあ、行ってもいいよな?」
男はATMで支店長に拳銃を突きつけていた最後の仲間に確認を取る。
どうやら、そいつがこの強盗団のリーダーらしい。
「ああ、早く戻ってこいよ」
「へいへい」
男はトイレに向かって歩き出す。
「(思ったとおりだ。この状況なら、人質を監視するためにフロアに人間を残しておかなければならない。必然的に、トイレに行くのはこの男一人になる)」
俺とセレナは足音を立てないよう、その男の後について行き、男子トイレに入った。
「な――」
仲間が便器に顔を突っ込んで気を失っているのを発見した男が絶句している隙に――。
「(くらえ!)」
ドガッ!
「ぎゃひん!」
後頭部をステッキで殴って気絶させる。
「ふん。即死魔法じゃなかっただけ、ありがたいと思いな」
トイレに転がる男の身体を見下ろし、俺は呟く。
警察が駆けつけている以上、不用意に変死体を増やすわけにはいかないからな。
残り二人の始末は簡単だった。
再びクラルティアで透明人間となった俺たちは、まずはATMのところにいたリーダー挌の男に忍び寄った。
男はこれから先、自分がどんな目にあうかも知らずに、支店長相手に拳銃を突きつけ、こう怒鳴っていた。
「おい! まだなのか! 早くATMから現金を出せよ!」
「は、はい。もう少々お待ちください。何しろ簡単には出せない仕組みになっておりまして」
「ザケたこと吐かしてんじゃねえぞ、ゴラァ! この拳銃が見えねえのかぁ、あぁん? 俺はなぁ、人を殺すことなんて怖くねえんだ! 早くしねえと、てめえの頭に風穴を開けっぞ! こらぁ!」
「ギャーギャーやかましい奴だな。代わりに、お前の身体に風穴を開けてやる」
「だ、誰だ!?」
「くらえ 」
バァン!
俺はそいつの右肩を最初の男から奪った拳銃で撃ち抜いた。
硝煙と鮮血が飛び散る。
「ギャアアアアアアア!」
絶叫と共に、リーダー格の男の手から、拳銃がこぼれ落ちた。それが再び男の手に戻らないよう、遠くに蹴り飛ばす。
側にいた支店長は自分が撃たれたと勘違いしたのか、銃声と共に泡を吹いて気絶してしまった。
目と口をガムテープで塞がれた人質たちは、何が起きているのか分からず、突然の銃声に、ただただ怯え惑うだけだった。
最後に残った一人も、セレナが片付けた。
リーダー格の男が撃たれたのを、警察による狙撃か何かと勘違いした男が、床に伏せっていたところを、
「アンデュ・ライティア!」
「ぎゃあああああ!」
光の波動で吹っ飛ばして気絶させていた。
これで強盗団四人の内、三人は気絶、一人は右肩を撃ち抜かれ、行動不能。
「やれやれ、随分あっけなかったな」
リーダー格の男のダミ声が気に入らなくて、撃っちまったが、まあいいだろう。
あのままじゃ、支店長も殺されそうだったし、正当防衛の範囲内だ。
この拳銃から俺の指紋を拭き取り、男子トイレで気絶している元の持ち主の手に握らせておけば、警察は仲間が撃った流れ弾に当たったとでも思ってくれるさ。
もちろん、硝煙をそいつの袖口につける為に、銃を握らせた状態で適当な場所に一発撃たせるのも忘れてはいけないけどな。
さて、あとは警察が突入して、四人を逮捕してくれるだろう。
魔法少女による〝お仕置き〟はここまでだ。
警察が周りを囲んでいる以上、死人を出すわけにはいかないからな。
やっぱり魔法少女って優しいね☆
フハハハハハハハハ!




