28. 魔法が出ない!?
さて、どうするか……。
トイレの個室で息を潜めながら、俺は考える。
いくら俺が魔法少女とはいっても、単身で銀行強盗たちの占拠するフロアに乗り込んだら、蜂の巣にされかねない。
相手が何人いるかもわからないこの状況で、役に立つのは俺の闇魔法というよりは、むしろ……。
俺はスマホをポケットから取り出すと、セレナを呼び出した。
「ルナさん!? どうしたんですか!? 急に銀行のドアが閉まって、シャッターが降りたんですが、一体中で何が!?」
「銀行強盗だ」
単刀直入に、小声で状況を伝える。
「ええ!? 銀行強盗!?」
「ああ。来果は人質にとられたみたいだ。俺は、偶然トイレに入っていたから無事だったんだが」
「ど、どうしましょう!? 警察に通報しますか!?」
「いや、もうとっくにされてるさ。行員の誰かが非常ボタンを押してるだろうからな。そうでなくても、シャッターが降りたことに異常を感じた誰かが、通報してるだろうぜ」
案の定、パトカーのサイレンが徐々にこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
「あ、本当ですね。今、警察が来ました」
「異変が起きる前、怪しい連中が銀行に入っていかなかったか?」
「いえ、私、ガードレールに寄りかかって本を読んでいたものですから」
となると、セレナも強盗犯の人数はわからないってことか。
「メルヴィルは何か見てないか訊いてみてくれ」
「あ、はい。ちょっと待ってください」
しばらくの沈黙の後、
「『僕もずっとアイスクリーム屋さんの方を見ていたから、わからないワン』だそうです」
くそっ! いつも肝心な時に役に立たないリスだ!
魔法少女の使い魔って奴は、もっと優秀なもんじゃないのか?
……って、メルヴィルに過度の期待をしてもしょうがないか。
「今、警察の人が無線で何やら話してますね。この銀行強盗事件、結構長引きそうですよ」
「人質を取って銀行内に立籠りか……。まあ、最初から籠城が計画に入っていたのかどうかは知らないが、今時、銀行強盗なんて非効率的なことをやる連中だ。そんなに頭は良くないだろう。だが、実験ネズミにはちょうどいい。人質救出がてら、魔法でお仕置きしてやるとしよう」
「お仕置き? 処刑の間違いでは?」
「さあ、どうかな。警察が本格的に包囲網を敷く前に、セレナもこっちに来てくれ。女子トイレの窓を開けておく。お前の体格なら、そこから入れるだろう。人に見られないよう、透明化の魔法を使え。あ、メルヴィルはいても邪魔になるだけだから、そのままそこに繋いでおけ」
「わかりましたよ。すぐに行きます」
そこで通話を終了すると、俺は個室の中で、ふぅと息をついた。
ひとまず、これで第一条件はクリア。
セレナを巻き込んでしまうのは不本意だが、こういう状況では、あいつの魔法が一番役に立つからな。
☆☆☆☆☆
女子トイレの窓から入ってきたセレナに、これからの作戦を伝える。
「まずはクラルティアを使って、二人とも透明化し、現場の状況を探る。強盗犯に見つからないことも重要だが、防犯カメラに映るのも厄介だからな」
「そうですね。銀行は防犯カメラの数が多いって聞きますし」
まずは、俺が魔法少女に変身し、セレナと手を繋ぐ。
そして、
「〝クラルティア!〟」
セレナが透明化の呪文を唱えて、準備は完了だ。
「よし、行くぞ!」
女子トイレを出て、強盗犯一味の占拠するフロアに足を踏み入れようとした時だった。
覆面姿の男が一人、拳銃片手にこちらへ近づいてくる。
随分な慌て用で、鬼気迫るものを感じた。
「(ば、馬鹿な!? 今、俺とセレナの姿は見えないはずだぞ!?)」
一瞬、かなり焦ったが、すぐに男の目的は別にあることに気づいた。
男は俺たちの横を素通りすると、さっき俺たちがいた女子トイレのすぐ横にある、男子トイレへと入っていった。
……なんだ。ただのトイレか。
脅かしやがって……。
……待てよ? トイレには当然、防犯カメラはついていないよな?
犯人が何人いるのかまだわからないが、ここは確実に一人潰しておいて損はあるまい。
いや、むしろ、潰しておくべきだ!
「セレナ、作戦変更だ。このまま男子トイレで、あいつを潰す」
「え? ええ!? でも、私、男子トイレなんて入ったことないですし、それにあの人、今、用を足しているところでは!?」
「なに照れてんだ! そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
顔を真っ赤にするセレナの手を無理矢理引いて、男子トイレの前まで来た。
そっと扉を開け、中に入ると、男は小便器の前に立って用を足しながら、ブツクサ文句を言っていた。
「はぁ、まったく冗談じゃねぇよ。すぐに金奪って逃げるつもりが、なかなか金は出てこねえし、警察は呼ばれるしよぉ。これからどうする気なんだよ、まったく」
どうやら、あまり計画性のない行き当たりばったりの犯行だったようだ。
そりゃそうだ。
一昔前ならともかく、今の時代に銀行強盗なんて成功するわけがない。
逃げ遅れたら最期、こんな風に篭城するしかないんだからな。
金が欲しいなら、もっと別の効率的な犯罪がいくらでもあるだろう。
ようするに、力任せに人から金を奪うことしか考えられない馬鹿連中だ。貴様らなど、生きる価値はあるまい。ステッキの錆にしてやる。
俺は背後からステッキの照準を男に合わせた。
敵の数もわからないし、来果の魔法で魔力の回復がおこなえない以上、魔力消費の激しい即死魔法は温存しておきたい。
ルーナ・モルテムは最期の切り札だ。
とりあえず、こいつには無様な格好で固まっていてもらおうか!
「〝オクルス・メドウセム!〟」
……………………
…………
……あれ?
呪文を唱えたにもかかわらず、メデューサが出ない!
ば、馬鹿な!?
何で魔法が出ない!?
今日はまだ一回も魔法を使っていないから、魔力はまだ十分にあるはずだぞ!
どういうことだ……一体……!?
「ん? 今、何か変な声が聞こえたな」
俺の呪文の声に反応して、男が振り返る。
くっ! 殺せない以上、姿を見られるわけにはいかない!
ええい! 魔法が使えないのなら、物理攻撃あるのみ!
「くらえ!」
ドガッ!
「ぐえっ! 」
ステッキの先の満月で側頭部を思いっきり殴ると、男は顔を便器に突っ込むような形で気を失った。
男の頭に、トイレの水がジャーっと滝のように降り注ぐ。
「男子トイレって、こんな風に水が流れるんだな……」
俺はこんな所で新たな発見をしたのだった。




