26. 完全犯罪成立
遡ること、一日半前――。
実験のついでに、不良どもを討伐することを決めた俺は、自室でリスみたいな容姿のマスコットキャラクターと向き合っていた。
「さて、メルヴィル。お前に聞きたいことがある」
「なんだワン?」
「まだ領土を保持している精霊が死んだら――例えば、敵国の魔法少女に殺されたりなんかした場合、残された魔法少女や、その精霊が持っていた未使用のマナ・クリスタルはどうなる? 敵国に取られてしまうのか?」
「いや、その場合は、その死んだ精霊の国から、別の精霊が代わりに派遣されるワン。そして、前の精霊の魔法少女や未使用のマナ・クリスタルは、その新しい精霊に属することになるのワン」
……なるほど。
相手の精霊を殺したところで、その精霊が持っていた領土を奪えるわけじゃないってことか。
だが……。
「じゃあ、俺がここでお前を殺せば、もっと可愛げのある別の精霊がやって来るかもしれないってことか?」
「ひぃいいいいい! ぼ、僕を殺すつもりワン!?」
「冗談だよ。でも、殺されたくなかったら、少し協力してもらうぞ、メルヴィル!」
「協力? 一体、何を協力すればいいのワン? 僕は戦いに干渉することはできないワンよ」
「そんなことはわかってるよ。今回のことは戦いには関係がない。ちょっと、電話をかけてくれるだけでいい」
「電話ワン?」
この時のメルヴィルは、自分が果たす役割の重要性に、まだ気づいていないようだった。
☆☆☆☆☆
そして、つい1時間程前――。
廃病院内で、9人の不良を屋上に連行した俺は、その内の一人、副リーダー挌の男だけを階段のところに呼び出し、残りの8人を、セレナと来果に監視させた。
「これに書いてある文章を読み上げろ」
と、副リーダーの男に、一枚の紙を渡す。
その文面は、彼らが仲間をスタンガンで殺してしまい、それを悔いて自殺するという内容のものである。
「じ、自殺!? 俺たちを自殺に見せかけて殺すつもりか!?」
「安心しろ。言うとおりにすれば、お前だけは助けてやる。逆らったらどうなるか、わかるな?」
そうやって脅しをかけると、男は震える声で、文章を読み上げた。
俺はこっそりとそれをICレコーダーで録音する。
もちろん、こいつだけを見逃す気など、さらさら無かった。
録音さえしてしまえば、こいつも用済みだ。
屋上に戻ると、セレナが俺にこう問いかけてきた。
「で、どうするんです? ルナさん。こんなところに全員を連れてきて」
「ふん。こうするのさ!」
「〝オクルス・メドウセム!〟」
「メデュァアアアアアアアアア!」
「ぐが…………」
副リーダー格の男に石化魔法を放ち、全身を石化させる。
屋上の入口は俺の背後にあるので、他の8人には、逃げ道がない。
彼らを同様に全身石化させるのは、造作もないことだった。
「こいつらの石像を、屋上の淵ギリギリに配置する。ただし、屋上の外に背を向けた状態でな。そして、こいつらの前にあるフェンスには、これを取り付ける」
俺はあらかじめ用意しておいた器具をセレナたちに見せた。
「何ですか? これ」
「電池式のLEDライトさ。この光を、石像の目の部分に当たるようにセットする。石化魔法の効力は、ジャスト1時間。石化が解けたとき、目の前に強力な光を発するこのライトがあったら、どうなると思う?」
「そりゃ、眩しくて手で光を遮って後ずさ……あっ!」
セレナはハッとしたように目を見開いた。
そう。その時、こいつらの後ろには、何もない。奈落へと真っ逆さまだ。
「そっか! 石化魔法の持続時間を、タイマー代わりに使うんですね! 流石ルナ先輩! あったまいい~!」
「興奮しているところ悪いが、来果、ちょっと下からメルヴィルを呼んできてくれ」
「メルちゃんをですか? わかりました! 〝ビアブルム!〟」
俺が寝込んでいる間に、例の呪文集で登録したのだろう。来果は飛行魔法でステッキを箒に変えると、ものの十数秒で、メルヴィルを連れて戻ってきた。
「なんだワン? ルナ」
「協力してもらう時が来たぞ、メルヴィル。1時28分になったら、この携帯を使って警察に電話をかけろ。そして、電話口に相手が出たら、このICレコーダーを再生するんだ」
俺は副リーダー格の男から奪った携帯と、彼の声が入ったレコーダーを、メルヴィルに渡す。
「そして1時29分、つまり、石化が解ける1分前になったら、石像を照らすライトのスイッチを入れろ」
「どうしてワン? 最初からつけっぱなしにしといてもいいんじゃないのワン?」
「馬鹿。それだと、石化が解ける前に、誰かに仕掛けを発見される可能性があるだろ」
それに、直前にライトをつけるメリットはもう一つある。
この付近には、この屋上を見上げることのできる位置に自販機がある。
これからその自販機をマギア・テネブラムで破壊し、交番に出頭する直前、自販機が壊されていると警察に通報する。
そうすりゃ、警察官が何人かその自販機の場所に留まることになり、闇夜の中、屋上に光が灯れば、絶対に彼らは病院の方を見る!
つまり、その警官たちに飛び降りの瞬間を見せることができるってわけだ。
その時、離れた別の場所に俺たちがいれば、アリバイは成立する!
「飛び降りを確認したら、携帯はその場に捨て、レコーダーを持って、お前は先に俺の家に行ってろ」
「わかったワン」
「それで、私たちはこの後、どうするんですか?」
セレナが尋ねた。
「この後、俺たちは山を越えた先にある街の交番に出頭する。遊んでいて終電を逃した女子中学生としてな。もちろん、こっぴどく怒られるだろうが、それでいい。説教をくらっている間に、警察に電話があり、こいつらは勝手に飛び降りる。俺たちのアリバイの証言者は警察自身だ」
ここから、あの街に行くには、電車か車しかない。
電車は既に終電が出ているし、中学生である俺たちは、車は使えない。
タクシーを使っても、回り道をしなくてはいけないから、1時間はかかる。
だが、俺たち魔法少女なら、箒で山を超えることができるので、すぐにあの街に到着することが可能。
俺たちがここで犯行をした後、交番に来たなんてことは、どんな名探偵だろうと推理できるわけがない。
アカネの遺体発見のニュースを見る限り、ルーナ・モルテムで殺害された者の死因は、ショック死と判断される。
ならば、不良が使いそうな武器で、ショック死を引き起こせるもの――電圧を跳ね上げた改造スタンガンを現場に放置しておけば、警察はそれが凶器だと思うだろう。
火傷の痕なんかなくても、服の上から使用されたと考えてくれる。
取り付けたLEDライトも、警察は不良どもが、自殺の場面を華々しく見せつけるために使ったくらいにしか考えないだろう。
これらの道具から、俺たちの指紋などは出ないようにしてあるし、あらかじめ手袋をして、現場には向かっている。
髪の毛が落ちていても、いつ落ちたものかわからない以上、前に三人で肝試しに行ったと言えば、それで通る。
最近の警察の電話は、かかってきた電話を自動的に録音するようになっているから、遺族にでもその声を聞かせてやれば、あいつが喋ったってことは証明される。声紋鑑定でもすれば、確実だ。
つまり、これらの事実を総合的に考慮すれば、警察がたどり着く見解はただ一つ。
不良グループ内の揉め事で、仲間四人を殺してしまった残りのメンバーが、その罪を悔いて、集団自殺。
それ以外に、合理的な説明は無理だ!
計画は予想以上にうまくいき、交番で説教を喰らった後、所轄の警察署からやって来た婦警さんに、俺たちは送ってもらうことになった。
……今回、俺は自分の使える五つの魔法をすべて使った。
証拠を残さず、相手を殺すために即死魔法ルーナ・モルテムを。
逃げ惑う相手を捕えるために蛇召喚の魔法アンギ・フーニスを。
大勢の敵を迎撃したり、自販機を破壊したりするのに、闇の魔導波の魔法マギア・テネブラムを。
持続時間を応用して転落のタイマーを仕掛けるために、石化魔法オクルス・メドウセムを。
時間的に不可能な移動を可能にするために箒の飛行魔法ビアブルムを。
こんな風に、魔法の力をフルに駆使すれば、完全犯罪など朝飯前。
今後も、いい実験ネズミを見つけたら、人知れず闇に葬って、俺の力の糧としてやる。
そして、この魔法少女の戦いは、必ず俺たちメルヴィルの国が制す!
フハハハハハハハ!
ミニパトの後部座席で、内心高笑いをしていると、そんな俺の心の声など聞こえない運転席の婦警さんが、優しい声をかけてくる。
「もう少しでお家に着くからね~。帰ったら、早く寝なきゃダメだよ~」
「はぁ~い!」
俺はにっこり笑顔で返事をした。
こうして、最初の実験は大成功を収めたのだった。




