25. 集団投身自殺?
不良どもの殲滅は完了した。
だが、リーダー格の黒沢以外の九人は、まだ生きている。
使用したのは即死魔法ではなく、闇の魔道波だったし、威力も抑えてあったから、俺たちに歯向かう気力を削いだに過ぎない。
やはり、力をセーブすれば、マギア・テネブラムは連発が可能か……。
フルパワーで撃てば岩をも砕けるし、威力を押さえても、生身の人間相手なら、これで十分。
本当に便利な呪文だ。
さて……。
「おい、お前らの中で、副リーダーにあたる人間は誰だ?」
ステッキを不良どもに向けながら、脅しをかけるように問う。
すると、八人の視線が、一人の人間に向けられる。
「お前か」
「え、いや、その……はい」
「携帯を出して床に放れ」
「え?」
「早くしろ。殺すぞ」
「は、はい!」
男は特攻服のポケットからスマホを出して、床に投げた。
俺はそれを回収すると、
「よし。お前ら全員、屋上に向かえ。少しでも妙な動きをしたら、殺すからな」
再びステッキを向けて脅しをかける。
不良どもは渋々立ち上がり、ホールドアップの状態で、ぞろぞろと屋上に向かった。
これから先、自分たちがどんな目に遭うのかも知らずに……。
☆☆☆☆☆
全ての仕込みを終えた俺たちは、箒に乗って山を一つ超え、その先にある繁華街へと降り立ち―― 三人で仲良く交番に出頭した。
「まったく、自分たちが何をしているのかわかっているのか!?」
交番の班長らしき、老年に差し掛かった警官が、俺たちを叱り飛ばす。
「ごめんなさ~い。もうしませ~ん」
俺は涙目で謝る。
……無論、演技だ。
「今、何時だと思っているんだ!? 中学生が、こんな時間まで出歩いて!」
「うえ~ん。ごめんなさ~い。つい楽しくて、時間が経つのを忘れちゃったんです~」
自分でもやってて吐き気がする程のか弱い女の子だ。
すると、交番の奥の部屋から、まだ新米らしきお巡りが、穏やかな顔でやって来た。
「どうしたんですか、班長? その子たちは?」
「どうしたもこうしたも。三人で遊んでたら、終電がなくなって、帰るに帰れなくなったんだと。まったく、最近の中学生はどうなってるんだ! 女の子がこんな時間まで出歩いて!」
「ははは。キミたち、それは良くないな~。でも、どうして交番に? 家の人に迎えに来てもらえば怖~いオジさんに怒られずに済んだのに」
怖いオジさんという言葉に、さっきまで俺たちを叱っていた班長はゴホンと大きく咳払いをした。
「はい。今日は皆で私の家に泊まっていたんですけど、ウチ、今両親が仕事でいないんです。この子達の親に連絡すると、これからこういうお泊りは禁止にされちゃうって思って……」
セレナが用意しておいた台詞をそのまま喋った。
ちなみに、演技には自信がないという来果は、さっきから沈黙を保っている。
「当たり前だ! 親が不在なのを良い事に好き勝手して! だいたい、最近の若者は……」
老年班長の説教は続いた。
それに耳を傾け、反省をしたように装いながら、その実、俺は内心ほくそ笑んでいた。
チラリと壁の時計を見る。
午前1時28分。
……時間だ。
さあ、動き出せ!
☆☆☆☆☆
その通報が警察にあったのは、午前1時28分。ルナたちが交番で老年班長から説教を受けている時だった。
電話を受けた警察署職員の耳に、若い男の声で、次の言葉が流れ込んできた。
「仲間をスタンガンで殺してしまいました。これから皆で死んでお詫びします。場所は××県●●市にある閉鎖された旧紫苑総合病院です」
電話は、そこで切れた。
それより少し前の午前1時20分頃……。
旧紫苑総合病院付近の自動販売機の前に、二人の警官が立っていた。
「にしても、どうやったらこんな風に壊れるんすかね? 中村先輩」
今年の春配属されたばかりの巡査が、大破した自販機をしげしげと見ながら言った。
「コンクリートか何かを何度もぶつけたんだろ」
中村と呼ばれた年配の巡査部長は、ぶっきらぼうに答えた。
夜中だというのに、こんな所まで出向くはめになり、イライラしているのである。
できれば夜勤が明けて交代が来るまで、交番でゆっくりしていたいと思っていた中村だったが、自販機荒らしがあったという通報を受けては、現場に急行しないわけにはいかなかったのだ。
「通報者はどこに行ったんだ? 発見時の状況を聞かなきゃならんのに」
「我々が来るまでの間に、帰っちゃったみたいですね。まあ、たまたま散歩で通りかかって自販機が壊されているのを発見しただけみたいですし、わざわざ警察に知らせてくれただけ、親切じゃないですか」
「まあ、そりゃそうだな」
中村は「ふぁ~」と欠伸をして、再び壊された自販機に目を向けると、
「こりゃたぶん、近頃あそこの病院に 屯しているっていう不良連中の仕業だろうな」
と言って、数百メートルほど後方に見える、旧紫苑総合病院を指差した。
「ああ、なるほど。確かにその可能性が高いですね。どうします? 乗り込んで捕まえますか?」
「馬鹿。証拠も令状もないのに、いきなりそんなことできるかよ。まずはこの自販機の設置主に連絡をとってだな――」
段取りの確認が終わると、それ以後、彼らは互いに無駄口を挟まず真面目に職務を執行した。
どれくらい時間が経っただろうか。突然、後方が少し明るくなったような気がした。
振り返ると、光源は先ほど話題にのぼった廃病院の屋上だった。
「なんだ、ありゃ……」
中村は我が目を疑った。
誰もいないハズの廃病棟の屋上に、懐中電灯か何かで照らされた人影が九 (ここの)つ、横にずらりと並んでいたのだ。
遠くからでは、よく見えなかったが、彼らが立っている場所は、屋上の淵のようで、少し動いただけでも、落下してしまいそうである。
中村ともう一人の巡査の脳裏に、不吉な予感がよぎる。
あの病院は5階建て……。
あんな所から落ちたら、引き起こされる結果は目に見えている。
間違いなく即死だ。
「おい、あいつら何やってんだ!?」
「どうします!? 止めにいった方が…… ああっ!」
巡査が叫んだ。
二人から見て、右端にいた人影が、落下したのだ。
それに続き、一定間隔ごとに、どんどん右から順に彼らは落下していく。
学生時代、物理の授業でやった鉄球の落下の実験が、中村の頭をよぎった。
「おい! 急げ! あそこに行くぞ!」
「あ、でも、自販機の方は……」
「馬鹿野郎! そんなの後回しだ! 」
そこから病院までは走れば二、三分の距離だったが、九人の転落を止めるには、遠すぎた。
ようやく中村たちが、病院の敷地内に入ったときには、屋上の真下に位置するコンクリートの地面に、九人分の転落死体が転がっていた。
☆☆☆☆☆
午前1時40分頃。
交番の老年班長の説教はまだ続いていた。
「とにかく、今回のことは、キミたちのご両親や学校に報告させてもらう! いいかね!?」
「は~い」
その時、交番の電話がけたたましく鳴り響いた。
「はい。✖✖交番」
さっきの穏やかな新米巡査が、受話器をとる。
「え!? 何ですって!? はい、わかりました! すぐに応援に向かいます!」
「どうかしたんですか~?」
俺は猫なで声で尋ねた。
「そ、それが、紫苑町の廃病院で、不良グループが集団自殺をしてしまったそうなんだ……」
新米巡査の顔は突然起こった大事件に青ざめていた。
「きゃー! 怖~い! 集団自殺だって~! 怖いね~、セレナちゃん!」
「ええ……」
セレナは引きつった笑いを浮かべていた。
「(私はルナさんの方がよっぽど怖いですよ。あの九人を、あんな殺し方しておいて……)」




