24. ハイパー処刑タイム
玄関にいた三人の内、二人を始末し、残った一人にステッキを突きつけ、廃病棟内にいる、残りの仲間の元に案内させる。
「この先です。この先のフロアに、いつも皆で集まっています……」
震える声で不良は証言する。
なるほど。
確かに、フロアの奥から不良どもの騒ぎ声が聞こえてくる。
「そうか。ありがとう。もうお前は用済みだ」
死ね!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
「ぐあっ――」
自分は助かるとでも思っていたのだろうか、呪文を喰らった後の死に顔は、「そんな馬鹿な」という表情で固まっていた。
「お前だけ生かしておくわけがないだろ、馬鹿が。さて……」
流石にルーナ・モルテムを三回も使用すると、魔力の減りが早い。
魔法の使用にもだんだん慣れてきて、あとどのくらいの魔力が残っているのか、感覚でわかるようになってきた。
この後、十人の人間を相手にすることを考えると、ここらで回復させておくべきだろう。
「来果、頼む」
「はい。お任せを」
「〝ライカン・クロノシオ!〟」
時間操作の球体に包まれた俺の魔力・体力が10分前の状態に戻る。
だが、メルヴィル曰く、この魔法では精神疲労は回復しないので、ペースを考えないと、この先、採石場の時みたいにぶっ倒れる危険もある。
まあ、今回の実験は、その限界を調べる為のものでもあるんだがな。
セレナと来果は、万が一、俺が途中で倒れてしまった時の為の保険だ。
「いいか、お前ら。ここでの罪の一切は俺の責任であり、殺戮行為は俺自身の手で行なう。お前たちは、非常事態が起きるまで、手を出すな」
「はいはい。でも、自分ひとりで罪を被ろうなんて、カッコつけすぎですよ、ルナさん」
セレナが不満そうに言う。
「なぁーに、こんな小物連中相手に、お前らが罪の意識を覚える必要はないってだけの話だよ。元々、これは俺の魔法の力を測定するための実験だしな。それに戦争の責任は、いつだってリーダーが取るもんだろ?」
「あら、カッコイイ。女の子にしておくにはもったいない漢気ですね」
冗談めかした口調である。セレナなりの皮肉だろうか。
「来果はその漢気に惚れたのです!」
来果のは、ただの天然だろう。
「さて、行くぞ」
俺は、不良どもが一堂に会するフロアへと足を踏み入れた。
元は待合所か何かだったと思われる二階のそのフロアは完全に荒廃していた。
元は白亜色だったハズの壁も、暗さとこびりついた汚れのせいで、灰色にくすんで見える。
待合の患者が利用していた椅子やソファも、あちこちボロボロで、スプリングが飛び出ているものもあった。
やたらとカビ臭く、天井と壁の境界線には、蜘蛛が巣を作っている。
こんなところにいたら、それこそ何かの病気になりそうだ。
そんな非衛生的なフロアに足を踏み入れた俺たち三人を、二十個のギラついた瞳が出迎える。
「ああん? なんじゃ、オメーら!」
「ここが俺らのアジトだってわかってんのか、オラァ!」
「なんだ、そのふざけた格好は! ぶっ殺すぞ、このガキァ!」
大勢の人間が、一度にわめき散らすので、聞き取れたのはこの三つの台詞だけ。
後の台詞は、誰が何を言っているのかわからなかった。
俺たちに縄張りを荒らされたのが、よっぽど頭にきたようだ。
ふん。十代後半にもなってアジトとか縄張りとか、ガキっぽい連中だな。
「そこの奥の椅子にふんぞり返っているやつ! 前に出て来い! 」
俺が指名したのは、三年前の事件の主犯格だったもう一人の男だった。
確か、名前は黒沢直樹とかいったな。
「な、なんだと! この女ぁ! 黒沢さんになんて口聞きやがる!」
近くにいた別の不良が俺を睨み、今にも殴りかからんとしてきたが、
「まあ待てよ。面白そうじゃねえか」
という声がその動きを制した。
その声の主は、奥の椅子でふんぞり返っていた黒沢だった。
「お前ら、いったい何のようだ?」
ゆっくりと立ち上がって、こちらに步を進める。
「いや何。三年前に殺人をやらかしちまったテメェらに、ちょっと制裁を加えてやろうと思ってなぁ」
三年前の事件のことが俺の口から出た途端、不良どもの間でざわめきが広がった。
しかし、黒沢だけは冷然と構えている。
「ふーん。それで? お前、羽田の親族か何かか?」
「いーや、ただの義憤にかられた正義の味方だよ」
「正義の味方ねぇ。こいつはまた命知らずの女だな。だが、こっちの言い分も聞いて欲しいね」
「言い分?」
「そう。最初は、ちょっとふざけていただけなんだ。俺ともう一人の仲間が羽田とじゃれていただけなんだよ。でも、そのうちエスカレートして、仲間を呼んで皆でじゃれていたら、その内、羽田の奴が動かなくなって。殺すつもりはなかったんだ。まさか、あんなことになるなんて。ものすごく反省している。本当だ。うぅ…………」
黒沢は、目を右手で覆って嗚咽をもらした。
だが、それが嘘鳴きであることは誰の目にも明らかだった。
肩が震えているのは、泣いているのではなく、笑っているのだ。
すぐに、悪魔はその本性を表した。
「ひゃはははははははははは! と、まあ、これは俺が大人たちに言った虚偽の証言! 本当は、羽田の野郎が俺たちのタバコや万引きを教師にチクッたからムカついて殺しちまったのさ!」
「…………」
「にしても、少年法ってやつは親切だよなぁ! あん時は俺ももう一人の仲間も、まだ誕生日が来てなくて13歳だったから、俺を罰することは誰にもできなかったしなぁ! まあ、少年院には入れられちまったけど、そこも反省してますって演技しときゃ、この通り、たった三年で出てこれたぜ! つまり、羽田の命は、たった三年分の価値しかないってことさ! ヒャハハハ! マジ、ウケる! ヒャハハハ!」
「…………」
「所詮、力のない奴が力のある奴に歯向かったって無駄なんだよ! 正義ヅラして余計なことさえしなきゃ、羽田の野郎は今でも生きていられたのになぁ! マジで馬鹿な奴だぜ、まったくよぉ!」
「ひとつ、聞かせろ 」
「ああん?」
「お前は自分に力があると思っているようだが、その力ってのは一体なんだ?」
「喧嘩の強さに決まてんだろうがぁ! 気に入らねえ奴をぶっ潰せる最強の力よぉ! お前らもすぐにそれを味わうことになるぜぇ!」
黒沢が、滑稽なセリフを吐いて粋がりながら、俺にその自慢の拳を浴びせかけてくる。
「馬鹿が……。思い知るがいい!」
力ってのは、こういうことだ!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
「ぐえっ……」
間抜けな断末魔と共に、最強の力を持っていると豪語した男は、あっけなく往生を遂げた。
まあ、往生とは言っても、コイツの場合、言葉通りに極楽浄土に旅立てるかは、甚だ疑問だけどな。
にしても、流石に四発目のルーナ・モルテムともなると、身体がふらつくな。
これ以上こいつを打てば、確実に倒れちまう。
「く、黒沢! 野郎、よくもやりやがったな! お前ら、かかれえええええ!」
「うぉおおおおお~!」
まだ黒沢が死んだことに気づいていないのか、残りの九人が、報復の為に一斉に襲いかかってくる。
さあ、ここからハイパー処刑タイムの始まりだ!
「うりゃあああああ!」
まずは一人目! 鉄パイプを持った男!
「〝マギア・テネブラム!〟」
「ごふっ――」
続いて、二人目! メリケンサックをつけて殴りかかってくる男!
「死ねええええええ!」
「お前が死ね! 〝マギア・テネブラム!〟」
「がはっ――」
続いて、三人目~九人目!
「〝マギア・テネブラム!〟」
「ぎゃあ!」
「〝マギア・テネブラム!〟」
「がひっ!」
「〝マギア・テネブラム!〟」
「ぐはっ!」
「〝マギア・テネブラム!〟」
「ぎひっ!」
「〝マギア・テネブラム!〟」
「がっ!」
「〝マギア・テネブラム!〟」
「ごほっ!」
「〝マギア・テネブラム!〟」
「ぐぉっ!」
――殲滅、完了。




