20. 戦いの果てに
「〝マギア・テネブラム!〟 」
「〝レイ・ニルアデム!〟」
俺の出した闇の魔導波に、なゆたの出した灰色のエネルギー波のような呪文が激突。
土埃を舞い上げたものの、特に爆発などは起きず、二つともそのまま消滅した。
「(……これで、なゆたがあの呪文を使ったのは四回目)」
大体わかってきたぜ。
このレイ・ニルアデムという呪文の特性が。
マギア・テネブラムを相殺したり、大量の蛇を一撃で倒したことから、一見すると、かなり強力な攻撃魔法のようにも思える。
だが、それだと一回目の使用時に、ルーナ・モルテムを相殺したことの説明がつかない。
ルーナ・モルテムの攻撃力はゼロだから、相手の呪文がもしも強力な攻撃魔法だったとしたら、相殺ではなく、ルーナ・モルテムを突き破っていたハズだ。
そして、今のマギア・テネブラムとの激突……。
セレナの光の波動 (アンデュ・ライティア)との激突では、強大なエネルギー同士の衝突といった感じだったが、今回は違った。
まるで、こちらの攻撃が相手の呪文によって、かき消されているかのような感覚だ。
これらのことから言えるのは、つまり……。
「読めたぜ、お前の呪文の力が。お前が使っているのは、〝相手の魔法の効力を打ち消す魔法〟だな?」
「うっ……」
この反応、やはりそうか。
顔にバレたと書いてある。
「そ、そうだよ。私の魔法の特性は〝無〟なの。この力の前ではどんな強力な魔法でも無力なんだよ」
こうも簡単に正解だと教えてくるのは、やはり馬鹿なのか、それとも自分の力に自信を持っているからか……。
なゆたは無抵抗をアピールしたいのか、両手を大きく広げ、ステッキの照準を俺から逸らしたまま一歩前へと踏み出してきた。
「ねえ、もうやめようよ。わかったでしょ? 私には、どんな魔法も効かないって」
「はっ! ふざけたことを言うな! この戦いは13個のマナ・クリスタルを奪い合うもの! 目の前にそれが2個も転がっているのに、ワザワザ見逃す馬鹿がどこにいるんだ?」
「わからないよ! これは精霊界の戦争なんだよ!? 私達が戦う理由なんてないじゃない! お互いに攻撃しなければ、それで平和なのに、どうして争いなんかするの?」
「ふん。 純粋を通り越して白痴同然のお前に教えてやる。それはな、お前が言ってることが『すべての国が核兵器を放棄すれば、世界はもっと平和になるのに、どうしてそうしないんですか?』ってのと同じだからだよ!」
「っ!?」
「すべての核保有国が核兵器を放棄すれば世界は平和に一歩近づく。子供にもわかる簡単な理屈だ。だが、そんな簡単な理屈を実行しようとする国なんてありやしない。他の国が本当に放棄するかわかったもんじゃないし、核の保有は、相手に核を打たせないための抑止力にもなるからだ。
俺たち魔法少女の戦いも同じさ。今、すべての魔法少女の国が停戦協定を結んだ所で、そんな何の拘束力もない紳士協定が守られる保証は何もない。国の領土が多い方が有利に作用するこの戦いにおいては、いち早く協定を破り、他国の領土を奪うのが得策。協定を破って領土を増やした大国同士が、互いの兵力の大きさで牽制し合う一方で、敵を信じて何もしない馬鹿な国は何の抑止力も持っていないから、大国の餌食にされる。それがわかっているから、誰も停戦協定なんかには応じないんだ」
「で、でも、それはちゃんと皆で話し合って、全ての魔法少女の国がお互いを信頼することができれば、きっと……! そうだよ! お互いに話し合って、分かり合うことができれば、どんな人とだって友達になれるはず!」
「ふん。それはこんな俺とも友達になれるってことか?」
我ながら、上手い返しだと思った。
こんなにも価値観の合わない俺とこいつが分かり合うなんて、ましてや友達になるなんて、どんな理屈や美辞麗句で飾り立てても、絶対に無理だと思ったからだ。
ところが、なゆたは無邪気にニッコリ微笑むと、自信満々に首を縦に振ったのだった。
「うん。そうだよ。どんなに考え方が違ったって、私たちは分かり合える。協力しあえる。友達にだって、きっと」
純粋な、あまりに純粋な笑顔。
その無垢な瞳には、全くの迷いがなかった。自分の考えが正しいと本気で信じている人間の目だ。
「なろうよ、友達に。そして一緒に協力してこの戦争を終わらせようよ」
こちらに手をさし伸ばし、なゆたは一歩、また一歩と近づいてくる。
そんな彼女に対し、俺は叫んだ。
「来るんじゃねえ!」
「っ!?」
「お前なんかとは死んでも手を組まない! 大嫌いなんだよ! 俺は! お前のように、純粋をこじらせて頭に蛆が湧いてる典型的な魔法少女アニメの主人公みたいな人間が!」
こいつと手を組み、メルヴィルの国とルーニャの国が同盟を結べば、澪って奴も合わせて五人分の戦力になるが、なゆたはともかく、澪が裏切らないという保証はない。
何より、俺となゆたとでは、考え方がとことん合わない。
同盟関係が崩壊するのは目に見えている。
領土を5にするのなら、この場でこいつらを殺してマナ・クリスタルを奪っても同じことだ!
俺の強い拒絶の意思に、なゆたは一瞬顔を暗くさせながらも、
「そう……残念だよ。でも、私、諦めないから!」
と、ステッキを構えた!
しまった! 向こうから攻撃してくることはないと思って油断した!
「〝レイ・ニルアデム!〟」
く……やられ……。
俺はとっさに身構えたが、敵の攻撃は見当違いの方向に飛んだ。
「きゃあ!」
糸の切れたマリオネットみたいな動きで来果が地面にしゃがみこんだ。
が、攻撃が来果に当たったというわけではない。
来果を支えていた糸が突然切られたかのような力の抜けようだった。
「ら、来果の時間停止の呪文が解けた……? そんな、まだ十分立ってないハズなのに……」
来果は何が起きたかわからずに混乱している。
ぐ……。
なゆたの奴、自分の呪文の力で来果の時間停止の結界を打ち消せることに気づいていやがったか!
「(まずい! 今、澪の拘束を解かれたら確実に負ける!)」
「〝ビアブルム!〟」
俺の焦りとは裏腹に、なゆたはステッキを箒に変えると、猛スピードで澪のもとに飛び、そのまま彼女を抱きかかえるようにして急上昇した。
「え? ……なゆた? どうしてここに?」
澪もまた混乱しているようだった。
当然だ。あいつの時間は俺がいきなり目の前に現れ、呪文を放った所で止まっていた。
それが一瞬の内に、なゆたに抱きかかえられて箒に乗っているんだからな。
「っ! 離して! 敵がまだあそこに!」
澪が地上に俺たちが残っているのに気づき、暴れたが、なゆたがそれを制した。
「いいから! 今は早く逃げるの!」
この馬鹿女がぁ! ここで攻撃せずに逃げるだと!?
お前は本気で誰も傷つけずにこの戦いを続ける気か!
舐めやがって!
「逃がすかぁぁぁぁ! 〝ルーナ・モルテム!〟 」
「澪ちゃん、お願い!」
「〝シルディア!〟 」
俺が残りの魔力を全て注ぎ込んで放った即死魔法は、澪の防御魔法に防がれた。
「くそ……」
魔力の使いすぎで、体がだるい。
貧血にでもなったかのように、身体がふらつき、その場に崩れ落ちる。
「ルナさん!」
「ルナ先輩!」
「ルナ!」
セレナたちがこちらに駆け寄ってくる。
薄れゆく意識の中で、俺は飛び去って行く奴らの方を睨みつけていた。
すると、同時になゆたの方もこちらを振り返り、俺たちの視線がぶつかりあった。
「(なゆた……)」
「(ルナちゃん……)」
「(今日の所は勝負をあずけてやる。だが……)」
「(今日は諦めて引き下がるよ。でも……)」
「(俺はいつか必ずお前を……)」
「(私はいつか必ずあなたと……)」
「(殺す!)」
「(友達になる!)」
オマケ:呪文紹介コーナー
今週の呪文
レイ・ニルアデム: 相手の魔法を打ち消すぞ。




