13. 氷の魔法少女
「やりすぎですよ、ルナさん」
気を失ったままの来果を岩陰で介抱しながら、セレナは俺を咎めた。
「物事には順序ってものがあるのに、いきなりあんな魔法見せるなんて」
「直接見せたほうが早いと思ったんだよ。それに、これではっきりしただろ」
「何がです?」
「来果には無理だ。こんな臆病な奴に、命懸けの戦いなんて務まるわけがない」
「でも、この子は強い魔力の持ち主なんですよね、メルヴィル?」
セレナに呼びかけられ、メルヴィルは俺の鞄から顔を出した。
「そうだワン。ルナやセレナ程じゃないワンが、この子の魔力は普通の子に比べれば遥かに強いのワン。現状、この子以外に三人目の魔法少女に適任な子はいないのワン」
「ほら、メルヴィルもこう言ってるじゃないですか。それに、ルナさん言ってましたよね? この戦いは帝国主義ゲームみたいなものだって。全兵力を用いて、確実に領土を増やしていった国が戦いを有利に進められるようになっているって。だったら、仲間は多ければ多いほどいいじゃないですか。第一、仲間にするつもりだからここまで連れてきたんでしょう?」
……理屈で言えば、そうなる。
しかし、なぜだろう。俺は進んで来果を仲間に引き入れようという気にはなれなかった。
やはり、一方的に懐かれているだけとはいえ、知り合いを戦いに巻き込みたくないのだろうか?
……フッ、だとしたら、俺もだいぶ甘いな。
セレナの言うとおり、これは帝国主義ゲーム。
俺たちの領土を狙う敵にいつ襲われてもおかしくない状況だ。やはりここは私情を捨ててでも仲間を増やすことに専念すべきか……。
「ん?」
「どうしました?」
「セレナ! 伏せろ!」
「きゃっ」
セレナを突き飛ばすように地面に倒れこむと、俺はすぐさま態勢を立て直し、さっきまで自分たちがいた場所を目視した。
「な、なんだよこれ……」
味気ない土色だった採石場の地面の一部が、白銀色へと変化していた。
触ってみると、ひんやり冷たい。
「地面が……地面が凍ってます! 一体何が……」
「あいつだ! あいつの仕業だ!」
俺はセレナの遥か後方の空中を指さした。
そこに立っていたのは少女だった。
いや、〝立っていた〟というより、〝浮いていた〟と表現した方が正確だろう。
そいつは確かに空中に浮いていたのだ。
ステッキをこちらに向け、青いコスチュームに身を包んだ状態で……。
「…………」
いきなり俺たちの目の前に現れた宙に浮く謎の少女。
だいぶ距離が離れているが、視力二・0の俺の両目にはそいつの顔がはっきり見てとれた。
長い髪を風になびかせ、氷のように冷たい瞳で、俺たちを見据えている。
そして、攻撃が当たらなかったのを確認するや、宙に浮いたまま距離を詰め、ステッキの照準を俺たちに合わせ――って、呑気に観察してる場合じゃない!
「……〝ギアル・フリジア〟」
近づいてきても、ようやく聞き取れるくらいの小さな声だったが、彼女のステッキから放たれた水色の光線は、凄まじい勢いで、俺たちに襲いかかってきた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
間一髪、俺もセレナも避けることができたが、呪文が当たった地面は、ガチガチに凍りついていた。
「ちっ、これは氷の魔法か……。メルヴィル! どこ行った!? お前は無事なのか!?」
最初の一撃以来、どっかに吹っ飛んじまった精霊に声をかける。
「大丈夫だワン! 衝撃で飛ばされただけだワン!」
と、リス公は岩陰から姿を現した。
「見ての通り、敵の魔法少女がお出ましだ! 俺とセレナは戦わなくちゃならないから、来果を見ていてくれ!」
「わかったワン! 僕に任せるワン!」
頼もしい返事だ。
とはいえ、メルヴィルは現状何の力もないただのリスだ。
来果をちゃんと守れるかは怪しい。ここは俺とセレナで、敵の攻撃をあいつらに近づけないようにするしかない。
にしても、こんな状態でも目を覚まさないとは、来果のやつも図太い神経してやがるぜ。
「セレナ! お前も早くステッキを出せ! 戦うぞ!」
「はい!」
「希望と光の力を持つ杖よ、汝が主、セレナの名のもとに、その力を示せ!」
早口で例の呪文を叫ぶと、セレナは素早くステッキを構え、敵に呪文を放った。
「〝アンデュ・ライティア!〟」
「……〝シルディア〟」
ドゴォォォォン!
採石場に轟く爆音。
「よし! あの強力な光の波動が直撃した!」
「いえ、まだです。直前で防御呪文を唱えていたようでした。盾ごと吹っ飛ばしましたが、ダメージは半減してるはず……ほら、敵はまだやる気みたいですよ!」
セレナの言うとおり、相手は多少のダメージを負ってはいたが、こちらに向かってステッキを構えていた。
「……〝スティリア〟」
敵は相変わらずのか細い声で呪文を唱えた。
しかし、ステッキから出た光線は、俺たちではなく、地面に命中した。
「あれ? 狙いが外れたんでしょうか?」
セレナは拍子抜けしたような声を出した。
地面に攻撃……いや、これは!
「セレナ、逃げ――」
俺はそれに気づき、セレナだけでも逃がそうとしたが、遅かった。
「うわああああ!」
「きゃああああ!」
何が起こったのかは、すぐにわかった。
急に地鳴りがしたかと思うと、俺たちの真下の地面から巨大な氷の柱が飛び出し、俺とセレナを吹き飛ばしたのだ。
少なくとも数メートルは飛ばされ、思いっきり地面に身体を打ちつける。
「くそ……」
何とか立ち上がったが、受けたダメージは大きい。
やはり、今のは俺の 蛇の呪文 (アンギ・フーニス)と同じ地面から何かを出現させるタイプの呪文。くそ、気づくのがもう少し早ければ……。
「ルナさん、無事ですか!?」
セレナが俺を心配して駆け寄ってきた。
どうやら、こいつは俺よりもダメージが軽かったようだ。
「ああ、大丈夫だ。それより、あいつは宙に浮いた状態で他の呪文を使っているが、あいつが使っているのは箒の呪文じゃないな?」
「ええ。おそらく、あれはフローティア……浮遊の呪文です。箒の呪文ほどスピードは出ませんが、ステッキを箒に変える必要がない分、宙に浮いた状態で他の呪文が使えるんです」
「なるほどな。……しかし、なんにせよ、空に浮かんでいる相手に、地上からの攻撃は不利だ。セレナ、箒で俺をあいつの近くまで運んでくれ」
「はい! 任せてください!」
「〝ビアブルム!〟」
二人でセレナの箒に跨り、空を飛ぶ。
これでセレナは他の魔法を使えないが、俺の方は空中からの攻撃が可能! 条件は互角だ!
セレナの操縦する箒はスピードを上げ、あっという間に敵との距離を詰めていった。
「あなた、どうして私たちを攻撃するんですか!?」
セレナがそう問いかけると、相手は不思議そうに首をかしげた。
「……おかしな質問。あなた達はあそこの精霊の魔法少女」
そう言って、彼女は岩陰からこっちを見ていたメルヴィルを指さした。
「つまり私の敵。敵は倒す。それだけ」
随分とわかりやすい理屈だな。
見る限りこいつは今一人。
精霊の姿が見えないが、別行動なのか?
それとも、こいつにも他に仲間がいて、精霊はその仲間の魔法少女の方と一緒なのか?
だとしたら、仲間が来る前に倒した方がいい。1対2でも少し押され気味なんだからな。
セレナはできるだけ話し合いで解決しようとするみたいだが、俺はそんなに優しくない。
「悪いが、一撃で決めさせてもらうぜ!」
この戦いの勝利条件は一つ――相手を殺すことだ。
その点だけに注目すれば、俺は最強の力を持っている。
セレナ相手には〝この呪文〟は使わなかったが、敵なら容赦はいらない!
死ね!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
・オマケ:呪文紹介コーナー
<今週の呪文>
ギアル・フリジア: ステッキから冷凍光線を発射するぞ。
フローティア: 術者を浮遊させるぞ。
スティリア: 地面から巨大な氷柱を出すぞ。
・次回の更新は来週の日曜日を予定しております。先週は休んでしまって申し訳ありませんでした。
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