12. 怪人の処刑場
「ルナさん、誰なんですか、この子?」
来果のことを知らないセレナは、ポカンとした様子でそう尋ねた。
「時峰来果。性別メス。後輩。以上」
「紹介短っ! 名前とルナさんの後輩の女の子ということくらいしかわかりませんよ」
「だって、他に紹介のしようがないんだから、しょうがないだろ」
俺がセレナに小声でそう言うと、来果はツインテールをわなわな震わせて、
「ルナ先輩、何ですか! この女は! 来果というものがありながら!」
わけのわからんことで怒っていた。
「いや、ちょっと待て。俺とセレナはそういう関係じゃないし、俺はお前を自分のものにした覚えはない。そして、ここが一番重要だが、俺もセレナもお前も三人共、性別は女だ」
「性別なんて関係ないですよぉ。来果のルナ先輩への愛は性別なんて超越します」
「踏みとどまってくれ! 頼むから!」
「ルナ先輩には昨日、来果がどんな気持ちだったかわかりますか?」
「昨日?」
「昨日ルナ先輩が学校に来たと友達に聞いて来果は悲しみに打ちひしがれました。そんな大切な日に、来果は季節外れのインフルエンザなんかで、学校を休んでいたなんて……! ルナ先輩が来ると知っていたら、地べたを這いずり回ってでも、学校に行ったのに!」
「いや、寝てろよ。辛いだろ、インフルエンザ」
「ルナ先輩が学校に来るなんて、そう滅多にないこと……。ルナ先輩が学校に来ようものなら、学校中の生徒が騒ぎ出し、挙げ句の果てに先生までもが『みんな、今日は芳樹さんが来てるぞ! 滅多に見られないから昼休みに見に行ってみたらどうだ!』と言い出す始末……」
「金環日食か俺は! 流石にそんなに珍しくないわ!」
「とにかく来果はそんな千載一遇のチャンスを棒に振ってしまったのです! もうこんなチャンスは二度と来るまいとションボリしながらさっき登校していたら、なんとそこにはルナ先輩の後ろ姿があるではないですか! 来果は感激しました。神に感謝しました。来果の部屋に飾ってある、ルナ先輩の体操服にも感謝しました。毎日拝んでいた甲斐があったというものです!」
「ちょっと待て! 俺の体操服を盗んだのはお前か!」
「あ……ヤバ……」
「ヤバ、じゃねえ! 随分前に体育の授業の後、バッグから体操服が消えてたから、てっきり男子の誰かの仕業だと思っていたのに……!」
「ふふふ……苦労しましたよ。体育の授業の後、ルナ先輩がトイレに行っている隙をついた綱渡りのような犯行でした」
開き直りたがったな、こいつ……。
「そんな面倒なことしなくても移動教室の時にでも盗ればよかったじゃないか。たしか、あの時は体育の前の授業が移動教室だったはずだ。俺が他の教室に行っている間に、トイレに行くとか言って自分の教室を抜け出して、盗るのが一番確実だろう」
俺が犯行の甘さを指摘してやると、来果はちっちっちと、芝居がかった仕草で指を振ると、
「わかってないですね、ルナ先輩」
「何が?」
「だって、授業の前に盗ったら、未使用じゃないですか!」
「…………」
これには流石の俺も返す言葉がなかった。
横を見ると、セレナも、盛大に引いているのが容易にわかった。
「セレナ、こいつの紹介を一つ付け加えておこう。〝変態〟だ」
☆☆☆☆☆
生活費を持ってパチンコに出かけようとする飲んだくれ亭主を止める薄幸の主婦のように俺の腰にまとわりついて離さなかった来果のアホを何とか引き剥がし、俺とセレナは屋上に避難した。
教室だと、来果がやって来る恐れがあるからな。
「あの子とはどういう知り合いなんですか?」
屋上のフェンスに背中をあずけるように座ると、セレナはそう尋ねてきた。
「別にそんなに親しいってわけじゃないぞ」
「本当に?」
「本当にとは、どう言う意味だ?」
「いえ。ただ、ルナさんがその口調で喋っていても、驚いていませんでしたから、それなりに親しい間柄なのかと」
……こいつ、なかなか鋭いじゃないか。
「あいつは――来果は以前、上級生の女子にイジメられていてな。詳しい経緯は省略するが、俺がそのイジメていた連中を成敗してやったんだ。別に来果のためにやったわけじゃないぜ? 俺もその連中には心底ムカついてただけの話だ。でも、それ以来、あいつに懐かれちまってな」
「成敗って何やったんです?」
「ちょっとな……。ただ、その連中はもうこの学校にはいないってのは事実だ」
「……恐ろしいんで、これ以上訊くのはやめときます」
セレナは苦笑いしていた。
その時、俺のカバンが何やらガタガタ動いた。一瞬、何が起こったのかと驚いたが、すぐにメルヴィルの奴を鞄に入れっぱなしにしていたことに気づき、急いで鞄を開ける。
「ひどいワン! 僕のことを忘れるなんて! 周りに人がいるから身動きできなくて辛かったワン! 屋上に来たならすぐに鞄から出して欲しいワン!」
開口一番、やかましいリスだ。うるさいので、再び鞄の中に閉じ込めておくことにしよう。
「ちょ、やめて! やめてワン! もう鞄の中はイヤだワン! 大事な話があるんだワン!」
「大事な話だと?」
「そうだワン! さっきルナに懐いてた子の事だワン!」
「来果がどうした?」
俺がそう尋ねると、犬みたいな喋り方のリスは急に真面目な顔になってこう言ったのだった。
「あの子には魔法の素質があるワン」
☆☆☆☆☆
放課後になるまで待って、俺とセレナは来果を近所の採石場へと呼び出した。
本当は昨日セレナと戦った山の中腹の方が距離的には近いのだが、昨日の戦いのせいで、だいぶ地面に穴を開けてしまった。
これ以上あそこを使うと、地形を変えてしまいかねないという俺の判断で、この採石場が選ばれた。
ここなら周りに人がいないし、魔法を使っても被害を最小限に抑えられる。
聞くところによると、まだCG技術が発達していなかった時代の特撮ヒーローものでは、派手なアクションシーンで本物の火薬を使っているため、街中で撮影するわけにはいかず、戦闘場面ではこういった採石場が好んで使われたらしい。別名、怪人の処刑場。
俺たちは特撮ヒーローではなく魔法少女であって、別に怪人をなぶり殺しにするわけじゃないが、人に迷惑のかからない場所を必要としているという点では同じだ。
「ルナ先輩に放課後誘ってもらえるなんて夢のようです! でも、なんでこんな場所なんですか? ここって採石場ですよね? ハッ、まさかルナ先輩たちは来果をこんな人気のないところに連れ込んで、何かよからぬことを考えているんじゃ……。とてもゾクゾク……いえ、ビクビクします!」
何やら妄想たくましい来果に対し、面倒なことが嫌いな俺はさっそく本題を突きつけた。
「なあ、来果。お前、魔法少女にならないか?」
「へ?」
案の定、ポカンとした顔。
そして、次に続くのは、
「魔法少女ぉ? あはは。なんの冗談ですかぁ。ルナ先輩らしくもない。ひょっとして来果をからかってます?」
こんな感じの反応。
まあ、おおかた予想通りだ。これは話すよりも見せた方が早いな。
そう判断した俺は、首から下げていたペンダントを手に取り、例の呪文を唱えた。
「知恵と闇の力を持つ杖よ、汝が主、ルナの名のもとにその力を示せ!」
「…………!?」
いきなりペンダントがステッキに変化し、俺の制服が黒を基調としたコスチュームに変わったので、来果は目を丸くしていた。
まだだ。これくらいで驚いてもらっちゃ困る。
「〝ビアブルム!〟」
ステッキを空飛ぶ箒に変化させ、大空へ。
「…………!?!?」
来果が口をあんぐりと開けたまま固まるのを確認しつつ、空中で弧を描いて着地。
さて、これで仕上げだ。
「〝マギア・テネブラム!〟 」
ステッキから発射された魔導波で、近くにあった巨大な岩を粉砕。
採石場に響き渡る爆音と舞い散る粉塵。
それを目の当たりにした来果は、
「…………」
泡を吹いて卒倒していた。
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