傷つける記憶は、忘れることを許さない ≪2≫
マリエル(子ども)は、ダ行の発音が特に苦手です。
マリウスは子どもの頃からひねくれ思考です。
マリエラは大叔母(マリエルのお祖母さんの妹)さんです。
似た名前で混乱したらごめんなさい。
私が打ち込み選択ミスで、たまに混乱してます…
「マリエルちゃん、このお菓子は如何?」
「いや、この果物がよかろう?甘くて瑞々しくて美味いぞ」
母と兄の間に座り、お茶の給仕を受けると、待ちかねたように王と王妃が競ってマリエルにお菓子や果物を薦め始めた。
マリエルが困ったように母を見上げると
「じゃあ、お皿に少しずつ頂きなさい。但し、お腹に入る量だけです。欲張ってはいけませんよ?」母が苦笑しながら助けてくれた。
「はい。…んと…おうひさまの、いちあんおすきなおかしを、いたじゃいて、いいてすか?…そして…おうさまの、いちあんおすすめになた、くじゃものを、いたたきたいてす」
マリエルなりに気を遣って頭も使い、舌足らずにも必死に話す姿は、呆気なく王と王妃を虜にした。
「おぉ、どれでも薦めてやろうぞ!まずはこれだ。これはなルーベルといって、この国で新しく採れるようになった果物でな。甘酸っぱくて美味いぞ。こっちは花の蜜を固めたお菓子だ。喉をつるん、と通って楽しいぞ。…それからこれだ!滅多に食べられない南国の果物で…」
「レイ!一番、と言ってましてよ?もうその辺にしてくださいな。わたくしのお菓子が乗らなくなってしまいますわ!…マリエルちゃん、このお菓子は口の中で蕩けるのよ?食べてみて!気に入ったら御代わりをしてもいいのよ?…そうだ!お土産にもしましょうね…」
マリエルに群がる王と王妃の姿に、マリウスは内心苦笑する。
(一国の王と王妃に給仕させるうちの妹って…いや、この姿は給仕じゃなくて給餌だよな…)
そして、ふと横を見るとユースタスが、王とマリエルのやりとりをじっと見つめているのが分かった。
自分と同い年のユースタスとは、父に連れられて来た王城で何回か顔を会わせたことがあった。
ユースタスはこの国の一人王子だ。もしやマリエルをうっとうしく思っているかもしれない…と、マリウスは声をかけた。
「ユースタス殿下、妹がお騒がせして申し訳ありません。まだ幼いのです。お許しください」
「…ん?…あっ、あぁ。別に気にしてない。…そうか、あれはお前の妹か…」
「?…はい。3つ下で、先日4歳になりました」
マリエルはちゃんと家名を名乗って挨拶をしていた。隣には父が寄り沿い、自分とも面識がある。
それなのに、今ごろマリエルが自分の妹と認識したのか?とマリウスは不思議に思う。
「…そうか…まだ4歳か…賑やかでいいな…」
「そうですね…」
呟くような一言を聞いたマリウスは(なるほど…殿下は一人で寂しいのかもしれないな…)と理解した。
しばらくして、マリエルへの給餌騒ぎが一段落した頃、グイドが飽きてきただろう子ども達に『裏庭』の話をした。
「…王城で働く以上は、いずれお前達も行くような時が来るのだろな…ユースタス、せっかくだからマリエルとマリウスを連れて見てきたらどうだ?今はモントルードの花が咲き始めているぞ?」
そう王に促され、ユースタスは立ち上がるとマリウスを見て、マリエルに手を差し伸べる。
「では行くか」
『裏庭』に行くのは決定事項、と有無を言わさない動きに、マリエルは断ることもできず、手を引かれ部屋を後にする。
(いや、このひとに、てをひかれるなんて…おにいさまがいい!)
しかし手を引き抜こうにもしっかり握られていて、結局、引きずられるように『裏庭』へ向かうしかなかった。
庭園は、お茶を頂いた部屋から遠くなかったが、その間も手はずっと固く繋がれたまま、三人は『裏庭』に着いた。
「ここが『裏庭』だ。そしてあれがモントルードの花だ。」
ユースタスの指差す方を見ると、小さな紫色の花がいくつも集まっては一つの塊となって咲いている樹木があった。
塊は房のようにいくつも枝に付き、ほのかに甘い香りを漂わせている。
「わぁっ、きれい!」
小さなマリエルは、後ろに倒れるギリギリまで体を反らして花を見る。自然と開いた口を見て、ユースタスは薄く笑って言った。
「お前、また口が開けっ放しだぞ?この花は食えんからな」
ムッとしたマリエルは、ユースタスを睨んで繋がれたままの手を抜こうと挑戦するも、強く握り直されてしまった。
「殿下、僭越ですが、花がよく見えるように、私がお嬢様を抱えて差し上げましょうか?」
後ろから付いて来ていた護衛に聞かれると
「いいんですかっ?」
「いらんっ!」
と言う二人の声が重なった。
もちろん、前者がマリエルで後者がユースタスだ。
自分の意思を無視される事に慣れていないマリエルは、不機嫌さを隠しもせず、マリウスに救いの目を向ける。
しかし、庭園を周遊できるよう作られた狭い通路では、いくら子どもとはいえユースタスとマリエルの後ろには護衛も立っていて、そのさらに後ろにいるマリウスからは指さえ届かなかった。
(マリエル、多分、殿下は兄妹で遊ぶのが羨ましいんだ。もうしばらく我慢して付き合ってあげて!)
そうは言っても4歳の女の子相手に無茶はしないだろう、とゆとりのある事を考えてマリウスは見ていたが、状況は急転した。
「モントルードが見たいなら、もっと近くで見られる所がある。来い!」
突然、ユースタスはマリエルの手を引っ張って、細い通路を駆け出した。
いきなりの急な動きに付いていけないマリエルは、通路脇に植わった低木の茂みや、飛び出した枝に顔や手を引っ掻かれて振り回される。
身長も違う活発な7歳の男の子に、4歳になったばかりの令嬢がついていけるはずもなく、むき出しの肌には瞬く間に傷が幾筋もついた。
(いたいっ!かおにあたった…ひっぱられたてもいたい…おにいさまどこ?)
庭園内に慣れているユースタスの動きに、マリウスは付いていけず軽く迷子になっていたが、マリエルの不安そうな顔を思うと、心配になって必死に追いかけていた。
「こっちだ!この木を潜れば着くぞ…」
通路をウネウネと走り回ってたどり着いた、行き止まりの茂みの下に空いた穴に、ユースタスはマリエルを引っ張り込んで道なき道を進み始めた。
(いやだ、ドレスがよごれちゃうっ、おかあさまにしかられるわ。あぁっ、かおがいたい…、いきがくるしくなってきた…どれだけはしらせるの。てもいたい…うでまでいたくなってきたわ…もうっ、あついっ!いたいっ!くるしいっ!…もうやだっ、なきそう…)
息が上がったせいか、マリエルの喉がヒューヒューと音を立てた。
むき出しの腕や首も深い切り傷ができたのか痛みが増す。
涙が浮かんで目の前が滲み、見え難くなった。
暗く狭い茂みの隙間が怖さを煽る。
その隙間を先に抜け出たユースタスが、これが最後とばかりにマリエルの手を目一杯引っ張って、茂みから引きずり出した。
もう限界を越えていたマリエルは、引きずり出された通路にへたりこんで手をつくと、荒い息に肩が激しく上下する。
「ここだ!これならお前でも近くで見えるだろう?これはモントルーデといって、モントルードを小型化したものなんだ。どうだ?」
すごいだろ!と自慢げに後ろを振り返ったユースタスは、そこで初めてマリエルがおかしいことに気づいた。
「お、おいっ。お前大丈夫か?そんなに無理して走らせたか?…苦しいのか?…おいっ、顔を上げろ」
とマリエルの顔を強引に掴んで引き上げて叫んだ。
「っうわっ!バケモノっ!」
「…っ…はぁ、はぁ…ば、けもの…って…はぁっ…わた…しのこ…と?」
今まで誰にも言われた事のない言葉を投げつけられて、マリエルは苦しさよりも驚きが勝ち、苦しい息でも何とか言い返した。
「はぁっ…っ…そ、んな…こ…とっ、だ…れにもっ…はぁ、はぁ…いわれ、たこと…っはあ…ない、わ」
「っ…そうなのか?…まっ、まぁ、身内は甘いものだからな……ほ、本当のことは言えないんだろっ。父親に守られてたんだろっ?…お前、本当に酷い顔してるぞっ!まともな顔じゃない。そんな顔、どうしたらなるんだよっ!」
この世の者とは思えない、とばかりに糾弾されているような言葉の数々に、マリエルはさらなる涙で目がチクチクとした。
(ひどい…いままでこんなこと、いわれたことはなかった。でもそれは、かぞくにあまやかされていたからなの?わたしは、そんなひどいかおしていたの?そんなバケモノみたいに?さっきまでは、おとうさまのちからでまもられていただけなの?)
ついにマリエルは痛みや暑さから、通路に横になってしまった。
そこにようやく二人を見つけて追い付いた護衛とユースタスが、何か言葉を交わしているのがマリエルにも聞こえたが、初めて言われた言葉の衝撃は強く、会話の内容など気にならなかった。
これまで、マリエルは人からどう思われているかなど考えたこともなかった。
今初めて自分はバケモノなのか?と疑問が生まれて、その疑問に怯えた。
バサッッ!突然、頭から何かを被せられて真っ暗になった。
「っ!、っっうぅーっんーーーーっっ!!」
声を出そうとしてもうめき声しか出なかった。
(こわいっ!たすけてっ…おにいさま!おとうさま!おかあさまっ!)
「じっとしろ、騒ぐな!そんな酷い顔、見せられないだろ!」
真っ暗な中響いた、最後に聞こえたユースタスの言葉は『ひどいかおは、みせられない』だった。
トラウマになる事柄は、時として他人にとっては
「そんなこと?」と言われたりします。
でも、そんな人でも傷を受けた側になると、概ね
「酷いことされた!」と言います。
小さい子どもほど受けた傷の程度が認識できず、繰り返し思い出しては、何度も自分を深く傷つけるようです。
マリエルの受けた傷は「そんなこと」?
ユースタスのしたことは「酷いこと」?
人にはどう見えるのでしょう…




