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傷つける記憶は、忘れることを許さない ≪1≫

マリエルの幼児言葉が全部ひらがなです。

読みにくいと思います。ごめんなさい。

 秋だった。


 少し前に4歳になったばかりのマリエルに、世界は優しく、恐れるものなど何一つなかった。


 父グイドと兄マリウスは、マリエルをとことん甘やかしたし、母リンデルは時として娘を厳しく(たしな)めることはあっても、自身が早くに母を亡くしたせいか、マリエルから目を離さずしっかり見守った。

 そのため、必ず見ていてくれる、という確かな安心感がマリエルの中に生まれた。

 また、リンデルにとって姉のような存在である母の末妹のマリエラは、女児が久しく産まれなかった一族にようやく産まれた念願のマリエルに、どんなことでも尽くしてくれた。


 だから、マリエルにとって可愛がられるのは当然で、疑問を持ったことなどなかったのだ。


 あの日まで―――



 ☆☆☆☆☆


 家族全員で出掛けたりしないマリエルにとって、皆で一台の馬車に乗っただけで大事件だった。

 馬車の中では父の膝の上に座り、隣には母が反対には兄が座った。

 いつもと違う目の高さで家族を見られる楽しさや、いつもと違う空気に、今日は楽しい事があるに違いない!とワクワクして落ち着かなかった。


 馬車を降りたそこは、石造りの白く大きな建物の前だった。

 手を引かれて入ったその建物の中では、木肌の色が違うものを何種類も使って複雑な模様を描いた床があり、その美しさにマリエルは夢中になった。

そして、それからはずっと下を向いて歩いた。

 その床が途切れてしまった時は悲しかったが、今度は外とつながった柱が何本もある廊下に出ると、その床や壁を彩るタイルに心を奪われた。

 近くでみると、くすんだ青を基調としたタイルなのに、少し離れただけで光を受けて輝き、多彩な模様を生み出しているのが分かる。

 歩く度に見える模様が変わる不思議さに、マリエルは目が離せなかった。


 やがてタイルの通路も途切れてしまい残念に思ったが、先程のこともある、きっとまた見たこともない素敵なものがあるに違いない、と期待をして次の室内廊下に入った。

 そこから長い廊下を歩いたが、今度はとても高い天井によく分からない絵があるだけで、マリエルの目には魅力が無くつまらなかった。


 そうして周りを見るのにも飽きた頃、何回めかの角を曲がって着いた先は、キラキラとした飾りや触ったら叱られそうな美術品が置かれた明るい部屋で、初めて見る綺麗な人達が立ち上がって出迎えてくれた。


 しかも、迎えてくれた人の先には、美味しそうなお菓子やお茶が用意された卓があった。


(うわぁ、おいしそう!やっぱり、きょうは、いいひなんだわ。あのおかしは、いつたべられるかな…)


 お菓子に目が釘付けのマリエルを、気持ちごと引き戻すように父が手を引いて、自分の前に押し出すように立たせると


「ご挨拶しなさい」と促された。


 マリエルは素直に、母と大叔母から習った通りにスカートを少しつまみ上げ、迎えてくれた人達に向かって腰を落とし、頭を下げた。


「はじめまして、ウィルフォードこーしゃく、むすめのマリエルにごしゃいます。どうど…よろしくおねかいいたします」


 ちょこちょこと発音が怪しいのもご愛敬、とマリエルの辿々しいその姿は大人達の微笑みを誘った。


「まぁ、可愛らしいお嬢さんだこと。お辞儀も良くできていましてよ。わたくしはオリアナ。貴女のお父様とお母様のお友達なの。よろしくね、マリエル」


 コロコロと優しい声が掛けられ、マリエルは改めてその女性を見た。

 その人は、金髪の髪を高く綺麗に結い上げ、触れてみたくなるような気持ち良く明るい色のドレスを着て、それは美しく微笑んだ。


 マリエルは、つまみ上げたスカートも戻すのを忘れ、ただ口をポカンと開けてその顔を見上げた。


「マリエル、口」


 ヒソッと横で兄につつかれ、慌ててパクっと口を閉じる。


「申し訳ございません、王妃様。無作法をいたしまして…何ぶんまだ赤子に近いもので、何卒ご容赦くださいませ」と父が頭を下げる。


「久しぶりの女児に浮かれ、つい甘やかしてしまった我が家の責任にございます。お許しくださいませ」と、母まで頭を下げる。


 両親がそろって頭を下げる姿など初めて見たマリエルは、何がいけなかったのか分かってはいないが、自分はとんでもないことをしたらしい…と初めて怯えた。


「よい。マリエル、何も気にするな、お前は何もしてはおらぬよ?」


 今度は父と同じくらい背の高い、綺麗な黒髪の男性が優しく声を掛けてくれた。

横を見るともう両親は頭を下げておらず、母がマリエルの肩に手を置いてくれたので、ホッとする。


「全くグイド、お前も無粋な奴よなぁ。今日は久しぶりに、気の置けない学友と気軽なお茶の時間を設けただけのこと。しかも大した無作法ではなかろう?むしろグイドの、そのようにニヤけた顔を、初めて見せてくれたマリエルを誉めたいくらいだ。やはり姫は特別可愛いものなのだろうな?」


「レイモンド陛下、それを聞かれますか?…それはもう言うまでもなく娘は我が家に最上の喜びをもたらしてくれます。息子は共に歩める嬉しさの日々でしたが、娘は…これが何やら息子とは全く違う未知の喜び故、誠に飽くことがありません」


「…それは、なんとも羨ましい限りだな…まぁよい、いずれうちに来れば我が娘ともなろうよ」


「それは…あり得ませんな」


 いわゆる御学友でもあったグイドが、眉根を寄せて嫌がる様に、エリアーデ王レイモンドはくつくつと楽しげに笑いながら、少し先の将来を夢見るように話した。


「あら!リンデル、貴女の娘が私の娘にもなるなんて、なんて素敵なことかしら…どう?」


 王妃も手を軽く打ち合わせると、破顔一笑にリンデルに問いかける。


「そうですわね、オリアナ様が義理の母上様になって頂けるなど、誠に有難いお言葉にございます。ですが、今のように皆が甘やかしていきますと、とてもとても王家の職が務まる器には育たないかと…」


 リンデルも王妃との付き合いは古い。

 四人は歳も近く、其々の家格の高さから一生の付き合いがあるものと心得て、子どもの頃から共に多くの時間を重ねた幼なじみであり、学年こそ違うものの学舎にも同時期に在籍し、いずれは国の長となるべく学んだ仲間でもあった。

 それ故の気安さから、言葉遣いは丁寧でもリンデルは『王家に嫁ぐようには教育しません』と言い切ったのだ。


 最もリンデルの夫であるグイドもさして変わらず、言葉と態度は真逆であるし、言葉の奥には別の含みを持たせている。

が、それも気楽な間柄からの事なので誰も気にしない。

 何度か経験のあるマリウスも気にしないが、マリエルだけが初めてのことでドギマギしただけのことだった。


「まぁ、いずれゆっくり進めればよいわ。それより子供たちが焦れておる。早くお茶にしてやろう」


 王のその言葉に、ついにお菓子が食べられる!とそれまでのことをすぐに忘れ、喜んだマリエルの気持ちは、誰が見ても明らかだった。


「そいつ、食い意地が張ってるんじゃないか?」


 ふいに王の後ろからヒョイっと男の子が顔を出した。


「ユースタス!今まで何処にいたのだ?お前は時間も分からないらしいな?…しかも、何て口の悪さだ!謝りなさい」


王に叱られた子どもはマリエルをじっと見る。


「これ、誰?…っ、痛っ」

「マリエルは『これ』じゃないわ。マリエルはマリエルなのよ?そんなこともしらない、あなたはだれ?」


 王が男の子の頭を叩くのとマリエルが不可思議な抗議をしたのは同時だった。


「ユースタス、私はお前に謝れと言ったのであって、更なる失礼をしろとは言っておらん!お前は、父の言葉の意味も分からぬ愚か者だったらしいな。こんなことでは早晩、後悔する時がこよう!」


「マリエル、ごめんなさい…どうやら、うちの息子は酷い愚か者で、あなたの方が大人だったみたいだわ」


王からの冷たい叱責と、王妃の嫌みなマリエルへの謝罪に、渋々男の子は謝罪を始めた。


「私はエリアーデ国、第一王子、ユースタス・ミルコ・エリアーデと申します。そちらのご令嬢に失礼な口を利いたことを心よりお詫びいたします。」


 頭を下げたユースタスを見て、リンデルがマリエルに謝罪を受けるよう促す。


「マリエル?ユースタス王子は謝罪されたわよ?貴女は?」


「…ウィルフォードこーしゃく、むすめのマリエルに、ごしゃいます。しゃじゃいはうけいれますわ」


 こちらも渋々頭を下げて謝罪を受け入れると、それを見届けた大人達は満足そうに、全て終わった、とお茶の用意がされた卓へと向かって歩き出した。


 だからユースタスが次に言った言葉は、マリエルにしか届いていなかった。


「…まともに話せないのか。お前、赤ん坊か?」


(…っ!このひと、きらい!いじわる。こわい!こんなひといや!)


 マリエルは先に大人に付いて歩きだしていた兄に走り寄り、兄の上衣の裾を摘まんでユースタスを振り返ると、キッと睨み付けた。


 ☆☆☆☆☆


 マリエルにとって、このユースタスとの最悪の出会いは、この後、それすら忘れるほどの騒動になる。



 事件は出会いの二時間後に、起きた。



…すみません…またも2つに分かれました。


いえ、出し惜しみしてる訳じゃないんですよ?

(そんな自らハードルあげるようなことできません!汗)


ずいぶん削ったのですが、思ったよりマリエルちゃんが好奇心旺盛になり、親四人も脱線してったんです…


結果、可哀想にマリウスは影薄くなっちゃって(涙)


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