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選んだ『道』

長いです。


でも本編はこれで終わりです。

 何年もの間、何度も足を運んだ扉の前に立つとさすがに気持ちが下がる。

マリエルはなけなしの気持ちを奮い立たせて、扉を叩く。


「どうぞ」


 中からキーランの少し眠そうな声が聞こえた。

仕事に熱心な彼のことだ、もしかしたらまたここに泊まり込んで余り寝ていないのかもしれない。


「キーラン…朝から失礼するわね…」


 マリエルが部屋に入ると、キーランが嬉しそうに満面の笑顔で椅子から立ち上がって出迎えた。


「マリエル!朝から貴方の顔を見られるなんて…とても嬉しいですよ!どうぞ、こちらへ。お茶を入れましょう」


「ありがとう。あ!ごめんなさい…わたくし、今日はお菓子も何も持ってこなかったわ…急にお邪魔することにしたものだから…うっかりしていたわ…キーラン?」


 マリエルは自分をじっと見ていたキーランの眉が寄せていることに気づいた。


「…いえ、いいんですよ。また今度持ってきてください。貴女の持ってきてくださるお菓子は、毎回とても美味しくて楽しみにしているんです」


「そう?気に入ってくださっていたのなら良かったわ。もちろん、またお持ちしますわ」


「うん。お願いしますね…はい、どうぞ」


 カチャンと音を立ててカップがマリエルの前に置かれると、湯気と共に懐かしい香りが漂った。


「あ…これ…」


「そう…覚えてましたか?昔マリエルが気に入ってよく飲んでたお茶です。実はね、これはモルゲイン産のもので、ダグラスが取り寄せてくれていたお茶だったんですよ」


「そうでしたの…いつからか飲まなくなってしまっていたけど…モルゲインのものでしたのね…」


「ええ、ダグラスがこの国を出た後、モルゲインに帰らず放浪してましたからね、お茶も取り寄せられなくなりまして…今回は持参して来てくれたんですよ」


「うふふ…ダグラス様は本当にキーランの事が好きなのね………ねぇキーラン。…本当にモルゲインに…ダグラス様と一緒に行ってしまうの?」


「………どうでしょう?…狡い言い方をすると、貴女の答え次第、と言ったところでしょうか…」


「わたくしが止められなければ行ってしまうの?」


「まぁ…それも頭にはありますね。私は貴女に幸せでいて欲しいのです。ですが貴女が他の男と幸せになることを容認できるほど、私の心は寛容ではありません…とはいえ、どこか行くならモルゲインの魔術式研究は魅力的ですし、ダグラスからの保護もあるでしょうからね…自然と第一候補に、と考えているその程度です」


「そう…キーランの魔術はこの国には不可欠なものよ?この国のためには引き止められない?」


「この国…それは王子に協力するということですよね?貴女を奪ったあの男に協力したくはないですね」


 キーランはきっぱり冷たく言い放つと、言葉を洗い流すようにお茶を一口含んだ。


「いえ…わたくしは殿下に協力して…とは言っていませんわ。この国…つまりは国民に協力していただけません?と伺ったのですわ」


「あぁ、グイド様のご息女らしいお言葉ですね…でも、それは同じことですよ。違う人が立太子することはあり得ない今の御世では、やがて国とは彼と同義語になりますからね」


「そう…とも言えますわね…。でも、もしわたくしが、キーランを引き止めるためだけに想いを返すと言っても、貴方は納得できますの?」


「さあ…分かりませんね…でも、私はどんなことをしても貴女と共にありたいので…受け入れるでしょうね…きっと」


「そんな…悲しいことをおっしゃらないで…」


「………でも、マリエルは私を選んではくださらない。…そう伝えにきたのでしょう?」


「え?…何で…?」


「何故分かるか…ですか?…それこそ、悲しいかな長い付き合いのせい、とでも申しましょうか…。貴女の装いからですよ。朝一番で貴女に会えた嬉しさと、その装いを見た悲しみが、今朝の私の中に渦巻いて、正直、苦しいほどです。ですから先程から私の発言は少し荒くなっていますよね?」


「ええ、まぁ…でも、待って!わたくしの格好はどこかおかしい?いつもとそんなに違いますの?」


「いえ、おかしくはないんです。おかしく()()()()()のです。…ふふっ…ああ、そんな困ったような顔をしないで…貴女はね、私を近しく思いすぎていたんですよ。だから、貴女が私の所に来るときはいつもどこかに『隙』があったんです」


「隙…?」


「ええ、でも大したことではないんですよ?…例えば髪のリボンが歪んでいたり、ターシャの目の届いていなかっただろうお菓子を入れた籠が古すぎたり…まぁ、言ってみれば、家族なら気にもかけないような些末なことです。…でも…今日の貴女は隙が無さすぎました。どこにも」


「家族なら…」


「そうです。貴女が私を大事に思ってくださっているのは事実でしょう。でも…それは家族としての親愛の情だと気づいてしまったのではないですか?」


 マリエルはなんと返せばいいのか分からず、小さく頷いた。


「………わたくし、本当に今までで一番考えましたの。…頭が痛くなるほどに…でも、何も答えは出ませんでしたわ…ただ、一つだけしか浮かびませんでしたの。………わたくしにとって一番大切なものは『家族』なのですわ。…この国のことも大切ですが、それは公爵家に生れた責任で、国民を大事に思うのは義務です。……そんな責任も義務も取り外して、わたくし自身の一番大切なものを考えると『家族』しかありませんでしたの…」


「理解しています。だからこそ、私は貴女とその『家族』になりたいと思いました」


「…そうですわよね…普通、そう思われますわよね…。ところが、わたくしにとって、貴方はすでに『家族』でしたの。…家族のように思っているのではなくて、実際は違っていると分かっていても、キーラン…貴方は、血を分けた家族だとわたくしは思っていましたの…」


「血を分けた家族…?」


 キーランが呆気にとられた顔をして、ポカンとマリエルを見つめてくる。

 マリエルが居心地悪そうにソッと目を下からキーランへと送ると、彼にはその姿が小さい頃にマリウスや自分と共に危険なことをした、と怒られていたときの彼女の姿と重なって見えた。


「わたくし…今から酷いことを申しますので、ここだけの話にしてくださいませね?」


 内緒よ?と口に指をあてる仕草にも小さな時のマリエルが重なって見える。


「わたくしが…もし結婚したとして、そのお相手の方や、さらにはお兄様の奥様になられた方には血を分けた家族とまで思えないと思いますの。………もちろん、情は持つのかもしれませんけど…何をしても一番に考えてしまうのはお父様とお母様とお兄様、そしてキーランだけなのよ」


「それは…」


「ごめんなさい…これ、貴方にも酷い話に聞こえるわよね…お兄様には絶対言わないでくださいね。今から意地悪な小姑だと思われたくはないですもの。…わたくし苛めたいわけではないないんですのよ?ただ…自分でも思ったより、わたくしにとって血の繋がりが大きかった、というだけですの…」


「それが…血の繋がりも無い私には感じてくださっている、と。……それ故に、私には想いが返せない、と言われる…。はっ、ははは…確かに、これは酷い。喜ぶべきか、悲しむべきか…私はどう思ったらいいんでしょうね…」


「………怒ってもいいと思いますわ…しかも、わたくし…もっと酷いことを、これから言うつもりですのよ?」


「…私を振って王子を選ぶ、と言うことですか?」


「いいえ。それよりも酷いことですわ」


「貴女が他の男に取られるより酷い話ですか?」


「ええ、とてもわがままな酷い話です。……キーラン…お願い…モルゲインに、いえ、他所に行かないで!」


「…それは…」


「王家へ嫁いだわたくしを見たくない気持ちくらいは、いくら恋をしたことがなくても分かります。………貴方は本来自由です。貴方は貴方の望む場所で望むように幸せであるべきです。………いえ、わたくしがそうあって欲しいと願っているんです。でも…行かないで欲しい。貴方に何かあったら駆けつけることができるところにいて欲しいんですの。有事にわたくしが兄の元へ駆けつけるように、貴方の所へもそうでありたい。酷い、わたくしの思いです。…もちろん、貴方はそれを振り払って構いません。それで当然だと思っています。だけど、貴方がわたくしに想いを寄せてくださったように、わたくしも貴方に寄せる想いがあるのですわ。それこそ、殿下には及ばない程の想いが…」


「…なるほど…確かに、そんな想いは王子には持っていないかもしれませんね…」


 それから、二人は黙ってゆっくりとお茶を飲んだ。

 結婚を断るという話をしていたにも関わらず、ただ静かな時間だけが流れ、そこには気まずい空気の欠片もなかった。


(まぁ…想定内、と言えなくもないな。むしろ想定外なのは思ったよりマリエルの中に入り込んでいた自分自身かもしれない…)


 マリエルの姿を眺めながら、キーランはマリエルにとっての自分を考えていた。

マリエルを想う自分ですら、小さな彼女が重なって見えるのだ。

 恋に疎い彼女にとってキーランは、むしろ子どもの頃から自分を守ってくれたマリウスと同じ姿にしか見えていなかったのだろう。


(それもやむ無し…か。では、想定通り、第二案に進むとしよう…)


 たっぷり時間をかけてお茶を飲み干したキーランは、カップを卓の上に戻すと、いつもの優しい笑顔でマリエルに話しかけた。


「…分かりました。…貴女に振られたことは…辛いですが受け入れましょう。さらに…貴女が望むなら、この国を出ていくこともやめましょう。……ただ…二つだけ、貴女にお願いがあります」


「わたくしにできることでしたら何でもしますわ!おっしゃって?」


「では…一つは、この先も『家族』として、貴女を支えることを許してください。何かあった時には、今までと同じように『助けて!』と遠慮なしに駆け込んできてくださいますか?」


「それは…もちろん、わたくしの望むところですけど…貴方はそれでいいの?」


「ええ、それが私の望みです。私にとっても貴女は大事な家族と思う面もありますからね。そして…もう一つは―――――してくれますか?」


 キーランはマリエルにも今まで見せたこともないような、幸せそうな笑顔で告げた。


(そう、私は簡単に貴女を逃がしません―――)


 ☆☆☆☆☆


 断崖絶壁。

今日も自分の心のうねりに寄り添うように、ゴウゴウと風が唸り、打ち寄せる波も大きく飛沫を立てていた。


(トール様には、本当にいい場所を教えていただいたわ。…気持ちを落ち着けるのに、こんないい場所はないもの…)


 キーランとの話が済んだ後、まっすぐ家に帰る気になれなかったマリエルは、あの崖の上に立っていた。


 キーランの想いを断るのは辛かった。

彼の真剣な想いが伝われば伝わるほど、自分が彼を大事にしたい思いに縛られてしまっていた。

 それなのに、彼を心から大事にしたくても同じ想いを返せないことも分かってしまったのだ。

ほとほと、自分という人間の嫌らしさを実感しながら強い風にマリエルは身を晒していた。


「だから!こんな所に一人で来るな、と言っただろう!」


 いつかのように、後ろから声がかかる。

しかし今回はマリエルも驚きもせずに後ろを振り返ると、文句を言って当然という顔をしたユースタスが立っていた。


「…一人ではありませんわ」


「だから!従僕一人では役に立たん、と前も言っただろ?」


「いえ…殿下がついて来そうに思いましたから」


「…知ってたのか?」


驚いた顔をしてユースタスに、マリエルは思わずクスッと笑ってしまう。


「いいえ、存じておりませんわ。でも…何となく。着いて来そうだな…って」


「そうか…」


 ユースタスは神妙な面持ちでマリエルの前に立つと、彼女の腕を引いて抱き寄せる。

その勢いで手から離れた朱色の肩掛けが、強い風に飛ばされてしまう。


「あ…肩掛けが…」


「新しいのを俺が贈るから、今はこのままでいてくれ!」


「殿下…」


「…マリウスが…お前が今朝一番にナイトリッジの所へ行ったと言っていた…」


「それで心配になっていらしたの?」


「当然だろ?お前が…アイツを好きなのは分かってるからな…でも俺のことも嫌ってはいないだろ?『恋』をされていないのは同じなはずだ……でも『恋』をするかもしれないのも同じだから…」


「わたくし…殿下がこんなに気弱な方だったなんて、知りませんでしたわ…」


「おっ…お前にだけだ…。お前は権力や政治では動かせないから…お前に気弱な俺ではやはり駄目か…?」


「いいえ、ダメではありませんわ。…正直に申し上げますと、わたくしまだ殿下に『恋』はしていないと思いますの」


「うっ…そ、それは覚悟の上だ」


「でも…今朝朝日を見たときに、殿下のお手紙にあった『今日の夕日が美しくて、とても美しいその夕日を貴女と共に見れたらと願った』とあったことを思い出しましたの。その時、わたくしも美しく輝く朝日をでと見られたら幸せかもしれない、と思いました」


「じゃあ…」


「ふふっ…ですから、キーランにはお断りして参りましたの」


「となると、ナイトリッジはモルゲイン国に行ってしまうのか…」


「まぁ、ご存知でしたの?」


「オスカーから聞いていたからな…」


「いいえ、それは引き止めて参りましたから大丈夫ですわ。このまま残っていただけるそうです」


「そうか…良かった。…でも、アイツに憎まれることは覚悟しておくよ」


「それも、大丈夫ですわ。わたくし、キーランと約束して参りましたから」


「約束…?」


「ええ、東国には来世があると信じられているのですって。だから、今世では叶わなくとも来世はキーランと共にある、と約束して参りましたの」


「え?嫌だ!来世も俺とではないのか?」


「あら、殿下…今世も貴方と共にあるかはまだ分かりませんわよ?」


「何故!」


「…わたくし…愚かな王妃になるつもりはございませんの。でも今のままでしたらバカな王太子妃にしかなれませんわ」


「そんなの、お前は基礎が違う。必要なことは身に付くだろう?」


「だとしても、です。わたくしには学ぶ時間が必要ですわ」


「…長くは待てない。婚約期間は最低限で頼む!そうでなければ俺が保たん!」


「あら?婚約者になりますの?わたくしの?」


「なるに決まっているだろう!俺はお前を手放さないと言っただろ!」


「いいえ、構いませんけど…わたくしね、実は密かな趣味がございますの」


「趣味?」


「ええ…実は………婚約破棄を少々…嗜んでおりますの」


「却下だ!そんなもの絶対許さない!」


 クスクスと笑うマリエルを、離してなるものかとばかりに掻き抱いたユースタスは、破棄なんかさせない、と呟くと腕の力とは真逆に優しく触れるような口づけを落とし、この幸せは誰にも壊させず、誰もがこんな思いになれる国にしてやる、と心に誓った。


 今や断崖に吹きすさぶ強い風も、二人をより近づけることしかできない。


 マリエルはユースタスに抱かれて冷えた体が少しずつ暖まってくるように、これが『恋』というものかもしれない…と思いながら、心にじわじわと広がる温かさと喜びを感じていた。





 ―了―




今日中に「あとがき」が追加されます。


あと、後日談も含めたおまけが三話程上がります。


ここまで、お付き合いしてくださった方、本当にありがとうございました!心から、感謝しております!

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