裏庭
ま…また消えた…
三回書き直し…
今さらですが、いわゆる『ざまぁ』はないと思います。
自業自得でそう感じる奴等が二人ほどいる予定です。
今回はマリエルが少しトラウマに苦しんでる場面があります。
苦手な方はすっ飛ばしてくださいませ…
この国がある広大な土地は、大小合わせて13の国々と2つの島国からなる『中央ドネルバン大陸』と呼ばれ、その中の南東部に位置するのが、この国『エリアーデ王国』である。
まだ13の国々が、はっきりと形作られる前の時代に即位していたエリアーデ王は『どんな戦乱の世にあっても、王城で働く者達には心穏やかな時間が必要である』と説いた。
その為、王城に勤める者からエリアーデの至誠の句とされる『決して気持ちを波立たせず。民のために働くことを忘れず。ただ静かに国を建てる気持ちを持つこと』という想いが風化せず形として残るよう、王城の裏を贅沢に使った庭園を築いた。
『裏庭』と軽く呼ばれるが、王の想いが強く込められたこの庭園の話は、広く子ども達にも教えられる有名なものだ。
しかし、自由に立ち寄ることが出来るのは、王城に勤めている者と許可ある者だけ、という場所でもあるので、一般には『至誠の地』とも呼ばれている。
マリエルは『裏庭』に行くことが出来る許可ある者の一人だが、普段は決して行こうとはしない。
☆☆☆☆☆
「奴はいない。奴は訓練中。奴はいない。奴は訓練中…」
こそこそと籠を胸に抱え込んだ姿で、ボソボソ呟きながら身を隠すように歩くマリエルは、怪しさ満点だった。せいぜい頑張っても、初心者のでき損ない間者にしか見えない。
「あの角を曲がれば裏庭…あそこまで頑張れば裏庭…お兄様がいるから大丈夫…奴はいない…庭も怖くない。ただの庭…」
問題の『奴』には絶対会いたくない。
でも、『裏庭』そのものも怖いらしい…と今さら気づく。
どれだけ時間が経っても、鮮明な恐怖を伴う過去の記憶は今の自分を苦しめる。
胸の奥で、何かが内臓を握りしめてくるような、ジウジウとした痛みが走る。
それに併せて鼓動もドクドクと走り、更に見えない塊が喉を塞いでくる。
歩いているのは、昼前の明るい柱廊のはずだが、暗い夕方ではないか、とすら思わせるほど目の前が暗い。
「後少し…後少し…奴はいない。奴は訓練中…」
令嬢らしい言葉使いも、とうにどこかへ吹き飛んでいた。
左に見える騎士団棟から、少しでも自分を隠すように柱廊の柱に体をズリズリと沿わせながら、目的地を目指して歩く。
正直、マリエルは自分でも裏庭に行くことが、ここまで負担になるとは思っていなかった。
漠然と子どもの頃を思って『嫌だなぁ』と思っていた位のはずだった。
それが、いざ向かってみると絶え間なく恐怖の波が襲ってくる。
(後少し。もう角は目の前、足を出しなさい自分!)と鼓舞しながら、やっとたどり着いた曲がり角の壁に冷たくなった指先を引っ掻けた。
怯える気持ちを振り切るように、バッと反動を付けて、引っ掻けた指で押し出すように我が身を放り出した。
ザァっと視界が開け、明るい日射しにきらめく木々と、その先の方に広がる青空までが一度に目に飛び込んできた。
そこには、花木と花壇を中心に初夏の日射しも眩しい、新緑と花の色鮮やかな庭園が広がっていた。
「裏庭…って、こんなに広かったのかしら?…」
土地こそたっぷりと使われているものの、戦乱時に造園された庭は、植栽に贅を尽くすことなどせず、国に自生する植物だけで造られている。
ただ手入れの良さと植栽の巧みさで見映えがしているが、本来は王城の裏にあるから『裏庭』と呼ばれるだけの実に長閑な庭園だ。
しかも今は眺めるのに最適な季節なようで、春の花が未だ名残を惜しみ、夏の花は少しずつ顔を出し始めていた。
これは兄でなくとも、訪れたくなるかもしれない。
しかも、造った王の理念を思うと、兄の逃げ込み方もあながち間違ってはいないのか…とすら思える。
花壇の脇を歩きながら、先程まで喉を塞いでいた塊が解け落ちて、呼吸が楽になるのを感じる。
今は吸い込む空気すら甘い。
(あんなに怖かったのに、こんな呆気なく消えるなんて、わたくしはいったい何に怯えていたのかしら?)
気持ちも新たに辺りを見回すと、低木の影に少し茶色がかった濃い金髪の見慣れた頭を発見した。
「お兄様!お約束通り参りましたわ!」
マリウスのいる茂みまで駆け寄ると、横に並んで同じようにしゃがみこんだ。
「えっ!?マリエル!?」
マリエルは慌てる兄を訝しんで、柳眉を歪める。
「もしかして、お忘れでしたの?お兄様が15人目の方を選んでおいてくださると仰ったのよ?だから、わたくしはお名前を伺いにお邪魔させていただきます、と夕べお約束いたしましたのに…」
「あっ…いや、それは覚えていたよ。一応、簡単な調査をした結果を下に、今朝、父上にも確認をして選んだよ」
「まぁ!どなたに決まりましたの?」
明るい笑顔のマリエルとは対象的に、マリウスは真剣な顔で問いかけた。
「いや、その前に。…お前、ここは『裏庭』だよ?入って来ても大丈夫になったのかい?」
「…それが、不思議なんですの。あの角を曲がるまでは、怖くて体が冷えきってしまって、息も出来ない位だったんですのよ?…本当は何度も帰ってしまおうかとも思いましたの。でも、戻るために『裏庭』を背にするのも恐ろしくて…ただお兄様の所に行こう、とだけ考えて来ましたの。そしたら…いざ、角を曲がって庭園を目にしたら、とても広くて綺麗に見えましたわ。…前は狭くて、暗くて、木々が覆い被さるように迫ってきた記憶しかなかったのですが…」
「そうか…あの頃はお前もまだ子どもで小さかったからね、目線の低さから狭く感じたのかもしれないな。…あの後、何回か連れて来たけど入り口で倒れてしまってね、ここに来るのは止めたんだよ。最後に来てから15年は経つかな?」
「…倒れたことの記憶はございませんの…でも、わたくしにとって、ここはずっと嫌な場所でしたわ。…どうやらお兄様には隠れる場所のようですけど」
ふふっ、と笑う妹に恐怖の色が見られないことをマリウスは喜びながら
「いや、まぁな…少し前にまた問題が起きてね。…本当に、早く帰りたい…ああいう揉め事は嫌いなんだよ…」と、軽くため息をついた。
「あらまぁ、なんて可哀想なお兄様!」
「マリエル…僕を誂えて楽しそうだね…」
「そんなことありませんわ。本当に大変だろうと案じてますのよ。だいたい、お父様の愛情はおかしな方からやって来ますものね…」
「あぁ、どこかお前に似てるよね…」
「っ!籠の中のケーキ、全部投げつけますわよ?お兄様ご自身が鳥のご飯になられます?」
「いいや、普通に食べさせて貰いたいね。ちょうど昼時だし、いつまでもこんなところでしゃがんでるのもどうかと思うし…よしっ!そこの四阿で待ってなさい。今お茶を淹れてくるよ」
「あら、わたくしが…」
「いや、いいよ。僕が淹れて来よう。お菓子の用意をして、これでも読んでなさい。今回選んだのはこの人だ」
立ち上がったマリウスが封筒を渡してきた。
相手が最初に申し込みをしてきた時の手紙と、兄の調べた事が書かれた調査書だろう。
マリエルが手に取ると、兄はまた真剣な顔で告げた。
「マリエル。僕はね、お前がこの庭に来られるようになったのは、一つの成長だと思うんだ。…同じようでいても、中身はちゃんと変わっているんだよ。だからね、この人を最後にしなさい」
「えっ?」
「どうしても、と言うなら無理に嫁がなくてもいい。お前の事は私が面倒をみよう。でも、自分の楽しみのためにする婚約はこれを最後にしなさい。お前は変わらなきゃいけない。いや、変われるんだよ。この『裏庭』が証明したじゃないか。…その事を頭に入れて、これを読んでおきなさい。ああ、それと、これは父上も同意なさったことだからね。今朝の段階で父上は『最後』と言っておられたんだ。私としては如何するか悩んでいたのだけど、今日のお前を見て決心がついたよ。父上の言われる通り、これを『最後』にするんだよ。いいね」
立ち去るマリウスの後ろ姿を見ながら、マリエルに対して普段は『僕』という兄が『私』と言ったからには、本気だな、と理解する。
「ふぅっ………ついに、わたくしも覚悟しなければなりませんのね…」
マリエルは、立ち上がってスカートの汚れを軽く払い一息つくと、四阿に向かって歩きだした。




