母の追及
すみません…連夜の家族会議に疲れていたらしく、寝坊してしまいました…
吊し上げを受けたような疲れる朝食の後、グイドとマリウスは遅くなった時間を取り戻すように急いで王城へと出ていった。
残されたマリエルはそれで解放されたわけではなく、リンデルとターシャも交えた女性会議を開催するべくマリエルの私室へ移動していった。
お茶の支度をしているターシャをリンデルが眺めながら、マリエルに長椅子の隣に座るように促す。
「マリエル、こちらに。ターシャもお茶の支度が出来たら、前の椅子にお座りなさい」
「そんな…私はこちらに控えさせていただきますが…」
「いいの。これは女三人の秘密会談なんだから」
「…嫌じゃなきゃ座って?…というか、わたくしを助けて…」
縋るようなマリエルの視線を、ターシャは巧みにかわしながらお茶を小卓の上に並べる。
「ありがとう、ターシャ!さ、座って」
逃がしてなるものか、とばかりにターシャの手を取ったリンデルに座るよう促され、渋々椅子に座る。
「お部屋は気持ちいいし、美味しいお茶も、お茶菓子も揃ったわ…さぁ、始めましょうか?」
(ああ、お母様の満面の笑顔が恐ろしい…)
「あんな大事な話をいきなり朝からするなんて、グイドも困ったものだわ。正式な文書としては昨日届いていたみたいだけど、今朝それぞれのお家からご家族の気持ちの書かれた手紙が届いてしまって、言いたくなっちゃったんでしょうね…」
エリアーデにおける正式な婚約申し込みとは、まず申し込み相手先へ申し込む側の「経歴書」や「絵姿」と「結婚に対する条件」などをまとめ文書を送る。
その後に、その結婚を家族もしくは本人がどう思っているかという手紙が届く。
これは同時に『○○家は○○家に、結婚の申し込みをしました』という公告を出すことでもあった。
そこまでしても申し込みをした家は、申し込まれた家の女性と添い遂げたい、と宣言しているのだ。
政略結婚の場合は、文書だけで止まることも多く、家族からの手紙はひどくあっさりしたものになりがちだ。
一方、恋愛結婚の場合は家族の協力があることを示すためにか、昨今ではどんどん分厚い手紙になりやすい。
今朝、それぞれの家より家族からの分厚い手紙が公爵家宛に届けられていた。
「まぁね、もっとも朝の時間だったから、あそこで話を止められたのよ?あなた、あのまま続けてたら、きっとあの日の殿下とのことを全部知られて、我が家は阿鼻叫喚だったでしょうね…情報は小出しにしないと…今度はグイドかマリウスが倒れる事になるわよ?ね、ターシャ?」
「奥方様、発言の許可をいただけますでしょうか」
「もちろんよ。…秘密会談の間は好きにお話しなさいな。そうでなければ意味がないわ」
「ありがとうございます。…おそらく、お嬢様はあれ以上上手くお話になるのは無理かと思われます。あれでもご本人は隠して話されたおつもりかと存じます…」
「…そうよね…そもそもこの子に、そういう戦略的会話ができてたら、もっと強かな子になってるはずだものね…」
「はい。そう思います。…私はあちらに行ったときにそのことだけが心配でございます」
「分かる!分かるわぁ…やはり最低限の戦略的会話は必要になるものねぇ」
「………あの…お母様もターシャも、今わたくしの話をしてらっしゃるのよね?わたくし目の前におりますのよ?勝手にお留守番させないでくださいます?」
「はいはい。じゃあ、話を進めましょうか」
リンデルとターシャが改めてマリエルの方を向く。
「…貴女、あの日話した時は殿下の子どもの頃の話を聞いても何も感じなかった、と言っていたわね?怖かった自分の代わりに、殿下を怖がるようにすり替えていたんじゃないか、とも。あの後も何回もお会いしてるのでしょう?何か気持ちは変わったのかしら?…今のマリエルはどう思っているの?」
「…また、そんなたくさん聞いて…」
「だって、今日は時間があるもの。ゆっくりたっぷり聞けるじゃない?…いいわよ、ゆっくり考えをまとめてくれて。お茶を飲みながらのんびり待つわ」
(そんなの、余計重圧がかかるじゃないですか…)
マリエルは、どうあっても逃してはくれないだろう母の視線を感じながら、どう話そうか考えた。
「本当に今でも殿下をどう思っているのか分かりませんわ。ただ…あの後お会いして、いろいろなお話をして今の殿下と、子どもの頃に殿下が経験したことが何となく繋がるときがあって、最初に伺った時より理解できるようになりましたわ」
「だからさっき『殿下も傷ついていた』と言ったの?」
「え?えっと…あの日のことで殿下も傷ついていた、というのは前から分かっていましたが…んん?…確かに、さっきのは殿下の子ども時代のことの方が浮かんでいたかもしれませんわね…」
「そうね、何か『あの日』を思い浮かべて話していたようには聞こえなかったわね。もっと殿下その人の話をしているように感じたわ」
「殿下その人…」
「貴女の目に映る殿下はどんな方なの?」
改めてマリエルが考えこむ。
(本当にお母様との、この時間はありがたいのだけど…逃げる暇なく考えさせられるし、考えを押し付けたりなさらないし…でも、その分ものすごく疲れるのよね…)
「…毎日いろんなお話を伺ったので、殿下の人となりを少しは分かったつもりですわ。意外に几帳面でらしたし、王族としての責任は感じてらっしゃるようですが、どちらかと言えば騎士としての誇りの方が強くてご自慢みたいです。それに、お茶と甘い物がお好きですの。…ふふっ…一度入ったお店で、お茶受けに、と出していただいた子ども用のお菓子が、それがもう驚くほど甘かったんですけど、殿下はとても気に入られたようでお持ち帰りもなさってましたわ。子どものころ食べてはダメと王妃様に叱られたので、その反動だとご自分ではおっしゃってましたけど…多分、関係なくお好きなんだと思いますわ」
「本当に親しくなったのね…」
「親しいかどうかは…でも、さっきお父様とお兄様にも申し上げましたが、本当に殿下を怖がることはなくなりましたわ。ただ…」
「ただ?」
「結婚とか、そういう相手として考えられるかと言うと…正直まだ何も…」
「奥方様、お嬢様はまだ…その…」
「分かっているわ、ターシャ。…この子の幼いところよね?」
「…はい…」
「ですから!わたくしはここにいますのよ?」
「マリエル、今貴女は大きな決断を迫られています」
それまでとは打って変わって、リンデルが真剣な顔でマリエルに話しかける。
「キーランと結婚するのか、殿下と結婚するのか、二人とも断るのか、まずはこの三つね。その上で結婚しないのなら貴女はどうやって生きていきたいのか、そこまで考えていく必要が今回はあるでしょう。なぜなら、今回は王家からの正式な申し出をお断りするのだから、今後は他家からの申し込みは無くなると考えるのが妥当だからです。これは理解できるわね?」
「ええ、お父様も今朝『申し込みが届いてしまった』とおっしゃってましたし…わたくしもその重さは理解しています」
「そうね、でも逆に言うとね、今まで王家は打診をしてきたことは何回かあったけれど、正式なお申し込みは殿下が止められていたのよ。…正式なお申し込みは貴女を追い詰めてしまうから、と言ってね。その殿下が、正式にお申し込みをされてきたのだということも理解しておいてあげなさい」
「…お母様…やはりお母様は殿下をお薦めになる?いえ、お母様がというより、ウィルフォードとして王家に嫁ぐ方がいいのかしら?」
「あら、私個人はキーランに嫁ぐのもいいと思ってるわよ?あの子は殿下と違って不器用でしょ?今回だって、もっと上手いやり方はたくさんあったはずなのに、殿下の行動に焦っちゃったんでしょうね…不器用なのに虚勢を張ってるところなんか可愛くて可愛くて!」
「え?不器用でしょうか…」
「私にはそう見えるわね。魔力量が多すぎて苦労もしてるのよ?…魔術に研究熱心だけど、それは小さい頃から調整能力を磨く必要があったからよ。抑えることを身に付けるために小さい時から魔術省に毎日連れていかれて、子どもらしく遊ぶことも少なかったし、家族と過ごす時間もなかったわ。…だから、お父様が空き時間に家に連れて来たり、マリウスを連れていったりして子ども同士の付き合いをさせてたのよ。まぁ、あの二人が本当に仲良くなってたから、というのもあるのだけどね」
「…そんなこと、キーランは一度も…」
「そうね、あの子は一度も貴女にそんなことを言わないし、見せなかったわね。…ね?不器用でしょ?だからあの子の所に貴女がいくというなら、私は安心して送り出せるわ。見た目も好みだしね」
「そうですの…」
「でも、殿下の長年の想いも知ってるの。貴女を心配して大事にしてくれていたのをね。だから、王家に嫁ぐという…しかもいずれは王妃になるという、貴女には荷が勝ちすぎる所だとしても、彼がいるならこちらも私は安心して送り出せるの。あとは貴女の望み次第よ?お父様も家のために嫁がせる必要はないと考えてらっしゃるわ。ああ、これは前も言ったわね?…でも本当よ。だから、貴女の望みを考えなさい。それがきっと貴女にとっての正しい『道』になるわ」
「正しい『道』…」
「そうよ?…もっとも、貴女が『花婿修行学舎』を経営したいなら、それも止めないわよ?面白そうだし、新たな収入になりそうだもの」
「っ!それっ、何で…」
「うふふ…私は何でも知ってるの!」
マリエルがパッとターシャを見ると、ブンブンと首を横に振る姿が目に入る。
(お母様…恐るべし…)
「ああ、それからね。貴女はどうも『自分』より他からの目線でものを考えがちみたいだから、そんな貴女向けの決断方法四つ目を教えとくわ」
「この間の…」
「そう、続きよ。四つ目はね、貴女が『支えてあげたい人は誰か』よ」
「支える、ですか?」
「そう、貴女が二人に助けてもらったように、二人も誰かに支えられたいと思っているはずよ?…人は誰でもそう。だから、貴女が支えたいと感じるのは誰か、何か、ということを考えてごらんなさい」
「お母様もですか?お母様もお父様を支えたいと思われてる?」
「そうね、私もお父様を支えられたら…と思っているわね。だから私は好き勝手、言いたい放題にしてるでしょ?」
「?」
「グイドはね、子どもの頃から何でも支配できる所に居たし今も居るわ。だから私だけは共にあっても支配できない人間でいようと思うのよ。そしたら力に溺れる人にはならないでしょ?私は彼を留めることで、彼を支えてるの。…まぁ、私の方が割りはいいと思うけど…うふふっ」
「…支え方もいろいろ、という事ですわね」
「それはそうよ。夫婦二人の関係にもよりますからね。…ああ、それとね最後に究極の方法、五つ目も教えておくわ」
リンデルが隣に座っているマリエルの耳元で何ごとか囁いた。
聞かされたマリエルは急に目を見開いたかと思うと、泣きそうな顔でうつむいてしまった。
その姿を見ながら、リンデルは楽しそうに笑うと手をヒラヒラと振りながら部屋を優雅に出ていった。
(また奥方様が、とんでも発言をされたのね…)
ターシャはそう思うと、これからさらに頭を悩ませるだろう主のために新しいお茶を入れに椅子から立ち上がる。
こうして、女三人による秘密会談は終わりを告げた。
リンデルはお母さんを早くに亡くして、唯一女性的な面のケアはマリエラがしてくれてましたが、父にべったり育てられたので、言葉遣いとか性格も大雑把になってしまった方なんだと思います。
でも、こんな人だからグイドと夫婦でいられるのか、と…




