夕暮れは思案時
今回は少し短めですかね。
ユースタスちょっと弱気かも。
「王太子、マリエルから離れてもらえますか?」
「ナイトリッジ…」
珍しく目の吊り上がったキーランが、二人に近づいてくる。
「王太子、失礼します!…マリエル、こちらへ」
「きゃあっ…」
キーランがユースタスの肩を押し退けると、それと同時にマリエルの腕を引いて自分の後ろに庇うように隠す。
「ナイトリッジ、別に俺はマリエルを傷つけるようなことはしていないが?」
「…では、今貴方がなさろうとしていたことはマリエルも同意の上だったと?」
「同意?そもそも許諾を質問していないからな」
「同意を聞きもせず、それでも傷つけてはいないと言われるので?」
「…まぁ、あまり口づけるのに、『これからするが、いいか?』と聞くような野暮な奴はいないだろうな…それとも…ナイトリッジ、お前なら聞くのか?」
(あぁ…やっぱり殿下は、口づけようとしてたんですのね…)
などと、マリエルは二人の空気はそっちのけで、あらぬことを考えていた。
「うっ…」
キーランは言葉に詰まると、珍しく激昂した。
「それでは…マリエル!」
「っ…はい!」
「貴方は王太子に口づけされたかったですか?…不快に思っていたんじゃないですか?…本当のところはどうなんです?」
「え?…はぁ?」
怒りの矛先がマリエルに向けられたかのようなキーランの厳しい顔つきでの詰問に、マリエルは一瞬何を聞かれているのか分からなかった。
「はい、そこまで!」
するとそこへ、手をパンパン!と鳴らしながらダグラスが庭に入ってきた。
「キーラン、さすがにこの場でその質問はないだろ。マリエル嬢だって、こんなところで本音は答えられんぞ」
「…そうか?」
のんびりと答えながら、ユースタスがマリエルの顔をのぞきこむように視線を送る。
「当たり前だろ?…確かに私はマリエル嬢との付き合いは君達みたいに長くはない。でも少し話しただけでも、今の質問の答えが嫌でも嫌じゃなくても必ずどっちかが不快な気持ちになるのが分かってて、平気で答えられるような性格はしてないと思うんだが?…違うか?」
「…あぁ…マリエル、申し訳なかった…ついカッとなってしまった…」
キーランが真っ先に、シュンと落ち込んだ顔で謝罪してきた。
マリエルは、ただコクンと頷いてキーランの腕をさする。
これは子供の頃から、キーランと兄妹三人が喧嘩した時にする仲直りの仕草だった。
その長い年月を感じさせるやり取りに、今度はユースタスがムッとした顔をして二人を見ていたが、そんな彼にダグラスが話しかけた。
「悪いな、ユースタス。あれでもキーランは私の友人なものでね。どうも君の方が一歩前進しているようだったんで、彼の味方をしなくてはいかん、と思えてな…」
「ふん…何が一歩前進だ。ナイトリッジの方が俺よりも何歩も前にいるよ。…出会った年だって、あいつの方が四年も早いんだぞ?ずっと親しくしてきた年数だって、あいつの方が長い!」
ぶつくさと文句を言うユースタスに、ダグラスが目を見開いた。
「驚いたね…。私が学舎にいたときも、君がマリエル嬢を気に入っていたのは知っていたが、ずっと、そんな子どもみたいに、彼女を想い続けてるのか?まさにマリエル嬢恐るべし!だ。…まぁ確かに、興味深い令嬢ではあるな。…キーランの想い人じゃなきゃ、うちに連れて帰りたいくらいだ」
「ダグラス…君には今回、とにかく世話になった。…だから、聞かなかったことにするが、マリエルは俺のだ!渡すわけがないだろ?」
「すごい!君にそんな独占欲があったとは…学舎での数年間じゃ分からないことはあるものだ」
「ふざけるな!俺よりもナイトリッジの方が独占欲は強いだろ?俺は…誰よりも我慢してるさ」
「…面白い!いや…ユースタスがこんな面白い人だったなんて、もっと早く知りたかったよ。…まぁ、まだ遅くはないか、これからはもっとお互いの国情が絡んでくるだろう。親しくさせてもらうよ」
「まぁな…うちはお前の所みたくデカイ国じゃないけどな」
「うん…でも安定してる。うちみたいに火の粉を被ったりしてないだろ?正直、羨ましいね」
「いや…うちもたいして変わらん。問題は…な…」
「あぁ、神聖国か…あそこは全ての国にとって悩みの種だ」
と、二国の王子が親交を深めている間も、キーランはマリエルに切々と自分の気持ちを訴えていた。
その姿を苦々しくみつめながら、
(ほら、見ろ。絶対、俺の方が出遅れてるだろ)
そう思う内心の焦りを隠して、ユースタスはダグラスと話していた。
☆☆☆☆☆
結局、事件について宰相に内々の話があってきたダグラスとキーランは、グイドとマリウスが帰宅するまで応接室で待つことになり、彼らだけを残して帰ることなど許せないユースタスもその場に居座った。
間もなく帰宅したグイドとマリウスが、驚いたのは言うまでもなかったが、さらに一家の夕食まで参加した上に、その後のお酒の時間まで全員が話を続けたので公爵家の使用人達は総出で大忙しとなった。
(さっき、私一人に任せて逃げた罰だわね)
その様子をマリエルは少し面白がって見ていたが、それを上回っていたのは母リンデルだった。
「グイドって、腐っても宰相だったのねぇ。…筆頭公爵家とはいえ、うちに王子が二人もいるなんて!見目麗しい若い男性が四人もいるのよ!…豪華ねぇ」
「お母様…そんな、腐っても、なんてお父様が…ん?四人?…お母様、あそこには五人いらっしゃいますけど…」
「だから『若い』って言ったじゃない?目の保養よね…キーラン君の黒髪も素敵だけど、殿下の長めの濃い栗色の髪も素敵よねぇ。ダグラス王子は明るい金髪だから華やかだし、マリウスは濃い金髪な分落ち着いて見えるわ」
「まぁ…確かに…見た目は皆様整ってらっしゃいますわよね…」
「で?マリエルはどの人が好み?」
「はぁ?」
いつもながらの母の脈絡もない言葉にマリエルはついていけない。
「大丈夫よ、誰かの名前を言っても結婚させよう!とかいうわけじゃないから」
「当たり前です!…お母様…そもそも、あの中にはわたくしの実の兄もいるんですよ?」
「いやねぇ、堅苦しいこと言って。だから見た目とか性格とか、あの中なら誰が好み?って、聞いてるだけよ?で、誰?」
「…特に好みは…」
「あら、絶対あるわよ。気づいてないだけで、人の好みって結構細かいものよ?」
「…だって、そんなの考えたことなかったんですもの…急に将来を考えて欲しい、とか言われても…分かりません!」
うっかりマリエルがこぼした言葉に、リンデルは密かににやっと笑う。
「仕方ないわねぇ…それじゃあ、決められない時に答えを見つける方法を教えてあげるわ。まず一つ目。目を閉じなさい」
「え?…え?なんですの?急に…」
「いいから!はい、瞑って!ギュッとね。…はい、最初に浮かんだ人は誰?」
「…………ターシャ?」
「ターシャ?…いやね、男の人で、よ?はい、もう一回!目を開けて…はい!ギュッと瞑って!…誰の顔が浮かんだ?」
「…………お父様?」
「んーじゃあ、二つ目の方法ね。そのまま目を閉じた状態でね。もし、貴方が溺れていたとして、助けに来てほしいのは誰?」
「…お兄様!」
「それじゃあ、家族以外で!三つ目の、方法ね。今突然の事故で死んでしまって二度と会えなくなったり絶対したくない人は誰?」
「………………………無理!浮かびません!」
「殿下も、キーランも?」
「いや、だって殿下が亡くなったら我が国は唯一の跡継ぎを亡くしますのよ?考えるのも不敬ですわ!…キーランだってこの国にとって大事な魔道士です!魔道省始まって以来の魔力と技術の持ち主、異例の大出世は天井知らず!とまで言われてるのに…そんなこと考えられません!」
「あなた…はぁ…変なところで宰相のお父様を受け継いだのね…貴女が考えているのは自分じゃなくて国よ。…私が聞いたのは貴女自身のこと」
「わたくし自身…」
「いいわ、今の順番で何回かしばらく考えてみなさい。…いい?自分の気持ちに鈍感にならないようにね」
「お母様…」
「さっきの貴女の話からしても、今日のお父様達のお話し合いの様子からしても、そう遠くなく貴女に結婚の正式な申し込みが来るでしょう。その時には必ず、選ばなければならないのよ?誰を選んでも選ばなくても、貴女の望むものを貴女は選んでいいの。うちは政略とか考えなくてもいいだけの状況をお父様もマリウスも作ってるわ。だから貴女が成すべきは自分の望む道を選ぶことよ?いいわね」
いつもながらの母の洞察力にマリエルはドキドキしながら、頷いた。
「考えてみます…」
一応そう返事はしたものの、そう簡単に今までの自分が変わるわけはなく答えを出すことなどできなかった。
(確かにキーランからは求婚されたけど、慌てなくていいって言ってくれてたし)
などと、気楽に考えていたマリエルは、呆気なくしっぺ返しを受けることになる。
あの公爵邸に全員集合となった僅か三日後、王家とナイトリッジ伯爵家から正式な結婚の申し込みが来てしまったのである。
お母様、結構な爆弾落としてると思います。
実は相手を決めるのに、あと一個奥の手があるのですが、それをどこでマリエルに教えるのかな…




