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兄を探して

 ウィルフォード公爵家の家紋が入った馬車は、マリエル的には時として仰々しく見えて苦手なのだが、その紋章自体に魔道士による術式が施されている。

その術により王城に入る許可とされているのだ。

 特に、城を囲む最後の城壁を、楽に通るために必要な認証物だと思えば、とても有効なものでもある。


 それでも最後は人による確認があり、城内へ入る通用門の衛兵に、今日は御者を勤めてくれている公爵家の従僕が、本当に公爵令嬢が乗っていることを伝え、兄のいる文官執務棟へ通るための家族許可証を見せる。

 この許可証にも術が掛けられていて、登録のある者しか発動しないようになっている。

 許可証の確認が済むと馬車は城壁を越え、お城に入る脇口に設置された降車場に停まる。


 マリエルは、二つ乗せてあった籠のうち一つを持って馬車から降りた。


「マーク、そんなに長くは掛からないと思うのだけど、待っていて貰えるかしら?」


「はい。お嬢様、慌てずごゆっくり過ごされても大丈夫でございますよ。本日、旦那様は王城からのお迎え馬車をお使いになられてございますし、奥様も夜まで馬車はお使いにならないとのことでございました。」


「分かったわ。では、しばらくの間、お願いね」


「はい。いってらっしゃいませ」


頭を下げて見送ってくれる従僕のマークに、軽く手を振って城内へと歩みを進めた。


 ☆☆☆☆☆



「あれ?マリエル嬢、今日はお父上…宰相様の所ですか?それとも、マリウス様の所ですか?」


 城内に入ると同時に声をかけられた。

微かに見覚えのある、兄よりも背の高いがっしりした男性だ。


「まぁ、ディーン様。お久しぶりでございます。確か…前回のお兄様の部署でお会いして以来ですから、1年ぶりになりますでしょうか?お元気そうで何よりですわ。…わたくし、今日はお兄様に所用でお邪魔いたしましたの」


「なんと!私を覚えていてくださったんですね。嬉しいなぁ。ええ、多分それ位ぶりだと思います。前回は、まだマリウス様が民部省におられた時で、私も次官でした。実は最近マリウス様に呼ばれまして、兵部省でまたご一緒させて頂いております。」


 ディーンはその体つきから、とても文官とは思えないが頭がキレて仕事がしやすい、とマリウスが言っていたことを思い出す。

とすると、ディーンの移動は今のマリウスにとって、仕事がしやすい人間を一人でも入れたい、という切実な願いからだったのかもしれない。

 実は今、マリウスにとって仕事場は逃げ出したいとこ第一位なのだ。


「そうだったんですの。では、お顔を合わせる事が増えるかもしれませんわね。よろしくお願い致します。」


「もちろん、こちらこそ、よろしくお願い致します」


「それで、あの…ディーン様。お兄様が今どちらにいるかご存知ありません?」


 マリエルは、何となく話をしながら兵部省のある棟へ向かっていたが、あの兄のことだ部屋にじっとしているとは思えない。もしや同じ部署なら知っているかも、と兄の居所を聞いてみた。


「えっ?…そうですね…ハッキリとは分かりませんが、今朝も『帰りたい…家に帰る。もうやめる…』とグズってらしたので、恐らく…この時間なら、裏庭の方にいらっしゃるのではないでしょうか。」


(やっぱりか…)


 本来のマリウスは、決して仕事の出来ないバカでもなければ、親の権力に甘んじているバカ息子でもない。

むしろ親の権力を、将来の為にと縦横無尽に使われまくり、翻弄されては疲弊している、端から見ると軽く哀れな若者だ。

 いずれは父の後を継いで、宰相になる為には必要なことなのだろうが、勉強を兼ねていろいろな部署をたらい回しされており、この一年は兵部省にいる。


 兵部省は、宰相職にとって一番の難関だ。

放っておくと国で一番際限なく資金が使われてしまい、かといって国防上ケチはできない。

そのくせ、政治という名の権力争いが絡みやすく、問題の温床となりやすい部署で、その性質はとてもデリケートだ。


そんなネチネチドロドロが日々繰り返される。

温厚な兄からすると一番長居したくない所なのだろう。

 しかし、それを知っている父は、一番嫌な所で一番の要であるからこそしっかり学べ、と簡単に移動はさせないつもりらしい。

間違ってはいないが、あえてネチネチドロドロを、嬉しそうに叩きつけてくる父に兄は心底ウンザリしている。

 そのせいで仕事はしつつも、僅かな時間を見つけてはグズグズと日々あちらこちらに逃げていることを、マリエルは父から聞いて知っていての質問だった。


ところが帰ってきた返事は余り聞きたくない場所だった。


「裏庭…ですか…」


場所を聞いて、俄に顔がひきつるのが分かる。

マリエルにとって、出来る限り近づきたくないのが、王城の裏庭なのだ。


「よりにもよって…」


「お呼びしてきましょうか?」


「あ、いえ。ディーン様もこれから向かわれる所がおありでしょう?お仕事のお邪魔をするなんて、とんでもありません。…大丈夫ですわ、自分で探せると思います。…あ、でも一つだけ教えて頂けますかしら?この時間はまだ騎士の皆様は外の訓練地にいらっしゃいますわよね?」


「…そうですね…確か、今日は夜営訓練で東の森の方に演習だったと思いますから、残念ながら王城にもいないんじゃないでしょうか。…どなたかお目当ての方でも?」


 マリエルの言葉を勘違いをしたディーンは、誰か想い人が騎士団にいると受け取ったらしい。


「いえいえ、違いますの。むしろ逆…いえ、裏庭に向かうには騎士団棟の横を通る必要がございますでしょ?わたくし、あまりその前を通りたくないものですから…」


「あぁ、なるほど」


 今度は、どうもマリエルが会いたくないのは振った方の男だったか…と、またも勘違いをされたのが分かったが、あながち間違いでもないのでそのままにした。


 確かに会いたくない人がここにいるのだ。

マリエルを『趣味、婚約破棄』とさせた根本原因が――――――







今思ったんですが…ディーン君。

いくら相手が宰相の娘で、公爵令嬢だからと言って、騎士団の予定話しちゃうのってダメだよね…


この人本当は頭キレてないんじゃないか?

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