大事な日常。大事な家族。
ダグラスとの交流回…かな?
すっかり夜遅くなった頃、ようやく馬車を停めてダグラスに下ろされたのは『山猫亭』と書かれた一軒の宿屋だった。
「今、部屋を用意させているから、もうしばらく待てるか?」
「ええ、大丈夫です…ふふっ」
部下を先に宿へやって部屋の用意をさせているのだろうが、先程からのダグラスとの会話を思ってマリエルは思わず笑いだしてしまう。
「何か?」
「いえ…ダグラス様が先程からわたくしに言われる言葉は『少し待て』ばかりだなぁ、と思いましたの…ふふっ」
その言葉を聞いて、今まで不遜な態度に近かったダグラスが一転して顔を赤らめた。
そんな彼の顔を見ながらマリエル自身も、びっくりしたような顔をする。
「あ、あぁ…そうか?…貴女に関する件は自分の一存でできることが少なくてな…すまん…それに、他にも何かありそうな顔だが?」
「あら、いいえ。ダグラス様が謝ることはございませんのよ?ちょっと…面白く感じただけですわ…それに…」
「それに?」
「わたくし、まだ笑えるんだな…と思いまして…今日は一日中、訳の分からない事ばかりでしたの。極めつけが、ヒューバート様ですわ。でも…今わたくし、普通でしょ?こんな中でも笑ったりできるんだな、と思って…」
「安心したか?」
「そう…ですわね。案外、わたくしは図太いのかもしれません…そう思うとこの先も何だか大丈夫かな、って」
「あぁそう言うことなら、私もそう思うよ。貴女の中身はなかなかにしぶとく、強いように見える」
「ありがとうございます。ふふっ…」
「何故、礼を?」
「さぁ、何故でしょう…あっ!何だか、わたくし強いと言っていただいて嬉しかったみたいですわ!」
「おかしな方だ。普通、ご令嬢は強いと言われたいものではないように思っていたが…」
「どうも、わたくしは言われたかったみたいですわ…ぅふふっ」
宿の外での立ち話に、マリエルがクスクスと笑う。
そこに、ダグラスの部下らしき男がやって来た。
「ダグラスお……っ閣下、部屋の用意が整いましてございます。お申し付け通り、公爵令嬢のお部屋には湯浴みの支度と着替えの方も支度が整ってございます」
「…分かった。マリエル嬢、部屋の方へ案内させよう。着替えの品は趣味に合わないかもしれないが、今は諦めて欲しい。ゆっくりされて構わない。…さて、今度は私めが下で貴女様をお待ちいたしましょう。さあ、お嬢様、どうぞこれへ…」
ダグラスがニヤッと笑うと、優雅にお辞儀をして宿の入り口へと誘う。
まるで、芝居を見ているような、その仕草にマリエルもわざとらしい、ご令嬢然とした澄ました声音で
「まぁ、どうも、ありがとう」
と返すと、ダグラスと目を合わせて笑いながら宿の中に入っていった。
☆☆☆☆☆
宿の部屋は一番高い三階の真ん中の部屋で、両隣をダグラス達が使うことから、守りやすく広めの部屋を割り当ててくれたのだと分かる。
部屋に入ると、宿の娘らしき若い女の子が待っていて、マリエルの侍女代りとして助けてくれた。
手際よくお湯を使ってさっぱりすると、長椅子に掛けてあった真新しいドレスに着替える。
鮮やかな若草色をしたドレスは、襟や袖口の形が見かけない形で、普段マリエルが着る物より動きやすく感じた。
「このドレスは…この辺りのものなのかしら?」
と、着替えを手伝ってくれた娘に問うと
「はい。ここはエリアーデのはずれで、隣国ルーデシアとの国境になりますからルーデシア風の意匠がすぐに入ってくるのでございます。…あの…旦那様…ダグラス様から前もって伺っておりましたので、私がご用意させていただいたのですが、お気に召されませんでしたでしょうか…?」
不安そうにこちらを見上げる娘に
「あ、いいえ、違うの!とても袖口が動かしやすいくて、いいドレスだなと思ったのよ。選んでくださってありがとう。色も形もとても気に入ったわ」
マリエルは慌てて感謝を伝える。
それを聞いて娘は、ぱあっと顔を綻ばせると勢いよく頭を下げて、お湯の後始末をしに部屋を出ていった。
(…ドレスだけじゃないわ…あの娘も、本当に可愛いわっ!)
体も心もさっぱりしたからか、マリエルは少し浮かれた気持ちになって、階下で待つダグラスの元へ向かうことにした。
マリエルが階段を降りていくと、ダグラスと三人の部下らしき従者達が、階段脇の長机に座って飲みながら話し合っている姿が見えた。
「お待たせして申し訳ありません」
マリエルがそう言って長机の横に立つと、ダグラスが立ち上がって出迎えた。
「いいえ、ご令嬢にしては待たせない方です。…どうです?さっぱりしましたか?」
「お気遣い、ありがとうございます。気持ちが変わりましたわ。このドレスも、とても素敵で気に入りました」
「それは良かった。そのドレスもよく似合ってますよ。…さ、こちらへどうぞ。食事を運ばせましょう。ここの食事は豪華とは言えませんが、味は保証します!」
「楽しみですわ。わたくし食いしん坊なんですの…」
「メリル、食事を運んでくれ」
「はい、ダグラス様。ただいま」
先程マリエルの世話をしてくれた娘が、頬を赤らめてダグラスに返事をする。
(あら、彼女、メリルと言うのね…ふふっ…あんなに顔を赤くして、ダグラス様のことが好きなのかしら?)
「お嬢様のお口に合うといいのですけど…」
由無し言を考えながら、きびきびと小気味良く動くメリルをマリエルがボンヤリと目で追っていると、彼女がマリエルの前に野菜と肉を煮込んだスープから始めて、サラダやパンなどを次々と運んできた。
「いい匂い!美味しそうだわ」
そう言ったマリエルのお腹が、言葉を証明するかのように『くぅっ』と鳴ってマリエルは顔を少し赤くした。
ダグラスが横を向いて笑っているのが、目の端に映る。
その姿をしっかりと見据えて、マリエルは開き直ったようにダグラスに言った。
「…ダグラス様、堂々と笑っていただいてもよろしいですわよ?…わたくし、お腹が空いたと思えるのも喜べますもの!」
「…くくっ…いや、失礼。確かに、それもこれも貴女が生きているからこその欲求だからな」
「…でしょう?…んんっ!美味しい!暖かいスープは元気になりますわね。わたくし、今日一日で成長したのかもしれませんわ!」
「ははははっ!…大変な目にあって泣き崩れるかと思ってたら、逃げ出そうとするし、無理と判るや逃げ出したと偽装する。助け出してみれば、笑えた、腹が減った、飯が美味いと言っては喜ぶ。いや!本当に大したご令嬢だ!」
「それ、それです!…わたくし、本当はそれだけが心残りなんですの」
「…は?どこが?」
「結局、逃げ出すのは上手くいかなくて、ダグラス様とキーランに助け出されてしまいましたでしょ?できたら最後まで一人で逃げたかったですわ!…あ、もちろん助けていただいたことは感謝しておりますのよ?わたくしが一人で逃げきることなぞ到底できなかっただろうことは、よぉく理解しておりますもの。…だけど…ちょっと悔しかったんですの。もう少し自分の力を見てみたかった…気がしてますのよ…」
「くはははっ…これは何とも…っあははははっ………まぁ、分からないでもないな。それはあれだ、いわゆる冒険心みたいなやつだ。本当に変わったご令嬢だ…くくくっ」
そんなに笑われるほど変わってるだろうか?とマリエルは思いながらも、もしこの話をしてターシャに怒られたらダグラスの話をして逃げよう!と心に決めて、一人美味しく食事を続けた。
「…ダグラス様!こちらをっ!」
そこへ、一人の男が宿に飛び込んでくるとダグラスの元に駆け寄って来た。
ダグラスが男から手紙を受け取り、真剣な顔で読み始めた途端、空気が一変した。
先程までの笑いも、暖かだった場も、居心地の良い空間は欠片もなく吹き飛んだ。
「…なるほど…キーランにとっては難しい事態だな…」
「!?キーランに何かありましたの?無事でしょうか?」
ダグラスの言葉にマリエルの心臓が跳ねる。
「いや、身は安全なのだが…」
「身は…?」
「もう少したらこちらに顔を出せると思うので、これが最後だから、もう少しだけ待っててやって欲しい」
「?…え、ええ。もちろん、待っていますわ?」
(事件の話をするのにはキーランがいないと困るから?そんな大変な事件だったのかしら?…まぁ一国の宰相の娘が拉致された、となれば確かに大事だけど…でも、あれ結局は私の婚約が原因だったみたいだし…そんなに騒ぐような話じゃないと思ったのだけど…)
「…時にマリエル嬢。貴女はキーランをどう思ってる?」
「どう?どう、とは…それこそどういう意味か分かりかねますが…」
「聞き方が悪かったな、貴女にとってキーランはどんな存在だ?」
「わたくしにとって…?」
ダグラスが真剣な顔で手紙を読んでいたと思ったら、突然の場違いに思える質問にマリエルは戸惑った。
「そうですね…キーランは…もう一人の兄?…でしょうか…。大事な家族…ですね」
「家族?」
「ええ、キーランは兄と二人で必ずわたくしを大事にしてくれます。わたくし、この二人からの愛情だけは疑ったことがありません。そして、二人には誰より幸せになって欲しいとも思っていますの。…これはもう、家族の域ではありません?」
「…あぁ、そうだな…そっちの家族…か」
「どうしてですか?」
「いや、もしその家族が居なくなったらどう感じるのかな?」
「キーランが?…お仕事で遠出するとか…そういうことですか?」
「まぁ、そんなところかな…ただ、今みたいに簡単には会えないような、そんな遠い所に連れて行かれてしまったら、貴女はどう思うのかな…と思ってね」
「それは…場合によりますけど…死んだりして二度と会えないわけじゃなく、キーラン自身のやりたいことのためなら…それでキーランが幸せになると言うのなら見送るように努力します」
「…努力、なんだ?」
「…当たり前でしょう?わたくし、キーランが近くに居ない生活なんてしたことありませんもの。だから居ない生活に慣れるように頑張る、としか申し上げられません!」
ダグラスの言葉に明らかにムッとしてマリエルが答えると、彼はニヤリとして言った。
「じゃあ、その覚悟をどっかでしといてくれ。…時と場合によっては、私がキーランを遠くに連れていくからね」
本当はサクサク事件の真相に行こうかと思ったのですが、Newマリエルが自分に馴染むための時間が必要でした。
マリエルにも私めにも…
そんな訳で、事件の真相は次回!
(明日!)




