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台から箱、脱出への道

キーラン、初めて少しいい人かも?

 ガタガタッ、バタンッ!


「喜べ!貴方は無事、売…!?」


 ヒューバートは部屋に入ってすぐに、マリエルが居ないことに気づいた。


 ドタバタッ、ガタンッ、ガツッ!バタンッ!

隣の部屋と行ったり来たりして痕跡を探しているのか、足音や物音の忙しないのがマリエルの耳にも響く。


 その合間にヒューバートは、客に話かけた。

マリエルが居ないことを知られないよう、自分の行動を誤魔化してのことだ。


 しかしその後すぐに元の部屋に入り扉を閉めると、客に聞こえないようにマリエルを探しながら呟く焦った声がマリエルにと聞こえた。


「…いないっ?どうやってここから?…あの女、令嬢なんて本当は嘘じゃないのか?」


(…失礼ね!立派な公爵令嬢よっ!…それにしても隠し収納に入っていても意外に声が聞こえるものね…息もできるし…と言うことは、どこかに隙間があるのかもしれないわ。つまり、見つかる危険もそれだけあるってことよね?…気をつけて油断しないようにしないと…)


 やがてヒューバートが椅子の上に置いてあった荷運び箱を落として倒すと、今度は椅子を引摺る鈍い音が響いた。


「服の切れ端?…あの女、この窓から逃げたと言うのか?…ちくしょうっ!」


 ガンッ!とマリエルのいる台を蹴り飛ばされて、一瞬悲鳴が出そうになるが、スカーフが吸収してくれる。


(役に立つじゃない!こんな道具をくれたヒューバートに感謝ね。…もちろん、無事に逃げ切れたらだけど…)


 もう誤魔化せないと諦めたのか、ヒューバートは客に


「申し訳ない!目を放した隙に小窓から逃げました。…なに、女の足です。すぐ見つかりますよ。少しの間、お待ちいただきたい…」


と言うと、客がこちらの部屋を覗いてきた。


「…ほう?この部屋から逃げ出したと?…あのご令嬢は思ったよりも度胸と勇気があるらしい」


「はははっ…まぁ、そう言えるかもしれませんな…どうにも気の強い令嬢なので、閣下が従順に調教してやるのも一興ということですかね」


(なっ!今度は人を家畜扱い!?調教って何よ!)


 恐怖や驚きではなく、うっかり腹を立てて怒鳴りたくなる声も吸収してくれる。

 ヒューバートはつくづく良いスカーフをくれたものだ、とマリエルは嫌みっぽく考える。


(ふん、このスカーフのおかげで逃げ切って、ざまぁ見ろって笑ってやるわよ!)


「と、とにかく、内密に事を進めて、関わる人間は私だけというお話でしたので、見張りを立てられず、このようなことになってしまいましたが、今すぐ探せば見つかることでしょう…閣下も探しに出られますか?」


 ヒューバートが暗に己には非が無いことを込めて話すと、客の男は


「いや、部下を共に探させよう。私はしばらくここで待つ」


と言って、先程までヒューバートが座っていた椅子に座った。


(いやいやいや、一緒に私を探しに出ていってよ!…分からない…けど、この人は良くない感じがする。…ヒューバートよりも、全然危ない、頭が切れる感じがする)


「分かりました。では、彼女が見つかり次第、取引をお願いします!…その後は…閣下は彼女を連れてお国に帰られるので?」


「…そちらには関係の無い話だと思うが…まぁいい。教えてやろう。そうだ、令嬢を連れて帰国する。いつまでもこの国に残るような危険は犯せないからな。モールズリー殿もだろう?」


(え?…この男、他国の人間なの!?)


「ええ…そうですね。相手があの王子となると今度は何をしでかしてくるか分かりませんからね。もちろんこれを機に、私も彼の国に逃げ出すつもりです」


「…そのためにも、早く彼女を見つけてもらわないと困るのだが?」


「し、失礼いたしました!今すぐ探しに行ってきます!」


 もう一人の男が急に冷たい声になったのを聞いて、慌てたヒューバートがバタバタと部屋を出ていくのがマリエルにも聞こえる。


(どうしよう…いつまでも隠れていられるものかしら…このまま見つからないといいけど…誰だか知らないけど、あなたも出ていってくれれば良かったのに!)


 それから男は身動き一つせず、静けさだけが部屋の中に充満していた。

 微かな物音すら大きく響きそうな音の無い中にいると、マリエルの緊張はより高まり、唾を飲み込む音でさえ大きな音を立てるものに思えた。


 そんな静けさを破ったのは、聞き覚えのある男の声だった。


「ダグ、もう入ってもいいですか?」


「おう!モールズリーは出ていったぞ、入ってこい」


 カツカツとした靴音が響く。


「手間をかけましたね」


「いや、うちの国の問題でもあるからな、構わんよ。それより…根性の座ったお嬢さんだなぁ。この部屋から逃げ出したと言われたぞ?」


「…あぁ…彼女は今までもあらぬ方に走りがちでしたけどね…『あれ』を取り戻してしまった今なら、もっととんでもない事をしでかす性格になっているでしょうね」


「?」


「すみません、分からない話でしたね…困ったことに、私には見えてしまうものですから…」


「あぁ『色』か?」


「まぁ、そんなようなものです…あぁ、ここかな?…」


 マリエルのいる隠し収納の台が、ガタガタと音をたてて揺れる。

 カタン…と蓋が開くと、暗さに慣れていたマリエルの目に、痛いほどの光が飛び込んできた。


「…よく逃げ込んでましたね。もう大丈夫です。助けにきましたよ、マリエル」


「………キーラン…」


 眩しい光の中には、もう一人の兄とも慕う魔道士の微笑む姿があった。


 ☆☆☆☆☆


 キーランに台から引き出され、手の拘束を解かれたマリエルは、詳しい話は後にしましょう、と言われて外に出された。

 連れ込まれていたそこは、森の中にポツンと一軒だけある、マリエルが最初に想像したような小さい二部屋だけの小屋だった。


「モールズリーから逃れるまでは、少し窮屈ですが我慢してください」


 外の様子を伺いながら、マリエルは小屋の横に停めてあった豪奢な馬車に乗せられ、座席の下に設けられた収納箱の中に隠される。


(今日は台とか、箱とか狭くて暗い所に隠れてばっかりだわ)


 その後、ヒューバート達が戻ってきても当然マリエルは見つかっておらず、憤慨した客の男は、もう結構、とその小屋を後にする…という手筈だった。


 実際、何としても資金の欲しいヒューバートが、強引に馬車に乗り込んでくるまでは順調だった。


 いざ小屋を後にしようとしたその時、ヒューバートが突然馬車に飛び乗り、弁解と説得を始めた。


「不手際は認めます。申し訳ない!…ですが閣下、この国にはまだまだ見目の良い女はたくさんおります。他の女はいかがですか?私がどのような女でもご用意してみせましょう!」


「モールズリー殿、私はただの女なら不自由はしない。それとも…不自由しているようにみえるのかな?」


「あっ!え、えぇ、そんなことは思っておりません!もちろん閣下ほどの美丈夫でございましたら、不自由などなさるはずがございません!そうでございましょう…」


 ヒューバートは自分の失言に気づき、さらに焦って取りなそうとする。


「ただ、彼女は特別なんだよ。マリエル・ウィルフォード公爵令嬢だけがね。分かってもらえるかな?」


「もちろん!もちろん分かっております。では、もう一度彼女を探し連れて参りましょう!ですから…どうか、もう一度私に機会を与えていただきたい!」


「………ふぅん…まぁいいだろう。私も簡単には諦めない男なんでね。もう一度だけ、貴殿に機会を差し上げるとしよう」


「ありがとうございますっ!では…早急に捕まえてご連絡いたします。…ご連絡方法は前回と同じでよろしいですか?」


「ん、かまわない。今度こそ良い結果を待っているからな。この次はないと言うことを心しておくように、いいか?」


「は、はい!必ずや果たしてみせましょう!」


「では、国境近くの宿屋にて数日だけ待つ。今日はさすがの私も無駄足に疲れてしまってね…今はモールズリー殿を元の町まで送ることはできないが、いいかな?」


「あっ…それは…」


 元の小屋から馬車でかなりな距離を走らせた後に、途中で放り出されるのだ。

ヒューバートでなくとも躊躇することだろう。

 しかし、今後の取引のために何としても相手を怒らせたくないヒューバートは、仕方ないとばかりに頭を下げた。


「も、もちろんでございます。私はここで結構てすので…」


 結局、ヒューバートは山道の途中で外に放り出された。


 さらにしばらく走ってから馬車が止まった。

ガタガタと物を退かす音がして、座席下からようやくマリエルが外に出ることができた。


「もっと早く出してあげられずに申し訳なかったね。モールズリーが中々しぶとくてねぇ」


「い、いいえ…」


「また動き出すけど、飲み物はいるかい?お腹も空いているだろうけど、それはもう少しまって欲しい」


 マリエルがこくん、と頷くと男はソッと手に水の入った筒ごと渡してきた。

 何時間ぶりかの水分が、マリエルの喉を滑り落ちてしっとりと潤す。


「美味しい…」


「ふっ…良かった。じゃあ、もうしばらく馬車を走らせるからね」


 そう言って優しく微笑んだ男は、とても仕立ての良いコートを着た明るい金髪の美男子だった。


「はい、あ、ありがとうございます。あの…」


「ん?あぁ、私の名前はダグラス。キーランの友人だから心配しなくていいよ。安全な所に着いて、キーランも合流したら詳しい話をしよう。いいかな?マリエル嬢」


「分かりました。ダグラス様。助けていただいてありがとうございます」


 ダグラスと名乗った男は、明らかに貴族階級の人間だとマリエルは思ったが、本人が名字を名乗らない以上、何か理由があるに違いない、とそこはそのまま通りすぎることにした。

 何よりキーランが親しそうにしていた人間だ、怪しむことはないだろう、とマリエルは判断したのだ。


「…お礼はいいよ。まだ本当に助かったか分からないしね」


「それでも、あの部屋とヒューバート様からは逃げられましたもの。やはり感謝いたしますわ」


「…なるほど、確かに『何処かに行ってしまいそう』なご令嬢だ…」


 ダグラスはニヤッとして、キーランも苦労するわけだ、とマリエルを見ながら呟くとさらに愉快そうに笑った。



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