拉致
一週間ぶりになってしまいました…すみません。
なかなかハードな一週間を送ってしまい、お話に戻るのに時間がかかってしまいました。
さらに、何故か設定ミスで、途中まての話が上がっていたことに気付いたのは今日という…何ごとっ!?
ご迷惑をおかけしました。
今日から最後まで続けていきます!
お付き合いよろしくお願いいたします。
頭が痛い…。体が不自然にガタガタと揺れている。
(…私、どうなってるの…?今はもう殿下と会っても倒れたりしないのに…)
意識が戻るにつれて、さらにこめかみが痛みだす。
そして、不意に隣に誰かいる気配に気づく。
「おとう、さま?…でんか?…わたくし…あたまが…いたい、の…」
マリエルが微かな声で隣の人に伝えると、チッ、とその人は舌打ちをして、苛立たしげに足で床をガツガツ蹴った。
(舌打ち…でもターシャじゃない。ターシャはこんな足音を立てるようなことしないもの…)
「何だぁ?怪しげな奴の薬でも、あっさり効いたから感心したんによぉ、効果ぁ切れんのも早ぇのかよ!…嬢ちゃん、悪ぃな。まぁだ、目覚めんにぁ早ぇんだよ。も一度眠っとぉてくれぇ…」
隣にいた人は訛りのある下町風に話す男で、声にも聞き覚えはなかった。
マリエルは何とか目を開けて顔を見ようとするのだが、目が重くて開かない。
重い頭を無理やり振って頭が働くようになってくると、その男が言った言葉が理解できたマリエルは恐怖で体が硬直した。
その男から少しでも逃げようと体を動かすが、怪しげな薬のせいか痺れたようになり、体も重石に押し潰されたように沈みこみ、思うように動かない。
ヨタヨタと動くマリエルを男が簡単に捕らえると、ごわごわの布地を鼻と口に押し当ててくる。
さっきの話から、怪しげな薬が染み込ませてあるのだろうことはマリエルにも分かった。
とはいえ、息をしないように止めてはみても、男もそれを見越してか布で覆いながら鼻をつまんで、より苦しさを体に伝えてきた。
結局、息を止めることも長くは続かずに酸っぱさと鼻の奥を刺すような刺激のある臭いを嗅がされて、マリエルはまた気を失った。
☆☆☆☆☆
次にマリエルの目が開いた時、目の前にいたのはどことなく見覚えのある、しかし紳士風でありながらヨレた服装と髪の男性だった。
(どこかで会ったことがあるのかしら…?見たことがあるような…)
「おや、目が覚めたみたいだね?」
『ふはぁ……っ!?』
あなたは誰?とか、ここはどこ?など聞こうとした時、マリエルは口をスカーフのような柔らかい布地で覆われていることに気づいた。
しかも、どうやらこの布は出した音が吸収されてしまう魔術がかけられているようで、口を開く端から音が消えていく。
さらにマリエルは、手と足を紐で縛られて動かすことができず、硬い台になった板の上に転がされていた。
男はその台の前に置かれた椅子に、マリエルの前から下がって座わると話しかけてきた。
「もう、気づいたと思うけど、声は出せないようになってるから。…ふふっ…ただでさえ助けは来ないのに、もし近くに誰か来たとしても助けは呼べないからね…」
自分が出した音が全て吸収されていくという、何とも気持ちの悪い状況に、眉根を寄せて不快感を表しているマリエルを見て、男は愉快そうに笑った。
人の苦痛を快として笑える男の笑顔に、粘着質の異常さを感じて、マリエルは身震いした。
(この男…お金が目的…ではないの?…これは…気持ち悪い…この男は危険だわ…)
口を開くたびに声ではなく、息だけが自分の耳に僅かに漏れ聞こえる。
その事実に愕然としつつも、マリエルは何か逃げ出す道はないかを必死に考えていた。
(ここは…納屋…?小作人小屋…?どちらにしても、どこかの広いお屋敷とかではないようね。…目的はまだ分からないけど、この男一人しかいないのなら、絶対に隙が生まれるはずだわ。それまで、体力を温存しておかないと…人の居るところまで、どれくらい離れているのかしら…)
そう考えていたマリエルに、答えるように男が話し出した。
「…ここは町からも遠い。魔術で目眩ましもかかってる。いくら貴女の父上でも簡単には見つけられないだろうな。…もちろん、あの王族だって見つけられないと思った方がいい。貴女は王太子妃になりたいんだろうけど、これで難しくなる」
(はぁっ!?誰が王太子妃になりたいって!?)
男の言葉にびっくりしたマリエルが、首を勢いよく横に振る。
「ははっ…それは困る?…よっぽど王太子妃になりたいんだね?」
さらに渾身の力で首を振ると、そのせいで頭がフラフラした。
「?…なんだ?…王太子妃になるんじゃないのか?」
またも頭を横に振ると、今度は男が虚を衝かれたようにマリエルを見つめて、大笑いをし始めた。
「なんと!…ふははははっ!そうか!貴女は王太子妃になりたい訳じゃないのか?」
大声で笑う男に首肯すると、さらに男は馬鹿笑いになる。
「…あっははははっ!…これは愉快だ!そうか、そうか、あの王子の、いや王家の先走った行動か!?…なら貴女も巻き込まれたようなものかもしれないが…でも、それでも許せることではないんだよ。すまないね…」
男は少し眉が下がり、詫びるようにマリエルを見返してきたが、逃がす気はないようだった。
(どういうこと?王家が関係しているの?王子って、殿下が絡んでるの?…誰なの、この人は)
「もうしばらく待って欲しいな。…大丈夫、貴女を心から欲してる人に売り渡されるだけだから。あんな王家に行くより、きっと幸せにしてもらえますよ?」
(売り渡される!?これ、人身売買だったの?お金なら家から取ればいいのに!)
モゾモゾ動いて訴える姿から察したのか、男が続けて話し出す。
「…あぁ、私の目的はね、金だけじゃないんですよ。貴女の実家から身代金を貰うだけでは満足出来ない理由があるんです」
(理由?お金以外に欲しいものって何?)
「…私の顔に見覚えはありませんか?」
(…確かにどこかで見たことがあるような気がしてた…でも、会ったことはない…と思う…)
「まぁ、直接会ったことはなかったからピンとこないのも分かりますけどね」
(直接会ってない、のに誰だか分かるはずの人?…)
この場をどう切り抜けるか、どうやって逃げ出すか、という算段も忘れてマリエルはじっと男の顔を見つめた。
「まだ私が誰か分かっていないようだ…じゃあ、こうするとどうですか?」
男が長めの前髪を持ち上げて左脇に流して耳にかけた。額から眉や目がハッキリと見えるようになると、より一層見たことがある気はする。
さらにじっと見つめていると、遠い記憶にいた『誰か』に顔が重なってきた。
『っ!?』
「思い出しましたか?…そう、私はロバートの兄です。貴女に捨てられて、全てを失った憐れな弟の兄です…」
(…ロバート・モールズリー侯爵家令息…三番目の婚約者…)
「私はあれのすぐ上の兄。モールズリー侯爵家…あぁ、いまは男爵家ですね…三男のヒューバートです。兄弟の中でも私が一番、あれに似てましてね、とくにこうやって額を出すと歳の差も一つしかないからか、よく似てるといわれたものですよ」
確かに物腰は立派なのに、ヨレヨレの格好を見ると、今は昔の影もない。
しかし、前髪を流して額を出した途端、在りし日のロバートに似たその顔に、懐かしさと申し訳なさと恐怖心と…と複雑な気持ちが入り乱れる。
「ふぅん…その顔を見る限りでは、貴女はあれを…ロバートを忘れたわけではないんですね…」
マリエルは首を縦に振り、覚えていることを伝える。
確かに彼はメリハリのきいた性格だったと思う。
重大犯罪を犯せるだけの気概も、根性もあったかもしれない。
でも、優しい所もあったのだ。
毎回、婚約相手を今度こそは結婚できるか…と考えるものの、するしかない、と覚悟したほどの人は二人しかいない。
ロバートはその内の一人で、醜悪な顔をした自分が一生幽閉されるだろうことすら覚悟した相手だった。
忘れるはずがない。
しかし、世間で言われるような極悪人か、と問われれば、そうだ、とは言えない面もたくさん見せてくれたと思っていた。
「貴女は…あれだけたくさんの犯罪を、本当に弟がやったと思いますか?あれだけの内容を、あれが一人で思い付いた事だと思いますか?」
(…分からないわ…)
その当時でも、マリエルはやってないと思いたかった。
自分たちの間に、恋情はなくとも友情くらいはあったと思う。いや、思いたい。
だからこそ、そんなことはない、と思いたかった。
しかし証拠はきちんと出され、正規の裁判も開かれた。
そして、そこには彼の無実を証明するものは無く、有罪の証明だけが次々なされて彼の犯罪を隠すことはできなかった。
例え、本当に愛情がお互いにあったとしても、あれだけ証拠を並べられてしまうと、父の仕事柄、結婚することは叶わなかっただろう。
裁判開催時には、すでに婚約は取り消されていたものの、元婚約者としてマリエルは裁判を全て見守った。
(でも、悪いことなどしてないと思いたかったわ…)
「…何故だか、父も兄たちも、ロバートがしたことをすんなり受け入れた。不思議なほどに何の確認もせず。そして王家に平身低頭で謝罪をした。…降爵位を受け入れて、領地も返還したのは知ってるだろう?…でも、実情は知らないだろうな…モールズリー家が位を男爵という最低位に落とされたのは、平民になって市井に紛れ込まれたくなかったからだよ。爵位がある方が国は監視がしやすいからね。…領地も半分返還、と言われているが、実際は残った半分も国の直轄管理の中にある。つまり我が家は領地を運営しているわけではなく、国のおこぼれで生きてるだけに過ぎない、虜囚なんだよ。…それもこれも全部、僕らを監視するために、だ!」
マリエルは目を見開いて、ただヒューバートを見ているだけだった。
「確かに弟は見た目も良かったし、女にマメだったからね。貴女には申し訳ないが、女性がほっとかなかったのは事実だよ。でも、人身売買に、売国奴として活躍した国家反逆罪なんてことができるほどの頭はなかった。自分で言うのもなんだけど、学者を目指して、後は論文の評価をもらうばかりだった私は、昔からあれの分の知性も先に持って生まれてきた、と言われてたんだ。ロバートにあれだけのことを一人でやりこなす頭はない。絶対黒幕がいたはずなんだよ。でも、誰もそれを調べなかった」
(黒幕…そんな話は裁判でも、誰からも一度もでなかった…確かにいても不思議ではないのに…)
「私はあれのしたことのせいで、学者の道も閉ざされた。ただ、調べるのは得意だからね。何年もかかって、協力してくれる人も見つかって、突き止めたんだよ。本当の犯人は…王家そのものだと!…あぁ、自分は何故ここにいるのか、と思っているんだろうね?…貴女はね、うちを貶めるのに荷担したんだよ。王家にはモールズリー家を潰したい理由がいくつかあった。その中の一つが、王子の想い人である貴女を取り戻すことだ。それには弟が邪魔だったんだよ」
そんな話は父からも兄からも聞いていない。
正直、自分には荒唐無稽に聞こえる話だがヒューバートは本気だ。
(ここまで言いきるからには、証拠があってのことなのかしら…?)
マリエルに、真偽のほどは全く分からなかった。
(事実か…虚実か…判断できるほど材料がないものを鵜呑みにはできないわ…でもヒューバートは確実に信じているし、それをもとに私を連れ去っている。…さて、それを踏まえて私はどうやってここから逃げ出すか…よね)
何事もできることから始める!というマリエルの考え方が、現状を冷静に見定めさせる。
するとそこへ、コンコンコン…と扉をノックする音が聞こえてきた。
「…お喋りはここまでのようだな、君を買いにきた人が着いたらしい。私のためにも、高い値で売られてくれよ?」
ヒューバートは薄ら笑いを浮かべながら、扉の方に歩いて行った。
誰、これ?
と言われそうなヒューバート。
拉致ったのはキーランじゃなかったの?
と言われそうなヒューバート。
ちょっと、可哀相な人。




