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鈍感と謀略

…昨日、ユースタスにざまぁをしたはずの私め…本日、負けました(涙)


「…ですから、殿下、殿下とご一緒するお散歩訓練は今日で終わりと言うことでよろしいですね?」


「駄目だ」


「駄目じゃありません!噂になっている以上、止めるべきでしょう?」


「嫌だ」


「殿下!と、とにかく、今日で最後ですからねっ!」


「止めない!」


 しっかりと話をして円満解決を狙っていたマリエルは、公園に作られた植物園の奥まったところで腰を落ち着けてユースタスと話を始めて以来、ずっとこんなやり取りを繰り返していた。


「あのですね?『どこの馬の骨か分からない未亡人と道ならぬ恋』をしてるとか言われてるんですよ?殿下だって、困りますでしょ?」


「構わない。困らない」


「………なんですの?その、お会いしてからずっと続く一言返し…」


「お前が、別れるとか言うからだろ?」


「はぃ?別れるなんて言ってませんよ?殿下が付き添ってくださっているのは感謝していますが、二人で出かけるのは止めましょう、と言ってるだけじゃないですか」


「だから、別れようと言われてるじゃないか…。だいたい噂など関係ない。今のところマリエルの名前は出てないから、お前に害は及ばない。もし、俺のことを気にするなら『謎の未亡人』じゃなくてお前の名前を出せば済む話だろ?…それで終わり!どっちでも俺は困らん!むしろ、相手がお前だとはっきりさせることができたら喜ばしい限りだ。…でも、明らかにすれば、お前が困るので()()()()言わないだけだ。…お前は、本当に、俺の気持ちを忘れ過ぎじゃないか?…俺はな、別にどんな噂が立とうが、お前が分かってればいい。…この場合、噂の相手はお前なんだから、問題はない」


「…そういう問題ではないと思うんですけど…」


「いや、そういう問題だろ?もし、気持ちを伝えておきながら俺が他の誰かと毎日逢い引きしてる、とか聞いたら嫌だろ?」


「嫌と言うか…まぁ、確かに、貴方の思いって何だったの?とは思うかしら…」


「そうだろ?でも、この場合、噂の相手はお前だ。想う相手もお前だ。な?何か問題あるか?あるなら言ってみろ」


「あれ?…あぁ、まぁ、そうなの?…かしら…?」


「そうだ。だから、気にすることは何もない。それより、ここしばらくは公園にも慣れてきたみたいだからな…今度は室内で美術館とかどうだ?いや、その前に王立図書館とかの少し人の少ない所に行くか?いずれは劇場に行くのもいいな…」


 思わぬ方向に進んでしまった会話に振り回されながらも、マリエルは改めて考えてみる。


(…なんか変よね?今、私、絶対流された!…でも、確かに噂で私の名前が表に出てない以上、困るのは殿下だけよね?…私は噂の真相を知ってるわけだから、殿下的には誤解されることは無いわけで…さらにこの人、本来ならこれ幸いに公にしたいところをしないでいてやってる、と言いたいわけ?…あら?何かしら?これは物凄くまずい状況なのではない?…何か、私…だんだん殿下の想いを受け止めてるみたいになってない?…うんんんんっ!?…)


「…リエル?…マリエル!おいっ!お前、眉間にしわ寄せて、また余計なこと考えてるだろ!いいから、こっちに来い!」


 公園にちょこっと作られただけの植物園は、普段から人が少ない。

おかけで貸切状態でゆっくり話ができていたところに人の話し声が聞こえてきた。

それを受けて、ユースタスがマリエルの手を引っ張り腕の中に抱き込むと、外から顔が見えないようにマリエルの顔を自分の胸に埋め、体を盾にして隠した。


「…貴女はお優しいから、私の評判をお気になさるのは分かっていました…でも、そんなことは些末なこと!」


 そしてユースタスは、急に何やら芝居じみたこと言い出した。

 マリエルはわけが分からず途方に暮れる。


「へ?…で、殿下?」


「しっ、黙って!静かにしないと、後でひどい目にあうよ?」


「…なっ!?」


 ユースタスがヒソヒソと耳元で囁いた言葉は、まだ離れてた所をを歩いている人達には届かない。


「…きっと、私が貴女の愁いを取り払って、今度こそ貴女と最後まで添い遂げられるようになりましょう!…愛しい人…どうか、それを許すと言ってくださいませんか?…お願いです!私にその美しい声で、許すと一言だけ言ってください!そうしたら私は貴女だけのために、この命を捧げることも厭いません!」


(何これ?『未亡人との逢い引き』ごっこ?…あぁ…駄目ね…この人面白がってるもの…ちょっと、声大きすぎますわよ?殿下!)


 もぞっと体を動かすと、声を出すな、とより強く抱きしめられたマリエルは、僅かでも仕返しをしよう!と、一緒に抱き込まれていた腕を、ユースタスのジャケットの中に滑り込ませた。

 マリエルは、その手を背中に回すようにみせかけて、無防備な脇をくすぐってみた。


 マリエルがジャケットに手を入れた辺りから、ユースタスの体は何度かビクッと反応していたが、くすぐられてからは体を(よじ)って


「なんと!本当は貴女も私を思っていてくださったのですね…まさに、僥倖(ぎょうこう)!」


と言って、激しく口づけてきた。


「んっ?…っんんぅ!…んんっ!」


 次第に深さを増す口づけに、マリエルは背中を叩いて訴えようとしたが、手をジャケットに入れた事が仇となって、手を大きく動かすことができなかった。


 二人のいるベンチから、植栽を挟んだ後ろの道からはパタパタと逃げる足音が響いたが、ユースタスを止めることに必死のマリエルには聞こえていない。


 ユースタスは誰もいなくなったのを確認しておきながら、さらにしばらく口づけを続けた後、やっとマリエルを放すと、にやっと笑って


「大人しくしないからだ…それとも、本当はもっとして欲しかったから騒いだのか?」


「にゃんを…」


「にゃん?…可愛さ表現?」


「こほんっ…にゃにを言ってるんれふか!」


「くくっ…舌が痺れたのか…ふははっ…お前、可愛いなぁ…」


 長いこと舌を絡めて吸われたせいで、舌が上手く動かない。

 マリエルは口を手で押さえると、涙がうっすらと浮かんだ目でユースタスを上目使いに見上げる。


(この人本当変わったわよね?…最初は『きれい』とか『可愛い』とか照れて言えなかったくせに!腹立つわー!)


「…お前…そんな可愛い顔してくると、またするぞ?」


「も、もう、結構でふ!」


「…まぁ、今のところは、許してやるよ」


 くくくっとユースタスが笑いながらマリエルを抱き寄せると、肩に顎を乗せる。


「お前、早く自分の気持ちに気付いてくれないかな…」


 そのユースタスの呟きは小さな小さな声で、マリエルにも届かなかった。


 ☆☆☆☆☆


「なんで?…婚約って…いつの間にそんな話になってるんですか?」


 久しぶりに、自分の執務室に逃げ込んできた親友の話を聞いて、キーランは呆然とした。


「知らないよ!僕の方が聞きたい!昨日、いきなり王に呼び止められて、言われたのが『姻戚とは言え、太子はそなたの弟になる身。宰相としてだけではなく、どうか身内として、面倒を見てやって欲しい』だよ?何なんだよ!父上に直接頼み込んできたみたいだし…」


「マリエルは?彼女はどうしているんですか?」


「昨日は特に父上も僕も腹を立ててたから、何があったか、どう思ってるかは、まだ聞けてないんだ。母上に話をするので精一杯だったしね。…あの子は…この間、キーランから聞いた話をマリエルにしたら、えらく反省したみたいなんだよ」


「そんな、何でまた…」


「家族やキーランに迷惑をかけたのは、(ひとえ)に自分の心の弱さが原因だった、って言ってさ…それなら、迷惑かけないように克服してみせる!ってキーランの所にも行かない!って何だか毎日、頑張ってるんだよ…」


「迷惑なんて思っていませんでしたのに…」


「僕や父上も、母上だってそうだよ。でも、ほらあの子は昔からはずれた方に走っていく子だし、何より頑固だからね…まぁ、実際のところ克服できて悪いことはないからさ、今のところ我が家は見守る体制なんだ」


(しまった…マリエルのことだから、そっちに走る可能性も高かったのに…依存してる事を過信し過ぎたのか?…でも、おかしいな…最後に会った時はあれだけの依存心を見せていたのに…二ヶ月もこないから、そろそろかけ直しに行こうかと思っていた矢先にこれか!…あの馬鹿王子がまた横やりを入れたと言うことか?…何もせずあいつに渡すようなことなどあり得ない!…このままにしておくものか…どうしてやろうか…)


 キーランは、そのどす黒い考えを親友への柔らかな笑顔の下に、何事もないように隠して見せた。


 ☆☆☆☆☆


 やはり、と言えばやはりのことなのだが、その日王城の宰相のもとに入った報告は


 「本日、新しく巷に流れている話では『王太子の熱烈なる想い人の未亡人は、王子の身を案じていたものの、やはりお互いへの想いを捨てきれず、より深く気持ちが通じ合った模様。尚、王子は件の未亡人のためなら命もかける、との熱愛ぶりで、それを伝えた後には激しい口づけを交わしていた』ということです」


と言うものだった。

 それを聞いたグイドが、辺り構わず発狂したのは言うまでもない。


キーランは正統派ヤンデレです。

ユースタスは搦め手の上手な、猫かぶりヤンデレだと思ってます。


(今日、負けたから嫌味を言ってるんじゃないんですよ?)

結局、奴はマリエルとの甘々タイムを手に入れやがりました。

ガックリ…

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