騙したのは誰?騙されたのは誰? ≪1≫
ああ…ここにきて二話に…
でも少し短めにはできました!
「…婚約破棄…された?」
「ええ…一応、形はわたくしから、したことになりますけど、実質はトール様から断られましたの…」
今だかつてマリエルの口から出たこともない言葉を聞いて、マリウスとターシャは固まっていた。
「はぁ?…なんであっちから婚約破棄とかできるんだ?あいつは子爵家だろう!うちは公爵家だぞ、向こうから何か言う資格はない!」
(あぁ…お兄様…呼び名もなくなって、家格なんか気にもしない方が…)
「…何でも、昔から想われてる方がいらっしゃるんですって」
「は?…じゃあ、なんで婚約を申し込んできたんですか?…馬鹿なんですか?痛めつけますか?」
(ターシャ、ターシャ…その怒りは押さえて!ちょっ、お兄様も、不穏な発言に頷かないで!)
穏やかならぬ空気の中、この件に関しては一人冷静なマリエルが、顛末を話し出した。
☆☆☆☆☆
時は今朝まで遡る。
午前のお茶が済んだ頃に、トールがマリエルを迎えに来た。
昨夜の一件でマリエルはよく眠れず、さらに今日これからのことを思うと緊張で体が思うように動かなかった。
「マリエル様、今日は先日新しく出来たお菓子屋で、美味しいと評判のお店に行ってみようかと思ってお誘いしたのですが、いかがでしょうか?」
街への誘い方も、行くお店の選び方もすんなりできるようになってしまったトールに、マリエルは少しさびしさを覚える。
(ここまで何でもできるようになると、私…余計なことをしたような気すらするわね…)
「トール様、わたくし行きたい所がございますの…わがままを聞いていただけますかしら?」
「もちろん、構いませんよ?どちらに行かれたいのですか?」
トールの耳元で、マリエルがその場所を伝えると、彼は驚いた顔になった。
「……本気…ですか?」
マリエルはにっこり笑って、もちろん、と告げると、トールは口元をきゅっと引き締めて、分かりました、と呟くと御者に行き先を指示する。
馬車が駆けること一時間、目的の場所に着いた。
そこは、初めてのお出かけで連れてこられた、海と空が広がる断崖絶壁の上だった。
「今回は、お茶のご用意も何もありませんが…」
「構いませんわ。…今日は二人でじっくりお話したかっただけですの」
「…はい…」
「トール様、トール様と婚約させていただいてからもうすぐ半年になりますわ。…このまま、先に進むためにも、わたくし…お話しなければならないことがございますの」
「…ついに…は、はい!なんでしょう?」
「…わたくしが、トール様を騙していたとしたらどう思われますか?」
「騙す?…何でも率直にお話になるマリエル様とは結び付かない印象ですけど…騙したという内容によるでしょうね」
「そう…ですわね……内容は…わたくしの、顔のことなんですの!」
「はぁ…顔、ですか?」
「ええ、もし、わたくしの顔が、二目と見られぬ恐ろしい顔だったとしたら、トール様はどうなさいます?」
「分かりません!」
トールにとっては質問自体の意味も分からなかったが、それにできる返事も意味が分からず、ただきっぱりとそれを言っただけになった。
「えっ?」
「もし、マリエル様の見た目が酷かったら…と、言われましても、実際はお美しいですし、恐ろしい顔の方であったとしても中身が今のマリエル様ならかまわない気もします。ですが、恐ろしい顔、というものを前にしての思いではないので、現実になったら怯えるかもしれません。だから、分かりません」
「確かに、中身は変わらないでしょうね…これがわたくしの性格ですもの。でも見た目が…バ、『バケモノ』のようだったら、やはり耐えられないでしょう?」
「ぅんんんぅっ………やはり、分かりません…あ!そうだ…帝国は魔力の使い方が魔術ではなくて、魔法として活用していると聞きます。そのためか、魔力を持った生き物がたくさんいて、種類によっては人語を解し、人と婚姻を結ぶものもあるそうです。帝国には、いわゆる『異類婚姻譚』がたくさんあるんですよ。物語だけでなく、調査書もたくさんあって、読んでいて面白かったです!もし、そんな感じになるのなら…意外に大丈夫かもしれません。見た目って、慣れますしね!」
トールの真剣に考えながら言った、彼の知識からくる答えと、その真面目な表情を見ると、大事なところは変わっていないんだな、と不思議とマリエルは安堵する。
「異類婚…ですか…」
『バケモノ』と言う言葉を、ユースタスがどういう意味で言ったかは昨日聞いた。
しかしマリエルにとっては、長いこと言葉通りの意味に受け止めてきたのだ。
それを『異類』と簡単に位置付けてしまうトールは、どこまでも知識の人なのだろう。
「とは言え、中身が人間なら、この場合は異類婚姻とは言えないのかな?…ふぅむ…なかなか面白い事案ですね」
(やはり、研究対象のようだわね…)
「人間でも、異類でも、何でもよろしいのですけど、大事なことは、そのように見た目もひどく、周囲の目を欺いていたような者を嫁として受け入れることはおできになりますか?ということです」
「…この場合、貴女が…ということですよね?」
「はい」
少し投げやり気味に問うたマリエルを、トールはじっと見つめた。瞬きもせず見つめる視線に、自分の素顔が透けて見えているのではないか、と戦慄する。
「…やはり、貴女がそういう人には見えないのだが…もし、貴女が顔を欺いていると思われるなら、どうやって隠してらっしゃるのか…」
「そ、それは…」
「マリエル様、ちょっと失礼いたします!」
「っっ!」
トールは断りを入れると、突然マリエルの頬から始めて、顔中を指でそっとなぞりだした。
冷ややかな指先にマリエルは息が詰まった。
「隠したいのは傷ですか?いや…触れた感じでは傷はなさそうですね…じゃあ…痣とか?見えないように隠す…そんな感じに特殊な化粧法とかがあるのですか?」
「ええ……魔術ですわ…」
「は?」
「魔術で、隠していただいておりますの」
「…マリエル様。何もそのような嘘をついてまで…あの…私を傷つけないようなご配慮とは思いますが、ハッキリと婚約破棄をしてくださってよろしいんですよ?」
今まで見たことのない、トールの厳しい顔に少し驚く。
「いいえ、嘘ではございませんわ。それに、婚約破棄のためではなくて、続けていけるか知りたくて伺ってますのよ?」
「え?…ええ、っと…ひ、一つずつ考えましょう。…ま、まずはマリエル様のお顔のことからですが、魔術で顔をきれいにするとはどういうことですか?美容ということですか?」
「いいえ、醜い顔を美しく直していただいております」
「それは、嘘です。無理ですからね」
あまりにはっきりとした発言に、マリエルの方が驚いた。
「いえ、嘘ではないのです。もう十年近く定期的にお願いをして、かけていただいています」
「十年も!?マリエル様はどのようなことを口にしてらっしゃるか、お分かりですか?もし…本当にそんな魔術があったとして、それを十年もかけていたと今みたいに発言してしまうということは、国家法違反を自らお認めになっているということなんですよ?」
「え?」
「魔術というものは、基本的に善意の上に成り立たせなければならないものなのです。いいですか?魔術は万能ではありません。魔法は聖霊や自然の力を借りて行うので、時として世の理とは違うことを起こすことができるようです。しかし、我が国にあるのは魔術です。魔術は世の理から離れることはできません。言ってみれば、魔術とは魔力を使って物理的に何かを起こす、形の違った科学のようなものなのです。魔道士たちは、そのための術式を構築するためにおります。つまりですね、物理的に何かを起こせるからといって、何でも変えては不信感が目に見えて残ってしまうんです。だから、エリアーデ国家法により、魔術に関する禁忌事項が厳しく定められているのです」
トールを騙したとは思っていたが、国家法を犯していたとは思っていなかったマリエルは真っ青になった。
(ということは、わたくしはキーランにわたくしのために犯罪を犯させていたということ?)
「その禁忌事項の一つには『みだりに人面、その他生き物の外見を変化させるを禁ず。また、これを行う術式構築も禁ず』とあるんです。例えば国家犯罪者がこの魔術で顔を変えて逃げたらどうなります?見つけられないままになる可能性が高い。だから、そんなことは許されないし、そんな術式は開発できないように魔力封じが行われているので、できないんですよ」
「できない…?」
「そうです。私があり得ないと言った意味がお分かりいただけましたか?」
「え、ええ……魔力封じがされているということは、やろうとしても魔道士であれば魔力が跳ね返されて動かないということですのね?」
「そうです。まともに、国家登録された魔道士であれば。…もしや、マリエル様は国家登録をしていると偽った魔道士もどきに騙されたのではないでしょうね?金銭など取られませんでしたか?」
「いいえ…そのようなことは全くありません。ただ…」
そう、国家登録どころか、次代の国を背負うと期待を一身に浴びているキーランが、騙すわけがない。
しかし、それは逆に『施術』はできない立場であるということに他ならない。
「ただ…それでは、今までにわたくしが見ていたものはなんだったというのかしら…?」
マリエルは風吹く崖の上で、その崖の外に一人放り出されたかのような心細さを感じた。
ラブい話に行きたい…
もう完全にほのぼのじゃないし。
もうちょい面倒なお話にお付き合いくださいませ…
ほんっとに、ごめんなさい…




