げに恐ろしきは、我が母なり
終わりに近づいてきたー!
でも、皆さん自由に動き回る…お話書くってこんななの!?
再び、暗い闇の中にいた。
ああ、わたし、またここにきたのね。
こんどこそあれをとりもどすわ。
前よりも強く言うと、前と同じように≪何か≫が答えてきた。
また来たのかい?どう?君は変わった?
君は君を切り開けるようになったの?
その醜い顔と心で。
痛みから逃げてばかりの君が?
周りの人なんか大事にしたこともない君が?
自分の傷しか見てないくせに、その傷からすら
逃げてばかりの君に…何ができるの?
≪何か≫の詰問は、あれを取り戻そうとする私の気持ちを簡単に挫く。
わたし………
ほぅら、もう諦めそうだ。言っただろう?
君は君だけの優しい世界に居ればいいんだ。
君の周りは君をもう傷つけない。
辛い思いをしてまで、あれを取り戻す必要な
んて無いんだよ?
ひつよう、ないの?
………ダメ、トリモドスノヨ!
突然別の≪なにか≫も話し出す。これは初めてだ。わけの分からないものが、一つ増えてしまった…と悩む。
そうだ…必要ないんだよ。
君はまた、穏やかな所に落ちればいい。
優しい人達が作ってくれた、優しい世界だけを見て
いればいい。幸せだろ?
しあわせ…うん、しあわせ…よね…。
………ダメ!ダメナノ!アレヲ、トリモドサナイト、
ホントノ、アナタニハ、モドレナイノヨ!
ほんとの、わたし?
ソウヨ、ウマレタトキカラノ、ホントウノ、アナタヨ…
余計なことを言うな!
違うんだ。
あれは君には要らないものだ。
あれを手にした途端、君は不幸になる。
今の君ではいられなくなるんだ。
醜い心と顔を世界中にさらすことになる。
それでもいいのかい?君は耐えられるの?
…わからない。でもとりかえしたいわ。
痛みを抱えても?
そうね。わたしから、なにかぬけおちてしまったも
のが、あるきがするの。
それが、あれよね?
だったらとりもどしたいわ。
わたしから、なくなって、あいてしまった、あな
を、ふさぎたいの。
君には無理だ。今なら間に合う。
帰れ!帰るんだよ。
イイエ、タタカイナサイ!マリエル、アナタナラ、カナラズ、トリモドセルワ!タタカウノヨ!
≪何か≫と≪なにか≫が争う。
やめてよ!頭が痛い…私は忙しいの!
何だか分からないモノ達の争いなんて、興味ないし、聞きたくない!
暗い闇から浮き上がり『自分』が戻ってくるのがわかる。
ああ、また、いけなかった…
ほぅら、無理だっただろ?それが君のためさ!
………………………………
後は沈黙。
残された『自分』だけが、明るい光に照らされた―――――。
☆☆☆☆☆
目が開いたと同時に、目に飛び込んできたのは、自室の壁と母の不安そうな顔だった。
「お、母さま…」
「良かった。気がついたのね?お水はいる?何か食べられるかしら…」
「奥方様、こちらに。それから、スープのご用意がございますが、お嬢様、召し上がられますか?」
ターシャが横から水の入ったコップを差し出す。
「あら、ありがとう。どう?マリエル、いただける?」
「ええ、お母様…ターシャ、ありがとう。いただくわ…」
マリエルは寝台から体を起こして、母から水を受けとる。本当はスープも何も要らなかったのだが、二人の不安そうな顔をみると、安心してもらうために、せめてスープくらいは…と思い、もらうことにした。
「お母様、どうして?わたくし、また倒れてしまった?」
「そうみたいね…ビックリしたわよ。いきなり殿下が家の廊下を、あなたを抱き抱えて歩いてるんですもの」
「え?…殿下?」
口に出してから、直前に何があったか思い出したマリエルは、顔が熱くなった。
耳まで赤くなった姿に母は、やっぱり、と呟いた。
「何かあったのね?殿下は、あなたと外でばったり会ったら自分の顔を見たせいで、いつものように倒れてしまった。と言ってらしたけど…違うわよね?いつもの倒れた時と違ったもの。そうでしょ?」
「え、えっと…あの…」
「大丈夫よ。男どもは追い出したから。それに、あの二人は気付いてないわよ?それなりに経験あるでしょうに、娘や妹のことだと目に入らないのかしらね…」
「え?あ、あの…お母様?」
「殿下に想いを告げられた?…口づけされたのよね?」
ガシャンッと、ターシャが器をぶつけた音がした。珍しいこともある、と目をやると、スープ皿にスープを注いでいるところだった。
が、明らかに手が震えていた。
「…チッ……殺す…」
小さい呟きが聞こえて、マリエルの背中に悪寒が走る。
(ターシャ、今、舌打ち?…それに不穏な発言…それ反逆罪!)
それから、遅れて母の言葉に気づくと、慌てて顔を見返す。
(あれ?今、お母様何て言った!?)
「馬鹿ね…。私は二人の子を持つ母親なのよ?鈍い父親や兄と一緒にしないでもらいたいわ。殿下が抱き上げてるあなたの唇が、あれだけふっくら腫れているのに気づかない方がおかしいわ。だいたい、殿下のマリエルへの気持ちは分かりきっていたしね」
「そっ、え…?そんな…」
「一人の男性として考えれば、まだ伝えないのかしら?ってくらいに、昔から分かりやすかったわよ?ただ、お父様やマリウスに阻止されてただけで…きっと、明日、あなたがヨルゲン様に返事をすると聞いて、いてもたってもいられなかったんでしょうねぇ」
「お嬢様、こちらを…」
ターシャが、寝台の上掛けの上にトレーに乗せたスープをそっと置く。
ターシャらしくなく、見るからに申し訳なさそうに眉が下がっている。
「ありがとう…」
マリエルはターシャの手を軽く握り、気にしないように伝える。
トロっと濃厚なスープを口にすると、喉の奥までストンと滑り込んでいく。
マリエルの負担にならないように、と野菜や肉を煮込んだものを潰して裏ごしした、手間隙のかかる滑らかで滋養に富んだスープは、彼女の体を芯から温めてくれる。
マリエルを心配して作ってくれたのであろう、料理人のその気持ちも伝わって、より心も温かくなるのが分かる。
その気遣いを嬉しく感じた時に、ふと浮かんだ問いをマリエルは母にぶつける。
「ねえ、お母様…やはり、わたくし、気が利かない…と言うか、周りの人達に対して鈍いでしょうか?」
「そう…ねぇ。マリエルはまだ育ってない部分があるものね…」
「未熟ということですか?」
「ん…未熟というより、未経験、に近いかしら?確かに、自分のことに精一杯で、見えなくなってしまってるものはあると思うわよ。でも、それも成長と共に変わっていくと思うの。だから今、焦らなくてもいいと思っているわ」
「やっぱり…わたくし、見えてないことがたくさんあるのね…もしかしたら、お父様やお母様、お兄様の気持ちも見えてなかったのかもしれない、と思うと情けなくなるわ…」
「あら?あなた…私やお父様やマリウスが、あなたを心から愛していることは伝わってる?」
「もちろんですわ!それがなければ、わたくしはきっと耐えられなかったはずですもの」
「じゃあ、大丈夫。我が家に関しては見えてるわよ?あぁ、あえて言うならマリウスね。あの子は…あなたを、あの日守れなかった、と思うあまり、どんどん過保護になっちゃって…それも分かってるでしょ?」
「…ええ、まぁ…でも、お兄様には、いつも守ってもらってますわ」
「今日の殿下とのことが知られれば、泣いて怒るのはきっとマリウスね。とにかく今は黙っておきましょう?…で?あなた、殿下のこと、どう思ってるの?」
「どうって…分からないの。…今までわたくしにとって殿下は、恐怖の対象だったから…あのね…今日、いろんな殿下についてのお話を伺ったの…」
「それでもまだ、怖い?」
「………怖いと言うか…何て言ったらいいのかしら………うん、気づいてしまったの。わたくしが本当に怖かったのは、殿下その人じゃなかったみたいだって」
「…そうなの?」
「ええ、説明が難しいのですけど…昔、殿下に言われた言葉より『醜い私』が怖くて…多分、その象徴が『ユースタス殿下』だったのかもしれないなって」
「…あなたに、そう思わせた本人だから、ということ?」
「…ええ、そんな感じかしら?だってね、お母様、殿下の話を伺っても何も感じなかったの。何もよ?小さい子どもに酷いわね、って理解してるのに、だから許そうって思えなかったの…」
「それだけ腹を立てているからではないの?」
「いいえ、怒りもなかったわ。ただ、あの日に思わぬ態度と言葉を言ったことで、彼自身も傷つくくらい子どもだったんだな、と思っただけ。じゃあ、わたくしはいったい何に怯えていたの?それが、分からなくなってしまって…それに、さっき殿下はわたくしを…その……き、きれいだと、言ってくださったの。醜くないと…それでね、怖かったのは『醜い私』という存在そのものだった、とようやく気がついたの。…だから、恐怖の対象として『自分』を憎めないから…それを、殿下に押し付けたんだと思うの。酷いわよね…」
さっき、ふと思い付いたことを母に話すことで、その漠然とした思い付きが、次第に形作られていく。
「じゃあ、もう殿下を憎んでいないのね?」
「分からないけど…多分?さっき思いついたことだから、もう一度殿下にお会いした時に、どう思うか分からないけど…」
「…もう憎んでいないとして、確認するけど、想いを告げられたのよね?」
「え?…ええ…まぁ…」
母の問いにマリエルは顔を赤くして、歯切れも悪く返事をする。
「それなら、明日のヨルゲン様のことはどうするの?」
「…まだ分からないわ…とにかく明日お話してみないと…そもそも、王族の殿下とどうこうなんて、考えること?」
「家柄としても、あなた自身にも、問題ないと思うわよ?実際、王家からの打診はあったもの」
「え?そうなの?」
「当然、お父様が即答で断ってらしたけど…でも、あなたはどうしたい?」
「本当に…分からないの…自分のことなのに、どうしたいか、分からないの…」
「いいわ。ゆっくり考えなさい。なんなら、ヨルゲン様のことも無理に明日お返事することもないでしょ?明日はあなたが決めた期限でしかないんだから」
「確かにそうなんだけど…お母様、わたくしね、『醜い私』が怖くてたまらないのに、今は『分からない自分』も怖いの…変よね…」
「あら、分からないことだらけよ?世界なんて。そして、自分も世界の一部ね」
「お母様でも?」
「もちろん、お父様もでしょうね。とにかく、慌てて答えを出さないこと!これだけが私からあなたに言えることよ。わかった?」
「はい、お母様」
そして翌日、トール・ヨルゲンとの外出から戻ったマリエルの顔色は青ざめていた。
心配したマリウスとターシャが問うと、震える口から絞り出された返事は
「……………婚約破棄………されました…」
だった。
母親って、時に驚くほど何でも見てたり、知ってたりしますよね?バレたくないことほど、何故かバレてるという…。




