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決戦前夜の奇襲 ≪2≫

ユースタス、やせ我慢崩壊!

「…!っかはっ…!」


「慌てるな!ゆっくり呼吸しろ、ゆっくり、吐いて………吸って………」


(あ、これ大叔母様の…)


 かつてマリエラが、優しく落ち着かせてくれたように、今はユースタスが背中をゆっくり優しく弾く。


「誰も見てない。落ち着いて、ゆっくり息を吐くんだ……そう、今度は吸って………上手いぞ…」


 呼吸が次第に収まってくると、自分のされていることに気づき、さっきまでとは違った焦りが溢れてくる。


「…っ、で…殿下…あのっ…」


「気にするな、落ち着くまでこのままでいろ。大丈夫だ、誰にも見られてない」


「いえ、そうっ…じゃ…っく…」


「ほらみろ。まだ息が落ち着いてないだろ?…いい、このまま話をするから」


(いや、あなた誰ですか?…もう、これ何の罰?)


「まぁ…とにかくだな、俺の足りなさでお前に傷をつけてしまった。それを本当に深く後悔してる。…治っていないのは、今、お前が証明したしな…」


 変わらず背中をさすりながら話す言葉が、ユースタスの胸に押し付けられた頬骨を伝って、直接マリエルの頭に響く。

 ユースタスの声は甘く、優しく、でも苦しそうに聞こえた。


「お前、明日、ヨルゲンの息子に結婚の承諾をするんだろ?…それなら、このままじゃ駄目だろ…?言い訳はしたが、俺は自分が言ったという事実は消えないと分かっている。…全部、俺のせいなんだから、お前は何も悪くない。だから、お前は全部きれいに、傷なんか無くして幸せになれ」


 ユースタスの言葉を聞きながら、マリエルはトールと話したことや、ターシャに言われたことなども思い出していた。


(本当に…私は見えてないものがたくさんあるのね…この人も傷ついてる…あの日ついた傷は、私だけではなかったのね…)


「…殿下…あの、誤解が…ある、っ…かもしれません。確かに言葉の傷はあると、思います。でも、一番の原因は…」


(あぁ、言いたくないな…)


 今までも何ともない振りを装って、わざと軽く口にしたこともあった。そうすれば、本当に何とも思わずにいられるのじゃないか、と思ったから。

 でも、違った。

自分の醜さを、自ら人に言いたがる人間なんていない。自分の口から出た軽口は、もう一度同じ傷を自分に付けただけだった。


 しかし今はそんな自分の弱さで、この人も傷つけたままにしておいていいはずはない、とマリエルは思った。


(そうだ!明日の予行演習だと思えば!…あぁ、でも、やっぱり…言いたくないな…)


 言おうとすると胸がきしむ。


「…わ、わたくしの…傷の、一番の原因は…わたくし自身の顔です!」


勢い任せで言いきった。

ビキビキと胸にヒビが入ったように感じる。


「え?顔?…何故だ?」


「…今は魔術のおかげで見えなくしていますが、本当のわたくしの…か、顔はあの日よりもひどくなってしまっているのです。あの日、殿下がご覧になった…」


 さっき倒れそうになったのと、同じ息苦しさだが、これは倒れる前じゃない…泣いてるんだ…と涙が溢れている自分に気づく。


「…っく…ご、ご覧になった『バケモノ』のような顔はよりっ、ひどくなって…しまったのです…」


「何を言ってるんだ?お前の顔は…」


 ユースタスがマリエルの体を放し、顔を覗き込もうとしていることに気づいて、マリエルは両腕で顔を隠して暴れだす。


「いやっ、見ないで!…っ見ないで…こんな顔見ないでください…うぅっ…お、お願い…します…」


 本泣きになってしまったマリエルは、涙が止まらなくなった。


「いや………いや、なの…っ…ふっうっ…」


「分かった。見ない、ほらこれで誰にも見えない。俺からも見えない」


 ユースタスはマリエルを改めて抱きしめ直した。さっきの遠慮したものではなく、しっかりとキツく抱きしめて、マリエルの顔を自分の胸に隠す。

 そしてマリエルの頭に自分の頭を寄せると、耳元で囁いた。


「もう、見えないから…安心しろ」


「ふぇっ…ふぅぅぅっ……わ…わたくし…魔術で顔を誤魔化して、周りを…だ、騙していたんですっ…本当は、あんな酷い顔なのに…誤魔化して、着飾って…っく…き、きれいとか言ってもらって…全部、わたくしの全部、嘘ばっかりなんです!…うっ…こんな、嘘ばっかりのわたくしがっ…し、幸せになんかなれるわけがないんです!」


「…マリエル、マリエル、それは違う!お前はちゃんと幸せになれる!それに、お前の顔は…う、美しい…よ…」


「嘘です!こんな顔、誰も見たくないような酷いものが!美しいはずないじゃありませんか!」


 涙から一転、怒りに火がついたマリエルはユースタスの腕のなかでもがきだした。


 ユースタスは、暴れるマリエルの顔を両手でがしっと掴むと、強引に自分の方へ向けた。


「騒ぐな!…今、俺の目に映るお前は…き、きれいだ!酷い顔なんかじゃない!」


「そ、それは、魔術のおかげだからです!本当のわたくしは…み、醜い…のです…」


 マリエルは顔を背けようと顔を振るが、ユースタスの腕がそれを許さない。

それが分かると、まるで自分に見えなければ世界から何も無くなるかのように、きつく目を閉じた。

 瞼が閉じるのに合わせて、涙が幾筋も溢れ出す。


「…忘れたか?王族に魔術はきかん。だから、俺の目に映るのはお前の素顔だけだ」


「…っ、ひっ…」


 魔術が効いてないことを思い出させられて、今どんな顔でここにいるかが分かると、マリエルは怖くなった。


 もう、ユースタスに何かを言われるとは思っていない、だが、あの醜悪な顔をさらしているという事実が、とてつもなく恐ろしかった。


「いいか?俺にはお前の素顔が見えている。だから、お前が何故、醜いというかは分からん。ただ、お前が自分を醜いと思うのなら、誤魔化しの効かん俺が何度も言おう。お前の顔は美しい。き、きれいだ。本当に…嘘ではない…」


 両手でしっかり掴まれている顔にユースタスの顔が近づく。じっくりと確かめるようにマリエルの顔を見つめてくる。

 彼の視線に耐えられないマリエルは、目をきつく閉じる。


 やがて、暖かく柔らかい感触が唇に触れ、ふっと離れてはまた戻ってくる。

 それを何度か繰り返されて、初めてマリエルはユースタスに口づけられていたことに気づく。

 再び逃れようともがくと


「逃げるな、じっとしてろ」


 ユースタスは、さらにきつく引き寄せて口づけてきた。

飢えた生き物が生きるために獲物を食むように、激しく食らい付かんばかりな口づけに、マリエルは息を求めて薄く口を開いた。


「ん、んんぅっ…」


その隙間から熱くトロンとした塊が滑り込んでくると、マリエルをさらに逃がさないように絡め取ろうとする。

 マリエルの喉がコクンと鳴った。

息苦しさは変わらないのに、何故かふわふわとした気持ちになる。


 貪る、という言葉がぴったりに、いつまでも続いてしまいそうな口づけは、突然我に帰ったユースタスによって止められる。

 荒い息の中で、マリエルの額に自分の額をつけ息を整える。

 頬をそっと撫でて、ユースタスは柔らかくマリエルを抱きしめた。


「…もう一度言う。お前の顔は美しい。分かったか?」


「………はい…」


 生まれて初めての嵐のような口づけが去ったあとにきた甘い言葉に、はい、としかマリエルは返事ができなかった。


 しかし、頭が働かずボーッとしているところへ、ユースタスはさらなる爆弾を落とした。


「…すまない…婚約者のいるお前に、こんなことをしてしまった…」


「っ!……」


 一気に冷や水を浴びせられたようになって、全身の肌が泡立った。


「しかし!俺は決していい加減な気持ちでしたわけではない!お前があの日のことを許せるのなら、少しでも俺が入る隙間があるのなら、俺との将来も考えて見て欲しい。俺が許せないとしても理解するし、ヨルゲンのもとに行った方が幸せになれるというなら、それも仕方ない。本当は、事前にこんなことまでするつもりはなかったが、これが最後のチャンスになってしまうなら、少しの可能性も見過ごしたくないんだ。あの日からずっとお前を見ていた。僅かな希望でもいい。俺とのことも考えてみて欲しい…頼む!」


 ずっと自分の嫌悪の象徴だった相手だ。

長いこと避けて逃げ回っていた相手に、今や優しく暖められて、キスまでされて、想いを告げられてまでいる。

 マリエルは、真っ白になった頭を必死に取り戻そうとした。


(私、なんてこと…トール様っ!)


「マリエル、気に病むな。…過去も今も、全て俺の責任だ。お前には何の落度もない…だから自分の一番幸せになる道を選べ。正しくなくてもいい。お前が、自分のことだけを考えて選べ。いいな?」


 そんな、バカな話があっていいはずがない、とマリエルは思う。

 自分にだけ都合よく、人のことは見ないで、選んだ道で幸せになんかなれるはずがない。

 なのに、目の前の人は『正しい』道など選ばなくていい、と言う。

この人自身の傷も、多分まだ自分が見えていない他の人達の思いもなかったことにしろ、と言う。


 この人の傷を知らなかった頃ならできたかもしれないが、知ってしまった今となっては、そんなことができるわけがない、と憤りにも似た感情が胸に広がる。


 突然、温室の扉がカタンと音を立てて開いた。


「お嬢様、お夕食のお時間です」


 ターシャが迎えに来たんだな…とぼんやり思う。

マリエルの体は力なく、ユースタスの支えがなければ立ってさえいられないほど、頭も体も何も機能してなかった。


「もう時間か…はぁっ……マリエル、動けるか?マリエル?」


 意識はあっても、ただぼんやりと周りが目に入っているだけのマリエルの様子を見て、ユースタスは自らの強引さに僅かな後悔とともに苦笑する。


「…かえって悩ませたな…すまん。しかし、さっき言ったことは本気だ。俺を見て欲しい…マリエル、お前が誰より大切なんだ…」


 ユースタスはマリエルだけに聞こえるように耳元で囁くと、横抱きに抱き上げた。


「俺が部屋まで運ぶ。案内しろ。家族と顔を会わさない通路があれば、今はまだそれが一番だろうが、会う道しかなければそれでもかまわん。夕食も断っておけ、今夜はもう、こいつは使い物にならんだろうからな」


「なっ!ちょっと!…あなた、一体何したんですか!しかも、”使い物にならない“って…またそんな言葉遣いをしてると、嫌われますよ?」


「っ!…すまん。…と、とにかく、運ぶ!」


「ああ、はいはい、こちらにお願いします。せいぜい荷物持ちくらいなってもらいましょう」


「荷物、って…お前の主だろうが」


「そうですよ?大事なお嬢様です。でも、私一人じゃお運びできないし、他の人に任せるわけにいかないじゃないですか!ほんとに腹立つ…会わせなきゃ良かったですよ!」


 何故か体がふわふわと浮いてるみたいに感じ、それに合わせて意識もふわふわと漂っていた。マリエルは、遠く聞こえる話し声に


(あぁ、ターシャが怒ってる…また何かしたかしら…?)


と思いながら、暖かい揺れに全てを任せた。



マリエルちゃん、呆然自失。

トール、完全に忘れられてたよね(苦笑)


王子~、謝罪がどっか行ってるよ?

≪だって、顔見たら目閉じたんだぞ!我慢できるかっ!≫ってところなんでしょうけどねぇ…

初めて会ってから15年。初恋も拗らせると厄介!

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